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天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。  作者: 灰色 シオ
「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」外伝 「太陽の子」
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Ex8 陸と海

 理不尽な暴力により住み慣れた土地を追われ、海の果ての小島に流れ着いた海神の一族。彼らは屈辱に甘んじることなく自らの手で未来を切り開くことを選択しました。

 準備を整えて臨んだ冒険でしたが、すべてがうまくいくわけではありません。数々の苦難に立ち向かい、あるときは戦って打ち破り、あるときは和して難局を乗り切ります。

 海神族の王子ヒルコは偶然出会った謎の人物ユヅルや仲間たちと力を合わせて打ち勝ち、自らも成長していきます。

 そんな王子の冒険と成長の物語。

 名草(なぐさ)が下った。

 イザナギにとって以外ではなかった。


 もともと攻略の本命だったのだ。50の兵のうち20をヒルコにつけオオシコウチに援軍に向かわせた。勝てるとは思っていなかった。明石(あかし)は大族だ。ホクラヒコの率いる兵は、500は下らないだろう。もしかすると1000に届くかもしれない。

 それに対して河内(かわち)勢100を加えても120。500の兵を有するホクラヒコに(かな)うとは思えなかった。


 そして瀬戸内の商人をあえて東に通した。名草は戦を知ったであろう。その趨勢(すうせい)も。近年、河内勢に押されている名草としてはオオシコウチを追い落とす好機とみて兵を出すだろう。戦になって兵が引けぬ状況になったら、ヤクサノイカヅチ率いる海神(わだつみ)の本隊が名草を攻め落とす戦略であった。

 ヒルコには伝えていない。

 初陣(ういじん)で命を賭して陽動しろとは言えなかった。血気に盛る若者には言っても納得しないだろう。


 ヒルコはイザナギの長子である。やがてイザナギの後を継いで海神の総領となるだろう。知勇に秀でた文句のつけようもない若武者に育った。だが、イザナギは不安だった。

 ヒルコは大陸で生まれた子供だった。()帝国の侵攻もその激戦も覚えていよう。あのときヒルコは7歳であった。戦場に立たずとも何が起こっていたのか理解はしていたはずだ。

 だが、なにを(おそ)れてイザナギが大陸を捨てたのかまでは理解しているとは思えない。


 ヒルコの守役(もりやく)には神官のカミムスビを付けた。

 今思えば、それが間違いだったかもしれない。一族にとって神とは祖先である。それが大陸の考え方だ。だから過去に(とら)われる。

 祖霊(それい)の意見を聞くために亀を求め、戦を起こす。祖霊を敬うために帝位(ていい)簒奪(さんだつ)し、祖霊を(たばか)る。本来、帝とは天のものなのに。

 その大陸の末世の様相に巻き込まれることを畏れてイザナギは大陸を捨てる決心をした。帝を名乗る帝乙(ていいつ)こと傑王(けつおう)を認められなかった。天を(おそ)れて逃げるとは言えなかった。

 それは海の男としての生き方ではない。


 海の男は現実主義者である。

 迷信深くまじないを欠かさない一面もあるのだが、大自然の前で生き残る(すべ)は祈りではなく、(おのれ)自身であった。経験と知識で嵐を乗り越える。それは決して神頼みではないのだ。神には生き残った後で感謝を捧げる。それだけだ。結果論だ。

 生き残った誰もが理解している。己が生き残ったのは己に力があったからだ。決して神の力ではない。


 戦にしてもそうだ。

 夏の戦では先陣を巫女(みこ)が取る。巫術(ふじゅつ)によって帝国に(あだ)なす者に(のろ)いをかけるのだ。

 だがそれに何の意味もない。呪いによって手足が腐り落ちることもない。戦後の実りが悪くなることもない。中原(ちゅうげん)では畏れられる呪いも辺境に至れば何の効力もない。

 あるいは夏民族の祖霊の力が強い中原では威力が発揮されるのかもしれない。だが、ここは中原ではない。巫女は飛礫(つぶて)であっさり殲滅(せんめつ)された。

 海神の男たちは信じているのだ。天に意味などないのだと。


 だからこそイザナギは言えなかった。

 天を畏れて逃げたのだとは。


 天に意味はある。

 神の子であるイザナギは理解している。天意とは信仰である。それを具現化する力を持つから神なのである。

 東海(とうかい)(今の東シナ海)の果てまで逃げ()ちて力を失ったときには気づかなかった。だが、勢力を拡大して力を取り戻していくうちにわかった。支配する民が増えるたびに国土は伸張していく。つまりこれこそが国作りなのだ。


 ヒルコはそれを知らない。

 大陸で生まれ育ったヒルコは天を知らない。力こそすべてだと考えている節がある。力こそ天意であると錯覚したら。いつかは傑王のように取り返しのつかない間違いを犯すかもしれない。


 イザナギはそれが怖ろしかった。


     *


 従属の使者は意外な人物だった。

 名草の武将たるキノクマが遣わされてきたのだ。

 本人もなんで自分が使者になったのか理解していないようだった。


「名草の将、クマヒコ(キノクマの本名)と申します。当主ナグサトベの代りにまかり越しました。

イザナギノミコト様におかれましてはご健勝であられますことお祝い申し上げます。また、此度(こたび)のホクラヒコとの戦では大勝利おめでとうございます。ワダツミ族のますますのご繁栄、名草を代表してお祝いを申し上げます。こちらは些少(さしょう)ではございますが、戦勝の祝いでございます。お納めください」

 人足が庭先に並べた(たわら)は3つであった。中身は米、干し肉、干果(かんか)であった。オノゴロ島では手に入らない内地の産物である。

 必死に暗唱してきたのだろう。棒読みの祝いの言葉をなんとか言い終え、キノクマはほっとした顔をしていた。

 後ろから腹心のコノサルが背中をつつく。これからが本題なのだ。


 キノクマががばっと平伏する。供のコノサルもそれに従う。

「ワダツミの陣営の一角に我ら名草を加えて頂きたくお願い申し上げます」

 コノサルが前に進み出て箱を差し出し、蓋を開けて見せた。

 中には見事な赤玉(せきぎょく)が納められていた。

 今でいう瑪瑙(めのう)であろう。それは大きさもさることながら、その細工も見事なものであった。イザナギも持たぬほど見事な(ぎょく)は、もちろん名草の家宝であろう。


「ふむ」

 一族の宝を差し出す意味をイザナギは考える。 

 名草第一の将、キノクマを使者に出した以上、名草に(だま)し討ちの意図はない。戦力でいえば明石ほどではないが名草も大族である。海神の5倍以上の人口がいる。兵も300人は出せよう。

それでも名草は海神に勝ったことがない。船を自在に操り、内海を渡る機動力で海神は名草を翻弄(ほんろう)した。いざ決戦では鉄の武器の威力で圧倒した。

 それはキノクマ自身がよくわかっていよう。感情的には正々堂々正面からの戦いではないと不満を漏らしていたそうだが、振り回された末とはいえ陸戦でも完敗していたのだ。


 名草は東の熊野(くまの)や北の吉野(よしの)の勢力にも押されている状況である。劣勢を跳ね返そうと河内の戦に便乗しようとしたが、それも海神に翻弄されて終わった。しかも喉元に刃を突き付けられた状態であったのだ。

 ヒルコがあそこまで一方的な完勝をしなければ、名草はヤクサノイカヅチ率いる本隊に攻め落とされていた。名草は幸運であったのだ。


 幸運であったのは海神も同じだ。

 わずか300人ほどの海神が明石と同時に名草を支配できるわけがない。それを考えると戦だけでなく、戦後の処理もヒルコは完璧であった。戦場の処理(遺体を引き取らせただけだが)を敗戦国に請け負わせ、支配ではなく屈服を選ばせた。

 商人に紛れ込ませた物見の報告によるとサオネツヒコは一族をまとめ上げ、海神への帰順で説得をしているそうだ。帰参した武将たちの後押しもあり、まもなくまとまりそうだとのことである。


 反海神の強硬派であったホクラヒコを排し、サオネツヒコの力量を見抜いて屈服させたヒルコの手際は見事としか言えない。

 その鮮やかな勝利が名草を支配ではなく、服属という選択に追い込んだ。

 これを僥倖(ぎょうこう)と言わずしてなんというか。


「それはクマヒコ殿のお考えか? ナグサトベ殿もご承知のことであろうか?」

 イザナギは問うた。


 名草は女系社会である。戸部(とべ)と呼ばれる巫女が一族を率いる。

 名草の巫女は巫術に長けたものが多い。引き継がれた技もあるのだろうが、血筋による霊力もあるのだろう。だが、巫術は守りに強いが、攻めではさほどの効果は発揮しない。それは地の利もあるのだろう。土地を知り尽くしている敵地に踏み込む畏れから見せる幻覚という部分もあろう。敵地ではそれが利かない。

 海の男は迷信深いが、(げん)を担ぐ程度だ。修羅場を凌ぐのは己の腕だと悟っている。名草の巫女とは相性が悪いのだ。


 だからといって謀略(ぼうりゃく)を疑うこともなかろう。

 巫術は攻めには強くないのだ。武力の中心であるキノクマを使者として遣わせたのは隠す手はないと見せているのだ。服属の使者は人質を兼ねている。キノクマは海神で使えということなのだろう。

 筆頭の武将を差し出して大丈夫なのかと不安になるところだが、守りなら巫術の結界が役に立つ。それ以上はイザナギの責任だ。属領(ぞくりょう)すら守れないようでは今後、海神に下る他族はいなくなる。

 海神は国力を得たと同時に試されてもいるのだ。


 イザナギの問いに戸惑うキノクマに後ろに控えたコノサルが耳打ちする。

「ナグサトベも承知のことにございまする。名草一族の願い是非ともお聞き入れくださいますようお願い申し上げます」

 コノサルの助言を受けつつキノクマはセリフを暗唱し遂げた。

 どうやらこの主従は相性が良いようである。


 イザナギは交渉にまったく向かないキノクマのような男は嫌いではなかった。裏を読む必要がない。コノサルも主を気遣うだけで操ろうなどとの野心は見えない。イザナギはこの二人を使者に立てたナグサトベの誠意を信じる気になった。


(しか)して条件は?」

「……条件とは?」

 問われた意味をキノクマは理解できない。

「服属するにあたり、名草としても海神に求めるものがあるであろう」

 イザナギの側に控えるオオワダツミが諭すように言った。

 ないわけがない。武器にしても農具や漁具にしても鉄があるとないとでは得るものが違う。


陪臣(ばいしん)が発言する無礼をお許しください」

 頭をひねるキノクマに代わり控えていたコノサルが言葉を発した。

「許す」

「ははっ、ありがとうございまする」

 コノサルはいま一度平伏すると主に代わり回答をする。


「条件は何もございませぬ」

「何もないのか?」

 イザナミの問いにコノサルは答える。

「はい。今の名草は東に熊野、北に吉野と他族と接してはおりますが、小競合いはあるものの敵対しているわけではございません。ですからイザナギ様のご意向で東の防壁とでも東征の先方でもいかようにでも使って頂きたく存じます」


「困っておらぬというなら何故下る」

 武の頭であるヤクサノイカヅチが信じられないと発言する。

 計画では河内の戦いの間に彼が本隊を率いて名草を攻め落とす作戦だったのだ。思いもよらない早期の圧勝とキノクマの素早い転進の判断で武勲を上げる機会を逸したヤクサノイカヅチは面白くないのかもしれない。


「今は、でございます」

 責めるようなヤクサノイカヅチの問いにもコノサルは平然と切り返した。

「ワダツミは淡路以東の内海を支配されております。河内を支配下に置き、さらにこの(たび)播磨(はりま)も下しました。内海に繋がる陸を得たのです。領土を接する他の部族は大いに揺れておりましょう。ワダツミが攻めてくるかどうか以前に交易の道を封じられたのです」


 太古の時代でも当然のことながら交易はあった。その土地での収穫を他の土地の産物と交換する必要がある。生活必需品としては塩が挙げられる。

 それだけではない。権威付けの玉や装飾品、武具などはどこでも得られるものではない。対価を払って権威を得る。それが部族の力であり威光なのだ。それらを得なければ、どこでも作れる竹槍や石斧だけで戦っては戦で負ける。権威付けができなければ一族は成長しない。他族に踏み潰されてしまうのだ。

 その重要な交易の道を海神が握ったのだ。他族が畏れない訳がない。

「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」外伝「太陽の子」をお読みくださりありがとうございました。

 明石に続いて名草も海神に服属を願い出ました。しかし、領土が大きくなるとは守らなければならない場所も増えるということです。人口の少ない海神としては悩ましいことです。イザナギはどのような決断を下すのでしょうか。

 投稿は毎週金曜日に行う予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。

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