15 過去
一見、平和そうに見える日常に潜む影。それは生きとし生けるものが逃れ得ない生と死にまつわる有象無象の物語。
黄泉坂結弦は父親にあこがれていた。居酒屋の店主なのだけれど部下に仕事を任せて昼間から飲んだくれている父親に。だけど、親父の周りにはいつも人がいた。彼らの相談を見事に解決してしまう親父は結弦のヒーローだった。親父のようになりたい。それが結弦の夢だった。
だけど、自分は親父に似ていない。少年の悩みは尽きない。
親父たちと合流し冥府城へと凱旋する。獄卒や餓鬼たちが槍の石突で床を叩いてオレの帰還を祝ってくれた。ルシフェルとの一戦と彼への裁きはオレの閻魔大王としての実力を認めさせるに足る戦果だったようだ。始めはただひかりを守りたいだけだった。ひかりを救った後はオレの誇りが一騎打ちを選ばせた。勝算などなかった。ただ親父の教えだけが頼りだった。オレは親父の期待に応えられたのだろうか?
親父はオレの頭をぽんっと叩いただけで何も言わなかった。
本当は聞きたい。親父の言っていたことはこういうことだったのか? オレは親父の教え通りにできたのか。ちゃんとできたのだろうか……
管制室に戻って来ると故勇者が激怒していた。つかつかと歩み寄ると魔王の親父につかみかかる。
「俺の息子に何てことをしやがった!」
「守り育ててやってるだろう。約束は守ってるだろうがっ!」
「どこが、遠くの町で平和に暮らしているだ。戦場のど真ん中じゃねえか!」
「遠くの町でなんて言ってねえ! 幸せに暮らしてるって言ったんだよ。間違えるな! 可愛い幼馴染に毎日起こしてもらえるなんて最高の幸せだろうが!」
「……そ、それはそう思うが……」
故勇者が一瞬怯んだ。だが、すぐに思い直す。
「譲の胸にあるあれはなんだ。閻魔の紋章じゃねえか。誰も閻魔大王にしてくれなんざ頼んでねえ!」
「今は結弦、俺の息子だ。地獄の後継者だ」
「よりによって勇者の息子が次期閻魔だと。ふざけんな!」
「今は魔王の息子だと言ってんだろ。悔しかったら勝手に死ぬんじゃねえ!」
結弦は話についていけない。
オレが勇者の息子だと? 何かの間違いだと思った。そう思いたかった。それが本当ならあの親父はどうなる。あれだけ憧れて、ああなりたいとついてきた親父はどうなるのだ。
一方で理解もしていた。俺は親父には似ていなかった。顔かたちだけでなく、性格まで何一つ似ているところはなかった。血が繋がっていないのならそれも当然か……
「あの坊やが譲坊ちゃんなの?」
やはりついて行けてなかった亜里が他の勇者の仲間に聞いている。
「どうもそうらしいですネ。リーダーは自分に何かあったときは譲坊ちゃんのことを閻魔に頼んでいたそうです」
「私たちじゃなくて……」
「ほら、あの頃、あたしたち浮かれて派手に遊んでばかりだったじゃない。だからじゃないの? 悔しいけど、守れなかったのは事実だし」
黒人の故戦士アレックスと巫女装束の故弓使い火蓮が答えた。勇者の家族を襲う敵と戦って先に死んだ連中は勇者からいろいろ聞いていたらしい。
「それなのに助けに来た魔王様を敵だと勘違いするなんて」
「面目ない」
弓使いになじられて大筒を持った聖職者がうなだれた。流聖雨を放った清志郎だ。
スチャッ
大薙刀が大騒ぎする大人二人の前に差し込まれた。取っ組み合っていた元閻魔と故勇者は慌てて離れた。
「いい加減にしてよ! この酔っ払いども! ゆーくんの気持ち考えたらどうなの!」
後始末を終えた月夜叉が秘密も何もなくケンカするオヤジたちに激怒していた。
「「……すいません」」
月夜叉の剣幕にオヤジ二人も畏れ入った。
*
「まずは俺から話そう」
魔王の言葉を受けてひかりの姿に戻った月夜叉がお茶を入れてくれた。故勇者は気を利かせて席を外してくれた。
「お前、百合のことは知らないだろう」
「お母さん? ああ、写真でしか見たことはない……」
「あいつは勇者戦の最中に傷を負ってそれがもとで死んだ。お前が生まれる1年ほど前のことだ。さっきの話の通り、お前は勇者の子供だ。あいつとは奇縁で戦うことになったが、うまがあった。決着がつくまで5年ほどかかったからな。何度も刃を交えた仲だ。人となりも見えてくる。負けるつもりはなかったのだが、まあ……オレは負けた。その前に俺と奴はどっちが勝っても負けても恨みっこなし。もし、どちらかが死んだ場合は残された家族の面倒は残った方が見る約束をしていた。そのときは幸いどちらも生き残ったんだが、戦いは一騎打ちじゃねえからな。一族のものがたくさん死んだ。俺は生き残りを連れて地上に逃れた。しばらく放浪して追っ手から逃げ回っていた。
勇者一族は戦士だ。地獄の運営などできない。結局、十字教の連中に地獄を預けて地上に帰った。あいつらは莫大な報奨金を手にした。一生遊んで暮らせるほどの金だ。ほとんどのやつらは遊び暮らして身を持ち崩しちまった。磨き上げた肉体と技があってこその戦士だ。1年も遊んでいれば使い物にならなくなる。それじゃ、ヤクザとかわらねえ。だが、あいつは違った。どういう縁だか知らねえが、商社に就職しやがった。しかも一流といっていいところだ。あいつは学はねえが、馬鹿じゃねえ。人を仕切る才覚もある。1年もたたねえうちに大仕事をまとめ上げちまった。いくら元勇者とはいえ20代後半にもなった高卒の中途入社が一気に同世代の出世争いの先頭に立ちやがった。面白くねえのは周りの連中だ。後から入ってきたチンピラの後塵を拝すことになったんだ。性根は腐っていても一流大卒のエリートたちだ。巧妙に罠を仕掛け、結局、やつは殺された。お勉強しか能のない連中にしてはやりすぎだ。多分、黒幕もついていたんだろう。
あいつは就職したころに結婚していた。昔の同級生だったか? 未来さんだったかな。詳しくはやつに聞け。生前、俺は会ったことねえが。子供も生まれたばかりだった。それがお前だ。
あいつが殺されたことを知ったのは夏の日の夜だった。やつの死の1時間後には俺に報告が来た。すぐに俺は源治を連れてやつの家に駆け付けた。案の定、やつの家は襲撃を受けていた。勇者の残党の連中が必死に守ってはいたが、弛みきった連中だ。俺が駆け付けたときはほぼ壊滅していた。俺は襲撃していた連中を皆殺しにした。
不意を突いたんだ。一瞬でかたはついた。だが、間に合わなかった。駆け付けた俺たちを見て未来さんは満足そうにこと切れた。やるべきことはやり切ったと。最後の力を使い果たしてお前を守ったのだろう。カーテンの陰に隠されたお前は無事だった。母親の言いつけを守り泣き声一つ上げなかった。
襲撃したのは会社の連中ではないだろう。あいつらにとって家族までは殺す必要はない。鬼に似せていたが勿論うちの奴らじゃねえ。もっと大きな力が働いている。そう感じた俺はお前を隠すことにした。
ただ何の策もなく俺の子供にしたのではすぐにばれる。そこですでに死んでいた百合は実は逃げ落ちていてお前を産んだことにした。満っちゃん(源治の嫁さん)はやはり傷を負ってしばらく隠れていたから彼女と一緒にいたことにした。ひかりもいたしな。お前は7月生まれだったが、体がデカかったから3月生まれということにして学年を変えておいた。
ただ、問題はお前の法気だ。やたら強い法気を持っていやがるくせに俺たち地獄の者とは明らかに異質だ。そこで俺の持っていた閻魔紋章を移植することにした。それで勇者の臭いは消すことができた。だが、閻魔紋章を持っていること自体敵を呼ぶことになる。何重にも呪を掛けて紋章を隠し、地獄の匂いを偽装することにした。全てが終わるまでひと月くらい掛かったかな。その間、大変だったんだぜ。俺は子供を育てたことなんざなかったからよ。幸い源治は子供が生まれたばかりだったから、教わりながらなんとか面倒見ていたもんだ。
逃げながら子供を育てることはできねえ。それで今の宵が原商店街に落ち着くことにした。追手だった勇者の一党も壊滅したしな。大戦中、多くの者が死んでいたから、転生したての子供も多かった。あの頃の宵が原商店街はそれこそシャッター通りそのもので老人ばかりで寂れ切っていた。俺たちが来たことで街も蘇ったのだ。それからはお前も知っての通りだ。
敵の目からお前は隠し通せたらしい。その後の10年は何事もなかった。しかし敵は勇者残党を取り込んでいたらしい。腐っても勇者の一党。あそこで全滅は免れたらしい。手当はしてやったが助かるとは思わなかった。十字教の悪魔はそれに付け込んだ。奴らに借りを作るとその魂まで拘束される。自分たちのことを棚に上げて寄りにもよって助けに入った俺を勇者とその家族を襲った敵だと吹き込んだそうだ。先日、お前たちが襲われたのは10年越しの報復なのだろうな」
*
魔王の親父の次は故勇者だった。牢に入るとホテルのスイートルームみたいな部屋だった。故勇者もスーツでびしっとキメていた。
「結構いい暮らししてたんじゃん」
「何を言う。さっきまではただの岩牢だったんだぞ。お前が来るって言うから聖法気でちょちょっとな」
親子の対面を感動的に演出したいらしい。
「譲、お前を残してくたばっちまった俺を恨んでいるだろう。言葉もない。俺の慢心だ。まさか一般人に勇者である俺に危害を加えられるとは思ってもみなかった。そのせいで未来も死なせてしまった。お前を独りぼっちにしてしまった。済まなかった」
「別にあなたのせいではないでしょう」
「そうではない。強者というのは強いから強者ではないのだ。生き残ったからこそ強者なのだ。生きていなければ守りたいものも守れなくなる。だから、俺は油断するべきじゃなかった。油断がどういう結末を導くのかわかっていたはずなのに……」
「そのことはもういいよ。オレはそこまでひどい人生を生きてきたわけじゃなかったから。母さんという人のことは覚えてないけど」
故勇者は上を向いた。涙をこらえていたのかもしれない。
「未来とはここで会った。お前を助けられてよかったと。満足して転生していったよ」
「そうか……それならよかった」
命を懸けてオレを守ってくれた人がいたのだ。その人のためにもオレは生き残らなければならない。改めてそう思った。
「お母さんの写真とかないの?」
「おお、あるぞ!」
故勇者は胸ポケットからスマートフォンを取り出すと慣れた手つきでアルバムファイルを開いて見せた。
「スマホ持ってるのかよ!」
「当たり前だろ。生前、俺は一流商社の営業マンだったんだからな」
「10年前の話だろ。それ最新型じゃないか」
「あのなあ、譲。ここは異次元なだけで現代社会なんだぜ。アマゾネス(ネット通販)に頼めば大抵のものは届く」
知らなかった……
「ほら、これが未来、お前のお母さんだ」
画面の中で赤ん坊を抱いた女の人が写っていた。優しそうな人だった。
ページをめくるとスリーショットの家族写真が出てきた。
「勇者さんはあまり変わらないね」
「まあ、死んでるからな。年は取らないようだ」
そこで初めて気がついた。オレは父親を名乗るこの人の名前も知らない。
「ところで、勇者さんの名前を聞いてなかった」
「おお、そうだった。俺は故日色英雄という。お前の名は日色譲だ。俺みたいに我儘にならず謙虚に育つようにと未来が付けた名前だ」
母親の思いを聞いて胸が熱くなる。字は変えたがその名前を残してくれた親父にも感謝した。
「今は黄泉坂結弦だけどね。実の父親にもこうして会うことができたんだから、まあ、よかったよ。顔も覚えてはいなかったけど、声……というか雰囲気というか、そういうものは何となく覚えていた。このひとは俺にとって深いつながりを持った人だって。なんとなく感じる。父親だったんだね」
「そういってくれると助かる。では、俺のことを許してくれるのか? 父親だと認めてくれるのか?」
「まあ、本当のことなんだろ? あの、酔っ払いオヤジがいるからなんて呼んだらだらいいかわかんないけど……」
「では、私のことはパパと……」
「おい、調子に乗るな。今すぐ成仏させてやろうか?」
焔魔刀を突きつける。故勇者はお調子者のようだった。
「……パパはダメなのか? 私はお前が言葉をしゃべる前に死んでしまったから、一度も呼ばれたことがないのだ……」
本当かもしれないが、しょぼくれたふりがあざとい。
「生き別れとはいえ思春期の息子にパパはないだろう」
「ではなんと?」
「……日色さん」
「そんな他人行儀な!」
「……じゃあ、お父さん」
「お父さんか……悪くないな。よし、それでいこう。息子よ」
気に入ったようだ。
*
「でも、お父さん。どうして勇者は親父を……閻魔大王と戦うことになったの? そこがわからない。地獄の一族は世襲制の公務員みたいなものだって聞いてるけど。勇者に攻め滅ぼされなければならないようなことをしていたの?」
「一般的には地獄の統括は死者を生前のあり方で裁き、地獄か極楽か死後の在り方を決める仕事だと思われている」
地獄か極楽か……? 地獄か天国かではないのか。天国は十字教の考え方であることに気がついた。極楽教徒なら極楽を思うのか。ならこの故勇者は……
故勇者は話を続ける。
「それはそれで事実だ。地獄は天界から委任された死を司る機関だ。だが、死を司るということは生を司ることに他ならない。生と死は表裏一体だ。死を管理することで生をコントロールすることができる。今の出生率の低下を知らないわけじゃないだろう。これは地獄が生を絞っているせいだと言われている。閻魔にそれ以上の作為があるかは知らん。あいつは無用な企みに加担するような奴ではない。あいつなりの正義に基づいて地獄統括を行っていたはずだ。だが、現実に生にゆがみが出ているとなると別だ。閻魔の正義など関係ない。死を正し、生への循環を立て直さなければならないのだ。俺をたきつけた奴はもっと閻魔のことを口汚くののしっていたがな。5年にも渡って面を突き合わせていれば人となりはわかる。あいつはつまらぬ不正に手を染める奴ではない。だが、地獄に染まりすぎて世の中が見えていないのだ」
「それでお父さんは閻魔を地獄から追い出しただけでとどめを刺さなかったのか」
「俺の役目は地獄の立て直しであって閻魔の首ではなかったからな」
「でも、地獄が閻魔から代わってもこの10年で出生率は改善してないよ」
「天界の方々はのんびりしているからな。いや、時間の流れが違うのだ。それに天界といっても万能ではない。出生率を上げるといっていきなり80のばあさんを妊娠させたりしたら、その後が混乱するだろう。こういうことは時間をかけて変えていくしかないのさ」
「おかしいな? お父さんも知っての通り、最近までの地獄に統括者はいなかったよ。お父さんは天界の誰に地獄を任せたの?」
「俺が地獄を託したのは大悪魔ルシフェルだ。さっきお前が倒した奴だな。俺に閻魔征伐を持ちかけた方だ。とは言っても所詮は悪魔だ。正義のためではあるまい。どうせ裏があるんだろうがな。まあ、俺には関係ない。俺は俺の正義を貫いたまでだ。この件については……どうせ天界の方々はのんびりしているから、そろそろやろうかくらいの感覚で10年くらいたってしまうからな」
「おい、勇者」
「ん?」
「お前、馬鹿だろう」
「父親に向かって馬鹿とはなんだ、馬鹿とは……だいたい馬鹿っていったやつが馬鹿なんだぞ!」
「いいから、魔王の親父も呼んでこよう。話はそれからだ」
「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」をお読みくださりありがとうございました。
訳が分からないまま地獄戦役に巻き込まれた結弦。父親たちの昔話を聞いて真実に気づきます。
今話で第2章はおしまいです。次話第3章から結弦自身の戦いが始まります。
投稿は毎週金曜日に行う予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。




