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28.唯一神

 一見、平和そうに見える日常に潜む影。それは生きとし生けるものが逃れ得ない生と死にまつわる有象無象の物語。

 黄泉坂結弦は父親にあこがれていた。居酒屋の店主なのだけれど部下に仕事を任せて昼間から飲んだくれている父親に。だけど、親父の周りにはいつも人がいた。彼らの相談を見事に解決してしまう親父は結弦のヒーローだった。親父のようになりたい。それが結弦の夢だった。

 だけど、自分は親父に似ていない。少年の悩みは尽きない。

「あと少しです。次の門を抜ければそこはもう唯一神(ゆいいつしん)神域(しんいき)です」

 毘沙門天(びしゃもんてん)が言った。オレたちは何度も次元転移を行っていたらしい。

「唯一神の神域ってどんなところだ?」

「そうですね……」

 毘沙門天が口ごもる。言いたくないのではなく説明に困ったように上を向く。

「何もない空間です。そこに唯一神はいます。見えないし、触れもしない。でも、唯一神はそこにいるのです。そこは彼の体内と言ってもいい。どこにでもいて、どこにもいない。肉体を持たない存在とはそういうものです」

「肉体を持たないって精神生命体みたいなもの?」

「そういうものとも違います。そもそも生命ですらないのです。ただの概念。まともな会話ができるとは思わないでください」

 なんだか面倒そうなやつらしい。


「体がないっていうならどうやって話したらいいんだ?」

「体内にいるようなものです。話し掛ければ聞こえているはずです。(こた)えるかどうかはわかりませんが」

 会話になるかどうかはオレ次第ということだろうか。


「いきなり襲われたりしないですよね? 毘沙門天(びしゃもんてん)様」

 ひかりが会話に割り込んできた。怖いこと言うなよ。プレッシャーだろ。

 何せ、オレたちは天使軍を打ち破ってここにいるのだ。正門も蹴り(こわ)してしまったし。

 もっとも天使たちの大半を殺したのはセラフィエルのせいだからな。オレを(うら)むなよ。

「気にもしていないでしょう。彼が本気になれば、我々を消滅させるくらいの力はあるでしょう。我々極楽教の神、仏すべてを合わせたくらいの力を唯一神は持っていますから」

 一神教と多神教の違いみたいなものか。総力は同じでも神仏で力を分け合っている極楽教は一人一人(一柱? 一仏?)の力は弱くなるのか。だが、その力の(みなもと)は信仰心だ。オレたちが決める問題ではない。

「怖いこと言わないでくださいよぅ……」

 ここにきてひかりがビビってる。

「大丈夫です。彼には我々のことはばい菌程度にしか感じないでしょうから。ほら、ばい菌はひとの目に見えないでしょう」

「毘沙門天、そこはちょっとましなものに例えて欲しかった」

「しょうがないです。まさに我々は十字教の領域を汚染しているばい菌みたいなものですから。さあ、最後のゲートを潜りますよ」


 オレたちはまぶしい光の中に飛び込んだ。


     *


 冥府城(めいふじょう)に詰める元閻魔(もとえんま)故勇者(こ・ゆうしゃ)の下に来客があった。

「一度は引いたところとはいえ、まだ油断できねえ。ここは戦場だぞ。お役人様が来るところじゃねえ、蘇我(そが)!」

 黒スーツの男は涼しい顔で受け止めた。

「そんなこと言わないでください。私だって好きで来ているわけじゃないんですから」

 苛立(いらだ)って()える元閻魔の罵声(ばせい)に男はへらへらと応える。

 男の名は蘇我(そが)公麿(きみまろ)。内閣官房付参事官である。もっとも表立っては名が出ることはない。閻魔同様裏の政府の人間なのだ。もっとも人間であるかは疑わしい。閻蔵(えんぞう)襲名(しゅうめい)する前から公麿は地獄を担当しているのだ。

 蘇我とは、つまり日本に極楽教を誘致した一族の末裔(まつえい)である。もっともその頃は地獄という概念はなかった。耳当りの良い言葉だけが輸入された。

 当時は土地に根付く神々との戦いの日々だった。倫理を導入することで豪族の首領にすぎなかった(みかど)に権威を付けようと企んだのは厩戸皇子(うまやどのみこ)。蘇我氏は皇子と手を組み土地神を(たっと)物部(もののべ)氏を滅ぼし、極楽教を日ノ本(ひのもと)の地に根付かせたのだ。その後、政変により本家は滅ぼされたものの極楽教と結びついた蘇我は生き残った。その末裔が今なお極楽教とこの国を結び付けている。

 うっとうしいことこの上ないが、無視もできない。


 元閻魔はジロリと(にら)みつける。

「なら何しに来た」

「いやだなぁ。心当たりはあるでしょう」

「……(せがれ)のことか」

 苦虫(にがむし)()(つぶ)したような表情で元閻魔が答える。

「そうですよ。聞けばもう何年も前から代替(だいが)わりしているそうじゃないですか。困るんですよ。そういうことはちゃんと届けを出してもらわないと」

「馬鹿を言え。倅はまだ中学生だ。(おおやけ)の役職になどつけるか!」

「ですが、閻魔紋章(えんまもんしょう)は譲り渡したのでしょう?」

「ガキのおもちゃに貸し与えただけだ」

「なら、今でも貴方が閻魔大王であると?」

 元閻魔は黙り込んだ。

「閻魔堂で聞きましたよ。もっともそれを聞き出すのに焼酎のボトルを入れさせられ焼き鳥を百本は食べさせられましたがね」

()っちゃんが余計なことをしゃべるわけねぇ」

「彼女はおっしゃっていましたよ。魔王様と……なんで大王様じゃないんでしょうかね。彼女も以前は大王様と呼んでいたはずですがね」


「オレたちが苦境に(あえ)いでいたときは近寄りもしなかったくせに手前の勝手ばかりぬかしやがる……」

 元閻魔は視線で殺せるかのように(にら)みつける。だが、公麿にとっては痛くもないように(うそぶ)く。

「そりゃあ閻魔大王と勇者の密約など政府には与り知らぬことですからね。そうだよね、故勇者君」

 振られた故勇者は聞いていないかのように振り向かない。

「悪い話じゃないと思うけどなあ。君たちの息子を政府が認めようと言っているのですよ」

「何度も言っているだろう。倅はまだ中坊だ!」

「年齢など関係ないでしょう。悪魔軍の侵攻を退け、さらに唯一神と講和をまとめようとしている実績があれば」

 こいつはどこまで知っているのだろうと元閻魔は考え込む。だが、そんなことはどうでもよいことだ。父親は息子を守るそういうものだ。

「なら、出直しな。倅は今ここにはいない」

「知ってますよ。だから今日は書類を届けに来ただけ。戻ってきたら早めに出すように言ってくださいよ」

「失せろ!」

 蘇我公麿は笑いながら手を振ると冥府城を去っていった。


「どうするんだ?」

「どうもこうもあるまい。放っておくさ。早すぎる。だいたい仏部(ぶつぶ)の承認も降りていないんだ」

 故勇者の問いかけに元閻魔は答える。

「それもそうだよな」

 父親二人は深く溜息をついた。


     *


 オレたちは光の中にいた。ぼんやりした柔らかな光で(まぶ)しくはなかったが、何にも見えない。何にも触れない。


「みんな、いるか!?」

 声は通るようだ。

「はい!」

「「はっ、ここに!!」」

「ゆーくん、どこ~?」

「ゆーくん、どこ~~?」

「マネするな!」

 すぐに返事が返ってきた。最後は先輩がひかりのまねをして怒られている。女子たちは余裕がありそうだ。


「毘沙門天。ここはもう唯一神の領域なんだな」

「神気を感じます。間違いなく」

 唯一神と接触した経験のある毘沙門天が頼りだ。

「どうやって話しかければいい?」

「精神感応(かんのう)ですが、普通に話しかければよいはずです。既に気付いているでしょう」

 オレは大きく息を吸い込み精一杯の大声で問うた。

「唯一神に問おう。信仰に罰は必要か?」

『…………』

 確かに通じているはずだ。唯一神の莫大(ばくだい)で希薄な存在を感じる。だが、応えはない。

「再度問おう。信仰に罰は必要だと思うか?」

 空気が変わった。それは声のようで声でなく、心に直接響く言葉だった。

『我をあがめよ』

 毘沙門天の言った通りだった会話にならない。だが、ここで(あきら)めるわけにはいかない。

「あがめ(たてまつ)らなければ罰を与えるのか?」

『我は唯一無二(ゆいいつむに)の至高の存在。我をあがめよ』

「いくら偉かろうとあがめるかどうかは人が決めるもんだ」

『重ねて告げる。我をあがめよ』

「あんたがそういうのは勝手だ。言うのはあんたの都合だからな。でもあがめるかどうかは人が決めるものだろう」

『我をあがめよ』

「あがめなければ罰を与えるのか?」

『我は道を示した。従わない者には天界の門は開かれぬであろう』

「唯一神よ。それは言うことを聞かなければ天国には行けないぞ、と脅しているのと同じではないか? 改めて問おう。信仰に罰は必要か?」

 話が元に戻った。だが、意思の疎通が図れてきた気がする。


矮小(わいしょう)なるものよ。それも道なのだ』

「天国へ行くのも地獄へ行くのも人の意思だというのか?」

『子等が選ぶ道まで我関知せず』

「罰ではないのだな」

(しか)り……』

 思った以上の言質(げんち)を取った。オレは声を張り上げた。

「皆の者、よく聞けっ! 我、第146代閻魔大王黄泉坂結弦(よみさかゆづる)は唯一神とここに合意に至った。神は信仰心を求める。人は人として己の生きる道を選ぶ。それは天国を目指すか極楽を目指すかの選択も含まれる。以上だ!」

 法力全開で世界に放ったオレの言葉は唯一神の神域だけでなく地上にも地獄にも極楽にも響いたはずだ。

『…………』

「唯一神よ。今の会話を要約するとこういうことになるがいいな?」

(だく)……』


     *


 なんだ、話の分かるやつじゃないか。そう思った。だが、それが気に入らないやつもいた。


「何よ。つまらない。信仰心の奪い合いでしょ。戦いなさいよ! 負ければ調伏(ちょうぶく)され従う。勝てばすべてを奪う。あなたたちはそうやってきたじゃない。今更、自由だなんて言われてもこっちは迷惑なの。さあ、戦いなさい。唯一神と閻魔大王の戦い、それこそ混沌(こんとん)の始まり。私の望む神々の黄昏(たそがれ)よ!」

「何言いだすの!? このバカ女! せっかくゆーくんが話をまとめたのに」

 ひかりが怒って止めようとするがどうにもできない。オレたち同士だって触れることすらできないのだから。

蛭子(ひるこ)先輩……オレの目指す秩序と先輩の望む混沌は同じじゃないかって思うんだ」

「どういうこと?」

「オレの目指す秩序ってのは人が自分の道を自分で選ぶことだ。人は自分の好きに生きればいい。そこに強制力は働かない。十字軍や異端審問の時代じゃないんだ。人はいろいろでいい。唯一神を信仰し天国を目指す者、好き勝手に堕落(だらく)して悪魔にたぶらかされる者、一心に仏を拝んで極楽浄土を目指す者、人の道を踏み外す者、いろいろでいい。それが人間だ。それって混沌とどこが違う?」

「全然違う! だって混沌ってもっとどろどろとして(つか)みようもなく訳の分からないものだから」

「先輩、それじゃあ、人間を一言で言える?」

「それは……」

「一人一人なら言葉で表すこともできるだろう。でも全部ひっくるめた人間ってのは堅物だったり、悪者だったり、優しかったり、流されやすかったり、いろいろだろ。それをひっくるめるとどろどろして掴みようもないものじゃないか。それは先輩の言う混沌の説明と同じになるんだけど?」

「でも……そんなの……納得できない!」

 オレたちの話を黙って聞いていた唯一神の気配が変わった。うまく説明できないが気配が濃密になっている。

「閻魔殿、危険です。引きましょう」

「引くって言ったってどうすれば……」

 唯一神の圧が濃すぎて身動きすら取れない。左腕にひかりがしがみついてきた。こんなこと以前にもあったな。感触はだいぶ違うが。


 右には蛭子先輩、背中には仁王(におう)達、前からは毘沙門天が押し付けられた。圧力がますます上がり押し潰されると思ったとき、思わず声が出た。

「唯一神よ。戦を望むか? オレは望まない!」

 これ以上押されたら耐えきれない。そう思ったとき


 ぺっ


 まるで吐き出されたかのように圧が抜けた。天界を追い出されたようだ。

(いな)!』

 吐き出される最後の瞬間、唯一神の声が確かに聞こえた。

「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」をお読みくださりありがとうございました。

 結弦はついに唯一神との講和を成し遂げました。それにしても先輩ちゃんたらやらかしてくれます。

投稿は毎週金曜日に行う予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。

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