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天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。  作者: 灰色 シオ
「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」外伝 「太陽の子」
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Ex11 大祭

 理不尽な暴力により住み慣れた土地を追われ、海の果ての小島に流れ着いた海神の一族。彼らは屈辱に甘んじることなく自らの手で未来を切り開くことを選択しました。

 準備を整えて臨んだ冒険でしたが、すべてがうまくいくわけではありません。数々の苦難に立ち向かい、あるときは戦って打ち破り、あるときは和して難局を乗り切ります。

 海神族の王子ヒルコは偶然出会った謎の人物ユヅルや仲間たちと力を合わせて打ち勝ち、自らも成長していきます。

 そんな王子の冒険と成長の物語。

 しゃらん しゃらん

 舞台の上で巫女が鈴を振り奉納の舞を舞う。

 奉納の舞は祭りの余興ではない。海神(わだつみ)一族が戦に勝ち、大きくなったことについて天に感謝の気持ちを伝えるための儀式なのである。


 日は朱夏(しゅか)8月の新月の夜が選ばれた。

 新月とは月が細り切った状態を指す。つまりこれから満ちていく時期であり、海神もこれから大きくなるのだという願いを込めた選択である。


 そしてその大事な儀式の舞姫にアハシマ姫が選ばれた。

 アハシマ姫はまだ9歳である。(とこ)()しているイザナミ様の代理という側面はあるものの傍流の巫女ではなく直系のアハシマ姫が選ばれたということは、今後一族の祭祀において巫女はアハシマ姫が務めるということだとカミムスビは受け取った。

 イザナミ様からはアハシマ姫だけでなくアマテラス姫を舞台に上げるように強く申し出があったとのことだったが、まだ5歳のアマテラス姫では(おさな)過ぎると取り上げられることはなかった。

 それをイザナギ様が病床のイザナミ様にお伝えになるとあっさり引いたところを見ると、やはりあれはイザナミ様のご意向ではなく、侍女たちの専横だったのかもしれない。

 移住前からの家人に育てられたヒルコ様やアハシマ様と違い、今、イザナミ様のお側についている侍女たちは大八島(おおやしま)(日本列島)に来てから召し上げられた者たちだ。大事にされる長子や長女は一族の重鎮の子女が守役(もりやく)に付くが、小族である海神には適任者も限りがある。そこで次男次女以降は土地で召し上げた者たちを付けることになる。

 そのためかアマテラス様やツクヨミ様はこの土地の風土になじむのも早かった。我ら年寄衆のように大陸時代の暮らしや食べ物を懐かしむこともない。

 最近はイザナミ様まで感化され、この土地の風習を重んじることも多いと聞く。


 これも侍女たちが大陸の文化を忌避(きひ)し、この土地の風習を進めるためであろう。

 近頃は侍女たちが大陸時代からの風習を受け継ぐヒルコ様やアハシマ様を野蛮なものとして軽んじ、アマテラス様を後継ぎにと画策していると年寄衆でも話題になるほどだ。

 それより、落ち着いているイザナミ様の傍らで父親であり当主でもあるイザナギ様を(にら)みつけるように見ていたツクヨミ様の視線がカミムスビには気になった。


     *


 しゃらん しゃらん

 笛や鼓のどこか異国を感じさせる調べに乗せて軽やかな鈴の音を振り撒きながら神楽(かぐら)を舞う巫女の姿には神秘的な美しさがあった。

 サオネツヒコは見惚(みと)れていた。


 やがて神楽が終わり余韻を残す笛の音が止むと会場を静寂が支配した。誰も声を上げられるものはいなかった。それほどまでにアハシマ姫の舞には場を支配する力があった。

 サオネツヒコはほぅと息を吐いた。


「見事なものでありますな。そうは思われませんか、サオネツヒコ殿」

 左隣に座っていたオオシコウチが声をかけてきたが、サオネツヒコは(うなず)くしかできなかった。

 (まばた)き一つせず目を見開き、(ほほ)を染めたその顔は恋に落ちた少年の顔そのものであった。


 大祭は、海神に明石(あかし)名草(なぐさ)が加わり大きく成長できたことを神に感謝する儀式である。最初に下った河内(かわち)が最上位で次に明石、名草と続く。

 これで海神は本拠地であるオノゴロ島を起点に播磨(はりま)(今の兵庫県南部)から河内(大阪府)、名草(和歌山県西部)まで浪速(なにわ)の海をほぼ制することとなった。

 この大祭はその結果に対する天へ感謝する場である。だが、そのためだけに従属した族の長たちを集めた訳ではない。コノサルが言ったように既にこの世(今の近畿地方)は海神とそれ以外に分断されていた。

 だから海神は今後どう進むのかを表明しなければならない。天に向かって誓約するのだ。


 戦わないという選択肢はない。

 天に与えてもらった勝利を次の勝利に繋がないということは天への裏切りである。そうなったらもう二度と天は海神に祝福を与えることはないだろう。

 大祭は次の標的を決めるために行われるのである。

 それがどこになったとしても明石の戦力は必要になるはずである。ならば自分にもチャンスはあるはずだとサオネツヒコは思う。

 だが、今じゃない。自分と明石が海神にとって欠かせない存在になってからの話だ。戦で功を上げ、経済で貢献し、欲しがっているものを供給する。明石がなくては生きていけないほどに海神を篭絡(ろうらく)するのだ。


 まずは炭だな……

 海神の強さは豊富な鉄器によるものだ。鉄がどのようにつくられるのかサオネツヒコは知らない。だが、青銅が鉱石を溶かして作るのなら鉄も同じようなものだろう。鉄の素になる鉱石が播磨で取れるのかは知らないが、木炭なら明石でも作っている。今は1万人の民を養う程度にしか作っていないが、増産すれば海神の助けとなるはずだ。


 船戦を得意とする海神は小さなオノゴロ島を本拠地としていた。それは守りの布陣である。

 奴婢(ぬひ)を含めてもわずか千人ほどの海神族では守れる範囲は決まっている。陸続きでないオノゴロ島は手頃な狭さなのである。

 土地が狭く取れる穀物や山の恵みは限られている。海の幸を加えても千人が限界であろう。海神が大きくなるためには島を出るしかない。

 そこに食い込む余地がある。


 いつかアハシマ姫を求められる男になろう。

 サオネツヒコは心に誓った。


     *


 気に入らない。

 ナグサは戦わずしてワダツミに下った。

 タカクラジはワダツミを意識したことはなかった。西の海で幅を利かせているらしい。おかげで西国(さいごく)の商人たちが熊野(くまの)にやってこなくなった。来たとしてもワダツミに税を取られるため値が張り、数も少なくなった。商人が持ち込む品は大陸由来のものが多く、熊野では作ることができない貴重な品だ。

 それは民を食わせるのに必要ではないが、熊野を権威づけるのには必要なものだった。磨き上げられた玉や装飾を施された革製品、見事に織られた布など己の権威付けにも、部下への報償にも、外交での贈り物にも使える必要な品なのである。

 熊野は平地こそ少ないが、海の幸にも山の幸にも恵まれた土地である。そんな熊野でも貴重な工芸品は商人から買うしかない。それが手に入らないということは内陸の豪族たちに()められることになる。

 それだけでも気に入らないが、紀州(きしゅう)の覇権を争っていたナグサがワダツミに下るなど、熊野までワダツミの下になったようで気に入らない。


「思い上がった性根を叩きのめしてやろう」

 タカクラジはナグサ攻めを決めた。

 幸いワダツミは神に感謝する祭りを開くという。主であるナグサトベはワダツミの島に出かけたそうだ。戦の度に暴れまわり兵を傷つけるいまいましいキノクマも島に行ったきりだという。

 ならば負けることはあるまい。


「兵を集めろ! ナグサを討つ!」

 タカクラジは立ち上がって叫んだ。

 興奮したタカクラジは冷ややかな目が見つめていることを失念していた。


     *


「……というわけでございます。熊野衆は大祭に合わせて攻め込んできましょう」

 ナガモチの報告を聞いたカブラヤメは溜息をついた。それは予想外のことに戸惑っているわけではなく、あまりにも予想通りに動くことに呆れてのことだった。


 ナガモチは名草出入りの商人だった。もちろん海神の息がかかっている。

 数日前、ナグサトベの下にナガモチが訪ねてきた。もちろんナガモチも名草が海神の傘下に入ったことを知っている。名草が海神の領内になったことで税が安くなったとナガモチは喜んでいた。

 ナガモチはこれから熊野を訪れるという。そこで名草の海神入りと大祭の開催を告げるそうだ。全てイザナギ殿の指示だ。名草に寄ったのは対処は名草に任せるということだろう。


 強者の庇護に入った者を攻めるということは、強者を敵に回すということだ。普通に考えればありえない愚行(ぐこう)だ。

 だが、新興の海神の脅威は知れ渡っていない。南方から渡ってきた一族で船戦(ふないくさ)に強く、内海で暴れまわっているくらいしか知られていない。河内を攻めとったのは2年前で、明石を破ったのは半年前だ。それも河内勢が意地を見せたと伝わっているらしい。海神の強さは戦ったものでなければ分からない。


 タカクラジが賢い男なら海神のことを調べてから判断するだろう。しかし、イザナギ殿はナガモチを使って熊野を挑発した。つまりは次の標的は熊野なのだ。

 ナグサトベは瞬時に判断すると巫女頭のカブラヤメに事細かく指示を出した。

 それが総て的中したのだ。ナグサトベの先見の明に畏れ入るとともにカブラヤメは己の至らなさを痛感した。


 もともと名草の巫女は巫術に強い。特に守りではカブラヤメの知る限り負けたことがない。それは地形を活かした罠を張りやすいためだ。

 武門の頭キノクマを人質として海神に送ったときから巫術の結界は(おこた)りなく張り巡らせている。罠があることはタカクラジも知っているだろうにわざわざかかりにくるとはタカクラジという男もたかが知れている。

 主将キノクマはいなくても兵のほとんどは備え、配置についている。負けるはずがない。

 すべてはイザナギの(てのひら)の上だったとしても名草の巫女の意地を見せたいとカブラヤメは思った。


     *


「お兄様っ!」

 アハシマがヒルコを見つけるや否や飛びついてきた。


 やれやれ

 神楽の主役を担ったとはいえまだまだ子供なのだ。無理もない。二つ下の妹は、まだ9歳なのだ。

 ヒルコは抱きつくアハシマを受け止める。


「おやおや、こんな子供っぽい姿を見るとさっきまで神楽で皆を魅了した舞姫とは思えないね」

「お兄様のいじわる!」

 腕の中で頬を膨らませる姿は年相応の子供にしか見えない。

 だが、その舞踊の技術は本物だ。


 海神の長女として生まれたアハシマはまだ2歳のようやっと歩けるようになったころから舞の技術を叩きこまれていた。子供だから仕事はさせられなかったが、朝の舞の稽古は休ませてはもらえなかった。

 それは大陸から落ち延びる船の上でもそうだった。むしろ海の神に航海の安全を祈願するためにもまだ5歳のアハシマは舞を命じられた。波に揺れる船上でもアハシマは足を取られることなく見事に舞いきった。

 オノゴロ島に拠点を移してもそれは変わらなかった。むしろ大陸での風習を維持するためにもアハシマにかかる期待は大きくなった。

 この土地の風習に染まりつつあるイザナミが舞わなくなったこととは対照的だった。イザナミはアマテラスにも舞を強要しなかった。


「アハシマ様は楽屋でもお兄様は喜んでくださったかしらとそればっかりで」

「もう、ヒカリったら、それは言わなくてもいいでしょ」

 侍女のヒカリの言葉にますますむくれるアハシマ。


「見事な舞だったよ、アハシマ。サオネツヒコなんて目蓋(まぶた)が閉じないほど釘付けだったよ」

 今回の来客の中でも若く凛々(りり)しいと評判のサオネツヒコに見初(みそ)められたのなら普通の女子(おなご)なら喜ぶところだが、秘めたる思いを抱えるアハシマには響かない。

「もう、そんな知らない方がどうでもよいのです。お兄様はどう思われました? アハシマの舞は?」

 アハシマの心の中にはヒルコしかいないのだ。


 ヒルコも(いと)しい妹のために言葉を尽くす。

「もちろん、素晴らしかった。天女の舞とはこのことかと思ったよ」

 アハシマは愛する兄からの賛辞に満面の笑みを浮かべた。

「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」外伝「太陽の子」をお読みくださりありがとうございました。

 アハシマ姫は海神の巫女として欠かせない存在となりました。ですが、兄ラブの姫は愛しいお兄様のことしか眼中にありません。サオネツヒコ君の恋はどうなるのでしょうか。

 投稿は毎週金曜日に行う予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。

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