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38.AI五郎

 一見、平和そうに見える日常に潜む影。それは生きとし生けるものが逃れ得ない生と死にまつわる有象無象の物語。

 黄泉坂結弦は父親にあこがれていた。居酒屋の店主なのだけれど部下に仕事を任せて昼間から飲んだくれている父親に。だけど、親父の周りにはいつも人がいた。彼らの相談を見事に解決してしまう親父は結弦のヒーローだった。親父のようになりたい。それが結弦の夢だった。

 だけど、自分は親父に似ていない。少年の悩みは尽きない。

「それでヒルコがもたらした(ぎょく)はどうした」

「恵比寿神社が責任を持って預かると」

 ヒト五郎の答えに魔王は納得したように頷いた。

「それがいいだろう。下手に奉納するとヒルコの後始末を押し付けられるかもしれん。税金の問題もあるしな」

「宗教法人は祭祀(さいし)に係る寄付は無税なのでは?」

「神社のではない。寄進した雅美(まさみ)がよ」

「なるほど……」

 あのサイズの翡翠(ひすい)の玉なら少なくとも数千万円の価値はあるだろう。現物とはいえそんな高価なものを寄進した蛭子雅美(ひるこまさみ)の財務状況が国税庁に疑われかねない。なんだかんだ言っても魔王にとって蛭子雅美も守るべき眷属(けんぞく)なのだ。


 ここは閻魔堂(えんまどう)。当代の閻魔大王黄泉坂結弦(よみさかゆづる)の実家であり、元閻魔の父親(今は魔王と名乗っている)が経営している居酒屋の中だ。

 ヒト五郎こと史五郎(ふひとごろう)は結弦たちを送り出すと父史智幸(ふひとともゆき)とともに閻魔堂に戻ってきていた。魔王への報告だけでなく今後への備えが必要であったからだ。


「てっきりお前はついていくものと思っていたがな」

 暗に許可を与える言葉であったが、ヒト五郎は笑顔で辞退した。

「今の主様ならめったなことでは後れを取りますまい。それより弱点はこちらですから」

 閻魔堂は結弦の家であり、家族がいて、何物にも代えがたい思い人がいるのだ。

 第二次地獄戦役の天界遠征で命を落としたヒト五郎(当時はハエ五郎)であったが、その後のことは心配していなかった。旅の中で目覚ましい成長を見せた主だ。難なく交渉を成し遂げるだろう。事実そうなった。

 だが、その安定が永劫(えいごう)に続くとは思っていなかった。乱世の英雄こそ平時には(もろ)いものだ。そして我が主は間違いなく乱世の英雄の資質を有している。

 転生後、即座に自力で覚醒した。だが、いくら覚醒者でも赤子のできることなど限られている。育ての親(史夫妻)もそれを許さなかった。

 無駄な3年を過ごしてしまった。その間に日色(ひいろ)将軍は消え、危機感は募っていた。幼稚園に入ってから外との接触を許されたヒト五郎は予定通りひかりの転生体(光月)との接触を契機(きっかけ)に主との再会を果たしたのだった。

 主は光月を守れとご下命(かめい)くださった。ならば自分はその責を全うするだけだ。

 小鳥にあやされている光月を見やる。

「それに主様には我が分身を託しております」


     *


「ヒト五郎が渡したものってなんだったの? これを自分だと思ってとか言っちゃって……キモっ」

 蛭子先輩の言いぐさも酷いが大袈裟なと結弦も思っていた。

 オノゴロ島へ向かうと決めたとき結弦はヒト五郎もついてくるものだと思っていた。美幼児のヒト五郎は目立つが、未就学児なら何とかごまかせるだろうと考えていた。

 だが、ヒト五郎は固辞した。代わりに小箱を渡して。留守を守ると言われては無理強いするわけにはいかない。結弦に代わり光月を守ると言ってくれているのだ。頼むとしか言えなかった。


 託された小箱に手を掛ける。

「なんだろう。腕時計のようだが……」

AI五郎(あいごろう)と申しますです!!」

 開けた箱の中から元気良い声が先に応えた。

「は……!?」


AI五郎(あいごろう)と申しますです! 主様(あるじさま)!」

 よく響く合成声が再度、元気よく答えた。

「……うるさい」

 ぼそりと蛭子先輩が呟く。それにはいたく同感だ。

「……お前が、ヒト五郎がよこした従者なのか?」

「はい! そうでございますです!」

AI五郎(あいごろう)ということは……お前はAIなのか?」

「はい! そうでございます! 我が本体、ヒト五郎がAIに移植した分身、それが私、AI五郎(あいごろう)でございますです!」

 ヒト五郎のやつ、冥府城のスーパーコンピューターを停止する際、何かこそこそやっていたが、こんなことをやっていたのか。生成AIを組める3歳児って怖すぎだろ。


「分身ってキャラ違いすぎるだろう」

「それは本体がキャラ被りすることを嫌ったためでございます。正反対のキャラ付けを施したためこのような元気いっぱい天真爛漫の愛されキャラになりましたです、はいっ!」

「それは自分でいっちゃダメなんじゃないか?」

黄泉坂(よみさか)は私を愛するのに忙しいからそれはムリ」

「話がややこしくなるから先輩はあっち行っててください」

 いらん突っ込みをする先輩を追い返す。


「それでAI五郎(あいごろう)、お前は何ができる?」

 オレの質問にAI五郎(あいごろう)はすぐには答えなかった。

「お答えする前に主様、私を装着して頂けませんでしょうか?」

 AI五郎(あいごろう)は腕時計のような形をしている。ウェアラブル端末という奴だろう。

 オレは何も考えずに言われるまま腕時計型のAI五郎(あいごろう)を装着した。


 ガチャ

 オレの左手首から錠が下りる音がした。

「ピッピッピッ……音声モニター正常、声紋認証グリーン。画像クリア、顔認証グリーン。引き続き遺伝子情報照合……10……25……60……90……99……99.98……99.99……100%照合。我が主、黄泉坂結弦様と確認。続いて健康チェックを行います。体温36.6℃正常、脈拍78bpm……86に上昇しましたが正常値です。血圧65/120mmHG正常……あっ、主様なにをなされ……」

「うるさい。だまれ、AI五郎(あいごろう)!」

 オレは端末を外そうとベルトをいじる。だが、アンロックのボタンが見つからない。

「無駄です。先程、ロックを掛けました。本体の同意がなければ解除されません。小職は主様の健康と行動を100%モニターし、本体に送る使命がありますです!」

 声紋認証に顔認証ならともかく腕時計サイズで遺伝子解析ってやばすぎるだろう。体温、脈拍、血圧など健康情報だけなら許容範囲だが、会話も何もかも記録に残されヒト五郎に筒抜けになるのは勘弁してほしい。ストーカーじゃねえか。どうりでおとなしく帰るわけだ。


「すると何か? ヒト五郎がお前をオレに付けたのはオレを助けるためではなく、オレをストーカーするためってことか?」

「心配ご無用です。ナビ機能もばっちりですです!」

 頭が痛くなってきた。

「黄泉坂、どうする? 腕ごと切り落とす?」

 どこから出したのか先輩が切れ味鋭そうな日本刀を構える。

「それは勘弁してくれ。切るならベルトだけにして」

「わかった。できたらやってみる」

 まって! それ絶対できない奴だ!


「それは私からもお勧めしませんです!」

 AI五郎(あいごろう)も先輩を止める。

「なぜ?」

「小職のナビ機能は認証とモニターが継続していないと作動しません。切り放されては主様を的確に目的地までナビすることがかないませんです。それに24時間常にモニターしているわけではありませんです」

「どういうこと?」

「画像と音声でモニターしているのは主様と本体が接触しているときに限られますです。本体は主様との感動の再会を録画しておかなかったことをいたく後悔しております。なんであのときモニターしておかなかったのだと……もう二度とあのような失態を犯さないためにも24時間監視できる我を生み出したのです」

 あぁ……ハエ五郎はともかくその前の生だったルシフェルは自分大好き(ナルシスト)だったもんな。

「なら、自分に付けておけばいいだろう」

「それはもちろん。ただ、主様視点の画も需要が高く……」

 こいつ……画像データを売るつもりか……


「あっ……なにをするのです、主様……やめ……」

 ということでAI五郎(あいごろう)はアルミホイルとテープでぐるぐる巻きにされた。ナビが必要なときだけ外せば問題ないだろう。

 後でヒト五郎もお仕置きだ。


     *


「今、この時、新たな蛭子神(ひるこかみ)様をお迎えできましたこと恐悦至極にございます」

 西宮社(さいぐうしゃ)高浜(たかはま)宮司は蛭子先輩を見るや平伏して口上(こうじょう)を述べた。

 そのくらい先輩の覚醒は確かなものになっていた。


 オレと蛭子先輩はAI五郎(あいごろう)のナビを使うまでもなく(普通にスマホのナビを使った)新幹線と関西本線を乗り継いで西宮社に来ていた。西宮社は蛭子神(ひるこかみ)(まつ)る神社である。


 昔々のこと、ある漁師が漁に出かけ、鳴尾(なるお)の沖で漁をしていた。

 ある日のこと、漁師は人形(ひとがた)とも、御神像(ごしんぞう)とも見える像を釣り上げた。その日は天気に恵まれたものの当たりが悪く一匹の魚も釣れていなかった。魚ではないので漁師は海に返した。

 その後場所を変え、漁をしていると、またも同じ御神像を釣り上げた。やはり漁師は海に返した。さらに場所を変えて漁をしていたが、またも同じ御神像を釣り上げた。漁師はこれは並々ならぬことと感じ、家まで持って帰り、その後お(そな)えをして大切に祀った。

 すると、ある晩、御神像が漁師の夢に現れ次のように言った。

(われ)は蛭子神である。ここより西の地に宮を建て吾を祀ってほしい」

 漁師は仲間たちと力を合わせてご神託の通りに西宮社を建立(こんりゅう)した。


 これが西宮社に残る言い伝えである。

 蛭子神を祀るものとして最近の日本近海を埋め尽くすヒルコの大発生に心を痛めていた宮司は蛭子先輩を歓迎した。オレたちが源を絶つために淤能碁呂島(おのごろじま)に向かいたいと伝えると宮司は協力を約束してくれた。

「やっぱりこちらでもヒルコは生まれているの?」

「はい、蛭子神様。御覧の通り鳴尾の海も蛭子様で溢れ返っております」

 部屋の障子を開けると大阪湾が一望できる。本来なら青々としたきれいな海があるはずのところが薄桃色に染め上げられている。赤潮かと思うほどのヒルコの大群だ。

「漁はもちろんスクリューに絡むということで、さすがに神をひき殺すわけにもいきませんからここ数日は海運も止まっております」

 播磨灘に続く明石海峡は神戸港や大阪港に向かう九州や大陸からの海運の交通の要所だ。日に数千隻もの船舶が行き交う。それが止まった。西日本経済にとっては大打撃だ。


「この様子では船で向かうのは難しいか……」

 悩むオレの言葉を高浜宮司は否定した。

「ご心配召されるな、閻魔天殿。我ら西宮社の者は元をただせば鳴尾の漁師。今でも神事で船を扱います。大阪湾は我らが庭みたいなものでございます。それに蛭子神様もついていらっしゃいます。問題はないかと」

 さすがは信徒だ。蛭子神となった先輩への信頼は厚い。

「先輩、行けそうか?」

「ん……問題ない」

 蛭子先輩も自信がありそうだ。

「なら、お世話になります」

 オレは高浜宮司に頭を下げた。


 宮司は即答するとともにオレに告げた。

「それと、そろそろナビを使うよう言伝(ことづて)を頼まれております」

 !?

 封印した後、すっかり忘れていたがオレの左腕にはAI五郎(あいごろう)が装着されている。音声画像のモニターはもちろんのこと健康チェックにGPS機能も搭載された高機能AI従者、別名ストーカーAIである。


 もちろん高浜宮司に伝言を依頼したのはヒト五郎であろう。

 気は進まないがオレはAI五郎(あいごろう)の封印を解いた。

「おはようございます! AI五郎(あいごろう)でございますです!」

「うるさい、黙れ!」

「主様は小職には冷たいでございますです……」

 オレは従者の苦情を黙殺した。

「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」をお読みくださりありがとうございました。

 敵地に向かう前に新キャラ登場です。ヒト五郎の分身AIことAI五郎です。若干ウザいです。一人だけ全登場箇所にフリガナが振ってあるのもウザいです。

投稿は毎週金曜日に行う予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。

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