13 邂逅
一見、平和そうに見える日常に潜む影。それは生きとし生けるものが逃れ得ない生と死にまつわる有象無象の物語。
黄泉坂結弦は父親にあこがれていた。居酒屋の店主なのだけれど部下に仕事を任せて昼間から飲んだくれている父親に。だけど、親父の周りにはいつも人がいた。彼らの相談を見事に解決してしまう親父は結弦のヒーローだった。親父のようになりたい。それが結弦の夢だった。
だけど、自分は親父に似ていない。少年の悩みは尽きない。
「……」
オレを見つめたまま動かない故勇者に代わり、先に自分から名乗ることにした。
「勇者殿、オレが第146代閻魔大王黄泉坂結弦だ。貴公の申し出に感謝するが、これはあくまで地獄のこと。手出しは無用に」
親父を真似た精一杯の虚勢だった。舐められるわけにはいかない。だが、故勇者はそれには応えずオレの顔をじっと見つめていた。
「そうか……失礼した」
故勇者はそれ以上何も言わなかった。
初めて会った勇者は心を揺さぶった。この人は……自分と繋がりがある。訳もなくそう感じた。だが、オレは心を動かさなかった。動かされたくなかった。
何かを諦めそうになったとき、鬼門のモニターに親父が写った。大鉞を振り回し、いつもの黒ジャージは悪魔どもの血にまみれている。わずか数人の鬼たちを率いて。それでも1万もの軍勢を押し込んで結弦を助けに来たのだ。
『結弦―っ! 腹をくくれ! 新しい閻魔大王のお披露目だ。派手にぶちかましてやれ!』
スピーカーを通して親父の檄が聞こえた。
ああ、やっぱりこの人はオレのあこがれの人だ。大酒飲みの酔っぱらいで口が悪く、腹も弛んでベルトのバックルが隠れるくらいの中年太りだが、周りの人には頼られ、弱いものは守ってやる。やはり最高に格好いいと思った。
「吽形、こっちから指示は伝えられるか?」
「はい。モニターそれぞれマイクボタンがついています。それを押しながら話せば向こうにも伝わります」
雰囲気の変ったオレに吽形が何かを感じたようだった。故勇者も何かを感じたのだろう。口を挟んでこなかった。お手並み拝見といったところだろう。
いいだろう。黄泉坂閻蔵の息子、現閻魔大王としての力を見せてやろうじゃないか。
2番モニターのボタンを押す。二の門につながっている。
「ひかり! 羅刹! 二の門は放棄する。その草は放っておけ。鬼門まで下がって親父たちと合流しろ!」
『わかった!』
月夜叉と羅刹が二の門を飛び越え、餓鬼兵を連れて後退する。二の門にも結界は張ってある。悪の華はともかく竜牙兵どもならしばらくは食い止めるはずだ。
続いて5番モニターの親父に話しかける。
「親父! ひかりたちがじきに追いつく。合流したら悪魔どもを全力で追い落としてくれ! 鬼門前で決める!」
『応とも!』
元閻魔が吠えた。
『大王様の下知に従え!』
仁王姿の明兄が鬼たちに檄を飛ばす。
「魔王様!」
やがて月夜叉が親父たちに合流し裏参道前に陣を敷く。二の門を破った竜牙兵も追い付き本体と合流する。閻蔵達に追われた悪魔軍で鬼門前は大混乱だ。
『結弦、行くぞ!』
『追い落とせ!』
地獄軍の反攻の始まりだ。
*
「さあ、始めるぞ」
「御意!」
吽形は既に作戦を理解したようだ。城の中に残っているものは多くはない。各層の管理を担当する獄卒だけだ。吽形が内線で避難を命じる。決して地獄にも影響は小さくない。だが、親父から教わった技の中でこれだけの大軍を仕留める方法は他にない。
両手で印を組み、召喚真言を唱える。
「地の炎よ。灼熱の怒りよ。今こそ軛を解き放とう。閻魔紋章を受け継ぐ新たなる主が命ずる。焼き尽くすがよい。蓋を開けよ。火炎地獄!」
ずずんんんんんんっ……ごごごごごごごごごごーーーーーっ!!!!!
掛け声とともに轟音が響き、鬼門ごと冥府城が真っ二つに割れる。およそ100mもの大地の裂け目が灼熱の溶岩を噴き上げ悪魔軍を丸ごと飲み込み地の底に引きずり込む。
地獄を舞台とした戦いにおいてこれ以上ない悪手、地獄の釜の蓋を開けたのだ。冥府城を割って第6層灼熱地獄を前面に出す。その威力は敵だけでなく冥府城の半分を焼き尽くすだろう。だが、一か所に集めた敵を殲滅するにはこれしかない。
「やっほーっ! とりゃー!」
空中を自在に駆ける月夜叉が飛行能力を持った悪魔をマグマの中に蹴り落してまわる。だが、さすがに悪魔だ。飛べるものの数は少なくない。5千ほど残してしまった。
『月夜叉、下がれ!』
『はい、魔王様』
親父の掛け声で引いたひかりの後ろへ親父が声を掛ける。
『今だ。やっちまえ!』
『聖なる光の雨よ。邪悪なるものを清め給え。流聖雨!』
花火のように打ち上げられた法気の玉が、四散し流星群のように降り注いだ。
「ほお、清志郎も合流していたのか」
どうやら向こうに勇者の仲間がいたらしい。
流聖雨の威力はすさまじかった。その破壊力も凄まじい悪魔の嫌う聖法気の榴弾だった。撃ち抜かれた悪魔と騎獣邪龍がどろっと溶け落ちた。悪魔軍飛翔隊もほぼ壊滅した。
勝ったのだ。そう思ったときだった。
『きゃあっ!』
後方に下がったひかりが悲鳴を上げた。
『この程度で勝ったと思われては心外じゃな。切り札は最後まで取っておくものだ』
ひかり、月夜叉が蔓に搦めとられていた。四肢に巻き付かれ身動きが取れない。それは悪の華だった。
「あれ歩けるのか?」
「見た通りだ」
故勇者がオレの驚愕に応えた。
「吽形!」
「はっ!」
「オレが出る。武器を持て」
吽形もそのつもりでいたのだろう。焔魔刀を捧げ持った。
オレは焔魔刀を掴むと鞘を抜いた。反りのない大振りの直刀で刃は火焔をまとい赤い光を放っていた。
「上古刀だな。いい刀だ」
焔魔刀を見た故勇者がつぶやいた。
「邪悪なるものを切るための刀でございます。存分にふるわれますよう。お供します」
いつの間にか吽形は普段の僧形から仁王吽形に姿を変えていた。
「行くぞ! 遅れるな」
「御意!」
吽形を連れてオレは飛び出した。
「悪の華には気をつけろよ。あいつ、死に際には砲弾みたいに種を飛ばすからな」
一応はアドバイスをくれたものの勇者は腕組みをしたままニヤニヤしている。
勝つ自信なんてない。悪の華だけでも悪魔軍数万に匹敵する力がある。ルシフェルって親玉はよく知らないが相当高位の悪魔のはずだ。新米閻魔のオレに倒せるとは思えない。ただ黙っていられなかっただけだ。ひかりを奴らの餌食なんかにさせない。もう二度とひかりを離さないと誓ったのだ。
「勝算より先に体が動く。俺そっくりに育ちやがって」
勇者のつぶやきはもちろん結弦の耳には届かない。
「それにしても、あの野郎……」
*
「うりゃーっ!」
全速力で戦場の真ん中に飛び込むと悪の華めがけて焔魔刀を袈裟懸けに振り下ろす。
すさまじい切れ味だ。5mはあろうかという幹を半分ほどまで切り裂いた。
「ぎぎぎぎぎゃゃゃゃゃあああああーーーーーっ!」
耳障りな声を上げて悪の華が悶える。しかし、その割に効いているようには見えない。
あっという間に切り口がふさがった。
なら、再生より早く切り捲ればいい。
「おらおらおらおらーーーっ!」
滅茶苦茶に焔魔刀をふるった。悪の華は気味の悪い悲鳴を上げながらも倒れない。先程よりは効いているようだが。焼き切られた切り口の再生が遅い。
「おらーーーーーーっ!」
再生の遅れた切り口に刃を重ねる。上半身を切り飛ばした。
「きききききえええええぇぇぇぇぇーーーーーっ!」
脳に響くような悲鳴を上げて悪の華はマグマの中に落ちていった。
だが、終わりではない。
ぼこっ……ぼこぼこぼこぼこっ
下半身から再生する。前と変わらぬ姿の悪の華が立ちはだかる。
再び切り込もうと袈裟に構えて突っ込んだ。悪の華は捕えていた月夜叉を本体に抱き寄せると蔓で幹に巻き付けた。
そうだった。ひかりを人質にとられていたのだ。今までは不意を突けただけなのだ。ひかりを盾に取られて思わず怯んだところを鞭のような触手の一撃で叩き伏せられた。
「大王様!」
「大事無い。油断しただけだ」
素早く起き上がり刀を構える。傍らで吽形が独鈷を構える。
「触手はわたくしめが捌きます。大王様は月夜叉殿を」
そうは言っても触手は鞭のようにしなり軌道が読めない。それが10本近く蠢いているのだ。吽形も致命的な攻撃を裁くだけで手一杯だ。
ビシッ
「うっ……」
切り込んだすきに左肩を打たれた。二の腕に掛けてみみず腫れが走る。決定的一撃は避けるものの切り込む度にダメージが蓄積する。
「くそっ……」
「ベビー閻魔の力とはその程度か? そろそろ遊びは終わりにしよう。儂の軍門に下れ。さすればこの娘も返してやろう」
ルシフェルが手を出さなかったのはオレの力を見定めるためだった。後ろを振り返り、親父をも見下す。
「元閻魔もこんなにも弱弱しくなって。人間など哀れなものだな」
「ふざけるな! 誰が貴様なんぞに負けを認めるか!」
余裕を見せるルシフェルに叫び返す。だが、敵は笑いを返すだけだった。
「わははははは! 己の力もわからぬガキよ。今ならばこの娘も無事でいられるというのに」
悪の華の蔓が、はだけたひかりの白装束の裾を這いあがる。
「んむむっ……いやあああああああーっ! 」
わざとオレに悲鳴を聞かせるためだろう。ひかりの口の拘束が解かれた。
見過ごすわけにはいかない。だが、ひかりの身を楯にされている以上、悪の華には攻撃ができない。
「くっ!」
ルシフェルの指示なのだろう、そろりそろりと蔓がひかりの内股を這いあがる。ひかりは、特にオレの前で辱めを受けたくはないだろう。だが、目をそらしてはいけない。その前に救い出さなければ。
「うおおおおおっ!」
我慢しきれず飛び込み蔓を切り飛ばした。だが、別の蔓が右手に絡む。刀子で切り払おうとするが左手も搦めとられた。いつの間にかオレは触手でぐるぐる巻きにされていた。
溶岩の輻射熱に晒されていたせいだろう。触手は思っていたよりカサカサしていた。蔓から棘が生えオレの身体に突き刺さった。力が抜けていく。
こいつ、オレの血を吸っている。……ならば
「むんっ!」
全身から法気を発した。押し返すのではなく、一瞬に凝縮して放つ。案の定、圧を高めた法気を吸い切れなかった触手は砕けて消えた。下がって体勢を立て直す。
とりあえずは逃れたが、ひかりは救えなかった。ルシフェルを相手にすることすらできない。追い詰められた。
だが、先程の攻撃で一つ思いついたことがある。
「吽形……」
「はい、大王様」
「悪の華だって植物なんだから火には弱いはずだよな」
「はっ、間違いなく」
なら、方法はこれしかない。
オレは大きく焔魔刀を振りかぶった。
「辱めを受ける前に自らの手で楽にしてやるのか? それはあまりにもったいない。儂は処女の血が大好物なのでな」
「吽形。ルシフェルに邪魔をさせるな」
「お任せあれ。阿形!」
「応っ!」
呼ばれた明兄と共にルシフェルに殺到する。阿吽の仁王は二体揃えば数倍の力を発揮する。もしかしたらルシフェルを倒してしまえるんじゃないかと思うほどの迫力だ。
「「ぬおおおおおおおお!」」
二体の仁王の渾身の一撃だ。
「ふん。鬱陶しい。」
ルシフェルは小指の爪でその攻撃をあしらった。
仁王達の渾身の一撃もルシフェルに傷一つ負わせることはできなかった。だが、十分だ。時は稼いだ。
目が合った。ひかりが頷く。
「うおおおおおおおっ!」
オレは渾身の力で焔魔刀を振り下ろした。
「ガキが……馬鹿なことを」
オレの渾身の斬撃は悪の華の本体を掠めただけで大地を大きくえぐった。
「わははははは! 悪足掻きにしても最悪手だ。外してしまったではないか。所詮、貴様の力などその程度なのだ。諦めよ」
わかっていないのはルシフェルのほうだ。オレは狙いを外してなどいない。正確に斬痕を刻んだのだ、大地に。
*
大地の溝から大量の溶岩が噴きあがった。
「ぎぎぎぎぎぎぎぎゃゃゃゃゃゃゃゃぁぁぁぁぁあああああーーーーーーーーっ!!!」
「っ! 貴様……」
悪の華の上げる悲鳴にルシフェルはようやく狙いに気がついたがもう遅い。悪魔の華に溶岩が降り注ぎその身を焼く。蔓でぐるぐる巻きにされていたひかりには掛からないはずだ。地獄の劫火にその身を焼かれる苦しみに耐えかね悪の華がひかりを放りだした。
「ひかり!」
助けに飛び出そうとするが、その前に男がひかりを抱えていた。姿を隠して隙を狙っていたらしい。そのままひかりを連れて目の前まで跳んできた。
「閻魔大王様、お初に目にかかります。己は勇者の眷属鮫島鉄也と申します。半端ものではございますが、合力することすることお許しくだされば、望外の幸せにござります」
流聖雨を放った奴同様、親父が連れてきた味方のようだった。
「許す。ひかりは?」
簡単に応える。そんなことよりひかりだった。
「軽い火傷程度です。ご心配なく。傷跡も残らないでしょう」
つまりは……あれだ。辱めを受ける前に助けられたということか。今度こそは助けられたようだ。心からほっとした。
「結弦。よくやった!」
溶岩の飛沫をものともせずつかつか歩み寄った親父が悶え苦しむ悪の華を大地の亀裂に蹴り落した。
「ぎぎぎゃゃゃあああっ!」
断末魔の悲鳴を上げる悪の華が燃えながらマグマに沈んでいく。最後の悪足掻きに火のついた種を飛ばしたがそれも親父が鉞で打ち返した。
「さて、小悪党。残るは貴様だけだが、どうする?」
「閻魔の力を失った貴様などに後れを取る儂ではないわ!」
親父の挑発にルシフェルが吠えた。
「弱い犬ほどキャンキャン吠えやがる。だが、勘違いするな。貴様を裁くのは俺ではない。当代の閻魔大王が直々に貴様を浄化してくれる」
それってオレのことか?
「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」をお読みくださりありがとうございました。
親父の教えは王子の力になってくれました。しかし、王子の前に立ちふさがるは大悪魔ルシフェルです。王子はどう戦うのでしょうか。
投稿は毎週金曜日に行う予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。




