21.失墜
一見、平和そうに見える日常に潜む影。それは生きとし生けるものが逃れ得ない生と死にまつわる有象無象の物語。
黄泉坂結弦は父親にあこがれていた。居酒屋の店主なのだけれど部下に仕事を任せて昼間から飲んだくれている父親に。だけど、親父の周りにはいつも人がいた。彼らの相談を見事に解決してしまう親父は結弦のヒーローだった。親父のようになりたい。それが結弦の夢だった。
だけど、自分は親父に似ていない。少年の悩みは尽きない。
「おっ、あいついい刀持ってるじゃないか」
故勇者は呟くとまっしぐらに駆けだした。先陣の竜牙兵を蹴り飛ばすとその槍を奪う。奪った槍を振り回して2、30匹一瞬で突き伏せた。だが、安拵えの槍はそれだけで折れてしまった。すぐに次の相手から槍を奪う。あっという間に敵の隊長格に迫る。名乗りも上げずに騎乗の地龍ごと槍で貫いた。倒れた悪魔隊長の手から刀を奪う。両手剣のはずだが、故勇者は片手で軽く振り回す。その勢いに押されて敵が下がり輪を作る。
「ふん、大したもんじゃないがまあましなほうか」
今度はひと跳びで門前まで戻ってきた。元閻魔に攻めかかろうとしていた悪魔を後ろから切り伏せる。
「人の獲物を捕るんじゃねえよ」
「ん? こいつのことか? それとも刀のことか?」
「どっちもだよ!」
故勇者の軽口に元閻魔が悪態で返す。
「まあ、そういうな。ちょっと勇者らしいとこ見せてやるから」
故勇者は剣を両手でしっかり握ると振りかぶった。
「勇者の力は刀にあるんじゃない。勇者本来の力だ。だからどんな駄剣でも宝具なみの力は出せるんだ。そら行くぞ! 何とかカリバーーーーー!!」
残念な台詞はともかくその力は圧倒的だった。前面の二千ほどが一瞬で塵と消えた。
「やっぱ、この程度の剣じゃ無理だったな。威力も1割ほどしか出ていない……」
手の中の剣はぼろぼろに刃こぼれし、中ほどで折れていた。
故勇者の見せた力の一端に元閻魔も刺激されたのだろう。大鉞を地面に突き立てると両手で印を組む。
「それじゃあ、今度は俺の番だな。不用意に敵地に踏み込んだ己の迂闊を悔やむといい。火炎地獄間歇焦!」
目前に迫る第2陣のあちらこちらから次々と灼熱の炎が立ち上がる。それぞれ数十匹を巻き込んで黒焦げにする。
「この技のすごいところは敵だけでなく俺にもどこから炎があがるかわからないことだ。恐ろしくて近寄れないだろう。わはははは」
「全然自慢じゃないよ」
故勇者があきれた顔をする。
*
「お客人方、ここは十字教の支配する空間です。他教の方々が勝手に踏み荒らしてよい場所ではありません。お控えください」
毘沙門天に先導され飛んでいたところを男に呼び止められた。マントを羽織った少女を連れている。
天界への道……ただの空間を文字通り飛んでいるオレたちに止まるつもりはない。だが、男の素性が知れない。なんとなく気持ち悪い。
毘沙門天にもわからないようだったが止まる気はないらしい。オレに首を横に振って見せた。
「押して参る!」
すり抜けようとするオレを少女の声が止めた。
「黄泉坂。あなた何をしようとしているの?」
「蛭子先輩!」
それは園芸部の部長、蛭子雅美先輩だった。オレは思わず足を止めた。
「蛭子先輩こそ、なんでこんなところに……?」
「それはあなた方を待ち伏せていたからですよ。黄泉坂結弦君」
蛭子先輩に向けたオレの問いに答えたのは跪き顔を伏せていた男だった。
立ち上がったその男は……やはり鏡蘭丸だった。
「鏡!」
「先生に向かって呼び捨てですか。躾がなっていませんね。黄泉坂」
「蛭子先輩に何を吹き込んだんだ!?」
「私は君の真の姿を教えてあげただけですよ。そして、君がやろうとしていることもね」
鏡は余裕ぶってオレの問いにはまともに答えない。
鏡嵐丸、YOUTUBER でマルちゃんと名乗っている。SNSにオレの画像を流したときから敵だとわかっていた。清志郎からその正体が悪魔マラコーダであることも聞いていた。だがその目的がわからない。蛭子先輩を巻き添えにする理由も。先輩はどこまで知っているんだろう。
しゅっ!
毘沙門天が抜き打ちで刀子を投げた。だが、受け身すら取らない鏡の面前で刀子は停止した。透明な壁に守られているようだ。
「何故、オレの映像を流した。しかも悪魔だなんて嘘までついて」
「おや、ご存知でしたか。ならこれからはこちらの姿でお相手しましょう」
ポケットからふざけた仮面を取り出し装着した。隣でマントを脱ぎ捨てた蛭子先輩はバニーガールの姿だった。ご丁寧にうさ耳のカチューシャまで被って見せた。
「は~い。ご存知マルちゃんとアシスタントのまーちゃんです。ここでのことは生中継で全世界にアップされています。どっちが本物か視聴者に決めてもらいましょう」
この場面をSNSで流しているだと。ふざけやがって。
「それに私たち嘘なんてついてませんよ。そうですよね、まーちゃん」
「知らない……」
ここまで付き合っておきながらまーちゃん……蛭子先輩はマルにもつれなかった。
「私は確かにこういいました。あなたの背に見えた紋は地獄紋だと。悪魔だなんて一言もいってませんYO!」
確かにそうだったかもしれない。だが、そのおかげでオレは学校どころか地上すら歩けない状態なのだ。
「私にやらせてください」
相当怒っているのだろう。応える間もなく毘沙門天が飛び出した。勢いのまま三叉戟をマルに向かって繰り出す。だが、結果は先ほどよりひどかった。その刃はマルの手前で弾き返された。戦の神様毘沙門天渾身の一撃すら防いでしまう。本来、マラコーダ程度の低級悪魔にそんな力があるはずがない。
「ぐわっ……」
デコピンの一撃で毘沙門天が吹き飛ばされた。
「残念ですね。日本じゃ有名な戦の神様もこの程度ですか。それとも私が強いんでしょうかNE!」
「毘沙門天様!」
ひかりが弾き飛ばされた毘沙門天を受け止めた。
「すまない、夜叉。みっともないところを見せてしまったね」
「いいえ。私にも加勢させてください」
「よいとも」
毘沙門天は紳士に応えたが内心は怒り狂っているはずだ。月夜叉と仁王達と4人がかりで攻め立てる。しかし、同じだった。攻め手が増えた分、反撃をくらうことは少なくなったがマルは涼しい顔をしている。攻撃を受けているとすら思っていないようだ。
内心無駄だと思いつつオレも焔魔刀を抜いた。
そのとき、蛭子先輩がオレの前に立ちふさがった。両手を広げて庇う仕草だ。先輩は普通の人間だ。これでは攻撃することもできない。
「黄泉坂、なんでマルちゃんをいじめるの? 嘘つきだけどマルちゃん何も悪いことしてないのに……地上じゃ知らない人のいないほどの人気者なんだよ。マルちゃんが呼びかければ世界中から1000万人以上の『いいね』が集まるんだから……」
「先輩は騙されているんだ。そいつはそんな生易しいやつじゃない。映像を流した結果、人が死んでも笑っているような悪魔なんだ」
「そんなこと関係ない。あたしはあたしの勝手でマルちゃんといるんだから」
「先輩の勝手ってなんだよ! そいつを放っておけば人が死ぬんだぞ! 頼む。そこをどいてくれ」
「そんなのあたしには関係ない」
クソッ、なんでわかってくれないんだ。
*
「まーちゃん、それはちょっと違うよ。彼等とは一度戦ってみないとわかってもらえないと私は思っていましたよ。おかげでどうやらわかってもらえたみたいです」
前に立つ蛭子先輩をなだめるふりをしてオレたちをあざ笑うマル。さらに追い打ちをかける。
「それに1000万じゃない。英語、中国語、韓国語など全世界に翻訳されて今の私の信奉者は1億を超えていマス。1億ですよ。貴方にわかりますか。閻魔や毘沙門天を信じている者がどれだけいると思ってます。貴方達と私とでは桁が違うんですYO!」
マルの言葉を聞いて結弦は気がついた。攻め方を間違えていた。いや、攻める相手を間違えていた。YOUTUBER マルが相手ではない。敵とすべきは低俗な悪魔マラコーダなのだ。
「先輩、『地獄変』に出てくるすっごく悪い悪魔がいるんですけど、マラコーダって知ってます?」
「何? マラコーダ? 知らない」
「ぐわっ……」
仮面の力でなく、真の姿の力の弱さを突かれマラコーダはダメージを受けた。マラコーダの力の根源はSNSでの支持だ。だからマルの姿でないと力が出せない。人の心の隙間に付け込んで信じ込ませた偽の信仰心。だったらマルの仮面を引き剥がして本当の姿がただの低級悪魔であることを証明すればよい。
その考えは当たった。偽の力を完全に封じることはできなかったが、ダメージを与えることはできた。あとは力の源を封じることができればよいのだが。何か後一手欲しい。
*
戦場は混乱を極めた。いくら故勇者と魔王が強くても守る8人に対して敵は10万もいるのだ。倒しても倒してもキリがない。体力もそろそろ限界だ。
突然、敵陣の中央を稲妻が駆け抜けた。悪魔兵どもが千切れ跳ぶ。稲妻はそのまま敵陣を蹂躙する。十字教軍は壊乱した。
「何やってるんだ? 阿修羅」
魔王が稲妻に向かって声を掛ける。
それは阿修羅王その人であった。
「元閻魔よ。小僧に伝えておけ。借りは返したぞ」
阿修羅は魔王を睨みつけると捨て台詞を吐き、そのまま飛び去って行った。
「なんだ。あれは?」
「知るか」
故勇者の問いに魔王は答えを持っていない。
「だが、とりあえず俺たちも休んでいる暇はなくなったようだ」
「そのようだな」
掃討戦が始まった。
*
「間に合ったかい?」
救世主は現れた。ランニングに短パンの陸上選手みたいな神様が。
「何やってるんだよ、韋駄天」
まるで真打登場のようにどや顔をして現われたのは韋駄天。天部の小役人で足が速いこと以外大した能力はない。
「そんな顔するなよ。これでも切り札を持ってきてやったんだよ」
「なんだよ、切り札って?」
「今地上ではお祭り……じゃない炎上? してるよ。映像見るかい?」
そう言うと韋駄天は持ってきたタブレットをネットにつないだ。
いつから天界に無料Wi-Fi が設置されたんだろう?
画像はニュース映像だった。
『昨日、東京国税局は東京地裁に脱税の容疑でYOUTUBER マルこと本名鏡嵐丸容疑者の逮捕状を請求しました。鏡容疑者は若者に人気のYOUTUBER で全世界に1億に迫る再生回数を持っています。関係者によると容疑はこれらの収入を申告せず税金逃れをしていたとのことです。昨年から東京国税局は鏡容疑者の周辺を慎重に調べていましたが、現在鏡容疑者とは連絡が取れなくなっているとのことです。東京国税局は捜査に気付いた容疑者が逃亡を図ったとみて、悪質と判断し逮捕状の請求に踏み切った模様です。
さらに鏡容疑者は投稿したSNSで悪魔を発見する水や空を飛ぶ方法などを解説しており、これに影響を受けたと思われる若者の暴行事件、墜落死事件が頻発しており、警視庁は映像と事件の関係についても調査中であることを発表しております。』
『やっぱりやってたかwwww 』
『マジうける』
『マル終わったナウ』
『うさん臭いと思ってたんだよな』
『全部嘘だったんじゃん』
『FUCK! Son of a bitch! 』
『丸的骗子wwww 』
『속이다니구나! 』
ネットニュースの画面にはマルを非難する投稿がひっきりなしに流れる。海外からと思われる投稿も混ざる。意味は解らないが似たような言葉だろう。それはマルの仮面の崩壊を意味する。
「悪魔が現世に疎いとは思っていたけど、脱税ってこんなに叩かれるものなんだね」
脱税だけではないだろう。成功者を妬んでネットで叩くやつもいるだろう。だが、本質は悪魔の力で事件を誘発させたせいだ。妬みより正義が勝った。そう思いたい。
「何……マル……その格好……」
マルの化けの皮が剝がれる。全身鱗に覆われ、長い尻尾を持つ爬虫類を思わせるような奇怪な姿。マラコーダの真の姿を見て驚く先輩。あれだけ親し気に寄り添っていたマラコーダから後ずさる。距離を置く。
「おのれ、小閻魔め。ルシフェルが死に、サタンとベルゼブブは元閻魔と故勇者に破れ力を失った。今このときこそ我等マレブランケ族が地獄を掌握する絶好の機会であったのに……」
「ださっ……」
蛭子先輩の口から洩れたのはその程度の台詞でしかなかった。もともと感情の起伏に乏しい人ではあったが謀略に破れた悪魔を見ても一言でかたずけられてはマラコーダも立つ瀬がないだろう。
「この男がどうしようもないことはわかっていたし、悪魔だってことも知っていた。でも、その野望までこの程度とはね。がっかりだわ」
偽の力を失い毘沙門天に取り押さえられたマラコーダを見下して蛭子先輩が吐き捨てた。
「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」をお読みくださりありがとうございました。
ついに嫌がらせを続けていたマラコーダを倒すことができました。その切り札となったのは意外な方法でした。留守番組も頑張りました。
投稿は毎週金曜日に行う予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。




