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25.開戦

 一見、平和そうに見える日常に潜む影。それは生きとし生けるものが逃れ得ない生と死にまつわる有象無象の物語。

 黄泉坂結弦は父親にあこがれていた。居酒屋の店主なのだけれど部下に仕事を任せて昼間から飲んだくれている父親に。だけど、親父の周りにはいつも人がいた。彼らの相談を見事に解決してしまう親父は結弦のヒーローだった。親父のようになりたい。それが結弦の夢だった。

 だけど、自分は親父に似ていない。少年の悩みは尽きない。

「天使と一言でいいますが、その中は官僚のように階級制度(ヒエラルキー)が確立しています。9つの階級に分かれているのですが、それが3つづつに区切られています」

 軍議においてハエ五郎が天使について説明する。

「こちらをご覧ください」

 ちょっと待て。そのフリップはどこから出した。


『第一位階(第一~三位)神と直接対話ができ、統一と完璧を司る。

 第一位 熾天使(してんし)(セラフィム)(おさ)はセラフィエル。天使たちの頂点に君臨し、神の代理として天使に命令し、ときには罰を与えることもある。

 以下、第二位 智天使(ちてんし)(ケルビム)

 第三位 座天使(ざてんし)(スローンズ)


 第二位階(第四~六位)神の命令で下位天使たちの啓蒙(けいもう)を司る。

 第四位 主天使(しゅてんし)(ドミニオンズ)

 第五位 力天使(りきてんし)(ヴァーチュズ)

 第六位能天使(のうてんし)(パワーズ)。


 第三位階(第七~九位)兵隊。外界の浄化を目的に配置され、他教の侵略と調伏を司る。

 第七位 権天使(けんてんし)(プリンシパリティーズ)

 第八位 大天使(だいてんし)(アークエンジェルズ)

 第九位天使(てんし)(エンジェルズ)』


 わかりやすくまとめられているが……


「熾天使長セラフィエルが今回の敵の黒幕です。とはいえ自ら軍を率いてくることはないでしょう。体よく部下に押し付けてくるはずです。指揮官が熾天使で隊長が主天使数名、あとは雑兵の大天使や天使どもでしょう。雑魚(ざこ)天使どもがどう頑張っても主様に傷一つ付けられるものではありませんが、数だけは多いのでお気をつけください」

 ハエ五郎が、雑魚だのGだの言うせいで本当に虫のように思えてきた。


「ところで天使どもの戦力はいかほどなのだ?」

 さすがは戦神。毘沙門天(びしゃもんてん)が気にする点はそこだった。戦なのだ。当然か。

「熾天使の誰が出てくるかによりますが、極楽教の神が劣るとは思えません」

「であろうな。天界戦線でもそのようだ」

「以下は階級が一つ下るにつれ一桁(ひとけた)落ちるとお考え下さい」

「なら唯一神はどうなんだ? まさか熾天使の10倍ってことはないだろう?」

 オレが知りたかったことはこれだ。

「唯一神については何も申し上げられません。熾天使など比べられるものではありません。主様……十字教では力のほぼ総ては神のものです。それをほんの少し分け与えられた天使でこれなのです。極楽教界の至高仏(しこうぶつ)大日如来(だいにちにょらい)様より上とお考え下さい」

「おい、ハエ! 言葉が過ぎるぞ!」

 吽形(うんぎょう)がハエ五郎を(いさ)める。

「よいのだ、吽形。戦いの前の心づもりの話だ」

 オレのとりなしで吽形も引いた。

「それにオレは唯一神と戦う気はないのだ。この地獄戦役を収めるために話をするだけだ」

「「「はっ……」」」

 皆が一斉に(かしこ)まった。


 軍議に戻る。

「だが問題は数だな」

「そこは私が何とかしましょう」

「秘策があるのか。何だ?」

「そこは秘策でございますから」

 ハエ五郎は明かさなかった。


「危ないことをするんじゃないだろうな」

 オレの問いかけにハエ五郎はしぶしぶ答える。

(しん)の命は主様(あるじさま)のものです。そのために生きながらえてきました。今こそ使い時なのです」

「ダメだ!」

 許すわけがなかろう。ハエ五郎は前世から仕えてくれる大事な仲間なのだ。

「主様、私はハエですよ。人よりも寿命は短こうございます。もってあと数日の命です」

「それでもダメだ。ここはもう十字教の天界だろう。元々十字教に(ゆかり)のあるハエ五郎が、敵の手にかかることがあれば、魂も捕らえられてしまうかもしれない。お前にそんな危険なことはさせられない」

 ひかりの殺虫剤で殺されるとは意味が違うんだぞ。

「いいな、ハエ五郎。お前の命はオレのものというなら勝手は許さん」

御意(ぎょい)にございます。自ら命を捨てるようなことは致しません」

 (うなず)くハエ五郎。

 だが、オレは知っている。こいつの忠誠は本物だ。いざというときオレとの約束を破ることに躊躇(ちゅうちょ)しないだろう。


     *


 ザッ ザッ ザッ ザッ

 白銀(はくぎん)に輝く(よろい)が一糸乱れぬ隊形で進む。天使軍その数1万。

 その中央で騎上から見守るミカエルの顔色は優れない。

 異教の神たちたかだか5人に対して大仰(おうぎょう)すぎるとも思える。だが、これは絶対に失敗できない戦いなのだ。

 そもそもこんな戦い望んでなどいなかった。勝って当たり前、負けたら必罰なんて戦いには。


 極楽教に嫌がらせをしようと悪魔どもを()きつけたのだってウリエルだし、面白がってあおっていたのはラファエルだ。うまくいかなかったからと問題にしたのはメタトロンだ。私は何も言っていないのだ。

 なのに何故、私ばかりが責任を負わされる。

 あまりに毎度のことなのであだ名までつけられてしまった。『神の旗手』と


 冗談ではない。私は軍神ではないのだ。外敵を倒すのは第三位階の権天使らの仕事であろう。啓蒙し調伏(ちょうぶく)するのは第二位階の主天使たちであろう。なぜ、熾天使である私が尻拭いの軍を率いなければならないのだ。なぜ、責任を取らなければならないのか?

 だいたい私は地獄戦役に賛成などしていないのだ。何も言っていない……まあ、反対もしなかったのだが


 これも言い訳だ。反対しなかった責任はあろう。ならば私は己の責務を全うするだけだ。


     *


()っちゃん、ビール!」

「私はビールじゃありません!」

「ビールお代わり!」

「はいはい。生4追加!」

千衣(ちい)ちゃん、こっちは焼き鳥盛り合わせね!」

「はーい。」

 閻魔堂は繁盛していた。いつもより混んでるくらいだ。キッチンでは康太(こうた)韋駄天(いだてん)がこき使われている。4時間串を打ち続けている康太は半ベソを()いている。意外なことに韋駄天は器用に調理をこなしている。

「おいら、一人暮らし長いですからね。男の料理しかできないっすけど。彼女? いるわけないでしょ」


 それはそうだ。とはいえ板長(源治)は勿論、魔王様やゆーくんにも味は劣ると思うのだが、この繁盛ぶりだ。なんでもいいのかもしれない。明日からはコンビニの焼き鳥でも出してやろうかしら?

 物騒なことを考える満代(みつよ)だったが「美人女将の店に魔王と番頭がいない。」という(うわさ)が街中に流れていることは知らない。


「千衣ちゃん、暖簾(のれん)下げてくれる?」

 10時を過ぎ、最後の客を追い出すと満代はそう言って、自分はレジを閉めに掛かる。

「今日も忙しかったですね」

「魔王様には休業にしててもいいと言われてるんだけど……」

「すいません。店の修理代(かせ)がないといけませんもんね」

 千衣が申し訳なさそうに応える。だが、満代の考えは違ったようだ。

「そうじゃないの。男どもに誰のおかげでこの店が成り立っているのか教えてやるのよ。目指せ、最高売上! 帰ってきて居場所があると思うな!」

 どうやらお(かんむり)のようだ。怒ったときの満代は本当に恐い。


「何よ。戦は終わったっていう連絡一つでそれっきり。帰って来やしない」

「勝ったんですよね?」

「ええ。勝った、ってそれだけ。なにそれ、聞きたいこともあるのに。まったくもう!」

 ちなみにその手紙を届けに来たのは韋駄天だ。

「ゆーくんたちはまだ帰ってこないみたいだし、心配するだけ損しちゃう」

「明君も結弦君と一緒なんですよね。心配でしょう」

「あら? 明を心配してくれるの?」

「い、いえ、満代さんが心配なんじゃないかなって思っただけで……私は別に……」

 顔を赤らめ千衣がもごもご言い訳する。

「いいのよ。男の子ってそんなもんだから。ゆーくんも一緒」

「そんなものですか?」

「そんなものよ。そして背中を押すのは父親の仕事。女はただ待つしかできないの」

 そう言って愚痴(ぐち)をこぼす満代はなんだか嬉しそうだった。


     *


「これはまた……」

「目がチカチカします」

「我ら5人に対して大仰な……」

 天使軍一万を前にしてオレたちの感想はこんな感じだった。


 おい、阿形。ハエ五郎を無視するな。あと先輩もだ。まあ、戦力にはならないかもだけど。


「先輩、ここまでの大軍で向かい撃たれると守り切れないかもしれない。今からでも帰ってくれないか?」

「あら黄泉坂(よみさか)。心配してくれるの? でも大丈夫。自分の身くらい自分で守れるわ」

 いつも通り先輩はオレの気持ちを無視した。

 それでもできる限りのことはしよう。天界へはオレたち7人で乗り込むのだ。


     *


「あ奴らですか……悪魔どもに打ち勝つだけあって禍々(まがまが)しい邪気(じゃき)をまとっておりますな」

 副将のザドギエルが呟く。

 実戦部隊、主天使長のザドギエルが出てくるとは一応はセラフィエル様も本気らしい。ミカエルは考える。

 だが、たった7人に対して1万の天使軍だと……恥を知れ!

 もし……仮に敵がそれほどまでの力を持っているとしたら天使(雑兵)たちでは歯が立たない。無駄死にである。もっとも天使などいくらでも再生できるのだが

 本気を出すなら面子(めんつ)になど(こだわ)らずにさっさと対処するべきであったのだ。


 まあ本気を出したといっても副将ザドギエルほか主天使(ドミニオンズ)が数名、小隊長格に大天使(アークエンジェルス)、兵のほとんどは天使(エンジェルス)だ。面子に拘り戦力の逐次(ちくじ)投入……悪手としか言いようがない。

 十字軍のときもそうだった。中東神教との戦のときもそうだ。いつも自分ばかり貧乏くじを引かされ戦の矢面に立たされた。

 おかげでミカエルは戦というものを理解していた。だが、セラフィエル以下他の熾天使どもはダメだ。信仰をかけて戦うという意味が分かっていない。


 開戦に先立って兵たちに声を掛けれやらねばならない。

 だが、ミカエルの口から洩れるのは溜息ばかりであった。


     *


杞憂(きゆう)でした」

 ハエ五郎が言う。

「1万もの大軍だぞ?」

「雑魚です」

 何でもないかのようにハエ五郎は言い放つ。

「天使どもの攻撃とやらを受けてみますか? 蚊に刺されたほどの痛みもありますまい。主様が気にされるべきは主将、熾天使ミカエルのみです」

「敵将のミカエルとやら、お主は知っているのか?」

 毘沙門天がハエ五郎を問いただす。

「こうなるのではないかと思っておりました。もちろん知っていますとも。あの、融通の利かない堅物のミカエルのことは」

「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」をお読みくださりありがとうございました。

 いよいよ天使軍との開戦です。ところで結弦も魔王もいないというのに閻魔堂は大繁盛のようです。良いことです。

投稿は毎週金曜日に行う予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。

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