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天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。  作者: 灰色 シオ
「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」外伝 「太陽の子」
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Ex9 覇者への道

 理不尽な暴力により住み慣れた土地を追われ、海の果ての小島に流れ着いた海神の一族。彼らは屈辱に甘んじることなく自らの手で未来を切り開くことを選択しました。

 準備を整えて臨んだ冒険でしたが、すべてがうまくいくわけではありません。数々の苦難に立ち向かい、あるときは戦って打ち破り、あるときは和して難局を乗り切ります。

 海神族の王子ヒルコは偶然出会った謎の人物ユヅルや仲間たちと力を合わせて打ち勝ち、自らも成長していきます。

 そんな王子の冒険と成長の物語。

 コノサルの説明は明確であった。

 ナグサトベの考えではあるだろう。だが、それが総てではない。コノサル自身が考え、結論付けた。だから説得力がある。

 交易の道である内海(うちうみ)海神(わだつみ)が支配した。これまでは沿海に住む小族や商人から買うことができた塩や西方からの交易品が得られなくなるのだ。

 もちろん陸路を使う行商人もいる。だが、山賊に襲われる可能性がある陸路では貴重なものは危険であり、大量の荷を運ぶこともできない。

 海神と敵対すれば生活必需品だけでなく武具や宝玉など権威付けに使われるものすら手に入らなくなる。東海(太平洋)や北海(日本海)から取り寄せることは可能であろう。だが、内陸総ての族が手に入れられるのもではないだろう。

 コノサルの話はそういうことだ。


「なら、名草(なぐさ)が代わればよかろう。大儲け出来るぞ」

 オオワダツミが問う。

 紀ノ国を領する名草でも塩は作っている。それを武器にすれば内陸の部族に対して優位に立てよう。

「それでは名草が敵視されましょう。海神が力を得た今、この世は海神かそれ以外かになったのです。名草は生き残るためには海神に加わるしかないと決めたのです」


     *


 結論は持ち越された。

 イザナギは長老会に諮るとして回答しなかった。長老会と言ってもイザナギの他に長老たちは全員謁見の席にいたので話は通じている。要は名草をどう扱うかを決めるということだ。


 キノクマとコノサル主従はその間、オノゴロ島に滞在することとなった。案内役には謁見に参加していなかったヒルコが付けられた。

 初対面のとき、キノクマはなにかを感じたようだ。

「あんた、強いな」

「お(ぬし)もな」

 ヒルコにも通じるものがあったようだ。

「手合わせ願おうか」

「望むところ」


 稽古場で木剣を手に向かい合う。

「参る!」

「おおっ!」


 ずしんっ!

 木剣を打ち付けたとは思えぬ重い音がした。


 このときキノクマは25歳。身の丈6尺(約182cm)、目方(めかた)はおよそ30貫(約112kg)。胸板は厚く堂々たる偉丈夫(いじょうぶ)であった。先代の武将イノヒコの息子として恥ずかしくない体格と技量を身に着けていた。

 顔の下半分を覆う黒い(ひげ)は濃く豊かで荒武者を思わせるが、その上の目は少年のようにキラキラ輝いていた。初めて見る海神族の村と自分と対等に戦える存在に喜びを隠せないでいた。


 がきっ! がきっ!

 キノクマの打ち込みを受けつつもヒルコは体捌(たいさば)きで切り返す。

 キノクマも不利な体勢に陥りながらも見事に受けきり、力で跳ね返す。


「ヒルコ様はご当主様のご子息様でしょう。よろしいのですか?」

「よろしいかとは?」

 コノサルの言葉にスクナビコナはとぼけて返す。

「うちの大将は体力お化けですから。お見受けしたところヒルコ様はまだ元服されたばかりでしょう」

 大男のキノクマと比べてヒルコは頭一つ以上小さいし、目方は半分ほどだ。なにせ元服したとはいえまだ11歳の少年なのだ。


「確かにキノクマ殿ほどの武人、大八島(おおやしま)(日本列島)にもそうはいないでしょう。力だけならばヤクサノイカヅチ様にも引けは取らないとお見受けします」

「なら……」

「ですが、若様は剣技ならヤクサノイカヅチ様とも互角です。ほら、コノサル殿も打ち合う音が変わったのにお気づきでしょう?」


 かつっ! かつっ! かつっ!

 スクナビコナの言う通り打撃の音が変わっていた。初撃の腹に響くような重い音から木剣らしい乾いた軽い音になっていた。


 キノクマの初撃を受け止めたとき、腕が持っていかれるかと思うほどの衝撃だった。それでもヒルコは剣を落とさなかった。もっと重い剣を受けたことがあるのだ。

 それでもヒルコは考えを改めた。力で打ち合ってはいけない。そんなことをしたらあっという間に体力を奪われてしまうだろう。

 自分の剣を振るうのだ。


 身長、目方、体格、腕の長さ、すべてが違う。

 押し負けたのはキノクマの間合いで受けたからだ。だから、今度は自分の間合(まあ)いで剣を振るう。

 幸い速さでは優っている。相手の最も力が乗る間合いを避ける。

 間合いを詰めて力が乗り切る前に叩く。

 力が乗り切ったところをいなし、伸びたところで払う。

 力が乗っていても正面から受けず、足捌きで躱し、横から打つ。


 キノクマは剣に力が籠められないことにいら立っている。こちらがいなすところを力で押し切ろうと踏み込んできた。そこを躱す。足捌きで回り込む。がら空きの左胴に打ち込む。


 かつっ!

 決まったと思った打ち込みが受けられた。

 キノクマは振り下ろした剣を左手一本で引き、ヒルコの打ち込みを受けたのだ。さらには体を捻じる力を使って跳ね返した。

 ヒルコは決めるつもりで踏み込んでいた。そしてキノクマは左手一本で木剣を振り回す。当然ながら片腕で振った方が腕は伸びる。しかも左手は柄頭(持ち手の端)を握っている。これまでよりリーチが2尺は長い。


 っ!

 避けきれず右肩をかすった。だが浅い。


 間合いを取り直し、木剣を構えるヒルコにキノクマが嬉しそうに笑う。

 彼もこれで決着とは思っていないようだった。


 思っていた以上にキノクマは武人であった。

 力だけでない。正当な剣技だった。体捌き、足捌きも雑だったのは最初だけだった。おそらく力の一撃で終わってしまう闘いばかりを繰り返すうちに(なま)ってしまったのだろう。

 しかし、きちんとした指導を受けていたのは明らかだ。ヒルコの足捌きに翻弄されていたのは一瞬で、すぐに体が思い出した。スピードには劣るものの 体幹を軸にして廻すことで巨体を持て余すことなくついてくる。

 こうなると攻めあぐむのはヒルコの方だった。


「クマヒコ殿、お主の師匠は?」

「キノクマで結構。オレの師は父上だ」

「ああ、イノヒコ殿……」

 かつての名草の猛将が師と知り、ヒルコは納得の表情を浮かべた。


「楽しそうですなぁ……」

「真に……」

 コノサルの言葉にスクナビコナも頷いた。

 笑顔満面のキノクマだけでなく、主ヒルコもどう見ても楽しんでいた。


 従者二人の思いとは別にヒルコは必死に考えていた。

 楽しんでいることは間違いない。だが、それ以上に勝ちたいとの欲求が腹の底から湧き上がっていた。


 だが、体捌きを取り戻したキノクマに隙はない。動き回って隙を作ろうにも回転で済むキノクマに対してヒルコはその外周を走り回らねばならない。先に体力が尽きるのはこちらだ。

 それならば組合せで攻めるしかない。見せていない手を繰り出し、意識をそちらに持っていかせておいて正攻法で切る。


 ヒルコは走り出した。キノクマを中心として右回りに。利き手と反対に回り込むのは剣における定石だ。

 キノクマも慎重に追従する。ヒルコが攻め手に苦慮していることはわかっている。ならばこれまでとは違う手で来ることは読めていた。

 周回を乱し、ヒルコが踏み込む。

 小細工を打ち破らんとキノクマが振りかぶる。

 万全の体制とみてヒルコは左へ踏み込む。

 キノクマは右足を軸に回し正対を崩さない。回り込まれても受けられるよう柄から左手を放す。

 左にできた隙を逃さずもう一度右に踏み込んだ。

 キノクマは左足を引いて体を回そうとする。しかし、踏み込んだばかりの左足を引こうとしたため、わずかではあるが体が浮いた。

 ヒルコは見逃さず間合いに踏み込む。下から切り上げる。

 キノクマはなんとか右手一本の剣で受けたが、完全に体が浮いてしまった。体重が乗らない剣は弾かれてしまった。

 駆け抜けたヒルコが向き直って裏を取った。

 慌てて振り向いたキノクマは向かいくる剣に合わせるしかできない。


 さくっ


 振り抜いたヒルコの剣を茫然と見送るキノクマの手には柄元(つかもと)しか残っていなかった。


「お見事でございます」

 振り返ったところにいたのは明石のサオネツヒコであった。


「なぜここに?」

 サオネツヒコを連れてきたユヅルの話だとサオネツヒコは一族をまとめ上げ、約束通り海神に帰順するためやってきたのだそうだ。港までユヅルが迎えに行き、案内してきたところで試合(しあ)うヒルコたちを見かけた。


「ヒルコノミコト様、お久しぶりでございます。そちらは、紀ノ国は名草のクマヒコ殿とお見受けします。(それがし)播磨(はりま)ノ国明石(あかし)の一族が当主サオネツヒコと申します。以後お見知りおきを」

「これはご丁寧な挨拶痛み入る。名草が武将クマヒコと申す。キノクマで結構。こちらこそよろしくされたい」

 キノクマも一族を代表する武将である。サオネツヒコに引けを取らない挨拶を返した。


「サオネツヒコ殿、一族はまとめられたようだな」

「はい。同行した将たちが味方になってくれました。それより到着早々よいものを見せて頂きました。最後の技は何ですか? 見たこともない技です。海神の秘伝でしょうか?」

「俺もそれが聞きたい。木剣で木剣を切る技など聞いたことない」

 サオネツヒコの疑問にキノクマも乗っかってきた。それぞれ兵を率いる者たちだ。武芸の話には興味が隠せない。


「秘伝というか、まぐれみたいなものだ。私などまだまだ。なにせうちには小枝で鉄剣をも切る者が居りますので。なあ、ユヅル」

 ユヅルは黙ったまま頭を下げた。


「なんと小枝で鉄剣を……」

「にわかには信じられぬが、ヒルコ殿の剣を見せられたばかりだしな……木剣で切る技を突き詰めると鉄をも切れるということか」

 サオネツヒコもキノクマも感心しきりであった。


 その後、サオネツヒコはイザナギに帰順の申し出をし、長老会を大混乱させたのだが、東と西の大族がこぞって服属を願い出てきた以上、断ることはできない。断れば敵となるからだ。

 海神は大八島(日本列島)の制覇に引き返せぬ一歩を踏み出したのだった。

「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」外伝「太陽の子」をお読みくださりありがとうございました。

 キノクマと試合うヒルコは剣の極意を見つけたようです。それに立ち会ったサオネツヒコ。勢いのある海神と西と東の大族の英雄が一堂に会しました。若者の時代の始まりです。

 投稿は毎週金曜日に行う予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。

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