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天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。  作者: 灰色 シオ
「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」外伝 「太陽の子」
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Ex7 得たもの

 理不尽な暴力により住み慣れた土地を追われ、海の果ての小島に流れ着いた海神の一族。彼らは屈辱に甘んじることなく自らの手で未来を切り開くことを選択しました。

 準備を整えて臨んだ冒険でしたが、すべてがうまくいくわけではありません。数々の苦難に立ち向かい、あるときは戦って打ち破り、あるときは和して難局を乗り切ります。

 海神族の王子ヒルコは偶然出会った謎の人物ユヅルや仲間たちと力を合わせて打ち勝ち、自らも成長していきます。

 そんな王子の冒険と成長の物語。

 河内(かわち)からオノゴロ島への帰路。

 ユヅルは違和感を抱いていた。

 明らかにおかしい。行きと比べてオノゴロ島が遠くなっているように感じるのだ。

 遠くなっても小さくは見えない。オノゴロ島自体が大きくなっているようなのだ。


「ヒルコ様、オノゴロ島が大きくなったように見えるのですが。それに河内からの距離も離れているように……」

「うむ、明石(あかし)は大族であるからな」

 ???


 主に当たり前のように言われても新参のユヅルにはさっぱりわからない。

「明石を傘下に入れたことで海神(わだつみ)の力も大きくなったということだ」

 カミムスビが補足を入れてくれたがそれでもわからないものはわからない。


 助け舟を出してくれたのはオオホアカリだった。

「神の力ってすげえよな。敵を下して力を得れば国土まででかくなるんだから」

「? ……神って?」

「そりゃ決まってるだろ。イザナギ様だよ」


 つまりはこういうことだ。

 敵を屈服させ、海神一族が力を得れば、それは当主イザナギの力になり、神イザナギが力を得ればそれが国土を伸張させると。


「なるほど……神ってすげえな」

 これまでユヅルは、イザナギは海神の当主であるが、ただの人の好いおっさんだと思っていた。だが、そうではなかったのだ。

 当然のことながらユヅルもイザナギとイザナミの国生みの神話は知っている。だが、対面してみるとイザナギはただのおっさんにしか見えなかったし(族長としての活躍は見ている)、イザナミも黄泉津国(よもつくに)で出会ったときの威厳はかけらもなく、ただのきれいなおばちゃんにしか見えなかった。


 それは海神族が大陸を追われ、力を落としていたからだ。

 今後も敵対する部族を切り従え力を得れば威厳と神力(しんりょく)を取り戻すのだろう。

 かつて(現在)オノゴロ島に渡ったときに見た広大な大阪湾を思い出す。

 今の小さな大阪湾は海神の支配する海域だ。明石を下しただけで倍にも広がるなら、いずれ現代(三千年後)の広さを手に入れることもできるのだろう。

 そのためにもユヅルはもっともっと力を振るわなければならないと思った。


     *


「河内の川童(かわらし)に敗れるなど、まったくホクラヒコもだらしがない」

 愚痴を言うのは遠征から戻ったばかりのキノクマである。

 ナグサトベは酒を飲んでイラつくキノクマを見て心細く思う。

 名草の武の頭がこの程度であるのは部族としての力量がこの程度であるということなのだ。


 キノクマは名草(なぐさ)族の兵の頭である。ホクラヒコ率いる明石がオオシコウチを攻めると聞いてナグサも兵を出したのだ。座を支配する空気に飲まれナグサトベも同意した。

 ホクラヒコからの同盟の打診があったわけではない。だが、その情報は内海を渡る商人たちから聞こえてきた。制海権をワダツミが握っているとしても生活のための漁や行商人まで止められているわけではない。止めれば彼らは食うに困る。その補償ができなければそれらは全て敵となる。武力で反抗しなくとも情報を敵に流すことで不利益となる。

 それがわかっているからワダツミを率いるイザナギはあえて見逃しているのだ。河内を挟む南のナグサにまで伝わっていたのだ。ワダツミも当然知っていたであろう。そしてナグサがどう動くのかも。そのくらいの才覚があればホクラヒコも遅れを取ることはなかったであろう。


 ホクラヒコ戦の指揮はイザナミの息子であるヒルコが取ったらしい。

 明石は大族である。そんな部族との決戦は本来なら部門を司るヤクサノイカヅチが出てくる場面であろう。だが、ヒルコが出てきた。しかも初陣と聞く。

 当主の長子が初陣を踏むとなれば約束された勝ち戦か、実績のある武将を副将に据え、初陣勝利の名誉だけ与えることが普通だ。なのにヒルコは前線に立ち、自らホクラヒコを打ち取ったというのだ。

 それは圧倒的武力を持ちながら人材不足で伸びきれなかったワダツミにもう一つの柱が立ったのと同義だ。ワダツミは若い。そして成長できる足がかりを得た。

 ナグサトベは(おのれ)の老いた手を見た。


 名草族を率いて30年。先代の不慮の死で引き継いだ戸部(とべ)(族長)の地位も最近は重く感じる。若くして戸部の地位を継いだときは必死だった。若く未熟だった乙女を一族の者は温かく見守り支えてくれた。

 だが、その者たちも去っていき今のナグサトベを囲むものは年下の頼りない者たちばかりとなった。これが年を取ることか。

 ナグサトベは己の引き際を悟った。


「名草はワダツミに下ろうと思う」

「「「戸部!?」」」」

 一族の者が悲鳴に近い声を上げた。


 納得されるとは思っていない。場合によっては殺されるかもしれない。そして新しく祀り上げられた戸部の下、ワダツミと戦い滅ぼされる。それもいいかもしれん。納得できる死なのであれば。


「名草はワダツミに負けてはおりません。なぜ下ろうとなどおっしゃるのです!」

 負けずに敗走した武将キノクマが反対の急先鋒であった。


「キノクマよ。お主が負け戦において才覚を発揮したのは皮肉なものじゃ」

「何をおっしゃいます。私は……ナグサは負けてなどおりませぬ」

 現実を何も見ておらぬ側近にナグサトベは苦笑する。


「ならば、そなたはヤクサノイカヅチがどこにいたと思う」

 ヤクサノイカヅチはワダツミの主将である。ワダツミの戦では常に前線に在り、敵対する武将を切り伏せてきたワダツミの切り札なのだ。若様が戦の最中に休養などありえない。

「クマよ。お主はわらわが教えたことを何一つ理解しておらぬ。だが、身についておったことは僥倖(ぎょうこう)じゃの」


 キノクマの父イノヒコは勇猛なる武人であった。一族の兵を率いナグサを守り戦いに奔走した。しかし、その戦績は芳しいものではなかった。数えれば47戦35勝12敗。4回に3回は勝っていた。だが、それは小さく勝ち続け大きく負けるの繰り返しであったのだ。

 イノヒコは己の限界を悟っていた。だからこそ息子クマの育成を己ではなくナグサトベに頼んだのだ。


 戸部は勇猛なる戦士イノヒコをけなすようなことは決して教えなかった。ぎりぎりの戦いに必ず勝つ。イノヒコは決して無能ではなかった。

 だが、損耗の大きい勝利を繰り返し、破綻したところで大きく負ける。その結果、ナグサは大きく支配地を減らすこととなった。イノヒコはそれをよく理解していた。だから、息子を戸部に託すことにしたのだ。


 女である戸部は戦場に出ることはない。そんな者に教わることをキノクマは不満を持っていた。クマ少年は父の思いも戸部の愛情も理解せず、ただ、父の武勇に憧れていたのだ。

 それでも戸部の教育は無駄ではなかった。戸部が父親の戦果を否定しなかったことが大きかった。

 勝つにも勝ち方があること、味方の損耗を最小限とし、戦果を挙げる方法があること。負けても巻き返す負け方があること。それらをクマは学んだ。

 それでも武勇に憧れるクマ少年は座学より、表に出て木剣を振り回すことを好んだ。


 剣の稽古(けいこ)には何も言わなかった戸部だが、試合で一族の同世代を稽古で打ち据えたときは激しくクマを叱責(しっせき)した。

「味方に勝って誇るなど器量が知れます。そんなことでは父のような大将にはなれません。そなたの父は敵に勝って誇ることはあれど、味方に勝って自慢するなど、浅ましいことをする男ではありませんでした」

「ですが戸部様、稽古で勝てないものが、戦で勝てましょうか!?」

「ならば、そなたは味方に勝てば敵に勝てるというのですか?」

 クマは答えられなかった。


 戸部の教えを理解したとは言えない。むしろ、全く理解していなかったに近いだろう。だが、以降のクマは同世代の子供に乱暴を働くことはなかったし、日常においても報告を怠ることはなかった。

 もっとも報告の半分は側近のコノサルが行っていたし、報告文のほとんどはコノサルの筆によるものであった。

 できる側近を召し抱えることも才覚の一部として戸部は(とが)めなかった。


 やがてイノヒコは身罷(みまか)り、月日を経てクマは成長しナグサ(いち)の武人となった。紀州一の武人としてキノクマと呼ばれるようになっていた。


 そして今回の敗戦となった。

「兵を出した目的が達せられなかった以上、それは負け戦であろう。違うか、キノクマ」

 キノクマは答えることができなかった。

 明石出兵の情報から、南河内を奪おうと出兵を強く願い出たのはキノクマなのだ。


「戦の勝ち負けは時の運。そなただけの責ではない。兵を引くにあたっても物見を放ち、情報を持ち帰ったことは褒めて遣わす」

 ほっとした表情を見せたキノクマにナグサトベは追い打ちをかける。

「だが、此度の戦、負けて勝ちだったのだ」


「……どういうことでしょう。戸部様」

 理解ができるという問いにナグサトベはため息をつく。

「ヤクサノイカヅチは名草の目の前に潜んでいたのだ」

「なんと……」

 予想もしていなかった様子のキノクマら若い衆をみて、己の判断が間違っていなかったことをナグサトベは確信する。

「あと一刻、クマが引き返す判断を躊躇っていたら、ヤクサノイカヅチは名草を攻め滅ぼしていたであろう」


 ワダツミの戦略はこういうことだ。

 ホクラヒコの侵攻に名草が呼応するようなら、別動隊率いるヤクサノイカヅチが名草を落とす。万が一、河内を失うとしてもワダツミとしてはプラマイゼロである。

 いや、あの勝ち方からしてイザナギはホクラヒコを脅威と感じていなかったのではなかろうか。これまでの進め方からして此度の戦にはイザナギらしさが感じられない。

 それはワダツミの変革を意識させるものだった。


     *


「それでアハシマ様のお加減は?」

薬湯(やくとう)を飲んでもらったし、もう大丈夫だと思う」

 ヒカリの言葉にユヅルは安堵する。


 案の定、アハシマは熱を出して寝込んでしまった。

 遠征に出ていた数日間、アハシマは俺の無事を祈りずっと浜にいたらしい。戦勝の宴から抜け出せないヒルコ様より確認するよう頼まれていたのだ。


 祝宴の料理を盛った皿を手渡しユヅルは問う。

「ヒカリもアハシマ様と一緒にいたのだろう?」

「ありがとう。ユヅルは優しいね」

「俺は優しくなんか……」

「でも、大丈夫だよ。わたしもアハシマ様も」

 ヒカリはユヅルの言い訳に先んじて答える。

「神力っていうのかな、体の中から力が湧いてきてどんなことがあっても大丈夫だって思えるようになっていたから。たぶんアハシマ様も同じだと思う」


 ヒカリも神の眷属として神力を感じられるようになっていた。そして海神の力は確実に増していたのだ。それを確信してユヅルは力強く頷いた。

「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」外伝「太陽の子」をお読みくださりありがとうございました。

 敵を屈服させることで海神は国土を伸張させました。これこそヒルコの国引きです。若き猛将ヒルコはどのように海神を率いていくのでしょうか。

 投稿は毎週金曜日に行う予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。

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