18.天界遠征
一見、平和そうに見える日常に潜む影。それは生きとし生けるものが逃れ得ない生と死にまつわる有象無象の物語。
黄泉坂結弦は父親にあこがれていた。居酒屋の店主なのだけれど部下に仕事を任せて昼間から飲んだくれている父親に。だけど、親父の周りにはいつも人がいた。彼らの相談を見事に解決してしまう親父は結弦のヒーローだった。親父のようになりたい。それが結弦の夢だった。
だけど、自分は親父に似ていない。少年の悩みは尽きない。
「なんだ……十字天界に攻め込むんじゃないんだ……。僕は軍神だよ。前線に置いたほうがいいと思うけど」
天界行きはオレと仁王の阿形と吽形の二人、そして毘沙門天。ハエ五郎が道案内することになった。だが、肝心な毘沙門天が納得しない。
「それに神なんて碌なもんじゃないよ。話になんかならないと思うけど」
「お前だって神だろうが」
「元閻魔だって神じゃないか。身体が人間なだけで。しかも地蔵菩薩として仏の位階まで持っている」
親父が毘沙門天を説得しているが、なかなか乗ってこない。
そうか……オレも神になったんだろうか。実感がない。毘沙門天も韋駄天もなんか普通の人間みたいで気にしたことなかった。
「でも、唯一神は我々とは全然違います。相手の話を理解する頭なんかないのですから」
毘沙門天は言葉遣いを改めた。友人である親父を相手にするようなくだけた話し方ではなく、丁寧な話し方をする。それはオレを現閻魔大王として認めてくれたということだろうか? こんな若造を。オレはまだ何もしていないというのに
「理解する頭ないって……バカなの?」
「そういう話じゃないです。あれは概念だけの存在みたいなものです。考えるような人格すらないのです」
唯一神をよく知らないオレに毘沙門天が教えてくれる。
「そんなこたぁわかってる。お前は戦いたいだけだろう」
「そりゃ戦の神だからね。僕もそっちがよかったな。サタンは固そうだよね。あいつ切ってみたいなあ。ベルゼブブはぐちゃっとしてて潰したら面白そうだ」
わがままを言う毘沙門天を魔王が諫める。
「しょうがねえだろ。俺も故勇者もここを離れるわけにいかん。お前だけしかいないんだよ。それにそっちも退屈しないと思うぞ」
「えーっ。そうかなあ。あんな形のないもの守る必要はないはずだけど……」
親父の思わせぶりな言葉に毘沙門天は渋々折れた。
そんなところにひかり……いや、月夜叉がやってきた。見送りに来たのかと思ったが、そうではないらしい。鎧を着こみ額には鉢金まで巻いている。戦装束だ。
「毘沙門天様……」
「ん、どうした。夜叉」
「お願いです。私もお連れください」
「でも君、死人でしょ。許可なく天界なんかに行ったら神気に当てられて消えちゃうよ」
「私のことはどうなってもいいんです。でも、ゆーくん……閻魔大王様だけは私がお守りしたいんです」
「愛されてるねえ……」
毘沙門天様は少し考え、オレに尋ねた。
「閻魔、君はどう思います?」
「ひかりは大丈夫なんですか?」
「方法はあります。当座はなんとかなります。戦になったら保証はできませんが」
「だったら、ひかりの望むようにさせてやりたいです」
オレは即答した。ひかりは絶対に守る。もしものことがあったとしても死ぬときは一緒だ。
「相思相愛か……若いっていいね」
そう呟くと毘沙門天様は諦めたようだ。懐から取り出したお守りの袋をひかりに渡した。
「これは腹をくくるしかないようですね。夜叉、これを肌身離さず持っていなさい。とは言っても一時しのぎだ。無理はしちゃだめだよ」
「はい、ありがとうございます。毘沙門天様」
ひかりは涙ぐんでいた。死地と決めているのだろう。だがそうはさせない。オレが一緒なのだ。
「決まりだな。ひと暴れして来い」
親父の檄に送り出され、オレたちは天界へと旅立った。
*
予想通り悪魔勢は軍を動かした。ルシフェル亡き後、上前を撥ねようと大悪魔サタンと蠅の王ベルゼブブの共闘が成立したのだ。前回はそれぞれに仕掛けた戦いであったが、今度は違う。その数合わせて10万。地獄軍は元勇者が奮闘するも十字教軍の攻撃をしのぐのがやっとだ。
圧倒的多数を誇る十字教悪魔軍を迎え、地獄勢の先頭に故勇者と元閻魔がいた。
「おい、元閻魔、お前こいつらずばーーんとやっつける宝具とかないのか?」
「あいにくだな。俺らは地獄配属の公務員だぞ。そんな便利なものはない」
楽をしたがる故勇者に元閻魔はすげなく答える。
「そんな便利な大技は勇者が持ってるもんだろう。お前こそ、そら、あの、何ていったか、なんとかカリバーとかいう聖剣は持ってないのか?」
「あんな物騒なもの、とっくの昔に天使さんに返しちまったぜ」
元閻魔の返しに故勇者もめんどくさそうに答える。
実際、面倒くさいのだ。
「すまねえな。倅のために骨を折らせた。おかげでお前は勇者の特権、死後、天国に召される権利を失うことになった」
元閻魔大王は獄卒を率いて戦う故勇者に頭を下げた。
「気にするな。俺が決めたことだ。譲……いや、結弦は俺の息子でもあるからな。息子のために親が苦労するのは当たり前だろう。それより、貴様こそ、大変だったろう。俺の息子を庇い、ここまで育てるのは。俺の方こそ貴様に感謝しなければならん」
「義を見てせざるは勇無きなり。貴様の勇者としての在り方に義を立てたまでのこと」
「なんだそれは。恰好いいじゃないか。ならば俺も勇者として応えよう」
故勇者が元閻魔に胸を張って言い放つ。
「友達だろ!」
「……お前、マンガばかりじゃなく本も読めよ」
少年マンガのようなセリフを吐きドヤ顔をする故勇者に元閻魔はとても残念そうな顔を向けた。
*
天界への道は……ただの空間で歩くも走るもなかった。オレたちはハエ五郎に案内されまさに飛ぶように上へ上へと進むだけだった。それでもこの空間は抜け道みたいなもので関門はないとの話だったのだが。
「主様……」
「どうしたハエ五郎?」
「どうやら面倒なことになりそうです」
ハエ五郎に代わって毘沙門天が答えた。
「何がありましたか? 毘沙門天様」
「今の私は貴方様の客将です。しかも位階はあなたの方が上です。敬語は無用です」
毘沙門天、戦いの神様はとっても紳士だ。
「わかった。毘沙門天、何があった」
「極楽天界からの使者です。貴方様の企みに気付いたのでしょう。足止めに来たようです」
「企みって言葉が悪いな」
「仏部はおろか天部も通さず、地獄だけで十字教と交渉しようとしているのです。天部の面子を潰す行為です。彼らが許すわけないじゃないですか。企みなんて表現、可愛すぎます」
そうなのか……正直、そこまでは考えていなかった。だが、止めるつもりはない。地獄の苦境に何もせず、都合が悪くなったら口出ししてくる。天部とはそういう連中なのか。毘沙門天や韋駄天が特別なのか。
「極楽天界四天王が第二席東方持国天である。閻魔の後継ぎよ。どこへ向かう」
毘沙門天はこの程度のことは予想していたようだ。オレに頷く。
「あなた様はまだ天界の承認を受けていませんからね。お役所と一緒です。書類上は閻魔大王就任予定者ってところでしょう」
「じゃあ、まずいんじゃ……」
「閻魔様、しっかりしてください。所詮書類上の話です。役に足る力があって、自覚があり、民が認めたのなら資格は十分です。持国天なんて今のあなたからすれば雑魚同然です」
持国天の言葉にビビるオレに毘沙門天が喝を入れる。
「押して参る。御免!」
毘沙門天が先に立ち突破を図る。
「多聞天様、どうかお止めください」
「悪いね。ここにいるのは毘沙門天だ。一人のときは好きにさせてもらうよ」
持国天の懇願を毘沙門天は一蹴した。
*
持国天を振り切ったオレたちだったが、次に待っていたのは阿修羅王だった。持国天は多聞天の部下だから無理強いはしてこなかったが、阿修羅王は戦う気満々だ。既に三面六臂の姿で陣を敷いて待ち構えている。
「恐れることはありません。閻魔大王様なら阿修羅王とて格下です。でも、戦うのは面倒ですね。ここは日本ですから、あなた様のもう一つのお名前を拝借します」
毘沙門天はそう言うと阿修羅王に言い放つ。
「頭が高いぞ、阿修羅王。ここにおわすお方をどなたと心得る。閻魔大王にして地蔵菩薩様であらせられるぞ。たかが王の分際で仏に逆らうか!」
「毘沙門天! そこの小僧はまだ大王位を継いでいないではないか。仏位まで詐称するとは不届き千万。撃ち果たしてくれよう! かかれっ!」
阿修羅を筆頭に天軍が総掛りで攻めかけてくる。
「隠れていろ、ハエ五郎」
「申し訳ありません……」
「気にするな。極楽天界のことはオレの領分だ」
ハエ五郎を耳の中に隠すとオレも焔魔刀を抜いて身構える。
さすが阿修羅王。毘沙門天の大音声にも怯むことはなかった。開口一番切り込んでくる。
ガキーーンッ
「くっ……」
阿修羅の剣先は鋭くそして重かった。オレは焔魔刀で受けるのが精一杯だ。
「口ほどにもない。その程度の力で天部をないがしろにするか。思い上がりも甚だしい」
ドスッ
「ぐあっ……」
阿修羅の左三肢の杵の打ち込みにオレは吹っ飛ばされた。
「ゆーくん……」
ひかりがオレを気にするが向かい合う敵で手一杯だ。後れを取ることはなさそうだが、オレを助けに来る余裕はない。他の皆もそれぞれに死闘を繰り広げている。
それでいい。これはオレの戦いだ。オレが自ら初めて望み臨む戦いなのだ。
オレはようやっと自分の在り様が見えてきた。
「まだだ!」
「無駄なことを……」
構え直すオレに阿修羅王は鼻でせせら笑う。
「おらーーーっ!」
「ふんっ!」
オレの渾身の打ち込みを阿修羅は軽々と打ち払い、返す刀を無造作に突き込む。切っ先はオレの左肩を貫いた。
「ぐっ……」
「おらおらーっ、どうした」
阿修羅の六臂の攻撃にオレは受けるのが精一杯だ。いや、受けきれてすらいない。一撃一撃がオレの身を削る。既に学生服はぼろぼろだ。
がつん……
受けきれなかった剣がオレの額を割る。視界が赤く染まる。
「うらーーーっ!」
「ふんっ!」
苦し紛れに振り回したオレの焔魔刀を右一肢の長刀で薙ぎ払うと左一肢の炎剣を突き込む。さらに右三肢の独鈷がオレの脇腹に食い込む。
「がはっ……」
膝を付いたオレを阿修羅が蹴り上げる。オレは仰向けに吹っ飛ばされた。
「一度引きます」
駆け寄った毘沙門天がオレに告げた。
「まて……」
「いいですね……あなたは大将なのですから」
そこで気がついた。周りの者たちがもっと傷ついていたことに。10倍もの敵を支えていたのだ。無傷であるはずがない。
オレは引きずられるように下がった。殿は仁王の二人。絶妙の連携で敵を翻弄し追撃を許さない。阿修羅王も無理に深追いはしてこなかった。
……何もできなかった。勝手に退却を決めた毘沙門天に何も言い返せない。……オレはダメな主だ。大将として失格だ。
*
オレたちは空間の片隅に避難していた。
天界の回廊は何もない空間に見えたが、よく見ると法気の密度にムラがあった。そんな法気の薄い空間に毘沙門天は身を隠した。殿軍を務めた仁王たちが戻ると結界を張った。
「これでしばらくは大丈夫です」
安全を確保すると毘沙門天はオレの傷の治療を始めた。
「毘沙門天様、大王様の治療でしたら私が……」
「夜叉にそんな余力はないでしょう。自分のことを大事にしなさい」
毘沙門天の言う通りだ。月夜叉はここについてくるだけで一杯いっぱいのはずだ。それなのに戦闘に参加し、傷まで負っている。
「今、ここで消えたら閻魔殿が悲しみますよ」
わかっているのだろう。ひかりはそれ以上は食い下がらずに自分の傷の治療を始めた。他の者たちも各々手当に勤しむ。
「天界にもこんな場所があったんだな……」
「天界も平穏であったわけではありませんから。御仏も神も最初から今のような立場ではありませんでした」
これは宗教による侵略戦争なのだ。
*
二千と数百年前、とある南国の王子が悟りを開いた。悟者は人々を導き、その教えはさらに多くの人々を導いた。そして彼らは教団となった。
最初の敵はその土地に根差す神々であった。彼らより古くから土地に在り人々の信仰を集めていた者たちであった。土地や部族に結びついた古き神々はしかしそのために信仰の厚みに欠けていた。絶対数が足りなかった。彼らは神々を調伏した。打倒し支配下に置いたのだ。
やがて彼らは南方の大国をも調伏した。南から東南アジア圏は彼らの支配するところとなった。その教えは北東に支配地を広げ、その土地土地の神を下し、取り込んでいった。そのためにそれらの土地の民たちにも受け入れられた。故に最初の教えとは形を変えていった。他者を受け入れ取り込んだがために。
「ここはそんな古の戦場の跡です。戦いで尽くされた法気が回復していないのです」
「戦争からずいぶん経ってもか?」
「現代とは違うのです。まだ人口の少ない時代でした。戦が起こるのは自然に隔てられた境界……山や峠といった人住まぬ土地です。今の世でも人は少なく信仰心が集まらぬ土地なのです」
「なるほど……だから神にも仏にも目に留まらない……」
「その通りです。阿修羅も深追いはしてきますまい。今は体力の回復が肝要かと」
傷の手当てを終えたひかりが代わった。
「今はゆっくり休んで、ゆーくん」
「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」をお読みくださりありがとうございました。
十字教の唯一神との話し合いに向かう結弦ですが、立ち塞がったのは同じ極楽教の武神たちでした。納得いかない結弦たちは突破を試みますが、阿修羅王に跳ね返されます。結弦はどのように立ち向かうのでしょうか。
投稿は毎週金曜日に行う予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。




