31.新時代
一見、平和そうに見える日常に潜む影。それは生きとし生けるものが逃れ得ない生と死にまつわる有象無象の物語。
黄泉坂結弦は父親にあこがれていた。居酒屋の店主なのだけれど部下に仕事を任せて昼間から飲んだくれている父親に。だけど、親父の周りにはいつも人がいた。彼らの相談を見事に解決してしまう親父は結弦のヒーローだった。親父のようになりたい。それが結弦の夢だった。
だけど、自分は親父に似ていない。少年の悩みは尽きない。
第二次地獄戦役が終結し、世の中も落ち着いてきた。
人の噂も七十五日、マルちゃんことマラコーダがバラまいた噂も本人(本魔?)の消滅とともに下火になった。SNSの投稿もいつの間にか消えていた。
そうしてオレは学校に戻ることができた。夏休み以降、3か月も休んでいたので学業についていくのに必死だった。オレは中学生なのだ。
学業に追われオレは一週間ぶりに冥府城を訪れた。
だが、執務室にオレの代理で仕事をしているはずのお父さんの姿はなかった。
「大王様!」
オレの下に秘書官である司録が駆けつけてきた。
「大変なことになりました。賽の河原の鬼たちが殺されました」
ああ、なるほど。お父さんは事件を裁くために現場に向かったのだろう。そのときはそう思った。
それにしても……鬼たちは地獄を司る公務員だ。だが、その前に鬼である。簡単に負けるものではない。それどころか殺されるとは……裁きを受けた亡者どもにできるはずがない。
まさかまた十字教の悪魔どもが……
「それと日色殿がこれを……」
差し出された書付を読んだ。それはお父さんがオレに残した書き置きだった。それと一通の建議書。
遺言と言ってもいいだろう。
犯人はお父さんだった。
獄卒は地獄の法の番人だ。それを犯すことは秩序への反逆とみなされる。厳罰に処される。オレが罰しなくても地獄の法気に当てられ消滅してしまうだろう。それは地獄の責め苦よりももっと過酷だ。だというのにお父さんはそれを覚悟してまで犯したのだ。
「お父さん……」
オレは愛されていた。
生前もオレやお母さんを気遣い。死してなおオレを守り続けてくれた。そしてオレの最愛の人を救ってくれた。あなたこそ英雄の名にふさわしい
『結弦へ
お前の名を呼ぶのはこれが最後になろう。だが、悲しむことはない。お前には愛する人もお前を愛してくれる人達もいるのだから。
元閻魔の野郎にお前を託すのは癪だが仕方あるまい。あいつがさっさと改正しとけばこんなことにならなかったのだが。
それと賽の河原の鬼たちは許してやってくれ。私が強すぎるせいだからな。
まあ、お前ももう一人前の閻魔大王だ。思う通りやればよい。
私はお前がきっとやり遂げると信じている。
差し出がましいが、最後に一つ箴言をさせてもらおう。賽の河原法の廃止案だ。お前ならやってくれると思うが、年寄りのおせっかいだと思って受けとってくれ
故日色英雄拝』
お父さんは逝ってしまった。
なぜ気づかなかったのだろう。
オレは後悔した。お父さんの言う通り、悪法なら変えるべきなのだ。オレはそれができる立場だったはずなのに。悔やんでも悔やみきれない。
地獄の法を犯したのだ。お父さんは地獄の法気に当てられ消えてしまった。勇者であるお父さんが簡単に消滅してしまうとは思えない。だが、その魂は輪廻の輪に戻れたのか、それとも完全に消滅してしまったのかオレにもわからない。
閻魔の親父も心なしか寂しそうだ。
それでもオレはお父さんのことを忘れない。
語り継いでいこう。悪と戦い、正義を守り続けた勇者の名を。
*
「魔王様」
戦役終結から3か月が過ぎた。世間が年越しの準備で慌しい頃、あらかた仕込みが終わった閻魔堂の厨房の中から開店前から指定席に座り込んで焼酎を飲んでいる親父に源治さんが話しかけた。
「ん?」
「爺になることになりました」
「明か?」
「お気付きでしたか」
「転生のときの様子を見りゃな。あの娘の運命も変えてしまった。悪いことをした」
千衣先生、もとい千衣ちゃんは先生を辞め、今は閻魔堂で働いている。おかげで閻魔堂は繁盛仕切りで、学生と居酒屋アルバイトと閻魔大王の3足の草鞋のオレとしては忙しくてかなわない。もっとも地獄は親父が元閻魔として仕切ってくれているからオレのやることはほとんどない。目下の悩みは高校受験だ。
「千衣を拾ったのは明です。これも縁でしょう」
「あれか?」
「おそらくは。千衣が強く望んだそうです」
「ということは、俺が爺になるのは当分先だな?」
厨房の隅で串打ちしていたオレは黙って聞いていたが、酔っ払い親父にも困ったものだ。当たり前だろう。オレはまだ中学生だぞ。
「申し訳ありません」
源治さんが謝るのも意味が解らない。
きょとんとしているオレを見て二人が笑った。
さらに半年後、千衣ちゃんは元気な女の子を産んだ。明け方のことだった。
その日の昼休み、千衣ちゃんからメッセージが来た。学校帰りに寄るようにとのことだった。そのうちお祝いに行こうとは思っていたけど、こんなに早くて大丈夫なのだろうか? まだ疲れているだろうに。だが、学校早退してでも来いと強く言われればしょうがない。
千衣が正しかった。千衣に優しく抱かれている赤ん坊を見たとたん、オレは立っていられなかった。床に膝を着き、天を仰いだ。
ああ、神様仏様。ありがとうございます。
*
高校生活も2年目となったある日、オレはいつものように康太と一緒に下校していた。あれから2年がたった。オレはさらに背が伸びた。平和な生活だったが、鍛錬は欠かしていない。お父さんの言葉が忘れられない。大切なものを守るためにはそれだけのことをしなければならないのだ。
商店街の入り口で康太と別れる。
「じゃあな。ロリコン大魔王!」
「てめぇ、殺すぞ。それよりたまには手伝いに来い。マスコットがさらに一人増えて忙しくってかなわない」
「止めてくれ。お前が留守の間、俺がどれだけこき使われたことか。もう二度と串打ちはしねえ」
「誰が素人の打った串を客に出すか! あれは非常事態だ」
「とにかくオレは御免だよ」
逃げてく康太を諦めて店に帰る。
「ゆゆゆーっ!」
扉を開けたとたん、小さくて柔らかいものが飛び込んできた。膝にぶつからないよう屈んで抱きとめる。
「ゆゆゆー、おあえい!」
毎日、オレが帰るとお迎えに来てくれる。これだけで十分だ。これ以上望むものはない。
「光月! いい子にしてたか?」
「うん!!」
ちっちゃな体でオレによじ登り肩に落ち着く。
「あら、ゆーくん、お帰りなさい」
光月を肩車したところで千衣先生改め千衣ママが出迎えてくれた。
「本当に光月はゆーくんが大好きね」
「まあ、ひかりですから」
そうなのだ。この娘は光月。ひかりの生まれ変わりだ。転生は命じられても生れ落ちる先は閻魔であるオレにも選べない。それは自然の摂理なのだ。
しかし、千衣はどうしてもひかりを取り戻したい。その一心で明兄に自分を抱くよう迫ったそうだ。憎からず思い合っていた二人だ。明兄も受け入れた。
満代さんは「約束通り本当の娘になってくれたわね。」と大喜びだった。
とはいえ、ひかりが本当に二人の子供に転生するかは賭けだった。タイミングもあるが二人の、皆の望みがひかりの魂を呼び寄せた。これだけ望まれていたら魂も迷わなかったろう。
生まれたその日、ひと目で分かった。千衣に抱かれて眠る女の子がひかりだと。皆分かっただろう。明兄と千衣に頼まれ、親父が『光月』と名付けた。『ひかり』と『月夜叉』からとった。
光月、いい名前だ。オレの宝物だ。康太に冷やかされようが、親父たちに孫を見せられなかろうが関係ない。一生守る。もう離さない。
「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」をお読みくださりありがとうございました。
結弦はひかりを取り戻すことができました。ここから結弦の新しい物語が始まります。これにて第2章地獄戦役編は終了です。次話から第3章国づくり編の開幕です。乞うご期待です。
投稿は毎週金曜日に行う予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。




