11.再会
一見、平和そうに見える日常に潜む影。それは生きとし生けるものが逃れ得ない生と死にまつわる有象無象の物語。
黄泉坂結弦は父親にあこがれていた。居酒屋の店主なのだけれど部下に仕事を任せて昼間から飲んだくれている父親に。だけど、親父の周りにはいつも人がいた。彼らの相談を見事に解決してしまう親父は結弦のヒーローだった。親父のようになりたい。それが結弦の夢だった。
だけど、自分は親父に似ていない。少年の悩みは尽きない。
「鉄っちゃん!」
目を覚ました千衣は、荒れ果てた閻魔堂のフロアで閻蔵にぼこぼこにされ拷問を受けていた賊に駆け寄り、閻蔵を止めた。
「おお、千衣ちゃん。おっきくなったな」
両手を後ろで縛られ転がされた鉄也だが、膝枕に抱き起されても豊満な胸に遮られ千衣の顔が見えない。軽口に胸を隠すそぶりをする千衣に鉄也は慌てて言い訳をする。
「そういう意味やない。立派な大人になって……最後に会ったのは中学生のときやったか? 閻魔にひどいことされとらんかったか?」
ボロボロの身でありながら千衣を心配する鉄也を千衣は首を振って否定した。
「そんなことない! みんないい人たちよ! ずっと助けてくれてたんだから。なにやってるのよ……」
「そっか……こいつは一杯喰わされたようやな……あんたらにも迷惑かけた。もう隠すこともあらへん。何でも聞いてくれ」
閻魔の拷問にもへらへら耐え抜いていた鉄也も千衣の言葉に呆気なく陥落した。
「今まで何してたのよ。心配したんだから。それに……お兄ちゃんはどうしてるの?」
「すまんかったな。いろいろあったんや。それに清志郎ならそっちにおる」
涙ぐむ千衣に詫び、清志郎の健在を告げた。
「お兄ちゃん!」
隣の座敷には背中を刺された亜里が寝かされており、隣に戒められながらも心配そうに亜里を見守る清志郎がいた。
「千衣!」
「バカ! お兄ちゃんのバカ! バカバカバカ、バカ……」
千衣は兄を詰り、小さな拳でその胸を叩く。その拳には力はなく、言葉も続かなかった。やがて兄の胸にしがみつくようにして泣き出した。
「ごめん……」
清志郎にそれ以上返す言葉はなかった。ただ、愛しい妹の感情を受け止めるだけだった。
やがて千衣の涙が尽きた頃、鉄也も縄を解かれ魔王に連れてこられた。
「なんだ。お嬢の知り合いか?」
明が千衣に声を掛けた。
「ずっと行方知れずだった兄とその仲間です。この度は兄達がご迷惑をおかけしました」
「えろうすんまへん」
千衣と一緒に鉄也も頭を下げた。
「申し訳ありませんでしたっ!!」
清志郎は頭を畳にこすりつけ土下座している。誤解とわかった今、彼の胸には後悔しかなかった。悪魔にいいように踊らされ、罪のない女の子を手にかけ、仲間を傷つけた。己の馬鹿さ加減に死にたいくらいであった。
「こいつらには見覚えがある。勇者の子分どもだな。こっちこそやりすぎた。その娘はもう助からん。腎臓をやられている。これ以上長引かせても苦しませるだけだ」
閻蔵の非情な言葉にも鉄也は動じなかった。清志郎の治癒魔術も効かなかったのだ。
「だまされて迷惑かけたのはこちらですから。いいな、亜里」
青い顔をして横たわっていた亜里は声も出せないようだった。黙って頷く。涙が一滴流れた。
「心配すんな。すぐワイも逝く」
閻蔵が亜里の頭を軽く撫でた。苦悶の表情が解けていく。安らかな顔に微かに笑みを浮かべたところで呼吸が止まった。閻蔵はそっと瞼を閉じてやる。
「すまない……」
鉄也と並んで看取った清志郎が涙を流して詫びた。
「俺が騙されなかったなら……あんな悪魔に乗せられたばかりに……」
「それは言わん約束やで」
荒れ果てたキッチンを漁っていた閻蔵が無事だった一升瓶とグラスを持ってきた。鉄也と清志郎に渡す。
「弔いだ。飲め!」
グラスになみなみと注がれた焼酎を鉄也は一息で空けた。口内を切っていたのだろう。傷に滲みたらしく顔をしかめる。
「貴様の女か?」
「へい……」
こらえきれず鉄也が頬を濡らす。
「いずれ女には会わせてやる。誤解だとわかったようだからこの辺で勘弁してやる。まずは話を聞こうじゃないか」
「店はこんなですが、肴は何とかしましょう」
つまみは源治が請け負った。
*
「すると今回の襲撃をそそのかしたのはマラコーダか……ふん、小物だな」
鉄也と清志郎の話を聞いたところで閻蔵が鼻を鳴らした。
「面目ないです」
恥じ入る清志郎たちに閻蔵は遠慮がない。
「仮にも勇者の一族がそんな小物に踊らされるとはな。千衣を嵌めたのもそいつなんだろう?」
「今考えるとそうとしか思えません」
「相談にも乗ってくれたいい先輩だったんですけど……」
今度は千衣が恐縮する。
「こいつには霊力がないんです。だから、聖職者を継がせずに普通に暮らさせてやろうとしたのですが」
「お前たち同様、この娘にも天命がある。力のあるなしに拘らずだ。それにこの娘にはまだ開花していない能力がありそうだがな」
清志郎の言い訳にも閻蔵は動じなかった。
「それでルシフェルはどうしている」
「ルシフェル様ですか?」
「そうだ。お前たちを地獄戦役に駆り出したのはルシフェルだろう。しかも、現状支配に失敗している。奴が動かぬ理由がない」
閻蔵が敵と見定めているのは堕天使にして大悪魔ルシフェルであった。
「ルシフェルは我々とは面識がありません。あの当時でも会ったのは兄貴だけでしたし……」
「まて、鉄也。マラコーダが妙なことを漏らしていたぞ?」
清志郎が何かを思い出した。
「ああ、あれだ。閻魔大王の代替わりが成功してしまったら地獄征伐の成果がパーだとかなんとか」
「!? 代替わりだと……」
「そういえば魔王様、結弦様のお帰りが遅いようですが」
源蔵の言葉に全員が振り向く。既に8時を回っていた。いくら何でも遅すぎる。
「しまった。本命はあっちか!」
*
「何があったんだ?」
地獄を揺るがすような爆音が断続的に続いている。
「うーん、敵襲だね」
ひかりは何でもないような顔をして答える。
「十字教軍か! 大丈夫なのか?」
「このままだとちょっとまずいかな。山門くらいは破られるかもね」
ひかりが立ち上がる。輝くような光をその身から放ち一瞬にして姿を変える。白装束に襷をかけ右手に薙刀を握っている。その額には二本の角が生えていた。
「吽形、大王様をお願い。行くよ、羅刹」
「はい。月夜叉様」
「ひかり……お前、その姿は……」
「私も覚醒したんだ。死んだんだから覚醒じゃないか……とにかくこれが私の本来の姿。閻魔大王様を守る軍神、月夜叉。でも、ゆーくんには見られたくなかったな……」
ひかりは鬼の姿を見せたくはなかったのだろう。だが、オレは嫌悪感を覚えなかった。いや、感じたのはそれ以上のものだ。素直に言葉が出た。
「いや、綺麗だ……」
「へへっ、そうかな?」
くるりと回って全身を見せつける。一言で機嫌がよくなった。
「おかげで百人力だよ。待ってて。あんな連中あっという間に片付けてくるから」
ひかり……月夜叉は羅刹と共に前線に飛んで行った。
「吽形。ひかりは勝てるのか?」
結弦は付き従う吽形に本当のことを尋ねた。
「敵の姿がわからぬ故、確かなことは言えません。が、月夜叉殿でも難しいかと」
やはり、ひかりの強がりだったようだ。ひかりはオレのためにはいつも無理をする。
「オレは何をすればよい」
「大王様は大将ですから、本陣に構えて頂くべきかと」
「それでは勝てないのだろう。オレにもできることがあるはずだ。教えてくれ」
言い澱んでいた吽形であったが、オレの覚悟を認めたのだろう。重々しく答える。
「閻魔大王様本来の力を取り戻されることです。今の地獄は貴方様を主と認めました。しかし、悪魔どもの侵入をはねつけていた結界は大王様の法力によるものです。これまでは閻蔵様が補っておられましたが、今はいらっしゃいません。結弦様のお力で冥府城の結界を強化されないとここも厳しいでしょう。それだけの敵が攻めてきたということです」
オレにも覚醒が必要だった。
*
「まだ、山門は破れないのか?」
「今しばらくお待ちを。次こそは必ず。
全魔力を集中! 目標は山門。撃て!」
総大将ルシフェルの問いに悪魔大将メフィストフェレスが慌てて答える。それまでとは比べ物にならない轟音が鳴り響く。山門の片扉が傾いだ。骸骨兵隊が突撃する。地響きを立てて扉が倒れた。
「突撃!」
悪魔大隊長が竜牙兵を率いて遅れじと続いた。
確かに支配権を奪う前に閻魔大王の世代交代を許してしまったのはルシフェルの失策であった。だが、それを取り戻す好機も今なのだ。新たな閻魔大王は未熟だ。おかげで地獄への抜け道も見つけることができた。もっともそれを使うのは最後の手段だ。とにかく閻魔不在のときより結界の力は落ちている。今は正面から圧力をかけるときだ。
元閻魔も今頃勇者残党の襲撃を受けているはずだ。力を落とした今の閻魔なら奴らでも討てるかもしれない。悪くても時を稼ぐ程度にはなる。ならば、今しかないのだ。もたもたしていれば、サタンやベルゼブブたちが手柄を横取りに動くかもしれない。
総勢2万の悪魔軍は山門を破ると暗闇坂を下って突進する。二の門が見えた。力に劣るスケルトンに代わって竜牙兵が勢いそのままに二の門にぶち当たる。さすがにそれだけでは破れない。しかし、大きく揺らいだ。やはり結界は山門に集中してあったようだ。
「破門槌を持て!」
山門を破るのに全軍の魔力のほぼ8割を使っていた。悪魔大将メフィストフェレスは考えた。これ以上の魔力の浪費は避けたい。できれば力押しで破りたい。
そのとき前線の竜牙兵が100ほど吹っ飛んだ。
「魔力の出し惜しみとはケチ臭いわね。死にたい奴からかかってこい!」
門前に二匹の鬼がいた。
*
ルシフェルは自然と笑いが出た。白い方の鬼には見覚えがある。
「夜叉姫よ。10余年前に殺してやったと思ったら、うまいこと次の閻魔に出会えたようだな。儂に感謝するがよい」
「ルシフェル……」
ひかりの前世であった月夜叉を殺したのはルシフェルだった。縦横無尽に暴れまわり勇者一党を攪乱する月夜叉を罠に嵌めてなぶり殺した。それをきっかけに戦況が変わったのだった。
「あのときも生娘だったのう。破瓜の血は大変美味だったぞ。今生でも純潔を守っておるのか? それとも新しい閻魔に捧げたか?」
「破廉恥な……」
だが、月夜叉は冷静だった。
「羅刹。雑魚は任せていい? 餓鬼兵もいるから2万くらい楽勝でしょ」
「任されよ。して、月夜叉殿は?」
「ルシフェルを牽制する。あいつは大将だから前線には出てこない。だけどほっとけばどんな罠を張ってくるかわからない。私はそれの邪魔をする」
「心得た。月殿も用心召されよ」
「わかっているわ!」
羅刹が獄卒率いる餓鬼隊を方陣に組み直す。守りの陣形だ。羅刹自身は遊撃で悪魔どもを嬲り殺す。羅刹が半月刀をふるうたびに竜牙兵の首が2個3個と飛び跳ねる。
それを見ながら月夜叉は大きく右翼に回り込んだ。対する敵の左翼はスケルトン軍。月の加護を受ける月夜叉とは相性がいい。
「月光掌!」
聖なる光を含む掌底の一閃で数十のスケルトンが灰燼に帰す。200ほど削ったところでスケルトン軍が固まり楯を構える。こうなっては攻めにくい。だが、これでよいのだ。
月夜叉の狙いはあくまでもルシフェルの牽制だ。
「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」をお読みくださりありがとうございました。
ついに敵対象ルシフェルとの戦いが始まりました。鬼の姿を取り戻したひかりはkてるのでしょうか。結弦少年はどうするのか? 乞うご期待です。
投稿は毎週金曜日に行う予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。




