10.襲撃
一見、平和そうに見える日常に潜む影。それは生きとし生けるものが逃れ得ない生と死にまつわる有象無象の物語。
黄泉坂結弦は父親にあこがれていた。居酒屋の店主なのだけれど部下に仕事を任せて昼間から飲んだくれている父親に。だけど、親父の周りにはいつも人がいた。彼らの相談を見事に解決してしまう親父は結弦のヒーローだった。親父のようになりたい。それが結弦の夢だった。
だけど、自分は親父に似ていない。少年の悩みは尽きない。
「どうやら面白いことになってきましたよ」
鉄也たちのアパートを訪れたマラコーダが開口一番告げた。だが、清志郎はもちろん亜里も冷淡だった。
「誰も上がっていいとは言っていないんだがな」
「まあ、そう固いことおっしゃらずに」
所詮悪魔だ。この程度の皮肉では堪えない。
計画は立てたものの情報が不足している。清志郎の傷の治療も必要だった。清志郎は二人の部屋に居候して傷の治療に専念していた。魔弾で受けた傷は聖法気でも癒せない。無理のない範囲で修練も始めた。今のままでは役に立たないことを自分自身がよくわかっている。
鉄也と亜里は交代で閻魔堂を見張っていた。今は鉄也が付いている。マラコーダの情報を鵜呑みにして計画を実行するわけにはいかない。閻魔の姿は確認できたが、結界が厳しく千衣の姿を確認することはできなかった。
「客として入ってみたらどうだろう?」
「止めといたほうがいいわよ。私たち全員顔を知られてるから。それに結界を潜ればすぐにばれるわ。私たちだって常人ではありえない聖法気を持っているんだから」
即座に亜里に反対された。
千衣の顔が見たかった。あの手のかかる妹がどんな目にあわされているか清志郎は心配でしょうがなかった。だからこそ失敗はできないのだ。
「で、話を戻しますが……」
マラコーダが性懲りもなく話に割り込んできた。
「どうも地獄に動きがあったようなんですよね。新しい閻魔大王が誕生したとか。代替わりが成功してしまうとせっかくの地獄征伐の成果がパーですからね。ルシフェル様などお尻に火がついたようなありさまで」
「その割には貴様は楽しそうだな」
清志郎の嫌味をマラコーダは驚いた表情で返した。
「まさか。皆さまお気づきでいらっしゃらないわけないですよねぇ。最近になって地獄に通うようになった新参者を」
「まさか……閻魔の息子?」
「そのまさかですよ。どんなに探してもわからなかった閻魔紋章が既に息子の手に渡っていたとは……」
亜里の予想を肯定しながらもマラコーダは悔しそうな顔をした。
「あんたの勤めている中学の生徒じゃなかった?」
「はい。その通りでございます。でも、あのときは閻魔紋章は持ってはいませんでした。間違いございません。閻魔の息子にしてはつまらないガキだとしか思えませんでした」
「ふーん、でもまあ、これはあんたの失点だからね。あとで取り立てるからね」
悪魔との付き合い方を心得ている亜里は容赦がない。清志郎が甘すぎたのだ。
*
『はーい!マルちゃんで~す。ご無沙汰でした~。
サラマンダーの召喚はできましたか? ちゃんと躾けてますか? 飼えなくなったからってそこらへんに放しちゃダメですYO! 火事の元ですからね。もし近所で放火が続くようなら誰かが召喚したサラマンダーが逃げ出したのかもしれません。ちゃんと捕まえてくださいね。野良サラマンダーを捕まえたらあなたの血を一滴飲ませてやってください。それであなたを主と認め、言うこと聞くようになりますから』
仮面の男は無責任に話を続けた。
『今日は悪魔の見分け方をご紹介したいと思います。この世の中、恐~い事件がいっぱいですよね。この間も通り魔事件が起こりましたね。道を歩いていたらいきなり包丁でズブッ。怖いですよね~。痛いですよね~。
実はこれ等の事件って悪魔に取りつかれた人が起こしているんですYO! マルちゃん血を見るのは嫌いなので、そんな死に方したくありません。だから悪魔付きの見分け方をお教えします。これにはちょっとしたコツがいるんですけど。といっても召喚魔術が使える人ならそんなに難しくはありませ~ん』
いつもの仮面バニーガールのアシスタントが水が入った小瓶をマルちゃんに手渡す。
『聖水を作るコツはこの摩法陣。ミスると効かないですから間違えないようにしてくださいNE!』
魔法陣がアップに映される。黒いインクで円と六芒星。円の縁には文様が描かれている。
『インクは市販の黒インクを使います。これに塩一振り。ご存知の通り塩にはお清めの効果がありますからね。聖水にも塩を混ぜます。100ccに対して3g。量を間違えないでくださいNE!
では、瓶を魔法陣の中心に置いて召喚の呪文を唱えます。
エロイムエッサイム、聖なる力を持つ水よ。邪悪なるものを示す力を見せよ。聖水となって魔を払え!』
画像の中で塩水を入れてあった小瓶が光を放つ。次第に光は強くなり、画面がホワイトアウトした。やがて光が収まるとともに元のままの小瓶が写った。
『アメージーング! これで聖水の完成です。ではちょっと試してみましょう』
マルちゃんは自分の身体に聖水を振りかけた。もちろん何も起こらない。
『何も起こりませんね。当然です。マルちゃんは悪魔じゃありませんから……えいっ』
マルちゃんはいきなりアシスタントのバニーガールにも聖水を掛けた。
『冷たい……』
ボソッと不平を言うバニーちゃんだったが、やはり何も起こらない。いや、しかし浮き出たのは濡れた胸元の下着のラインだけである。
『当然ですね。まーちゃんも悪魔じゃありませんから。でも困りました。これでは聖水の効果を証明できませーん。でも、大丈夫。前もって映像をとってきました。今日はその映像をご紹介しまーす』
画面が録画映像に切り替わった。学生らしい体操着を着た少年が写った。顔はモザイクがかかっている。そこに体操着を着たアシスタントの娘が近づいてきた。いきなり小瓶から少年に水をかける。
「何するんですか? ***(ピー)先輩」
アシスタントの名前はピーという効果音で消してある。
「別に……暑そうだったから」
「だからっていきなり水かけないでくださいよ」
「ごめん。次からは声かけてからにする」
「そういう意味じゃないですって」
そんな他愛もない会話の間に少年の背から光の紋章が浮かび上がった。少年も少女もそれには気づかない。
『特殊なフィルターを付けてますのでビデオに写すことができました。おや、これは珍しいですね……』
少年から浮かび上がった紋章がズームアップされた。
『これは地獄紋ですね。皆さん、悪魔は皆地獄からのものだとお思いでしょうが実は違います。地上にいる悪魔は地獄の眷属ではありますが大抵は地上で生まれた者たちで地獄紋を持つ者はほとんどいません。この少年はかなり高級な者のようですね。
このように身近なところにも悪魔が潜んでいるということがわかりました。この少年はこれからどんな悪さをしでかすのでしょう。皆さんも気をつけてくださいNE!
マルちゃんでしたー! それでは、また次回もお楽しみに!』
カメラのボタンを切るとアシスタントの少女が呟いた。
「生理食塩水で何がわかるっていうのよ。黄泉坂まで巻き込んで」
「まあまあ、まーちゃん怒らないで。これはあながち嘘でもないんですから」
「ふん……」
不機嫌な少女をいなしながらマルちゃんは嘯く。
「こんなインチキでも100万再生は稼げるんですから。世の中、不満を持っている人が多いんですね。それとも不安かな?」
*
親父は明兄の申し開きにも何も言わなかった。だが、オレが地獄に入ることは固く禁止された。にもかかわらず故ひかりの下にオレは通い続けた。どうしてもひかりを放っておけなかったのだ。
その日、康太からメールを受けたオレは部活を休みにして直接ひかりのところへやってきた。
「あっ、ゆーくん。学生服姿懐かしいな」
「元気そうだけどひかりは学校へはいけないのか?」
「それは無理だよ。死人が自由に街の中歩き回ってたら収集つかなくなっちゃう」
ちょっと寂しそうに笑うひかり。
「あっ! 今日はそれどころじゃなった。これ見て」
ひかりは執務室のモニターの一つをインターネットにつないで画像を見せた。SNS投稿画像のようであった。
「なんだよ、これ?」
「いいから見てて、今このシリーズすごく流行ってるんだから。再生回数100万超えてるんだよ」
画面の中でピエロのような扮装をした男が魔術を見せていた。
「このマルちゃんってうちの鏡先生じゃないか?」
「やっぱりそう思う?」
死んでから生まれる前の地獄の一族であった記憶をひかりは取り戻した。学校に行くことはなくなったひかりだが当時のことは覚えているようだ。
最後のシーンを見て結弦は驚いた。
「やっぱり蛭子先輩だよね?」
ひかりの言葉に頷く。確かにこんなことはあった。だが紋章など見られてはいないはずだ。承継前のことだ。閻魔紋章とも全く違う。
「これのことだったのか。今朝、康太からしばらく学校に来るなってメールが来たんだ」
康太の心配通りオレは悪魔扱いされてしまうだろう。夏休みの自由登校期間でよかった。いったい鏡は何者なのだ? 何が目的なのだろうか?
*
結弦が冥府城でひかりとイチャイチャしていたころ。閻魔堂は襲撃を受けていた。
時刻は午後4時、仕込みで皆があわただしくしている時間だ。キッチンでは閻蔵と源治が料理の下拵えをしている。フロアでは満代と千衣が掃除と什器の手入れをしていた。最近さぼり気味の結弦の代わりに明が焼き鳥の串打ちをしていた。明が結弦に代わって言い訳をする。
「王子も気持ちの整理が必要でしょう」
「王子じゃなくて大王様よ」
満代が明の言葉を訂正する。
「そうでした……」
明は今でも自分のうかつな行動が引き起こしたことを後悔している。
「それはそれ、これはこれだ。さぼった分はいずれきっちり働かせてやる」
「魔王様……」
「いつかは起こることだった。満っちゃんも気にするな。明もな」
「はい」
隣に寄ってきた千衣が不安げに小声で明に尋ねる。
「明君、あの……結弦君はこれからどうなっちゃうの?」
「さあな。王子の心ひとつだ。腹さえ括っちまえば案外いい大王様になるとは思うけどな」
明がつっけんどんに応える。明から聞かされてはいたが一人だけ部外者の千衣はまだ、結弦が閻魔大王になったことを飲み込めないでいた。
「きゃあ」
突然、千衣が足を滑らせた。いや、姿の見えない誰かに抱えあげられたようだった。
同時にキッチンが爆発した。さらに戸を破って魔力弾がばらまかれる。閻蔵たちは即座に反応してカウンターに隠れた。満代もテーブルを倒し、即席のバリケードを築いていた。
明が千衣を取り返そうと姿の見えない敵にとびかかったときだった。穴だらけの戸を蹴破って覆面をした女が飛び込んできた。意表を突かれた明は振り返ったところを殴られた。
倒れたところに膝がたたき込まれる。肋骨を何本かやられただろう。止めを刺そうとする女の背に満代が飛び込んだ。全身を使って箸を背中に突き立てた。箸は腎臓を捉えている。
賊は激痛で呼吸もままならないだろう。
だーん!
息子を守るため不用意にその身を曝した満代を援護射撃が撃ち抜いた。
「満代!」
飛び出した源治が慌ててバリケードの中に満代を引きずり込んだ。右肩を撃たれているが幸い銃弾は抜けているようだ。源治が外したたすきで止血する。明も壁の陰に居り射線から外れている。
おもむろに閻蔵が立ち上がった。
だーん!
まるで銃弾が避けるかのように閻蔵にはかすりもしない。閻蔵はそのまま壁際に向かうと目に見えない何かをむんずとつかんだ。
「ぐわっ!」
「うちの娘に手をだそうだなんてふてぇ野郎だ!」
それは最初に千衣を攫おうとした賊の一味だった。握りつぶさんばかりに閻蔵に頭を掴まれた賊は隠行モードが解け、抱えていた千衣を取り落とした。閻蔵はそのまま賊の体を盾にして表に向き直った。まさに閻魔大王だったころを思わせる鬼の形相であった。
だが、その緊張感も長くは続かなかった。
ガラガラ
「魔王様、表から閻魔堂狙ってた奴がいたんで、捕まえたけど、どうします、こいつ?」
康太が気を失った清志郎を引きずって戸口に立っていた。清志郎では覚醒しているとはいえ中2の子供の相手にすらならなかったのだ。
「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」をお読みくださりありがとうございました。
否応なしに王子も争いに巻き込まれていきます。結弦少年はこれからどうなるのでしょうか。
ところで重大な事実が発覚しました。康太君は実は中二病ではなかったのです!
投稿は毎週金曜日に行う予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。




