36.海の幸
一見、平和そうに見える日常に潜む影。それは生きとし生けるものが逃れ得ない生と死にまつわる有象無象の物語。
黄泉坂結弦は父親にあこがれていた。居酒屋の店主なのだけれど部下に仕事を任せて昼間から飲んだくれている父親に。だけど、親父の周りにはいつも人がいた。彼らの相談を見事に解決してしまう親父は結弦のヒーローだった。親父のようになりたい。それが結弦の夢だった。
だけど、自分は親父に似ていない。少年の悩みは尽きない。
蛭子雅美は腕に抱いた亡骸をいつくしむように撫でた。
この子は私だ。捨てられ、神でも人でもないものとして扱われ死んだ。
かつての私もそうだった。普通の家の子として生まれ育ったはずだった。だけどある日、吉祥天様に出会い覚醒した。
いいことなどなかった。神でも人でもないものの末裔。わずかな力は使えたものの日常で何の役に立つわけでもない。それなのに秩序に従うことの苦痛、混沌への渇望、そればかりが募ってゆく。
何ができるわけでもない現実への不満。
そこを鏡嵐丸に見いだされた。今ならわかる。あれは見いだされたのではなくつけ込まれたのだ。
鏡蘭丸は宵が原中の教師で悪魔だった。悪魔マレブランケ族の棟梁マラコーダ。それが本来の名前。黄泉坂は悪い悪魔だと言っていたけど、何もできない小物だった。せいぜいがペテンにかけてそそのかすだけ。YOUTUBERなんてやって小金を稼いでいた。“いいね”が100万を超えると力を持つようになった。これも現代の信仰なのだろう。薄っぺらな信仰。
第二次地獄戦役の講和をしようとした黄泉坂を邪魔しようとして私は負けた。
それから私は黄泉坂についていき、唯一神に会った。あれは会ったと言えるのだろうか?
相手にもされなかった。対話ができたのは黄泉坂だけ。毘沙門天様ですら相手にもされなかった。いや、彼は私とは違う。客将である立場をわきまえ、黄泉坂を立てていた。さすがは吉祥天様の旦那様。かっこいい。でも夫婦仲は悪いみたい。減点1。
私は混沌の世界を作り出そうと邪魔したのだけど黄泉坂に論破された。折伏された私はそれ以来、黄泉坂に付きまとっている。折伏したんだから私のご主人さまよね。ハエ五郎だってそう言ってたもの。
別にエッチなことされても嫌とは思わない。黒鉄ひかりもいなくなってのだから湧き出すリビドーを持て余しているはず。なのに手を出してこない。これだから童貞は。
手を出さないどころか、新しい女の子まで連れ込んできた。中学時代のクラスメイトだという佐治小鳥は私ほどじゃないけどそこそこかわいい。でもバストサイズは私の圧勝!
黄泉坂に下ってから私の中で何かが変わった。
それまでの私はヒルコに縛られていた。覚醒してから混沌というわけがわからないものを求めて苛立っていた。日常のあらゆることに関心が持てず、乱すことだけを考えていた。
そんな私に黄泉坂は言った。人は何物にも強制されない。自分の意志で行動を決め、その責任を取るのだと。
黄泉坂と一緒にいるようになってから、世界が変わった。色が付いた。匂いを感じる。日差しが暖かい。風が気持ちいい。
これまでの私が忘れていたことだ。黄泉坂は私をヒルコの柵から解き放ち、一人の女の子に変えてしまった。それがいいことなのか、私にはわからない。
黄泉坂は大王様だけど支配しない。何よりも自由な意思を尊重する。そしてそれに伴う責任を。自分の行動に責任を持つこと。それこそが人が得られる最大の幸福なのだと。
黄泉坂は支配しない。その結果、人は自由だ。多様性に満ちている。それは混沌と同じだと黄泉坂は言った。
私にはわからない。多様性と混沌は同じもの? 人はそれで幸せなの? 私にはわからない。
そんな感じでずっと考えていた。黄泉坂が目指す世の中を。
死を司る閻魔大王は生者の神様と同義だ。どう生きるべきかを問うている。
人はどのように生きればよりよく死ねるのだろう。
わからない。私は自分では動けない。漂うだけ。
だって私はヒルコ。自ら動けず葦の船で流される。
ゆらゆらゆらり ゆらゆらり
葦船は軽く波に乗る。
ゆらゆらゆらり ゆらゆらり
波に乗るのはいい気分
ゆらゆらゆらり ゆらゆらり
波に漂い流れ着く
ゆらゆらゆらり ゆらゆらり
*
「ねえ、魔王様」
佐治小鳥が掃除の手を休めて魔王に尋ねる。
「なんだ?」
「蛭子先輩って閻魔の眷属なの?」
魔王は湯呑から焼酎『魔王』を一口含んで考える。
佐治小鳥は一般人だ。地獄の獄卒でもなければ閻魔の眷属でもない。ただ、冥府で結弦に助けられた。結弦の正体を知っているのだ。
聡い娘だ。これまで余計なことを聞くことなく仕事に励んでいた。その中で結弦を取り巻く環境を読み解いてきた。だが、その中に異物がある。それをどうにも解釈できなくて不安になって聞いてきたのだろう。
倅には思い人がいる。周りもそれを望んでいる。この娘の思いは決して祝福されまい。だが、それを否定するのも何か違う。
「いや、あれはまた別の神の系譜だ」
「そうなの? 先輩は調伏されたから黄泉坂は自分のご主人さまだって言ってたわよ」
ブフォッ
含んでいた焼酎を盛大に噴き出した。
「げほっ げほ……なんだって!?」
「蛭子先輩はもう地獄の一族になったつもりみたい……………………なら私は……」
……まったく混沌の神々ときたら物事を自分中心でしか考えないのだ。
「結弦はあれを折伏したつもりなどないぞ。手に負えないからほっといているだけだ」
「ふーん……よろこんで好きにさせているように見えるけど」
納得した様子もなく小鳥は魔王が汚した床をモップで掃除する。
「で、黄泉坂はロリコンなの? それともおっぱい星人?」
「知るかっ!」
何が悲しくて息子の性癖を語らねばならん……まったく、曖昧な態度を取り続けるからこんな面倒くさいことになるのだ。クソ童貞が……
そのうち夜の店にでも連れて行ってやろ………………
小鳥がウジ虫でも見るような目で魔王を見つめていた。
*
「ねえ、黄泉坂。私、この子を葬りたい」
本当はこの子だけじゃない。海に漂うすべてのヒルコを葬ってあげたい。でも、それは無理。だからせめてこの子だけでも。
私の腕の中で死んだこの子だけでも葬ってあげたい。
「なら、恵比寿神社ですね」
振り向いたところに美少年がいた……じゅるり
「ヒト五郎! お前どうして? どうやってここに来た?」
黄泉坂も驚いている。黄泉坂に抱き上げられ、見つめ合う二人。
あれ……なんかヤバイ……いけないルートにはまりそうな……
「いやだなぁ。主様と一緒に来たじゃないですか。すっと助手席に座っていましたよ」
美少年が答える。
私たちは後部座席に座っていた。3歳くらいの幼児が座っていても見えないだろう。
「幼稚園はどうした?」
「休みました。主様にお仕えする以上の用はありませんから。ねえ、父上」
運転手が黙って頷く。黒服を着込んでいるせいで気が付かなかったが、この男が、宵が原商店街の本屋の店主にして現世での閻魔大王の近衛、史智幸だった。
「父上、恵比寿神社にお連れしてください」
「はい。大王様、ヒルコ様、お車にどうぞ」
史は息子の指示に従い黒塗のセダンに導く。
*
「ようこそおいでくださいました」
結弦たち一行を出迎えてくれたのは恵比寿神社宮司の島波礼也であった。
結弦は名乗ると同行者として蛭子先輩と史親子を紹介した。そして訪問の目的としてヒルコの埋葬をお願いした。
「ニュースを見て心を痛めておりました。閻魔天様のお心遣い感謝致します」
島波宮司は快諾してくれた。
島波宮司は蛭子先輩からヒルコの遺骸を受け取ると恭しく捧げ持った。そのまま正殿まで案内される。
宮司はヒルコを三方に載せご神体に供える。
「ちょっと待ってください。それでは供物ではありませんか?」
結弦の疑問に隣で蛭子先輩も頷く。
「これで正しいのです。ヒルコ様をなぜ供物として捧げるのか、その理由をご説明いたしましょう」
島波宮司は穏やかに微笑む。
「まず、私共の恵比寿神社で祭っているのは恵比寿天様です。恵比寿様は海の幸、つまり魚など海産物の豊漁を司る神様と思われています。鯛を抱えた姿で描かれることが多いので魚と思われていますが、それだけではないのです。海の幸とは海産物に限らず海から得られるものすべてを指しているのです。
もともと漂着物は神聖なモノと考えられてきました。文明が発達する以前、海から流れ着くモノは人の手の及ばないものでした。多くは流木などですが、中には鯨など当時の人の手では得られないようなものが打ち上げられるのです。当時の貧しい食生活において鯨は多くの人の飢えを癒やしたでしょう。鯨の油や歯、骨は様々な用途に利用されます。
また、ときには珊瑚など玉石の欠片が打ち上げられることもあります。波で磨かれた玉は人知を超えた存在と考えられ、すなわち神だとされたのです。当時は大陸の方が文明は進んでおりましたからそのような優れた文明による人工物もあったかもしれません。極楽教でいうところの西方浄土とは海の向こうにある常世の国では不老不死、若返りなどが与えられると考えられておりましたから、西方浄土からの贈り物と考えられることもありました。そしてこれら海の幸を戎神と呼び祀ります。戎神すなわち恵比寿様は信仰を集めました。
一方で海の幸、漂着物それ自体にも神が宿っていると考えられることもあります。神話の中で蛭子命は二親神である伊弉諾尊と伊邪那美に海に流されてしまいます。西国にはヒルコ神がご神託を与えて宮を立てさせたという逸話も残っております。
それぞれに海の幸にまつわる神々であらせられる恵比寿天とヒルコ神ですが、混同されることもあります。ヒルコを漢字で蛭子と書くとエビスとも読めることもありヒルコ神と恵比寿様は同じものとして祀られるようになりました。
ですからこちらのヒルコ様は海の幸としての奉納物であり、また御神体もあるのです」
島波宮司の話を聞いて結弦はここに来てよかったと思った。恵比寿天とヒルコ神が同じであるかわからないが、丁重に祀ってくれると思ったのだ。
「なに言ってるの、黄泉坂。ヒルコ様と恵比寿が同一神物の訳ないじゃない。私は蛭子。恵比寿の子孫じゃないわ」
「えっ……いいの?」
「だってあなたが言ったんでしょ。何を信じるかはその人の自由だって。真実であるかはともかくとして」
身もふたもない
「いいのよ。この子を大事にしてくれるのなら」
蛭子先輩の言う通りだ。
*
掛けまくも畏き伊邪那岐大神
筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に
禊ぎ祓へ給ひし時に
生り坐せる祓戸の大神等
伊佐浜に在らせられます
蛭子命の御霊を鎮め給へと
白すことを聞こし召せと
恐み恐みも白す
(口に出してご尊名を申し上げるのも恐れ多い、イザナギノ大神が、
筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原で、
禊祓いをなされた時に、
お生まれになった祓戸の大神達よ、
伊佐浜にいらっしゃいます、
蛭子命の御霊をお鎮めくださいと
申しますことをお聞き届けくださいませと、
畏れ多くも申し上げます。)
「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」をお読みくださりありがとうございました。
蛭子先輩も結弦に出会ってその在り方に変化があったようです。でも、人によって言うことが微妙に食い違っているような……それにしても結弦君はロリコンなのでしょうか? それともおっぱい星人?
投稿は毎週金曜日に行う予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。




