12 出陣
一見、平和そうに見える日常に潜む影。それは生きとし生けるものが逃れ得ない生と死にまつわる有象無象の物語。
黄泉坂結弦は父親にあこがれていた。居酒屋の店主なのだけれど部下に仕事を任せて昼間から飲んだくれている父親に。だけど、親父の周りにはいつも人がいた。彼らの相談を見事に解決してしまう親父は結弦のヒーローだった。親父のようになりたい。それが結弦の夢だった。
だけど、自分は親父に似ていない。少年の悩みは尽きない。
「なんだか騒がしいな……」
牢の中で惰眠を貪っていた故勇者であったが、地震のような騒々しさの中では寝てもいられない。
「おーい。なんかあったのか?」
いつもなら形だけでもいるはずの獄卒の姿が見えない。
「ふむ……」
罪人らしく襤褸を纏ったまま故勇者はどっかりと座り込み胡坐をかく。どうも最近きな臭い。地獄が不安定に見える。元閻魔の野郎も最近きやがらない。もしかして高い酒をねだったせい……じゃないだろうな。これはやっぱり。
「リーダー!」
完全武装の重戦士アレックスが扉を開けて入ってきた。
「まだこちらに……そんな恰好で……」
「慌てんなよ、アレク。今の俺達には戦う理由なんてないんだぜ」
「それはそうですが、何の備えもしないというのは……なにがあったのか護衛もおりませんし」
「護衛ね。まあ、獄卒どもがいないのは気になっていた。誰かに攻め込まれて総動員ってとこなんだろうが、今どき誰が攻めてくるかな? 十字教はほぼ黄泉の国を制圧したというのに、かといって地獄の連中は抜け道通っていつでもやってくるし。一体、何がどうなってるんだ?」
「こちらにいらっしゃいましたか、日色様」
弓使いの火蓮もやってきた。こちらも緋袴に胸当て手甲も締めた完全武装だ。後ろに誰かを連れている。あれは
「実は亜里が送られてきました」
「申し訳ありません!」
火蓮に連れられてきた亜里は故勇者の前でいきなり土下座を始めた。
「まあ、よくわからねえが、話を聞こうじゃないか」
秘蔵の酒を茶碗に注いで亜里に渡す。
「また、閻魔みたいなまねを……」
「みたいなって、これ魔王の貢ぎ物だし」
焼酎『魔王』の一升瓶を故勇者がかかげて見せた。
故勇者の言葉に一気に場の緊張感が霧散した。呆れていた亜里だが勇者から茶碗を受け取ると一息に飲み干した。焼酎のストレートだ。臓腑が焼ける感覚に亜里の緊張が解けた。
返杯を受け、故勇者も茶碗酒を飲みほした。火蓮とアレックスにもお流れを回してやる。
一巡したところで話を切り出した。
「で、俺に謝らなきゃならねえって何やらかした? どうして死んだ?」
「ふーん。てことはおめえらはマラなんとかって低級悪魔に騙されて清志郎の妹を匿っていた閻魔を襲撃して失敗したと……」
「面目次第もありません」
亜里の報告を聞いた故勇者の感想に再び亜里が平伏する。
「しょうがねぇ。俺ら馬鹿ばっかだからな。わははははは!」
誰も返す言葉を持たなかった。所詮は愚連隊の成り上がりなのだ。
「だが、これで分かった。亜里、体調は大丈夫か?」
「はい。一度死んだので元通りです。むしろ絶好調です」
「よし。なら行くぞ!」
故勇者は右手に長剣を顕現させると体の前で一振りした。纏っていた襤褸が一変し、長身を銀色に輝かせた鎧装束となった。これこそ真の勇者の姿だ。ただし、胸甲に浮かぶは見慣れた勇者紋ではなく死者を表す地獄紋であったが。
「鈍っちゃいるが、まあ何とかなるだろう」
「リーダー、行くってどこへ?」
肩をゴキゴキ鳴らしながら進む勇者に向かいアレックスが問いかける。
「俺たちを騙して利用しやがった奴への仕返しだよ」
「誰なんです? それは……」
「いいか、悪魔どもはお前らに閻魔を襲撃させたと同時に地獄を攻めてきた。それだけ地獄を手に入れたがっているやつなんざ一人しかいねえだろ」
「まさか……ルシフェル?」
「それしかねえだろう。勇者である俺を殺したのも奴らだろう。何だかはわからねえが知っちゃいけねえことを知っちまったんだろうな。未来たちを襲ったのも奴らだろう。最初に楯役のアレクを殺したこともそうだ。敵は俺たちの戦い方を熟知している。しかもこのタイミングだ。どうも最近地獄が不安定だと思ったら閻魔の奴、世代交代しやがったというじゃねえか。奴の息子はまだ中学生だろう。奴にとっても想定外だったはずだ。
息子じゃ力が足りてねえ。ルシフェルの奴、そこを力づくで抑えにかかっているんだろう。閻魔のガキが奴の手に落ちたら勝負ありだ。俺たちゃ利用され殺されただけのいい笑いものだ。とりあえずガキを援護する」
久々の勇者の復活だ。全員が湧きたった。その中で一人亜里が話を戻した。
「それで、リーダーは譲坊ちゃんの行方をご存知なのですか?」
「ああ、お前らはずっと譲を探してくれていたんだったな。ありがとうな。だが、知らん。知る必要もない。もう会うこともない親子だ。あいつのことは閻魔に預けた。今頃はどっかで幸せに暮らしているだろう。それで十分だ」
「はい!」
亜里もようやっと納得したようだ。
*
月夜叉は焦っていた。二の門の構えは万全だ。羅刹は突進してくる竜牙兵を遠慮なく吹っ飛ばしている。およそ半数(一万)は削ったろう。だが、ルシフェルは策を繰り出すこともなくただ笑って見ている。
こいつはただの力押しで終わらせる奴ではない。それは月夜叉自身が身をもって知っていた。だが、その手が読めない。スケルトンは堅陣を組んだまま動こうとしない。月夜叉の力を以ってしても容易には崩せなかった。そのときだった。
ずんんんんんん!
地下深くから、つまり地獄の本拠地冥府城の方から重々しい振動が伝わってきた。
「ゆーくん!」
地下の冥府城にいる結弦が気にかかる。ルシフェルが何かを仕掛けたようだ。結弦の元へ駆け付けたい。だが、それを許すような甘さはルシフェルにはない。
「そろそろ、スケルトン相手も飽いただろう。貴様好みの相手を用意してやったわ。たっぷり遊んでもらうがよい」
スケルトンの陣の裏手から奇妙な蔓が伸びてきた。5mはあろうかという茎の上には毒々しい花弁がならぶ。その中心には大きな口を開けている。
「悪の華!」
「その通り! そいつは処女が好物だからな。油断して喰われるなよ。お前の処女は儂のものだからな」
生命力の強い悪の華は切っても切ってもすぐ再生する。攻撃力も竜牙兵やスケルトンの比ではない。獄卒率いる餓鬼兵では手も足も出まい。むしろ足手まといだ。しかし、月夜叉と羅刹の二人掛かりでも倒せるかどうかわからない。放っておけばどこまでも成長して二の門も破ってしまうだろう。
「羅刹! 私が囮になる。お前は本体を叩け!」
「おう!」
跳ね回る月夜叉を追って蔓が伸びる。大薙刀で蔓を切り飛ばす。その隙をついて羅刹が劫火を放つ。
「炎帝剣火劫斬!」
相手が植物なら羅刹の得意とする火術が有効だ。未だ成長過程である悪の華は炎に包まれ黒焦げになった。
「やったか?」
しかし、黒焦げになった殻を破って新しい本体が姿を現す。
「わははははは! その程度のなまっちょろい炎で焼き潰せるわけがなかろう。貴様、本当に大丈夫か? 再会するまで死ぬでないぞ」
そう言い残すとルシフェルは姿を消した。
「くっ……」
月夜叉の心は敗北感でいっぱいだった。下には結弦がいる。おそらく抜け道を見つけられたのだろう。結弦が心配だったが、今はここを離れられない。
悪の華の蔓に交じって竜牙兵が突進してくる。何匹かは蔓に捕えられ餌になっていた。それでもまだ1万は残っているだろう。
餓鬼兵は門内に戻り弓で竜牙兵を攻撃する。でも、それでは悪の華には効果がない。
こうなったら……
「月殿、馬鹿な考えはよせ」
決死の思いで突撃をしようとしたところを羅刹に引き留められた。
「だって……」
これだけの軍勢に二の門を抜かれたら冥府城だって危ない。今の結弦は見習いのようなものだ。地獄統括の術を知らない。私が頑張らなければ……ゆーくんが死んじゃう……
「僭越であるぞ。大王様はこの程度の逆境に負けはせぬ」
「羅刹……」
4千年の相棒は力強く頷いた。
「嘆くとしたらお主を真に失ったときであろう」
閻魔大王不在の今死んだらひかりは転生できない。一度目は一族の業により地獄で蘇った。一族としての記憶を思い出し、力を取り戻した。しかし、それは復活でも転生でもない。今のひかりは亡者なのだ。
ひかりは怖れた。死ぬことでも消滅することでもない。愛しい人と二度と会えなくなることに
*
「やっぱりここだったか」
地石寺の裏参道には悪魔軍が充満していた。
「閻魔がいたぞ! 首をとれ!」
閻蔵を見つけた悪魔大将が檄を飛ばす。地獄への隘路に渋滞していた悪魔軍の後衛が一斉に向きを変えた。1万はいよう。
「魔王様、ここはいったんお引きになった方が……」
「源治、己まで我を見くびるか!」
閻魔大王の秘書官司命の姿に戻った源治が閻蔵を諫める。しかし、閻蔵とて必死なのだ。今の地獄には結弦がいる。
「閻魔紋章を手放したとはいえ、雑魚どもに後れは取らぬわ!」
黒ジャージ姿のまま大鉞を振り回す。悪魔兵どもが10体ほど吹き飛んだ。
「山門を守るは我がお役目。魔王様、ここは我々が。先にお進みください」
仁王の姿になった明が閻蔵を促す。
「とはいってもな。この先もこんな感じだろう。後ろから追い潰すしかあるまい」
悪魔軍で大渋滞している裏参道を見やりため息をつく。
後は結弦を信じるだけだ。
*
「大王様、間道が見つかったようです。ここもじきに敵が来ましょう。下階へ移動しましょう」
「ちょっと待ってくれ、吽形。もう少しで何かが掴めそうなんだ」
覚醒しろと言われてはいそうですかとできるものなら苦労はない。オレが思い出していたのは親父の言葉だった。
店を手伝っていたとき、親父はいつも何かを教えてくれていた。敵のことだったり、地獄の仕組みだったり、裁きのことだったり。話すことはいろいろだった。その頃は子供相手のおとぎ話だと思っていた。しかし、それは全て自らの経験なのだった。
いきなり成長することはできない。どんなに頑張ったって法力を倍にはできない。それには気の遠くなるような鍛錬が必要なのだ。今すぐ使えるものではない。だが、親父から教わった知恵があれば、大軍相手でも何か立ち向かえるかもしれない。それが何か掴めそうなのだ。
「おう、邪魔するぜ」
がらんとしていた執務室に銀色の戦士が割り込んできた。完全武装した3人の配下を連れている。
「これは勇者様。牢から出ることは禁じられております。何用でしょう」
吽形がオレを庇うように故勇者の前面に立つ。右手には独鈷を構え警戒を怠らない。
「そんなこと言ってる場合じゃないだろう。ここはもう落ちるぜ」
壁一面に埋め込まれたモニターが各所での地獄軍の苦戦を映し出していた。
二の門では逃げ疲れた月夜叉が悪の華の蔓に足を捕られた。
「ひかり、危ない!」
届かないのはわかっているが思わず声が出た。
月夜叉は羅刹の火劫斬のおかげで辛くも蔓から逃れた。しかし、疲労が濃い。羅刹も剣先にキレがない。
別のモニターでは間道はサラマンダーに乗った悪魔遊撃隊がひしめき合っている。鬼門つまり地獄の正門前だ。
オレは今になって自分が通ることで敵に間道を教えてしまったことに気がついた。自分のうかつさに腹が立つ。しかも、今になっても敵が誰なのかもわかっていないのだ。
地石寺の参道では親父たちが押し込んでいるが、ここに来るのはまだまだ先の話だ。間道は鬼門の前につながっている。つまり、鬼門が破られれば地獄は敵の手に落ちたも同然だ。
獄卒率いる餓鬼たちが悪魔どもの襲撃をかろうじて支えているが、ギリギリの状態だ。
「見たところあと1時間と持たねえぜ」
「それで勇者様は閻魔大王様の首を手土産に十字教軍に復帰されるおつもりか?」
見ただけでわかる。吽形は決して弱くはない。しかし、故勇者の強さは桁が違う。それでも吽形は自分を守り抜く覚悟だ。
「まさか。あいつらは悪魔どもだ。聖人でもある勇者がなんで悪魔に肩入れする理由がある」
「それでもあなた様は悪魔を従えて一度は地獄を落としたではありませんか」
「あれは奴らが勝手についてきただけだ。俺の仲間は最初から最後まで5人だけだ」
勇者はオレたちと敵対するつもりはなさそうだ。吽形もそれを感じているはずだが構えは解かない。
「だいたい、俺はもう死んでるんだぜ。あのルシフェルに騙されてな。闘うとなればあいつらとだろう」
「牢にお戻りください。ここは我らが支えて見せます。ここで悪魔とはいえ十字教軍に刃を向ければこれまでの功績を無駄にすることになりますぞ」
「関係ねえよ。生前、貰うものは貰っちまったしな。案外、地獄暮らしも悪くなかったぜ。だからよ。そこの小僧は俺たちが守ってやる。お前が新しい閻魔大王なのだろう?」
そこで初めて勇者はオレを見た。
「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」をお読みくださりありがとうございました。
結弦が禁止されていた地獄に通ったせいで隠れ道が見つかってしまいました。迫りくる敵、王子はどのように敵と戦うのでしょうか。一方、故勇者も動き出します。故勇者と王子の因縁とは
投稿は毎週金曜日に行う予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。




