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20.再戦

 一見、平和そうに見える日常に潜む影。それは生きとし生けるものが逃れ得ない生と死にまつわる有象無象の物語。

 黄泉坂結弦は父親にあこがれていた。居酒屋の店主なのだけれど部下に仕事を任せて昼間から飲んだくれている父親に。だけど、親父の周りにはいつも人がいた。彼らの相談を見事に解決してしまう親父は結弦のヒーローだった。親父のようになりたい。それが結弦の夢だった。

 だけど、自分は親父に似ていない。少年の悩みは尽きない。

 阿修羅との再戦の日が来た。

 オレたちは再び天界への道に乗り出した。すると呼び出されたかのように一軍を率いた阿修羅王が立ちふさがった。

 切り札は得た。だが、それを十全(じゅうぜん)に振るうためには準備が必要だ。前回から察するに、阿修羅は手数と勢いで圧倒してくるだろう。気迫で圧倒されては(やいば)を研ぎ澄ましている余裕はないだろう。ならば初撃で決める。

 オレは一人前へ踏み出した。阿修羅もわかっているのだろう。部下たちを下がらせた。そして呼吸を合わせるまでもなく踏み込んでくる。

「おおおおおおおおぉぉぉぉぉーーーーーーっ!!」

 きぃーーーーん!

 刀と刀がぶつかる鋭い金属音が響き渡った。


 初撃で決めるどころではなかった。オレは阿修羅の気迫に圧倒されていた。

戦神(いくさがみ)の名は伊達ではない。技とか手数とかそんなものでは全然なかった。

 阿修羅はその全身全霊を込めてオレを殺しにきていたのだった。


 覚悟が違う。戦神としての全てを懸けて戦いに臨んでいるのだ。

 戦の意味や立場などどうでもいいのだろう。ただ真っ直ぐにオレの首を取りに来ていた。

 どうやって初撃を(しの)いだのかも分からない。弾き返せたのだからオレの考えは間違っていなかったのだろう。それだけが救いだ。

 だが、それだけだ。

 開始5秒でオレは追い込まれていた。

 頭が真っ白になった。


「うおおおおおぉぉぉぉーーーー―っ!」

 気持ちでだけは負けまいと必死に()えた。

「おおおおおおおおぉぉぉぉぉーーーーーーっ!!」

 だが、それさえ押し負けていた。

 一撃一撃が重いうえに手数で圧倒される。何せ敵は顔が3つに手が6本もあるのだ。オレは傷だらけになった。

 阿修羅の攻撃で最大の威力を放つもの、それは右一肢の長刀だ。上腕から振り下ろす剣はリーチも威力も十分だ。だが、振り下ろしてしまえば右の二肢と三肢は使えない。叩き伏せようと振り上げるものの全力では振り下ろせない。隙を作るからだ。対して左は炎剣を第一肢に持っている。

 中腕第二肢は左に弓を右に矢を持つ。遠距離の攻めと守りの両立だ。足元への攻撃を防ぎながら隙あらば攻撃に転ずる。バランスが取れているだけに崩しづらい。

 第三肢はリーチがないため近接戦用武器を持つ。右の独鈷(どっこ)と左の(きね)だ。右の独鈷は敵の攻撃を受けつつ武器を(から)めとる。胴に叩き込めば(はらわた)をずたずたにするだろう。左三肢の杵は受けも強いが叩き込まれれば強烈なボディブローとなる。

 オレが阿修羅を倒すためには中腕による遠距離攻撃をかいくぐり、上腕の攻撃を(かわ)し、中腕の防御をいなし、下腕の反撃を打ち破らなければならないのだ。


 必死に焔魔刀(えんまとう)を振るうが、軽くいなされる。カウンターを叩き込まれる。返す刀がオレの首元を襲う。

 間一髪で避けることができた。だが、オレは態勢を崩していた。死に体というやつだ。


 どかっ!!

 阿修羅の右足がオレを蹴り飛ばす。

 オレは吹き飛ばされた。気が遠くなる。


「ふんっ……ここまでか。ぜんぜん変わっておらんではないか」

 阿修羅が吐き捨てる。

 興味を失ったかのように(きびす)を返す。


 全然ダメだった。オレは何一つ成長できていない。

 オレに力などなかったのだ。阿修羅の言う通りだ。戦いを止めようなどオレごときが望むには大きすぎた。

 唯一神と話す? 相手にされるわけがない。お父さんにも反対されたのだ。

 戦いを止める? 阿修羅一人にぼこぼこにされているやつの言葉など聞く奴いない。

 ましてや誰もが自分の行いに責任を持てる世の中など……ありえないだろ……


     *


「主様……主様、しっかりしてください。あなたの野望はその程度だったのですか? あなたが語ってくれた理想の世界とはこの程度のことで諦められるものだったのですか? あなたは大切な人と引き換えに夢を望んだのではないのですか? 主様、主様……」


 意識がはっきりした。

 頭に直接響くような声にオレは己を取り戻した。


 諦める?

  馬鹿を言うな!

 やられっぱなしでいいのか?

  良い訳がない!

 阿修羅には敵わないのか?

  やられっぱなしでいいわけない!

 阿修羅が正しいのか?

  そんなわけあるか!


 皆がオレについてきてくれた。応援してくれた。信じてくれた。良いと言ってくれた。

 皆が教えてくれた。閻魔の親父が、勇者のお父さんが、明兄が、吽形が、毘沙門天が、大師様が、ひかりが、千衣先生が、ハエ五郎が……

 ならばオレにできないはずがない!


「首をはねるまでもないと思ったのだが……なら、止む無し……」

 立ち上がったオレに気付いた阿修羅が引き返す。

 オレに向かい無造作に長刀を振るう。


「なにっ……」

 ザクッ

 地面に突き刺さったのはオレの首ではなく切り飛ばされた長刀の半身だった。


     *


 やった……

 やった。やった。やってやった!

 オレは間違ってなかった。

 研ぎ澄ませた焔魔刀が阿修羅の一刀を切り飛ばしたのだ。

 受けるでも弾くでもなく。


 鋭く、鋭く、鋭く研ぎ澄ませた焔魔刀の刃は、鍛え抜かれた鋼の刀すら切り裂いた。

 阿修羅もこれには驚いた顔を見せた。


「小僧……」

 素早く下がって距離を取ると中腕で弓を構えた。

 遠距離攻撃に切り替えた。

 さすが戦神。判断の速さは歴戦の強者(つわもの)だ。


 刀槍(とうそう)での戦いにおいて弓は脅威だ。絶対的な間合いを取って一方的に攻撃ができる。殺傷力も高い。

 武器を一つ奪ったくらいで主導権を握らせてはくれない。


 しゅっ

 初矢は避けられた。

 しゅっ、しゅっ

 連射の勢いが激しく攻め込めない。それどころか態勢を整えることすらできない。楯でもあれば違ったのだろうが、オレは持っていない。持っていたとしても使いこなせない。オレは両手剣使いなのだ。

 阿修羅は長刀を捨て右一肢でも弓をつがえていた。右二肢と交互に矢を放つ。連射速度が倍である。うかつには近寄れない。

 それでもオレの勝機は接近戦だ。


 だが、そのための策ならある。三面六臂(さんめんろっぴ)の阿修羅王。一面につき目は二つ。六臂に対して目は六つしかないのだ。もちろんそれぞれの目がマンツーマンで腕と直結しているわけではないだろう。だが、攻めるにせよ受けるにせよ情報が必要だ。目を奪えば六つも腕があろうとないも同然だ。それは今のオレにとってはアドバンテージだ。


 オレは焔魔刀を高々と頭上に掲げると一気に法力を流し込む。焔魔刀から炎が立ち上がる。オレの法力を最大限に吸わせた炎だ。灼炎(しゃくえん)は輝かしいばかりの白光(びゃっこう)を放つ。そのままの勢いで炎を阿修羅に叩きつけた。勇者のお父さんに教わった技だ。

 遠距離攻撃は阿修羅だけのものではない。


 不意打ちで白光を浴びた阿修羅は目を(くら)ませた。もちろん炎に続いたオレの斬撃も見えないだろう。

 察して残りの腕で急所を庇ったのはさすがだ。だが、オレの狙いはそこではない。尖らせた剣筋でなくてもこのくらいはできるのだ。

 ぷつん

 弓の(つる)を切り放した。これで阿修羅に遠距離攻撃は使えない。


 状況は最初に戻った。

 阿修羅は六臂にそれぞれ武器を持つ。つまり槍などの両手武器は使えない。もちろん戦神だ。使えないわけではないだろうが、そのためには三面六臂の姿を変える必要がある。集中力が必要な両手武器を扱うには腕も顔も多すぎるのだ。

 長刀と弓矢を捨てた阿修羅はそれぞれを剣に持ち替え手数で攻めてくる。オレも研いだ剣筋で襲い来る剣を切り飛ばす。だが、敵は4本もの剣で怒涛の攻撃を仕掛けてくる。うかつに踏み込めば第三肢の独鈷がはらわたを(えぐ)りにくる。

 オレは体中傷だらけだ。

 切り損ねた右上腕の剣がオレの左肩を切り裂いた。


 このままでは勝てない。だが、オレは負けたくない。何故ならあいつは格好良くも神々(こうごう)しくもないからだ。神だというのならその在り方で己を示せ。上役だか仏だか知らないが、他人の都合にいいようにこき使われるやつなど(おそ)れ入るか!


「ゆーくん! もうやめて……」

 何言ってるんだ、ひかり。止められるわけがないだろう。

 オレは勝てないかもしれない。無謀だったのだろう。考えが足りなかったのかもしれない。だが、それはオレが考え望んだことだ。全てはオレの意思。ならばその責任もオレが取るべきだ。他人のせいでは絶対にない。


 間合いを取ったオレは焔魔刀を正眼(せいがん)に構えた。左腕から血が流れた。しばらく使えそうにない。そんなことは関係ない。阿修羅の六臂に対抗するにはこれしかない。この一撃にオレの在り方を賭ける。

 阿修羅もオレの最後の攻撃だと悟ったのだろう。六臂を振り上げ構え直した。


 どちらも動かない。気が満ちるのを待っている。

 オレは丹田に力を籠め気を練り直す。


 刀とは切るだけではない。刃はより薄く研ぐことができたが、それでも線だ。法力は刃筋に沿って伸びている。オレは伸びた法力を絞る。より短く。より鋭く。法力の全てを切っ先に集中させる。

 鋭く。もっとだ。もっと鋭く。尖れ、尖れ、尖れっ!


 勝負は一瞬だった。

 オレの渾身の突きを阿修羅は独鈷で(から)めとるようにして受けた。オレは残る全ての力を剣先に込めた。更に右腕を伸ばして押し込む。

「届けーーーっ!」

 阿修羅が(こら)える。いや、受けきれない。切っ先は阿修羅の胸甲(きょうこう)を貫いていた。胸甲が砕けた。阿修羅の胸から一筋血が流れる。

 それを見た阿修羅軍の兵士たちがどよめいた。

「おのれーーーっ!」

 屈辱に顔を真っ赤にした阿修羅が全力全腕でオレを弾き返す。だが、今度は、オレは倒れなかった。


 焔魔刀を鞘に納めた。

「諦めたか。賢明なこと……」

 胸に傷をつけられたことが怒りに火をつけたのだろう。だが、阿修羅の台詞をオレの闘気が(さえぎ)った。不思議なことに刀から手を離してオレの気迫が一段と激しさを増している。

「阿修羅王よ。なぜ今だ。なぜここに来た。貴様は来る(とき)も相手も間違えている。なぜ地獄が攻められたとき加勢(かせい)に来なかった。今も地獄が攻められているというのになぜそちらに向かわない。敵がいるのに戦わず、同じ極楽教の中での足の引っ張り合いにならしゃしゃり出るのか。刻も相手も選べないような半端者が我の邪魔をするでない。

 出直してこい!!!」


 オレの一喝に阿修羅は動けなくなった。戦神としてのプライドは残っていたらしい。

「くっ……」

 悔しそうにオレを(にら)みつけると阿修羅は身をひるがえした。戦場を放棄し何処かへ飛び去って行く。

「阿修羅王様!」

 配下の神将たちが後を追う。


 オレたちは敵陣を突破した。


     *


「もう大丈夫でしょう。」

 阿修羅王の姿が彼方に見えなくなると毘沙門天が言い、スピードを落とした。先程から全速力で飛ばしていたのだ。ひかりが息苦しそうに(あえ)いでいる。


「お見事でした」

「あれでよかったのか?」

 オレは毘沙門天の賛辞を確認する。

「ええ、飼い馴らされていた阿修羅も目を覚ますことでしょう」

 毘沙門天は続けた。

「三面六臂になった阿修羅の弱点は(ふところ)です。腕が多すぎて守りがおろそかになりますからね。突きは直刀の長所でもあります。私でも突きで攻めるでしょう。よくもそこまで読み切りましたね」

「たまたまだよ」

 左腕が使えなくなり他に選びようがなかっただけだ。


 行軍を止めると毘沙門天はオレに治療を施した。服を脱がせて傷を検めると法気を当てて傷を塞ぐ。痛みはすぐに治まった。動かすと突っ張る感じは残るが、まあ大丈夫だろう。


 オレの手当てをしながら毘沙門天は説明を続ける。

「閻魔大王は古代インドにゆかりのあるとても古い神なのですよ。人の住む世界には必ず死がつきまといます。そこには必ず死を司る王がいます。古代インドのヤマラージャ(ヤマ王)が原型とされています。その分、極楽教に早くに吸収されましたから位階は高いのです。極楽教として日本に伝わった後、地蔵菩薩と一体となり仏位をも持つことになりました。阿修羅も私も古代インドにルーツを持ちますがあなた様には及びません」

「へー、知らなかった……」

「それも知らずに閻魔大王になってしまうところが、貴方様のすごいところだと思うのですけどね」

 毘沙門天はどうもオレを買いかぶりすぎていると思う。


「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」をお読みくださりありがとうございました。

 難敵、阿修羅王を結弦は撃退することができました。この戦いで結弦はたくさんのものを得ることができました。旅はまだまだ続きます。次はどんな敵が待ち構えているのでしょうか。

投稿は毎週金曜日に行う予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。

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