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天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。  作者: 灰色 シオ
「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」外伝 「太陽の子」
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Ex10 義兄弟の契り

 理不尽な暴力により住み慣れた土地を追われ、海の果ての小島に流れ着いた海神の一族。彼らは屈辱に甘んじることなく自らの手で未来を切り開くことを選択しました。

 準備を整えて臨んだ冒険でしたが、すべてがうまくいくわけではありません。数々の苦難に立ち向かい、あるときは戦って打ち破り、あるときは和して難局を乗り切ります。

 海神族の王子ヒルコは偶然出会った謎の人物ユヅルや仲間たちと力を合わせて打ち勝ち、自らも成長していきます。

 そんな王子の冒険と成長の物語。

 名草(なぐさ)明石(あかし)大八島(おおやしま)(日本列島)の大族がこぞって帰順(きじゅん)したことで海神(わだつみ)は大盛り上がりであった。長老会は終わっていなかったが、耳聡(みみざと)い民たちは既に浮かれ切り、お祭りムードであった。

 いくら戦いに勝っても人口の少ない海神族では領土を拡張することはできず、貧しいままだったのだ。大族を二つも従えたことで領土は大きく(ひら)けた。さらに大きくなるきっかけをつかんだのだ。民たちが喜ぶのも無理はない。


 イザナギは名草と明石の帰順を認め、サオネツヒコとナグサトベの一族入りを認めると発表した。そして1か月後の新月に日に天に感謝する大祭を開くことにした。


 その夜はキノクマとサオネツヒコを歓迎する(うたげ)(もよお)された。

 サオネツヒコは大祭に備えるため明日一度戻ることとなった。キノクマはオノゴロ島に残り使者としてコノサルを帰すこととした。


 宴席の主賓としてサオネツヒコとキノクマは招かれた。キノクマは遠慮したが当主ナグサトベの名代(みょうだい)なのだからと言われサオネツヒコに並んだ。

 海神からは当主のイザナギを始め、長老のオオワダツミ、オオヤマツミ、カミムスビ、ヤクサノイカヅチ、オオホヒに当主の息子としてヒルコが列席した。国交である以上、本来なら正室であるイザナミも出席するところであるが、イザナミは先月三男のスサノオを産んだばかりであり、幼い次女アマテラスや次男ツクヨミと母屋で休んでいた。


 カミムスビは頭を抱えたくなった。

 宴の話題は河内(かわち)の戦が中心となった。それはまだいい。両陣営が海神に下るきっかけとなった戦いなのだ。むしろ当然であろう。

 だが、第三者であったキノクマはもちろん、敗れ父親を殺されたサオネツヒコまでヒルコを絶賛していた。カミムスビはここにユヅルがいないことを残念に思う。

 彼の者のヒルコ様への忠誠心は本物だ。主が当主に(うと)まれるような会話を許すわけがなかった。サオネツヒコが()()()に帰順を願い出たときもカミムスビより早く(あるじ)(かば)っていた。


「いやまったく、ヒルコ殿の剣の鋭さといったら、見事としか言いようがない」

「いえ、師にはまだまだ及びません」

「それにあの剣。布都御魂剣(ふつみたまのつるぎ)と言いましたか? あれも見事なものでした」

「お分かりになりますか?」

「勿論ですとも!」

 製作にかかわったオオヤマツミが話題に乗ってしまう。

「我一族の鍛冶師渾身の一振りです。そう言って頂けると彼らも喜びましょう」

 ヒルコが手柄を周りに振っているのだが、まるで効果がなく、話は嫌なほうに盛り上がっていく。

「道具は道具にございまするぞ。キノクマ殿」

 カミムスビが懸命に水を差そうとするが、酒のせいもあって一向に冷めない。どう言っても都合よく受け取られてしまう。

「その通り! 一流の剣は一流の使い手にこそふさわしいな。そうは思いませぬか、サオネツヒコ殿」

「まさしく! ヒルコノミコト殿が居られれば、海神の未来も明るいというものです。キノクマ殿」

「おお、その通りじゃ!」

「いえ、私などまだ初陣を済ませたばかりの若輩者です」

「初陣であれだけの戦功を上げられたのだ。サオネツヒコ殿の言う通りですぞ」

「早くヒルコ殿と(くつわ)を並べて戦に出たいものです」

「そのときは名草も是非お呼び下され」


 上座を見やる。笑顔で話を聞いている当主イザナギの目に冷たい光が宿っていた。

 カミムスビは一人では止めきれない己の不甲斐なさを嘆いた。


     *


 外交の宴にでない家人たちにも酒と料理が振舞われた。

「アハシマ様はお子様ですからお酒はダメですよ」

 この時代のお酒は巫女(みこ)唾液(だえき)で発酵させる()()()()()だ。米麴(こめこうじ)を使わないお酒だからと言って()めてはいけない。ちゃんと発酵させれば日本酒並みのアルコール度数にはなるのだ。子供に飲ませてよいものではない。

 まあ、わたしは居酒屋の娘ですから酒飲みに嫌悪感はないけど自分が飲みたいとは思わない。アハシマ様も飲みたいというより大人の仲間入りがしたいのだろう。

 早く大人になってもいいことなんてないのだけれど、それは言うだけ野暮だろう。


「お子様だなんてひどいわ。ヒカリだって大して変わらないでしょう?」

「ええ、そうですよ。だからわたしもご馳走(ちそう)だけです」

 子供扱いを不満がるアハシマ様がほほえましい。大人ぶることこそ子供の証拠だ。

 返答通りに母屋の居間でヒカリはご馳走を頂く。


 料理はアジの干物にエビの焼いたもの、海藻のサラダには柑橘系(かんきつけい)の果汁が絞ってあり酢の物みたいでおいしい。

 ご飯はいつもの(あわ)ではなくちゃんとしたお米だ。精米がよくないので玄米よりもっと糠臭(ぬかくさ)いけど久しぶりに食べるお米は涙が出るほどうれしい。

 汁物は海藻と貝の潮汁(うしおじる)だ。この時代にはお味噌も醤油もないので味付けはほぼ塩だけだ。それでもわたしが小魚を干して作った煮干しや干物の頭や中骨から出汁(だし)を取ることを教えたのでだいぶましになった。特にお吸い物は別物のようにおいしくなった。みんなにも好評だ。お客様にも喜んでもらえたらいいな。


「ねえねえ、ヒカリ。お客様には先の戦でのお兄様の活躍が話題になっているのですって。お膳を持ってきてくれた(ねえ)やが言っていたわ」

「それはよかったですね」

 ヒルコ様に恋するアハシマ様はヒルコ様が褒められるだけでうれしさを隠せない。

 わたしはそんなアハシマ様をほほえましく思う。


 だからこそ、早く大人になんてならなくていいと言って差し上げたい。

 奥の間をちらりと見やる。

「お母様もご馳走召し上がれたかしら?」

 イザナミ様は先より体調がお優れにならない。わたしたちが来てからアマテラス様、ツクヨミ様とお産みになり、先月もスサノオ様をお産みになられたばかりだ。床払いもできず、このところ奥の間から出てくることもなかった。


 乳母や下女は出入りするものの、アハシマ様をお呼びになることもめったにない。

 乳母たちはこちらで召し上げた者たち(日本人?)で、大陸で生まれ育ったアハシマ様やヒルコ様とは(へだ)たりを感じられる。なんかヤな感じなのだ。


「イザナミ様もご馳走を召し上がったらお元気になられますよ」

 だからこそわたしはアハシマ様をお守りしたいと強く思う。


     *


 カミムスビの心配を知らぬヒルコは中庭にいた。

「ここにいらしたか、ヒルコ殿」

 やってきたのはキノクマであった。

「海神の料理は口に合いましたか?」

「おお。馳走になった。だが、飲み足りなくての。つきあわんか?」

 宴席からくすねてきたのであろう。徳利(とっくり)を掲げる。

「おつきあい致しましょう」

「おーい、サオネツヒコ殿もどうだ?」

「よいですな」

 客殿に戻る途中のサオネツヒコをキノクマが呼び止め、サオネツヒコものってきた。


 庭先にゴザを引き

 武将が3人集まれば話題は技か武器かとなる。

「ヒルコ殿、その腰の物を見せては頂けないだろうか」

「私も拝見したい。是非、お願いします」

 布都御魂剣を見たがるキノクマの願いにサオネツヒコも同意した。

 ヒルコは腰から鞘ごと剣を抜くとキノクマに渡した。カミムスビがいれば止めただろう。他人に己の剣を渡すなど武人としてはあってはならない愚行(ぐこう)だろう。だが、ヒルコはこの二人を疑う気にならなかった。


 キノクマは(うやうや)しく受け取ると(つか)を握り、剣を抜く。

 彩色された文様が刻まれ、まじない石がちりばめられた鞘や柄と比べ、無骨と言える刀身が現れた。諸刃(もろは)の剣が主流だったこの時代には珍しい、切ることに特化した片刃(かたば)剣である。

 黒錆(くろさび)で覆われた剣身は肉厚で重厚感があり、よく研がれた刃先の白さが目立つ。刃は見ただけで切れるとわかるほど鋭く切先まですらりと伸びていた。


 篝火(かがりび)を受けて刀身がギラリと輝く。

「…………」

「おおっ、何と見事な」

 見惚れて声も出ないキノクマに代わり声を上げたのはサオネツヒコだった。

「キノクマ殿……」

 呼吸すら忘れて剣に見入るキノクマにヒルコが声をかける。

「お……おおぅ……いや、失礼した。振ってみてもようござるか?」

 ヒルコは頷く。


 立ち上がったキノクマは片手で軽く二、三度振ってバランスを取ると両手に持ち直し、大きく振りかぶり鋭く振り下ろした。

 びゅんっ!

 剣身が鋭い音を立てた。


「不思議な剣です。軽いのに軽さを感じさせない。切った感触は手に残る。不思議な剣です」

「キノクマ殿にはもっと重い剣が向いていましょう」

 ヒルコの言葉にキノクマが感激する。

「いずれ戦さで功を上げ、剣を(たまわ)りたいものです」


(それがし)にも持たせては頂けないだろうか?」

 サオネツヒコも我慢できないとねだる。

 ヒルコはサオネツヒコにも渡してやった。


 布都御魂剣を受け取るとサオネツヒコも嬉しそうに二、三度振ってみる。

「私には少々重いようです」

 鞘に剣身を納め、ヒルコに返すとサオネツヒコは言った。

「ヒルコ殿はお若いのによく鍛えていらっしゃる」

「力ではないのです。剣を体の一部として馴染ませると重さを感じなくなります」

「体に馴染むまで何万回と振り込んだのでしょうな。凡人では届かぬ境地です」

「才能なら私より優れた者はたくさんいるでしょう。剣身一体(けんしんいったい)の境地はただ愚直に振り込むだけです」

 感心したようにサオネツヒコが頷く。


「鉄剣をも切る技があるとヒルコ殿はおっしゃった。布都御魂剣を持てばヒルコ殿も鉄をも切れるのであろうか?」

 キノクマが聞いてくる。

 昼間の試合のときからキノクマは木剣で切る技に興味津々であった。

「『鋼切(はがねき)り』という技だそうです。私はまだその境地の足元にも及びませんが、刃先を極限まで薄く鋭くと念じて振り抜くものだと教わりました」

「薄く鋭く……」

「そのように念じるだけで切れるものか?」

 イメージできたサオネツヒコと違いキノクマには感じられなかったようだ。

「念を刃先に乗せるのだと師はおっしゃいます。私にもつかめてはいないのですが」

「試合でのあれはどうなのだ。ほら、木剣で木剣を切り飛ばしたではないか」

「あれは完全にまぐれです。もう一度やれと言われてもできる気がしない」

「でも、あれも『鋼切り』なのでしょう?」

「わかりません。そうならよいと思います」


 三人の武将の武技談義は尽きることがない。ヒルコも十分に楽しんだ。


「いつかヒルコ殿の下で剣を振るいたいものです」

「おおっ、俺もそう思っていた」

「サオネツヒコ殿、キノクマ殿、それは……」

「わかっております。まだ継嗣(けいし)と決まってもいない貴方様に力が集まりすぎるとよからぬことを考える(やから)がいるのでしょう。それには配慮致します。ですからこれはここだけの話です。キノクマ殿もよろしいか」

 キノクマはサオネツヒコに言われて初めて気が付いたようだ。


「それでもヒルコ殿には知っていてもらいたかったのです。私はヒルコ殿に下ったつもりです。もう二度と貴方の敵にはなりません」

「俺もサオネツヒコ殿と同じだ。あわよくばと河内の戦いを(うかが)ってみれば、隙をつく間もなく勝負を決めてしまった。慌てて逃げかえったおかげで名草は滅ぼされずに済んだのだ。俺はあんたに惚れたんだ」

「二人ともここだけの話だということを忘れないでください」

 二人の思いをヒルコはうれしく受け取った。


「何かに誓えればよいのですが、あいにく今日は新月だ」

「ならば義兄弟(ぎきょうだい)となろう。盟主であるヒルコ殿が長兄だ」

「それはよいですね。ではキノクマ殿が次兄で……」

「いや、俺は一武将にすぎない。族長でもあるサオネツヒコ殿が次兄であろう」

 そうして実年齢とは逆の兄弟順となった。


 三人の男たちが星空の下、密かに契りの杯を交わした。

「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」外伝「太陽の子」をお読みくださりありがとうございました。

 順調に勢力を伸ばす海神の一族ですが、ヒルコの周りには不穏な気配も漂います。そんなヒルコにも頼れる仲間ができました。義兄弟となったサオネツヒコとキノクマです。義兄弟の契りといえば三国志の劉備、関羽、張飛の桃園の誓いが有名ですが、それはこの時代から1800年ほど後の話です。

 投稿は毎週金曜日に行う予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。

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