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天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。  作者: 灰色 シオ
「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」外伝 「太陽の子」
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Ex5 初陣

 理不尽な暴力により住み慣れた土地を追われ、海の果ての小島に流れ着いた海神の一族。彼らは屈辱に甘んじることなく自らの手で未来を切り開くことを選択しました。

 準備を整えて臨んだ冒険でしたが、すべてがうまくいくわけではありません。数々の苦難に立ち向かい、あるときは戦って打ち破り、あるときは和して難局を乗り切ります。

 海神族の王子ヒルコは偶然出会った謎の人物ユヅルや仲間たちと力を合わせて打ち勝ち、自らも成長していきます。

 そんな王子の冒険と成長の物語。

 さくっ

 革鎧(かわよろい)ごと人を切ったというのに手応(てごた)えがまるでない。

 その前には青銅の剣すらも切り飛ばしていたというのに刃毀(はこぼ)れ一つしていなかった。

 改めてヒルコは思う。まったく布都御魂剣(ふつみたまのつるぎ)はとんでもない剣だ。


「賊将ホクラヒコの首、海神(わだつみ)の王子ヒルコノミコト様が打ち取ったりーっ!」

 神官であるカミムスビの声はよく通る。兵たちが歓声を上げた。

「「「うおおーーっ!!」」」


     *


 年が明け、10日経った吉日。

 ヒルコの冠礼(かんれい)の儀が、(おごそ)かに()り行われた。


 海神(わだつみ)も元は大陸の出である。故にその信仰は祖霊崇拝である。だが、海という大自然と戦ってきた海神にはそれだけではない信心があった。それは自然崇拝である。

 いつしか祖霊と自然を織り交ぜた神という信仰ができあがった。それは大陸でいう天ともこの地の者たちが崇める大自然の形代(かたしろ)とも違っていた。そしてその信仰が強まるほど海神は力を増していくのだった。


 イザナギとイザナミ夫妻、年寄衆をはじめとする一族の重鎮が並ぶ中、祭壇の前にヒルコが(ひざまず)く。

 その前で守役(もりやく)にして神官カミムスビが一族の神へヒルコの成人を奏上する。


掛けまくも畏き海神始祖神       かけまくもかしこきわだつみのしそかみ

海天地に宿りし大神          かいてんちにやどりしおほかみ

大八島国の淤能碁呂島に        おおやしまのおのごろじまに

育まれし若者名をヒルコと白す     はぐくまれしわかものなをひることまをす

神子伊邪那岐と妻伊邪那美の長子にて  みこいざなぎとつまいざなみのちょうしにて

文武に秀で礼節を知るもの哉      ぶんぶにひいでれいせつをしるものなり

神子ヒルコに御加護を与え給へと    みこひるこにごかごをあたえたまへと

白すことを聞こし召せと        まをすことをきこしめせと

恐み恐みも白す            かしこみかしこみもまをす




口に出してご尊名を申し上げるのも恐れ多い、海神の始祖神よ

海天地に宿る大神よ

大八島国の淤能碁呂島で

育った若者、名をヒルコと申す

神の子孫である伊邪那岐と妻伊邪那美の長子であります

文武に優れ、神への礼を欠かさぬものでありますから

神の子孫でありますヒルコに御加護を与えてくださいと

申しますことをお聞き届けくださいませと、

畏れ多くも申し上げます。


     *


 ヒルコの冠礼の儀はつつがなく終わった。

 カミムスビが一族の神からヒルコの成人と元服が認められたと厳かに告げた。


 つづいて一族の長であり、父親であるイザナギが元服したヒルコに言葉を与えた。

「神に認められ我が一族から新たに一人の若者が大人となった。ヒルコノミコトよ。海神一の剣の使い手よ。(なんじ)の修身と信仰が神に認められた。

 今年はいよいよ大八島(おおやしま)へ討って出る。海神族の開闢(かいびゃく)の年である。ヒルコノミコトよ。神からの祝福に応える手柄を立てよ」

「ははっ。このヒルコ父祖の期待に応えて見せまする」

 神と祖霊に感謝し、その期待に応えることをヒルコは誓った。


 つづいて武門の頭ヤクサノイカヅチから武具が贈られた。

 ヒルコには剣は既に布都御魂剣が下賜されている。贈られたのは革鎧に小手(こて)脛当(すねあて)てなどの防具と旗である。革鎧は赤に染められ、まじないの文様が縫い込まれた立派なものであった。

 そして腰にはこの世界で最高の剣、布都御魂剣が下げられていた。


「なんとみごとな……」

「ご立派です、若様」

 武具を身に纏ったヒルコを一族の者が誉めそやす。

 髪を角髪(みずら)に結い、真新しい鎧を身に纏ったヒルコは非の打ちどころのない凛々しい若武者であった。


 ヒルコが手にした旗は赤地に白い丸が描かれていた。

中天の日(ちゅうてんのじつ)、そなたにふさわしい印であろう」

 イザナミが告げた。

「敵は名草(なくさ)(紀伊の豪族)。春になったら討って出る。海神の力、存分に見せつけよ」

「はい、父上!」

 初陣を命じられ興奮した面持ちでヒルコは答えた。


     *


 だが、ヒルコの初陣は想定外の事態で達せられた。

 冠礼の儀を終えて間もない頃、傘下に入っていた河内(かわち)の豪族オオシコウチから救援の要請が入った。河内と隣接する播磨(はりま)明石(あかし)の豪族ホクラヒコが兵を集めているとのことであった。

 オオシコウチとホクラヒコは仲が悪い。だが、それ以上に海神と同盟を結んだことが気に入らないのだ。

 海神(わだつみ)淡道之穂之(あわじのほの)狭別島(さわけのしま)(淡路島)以東の内海(今の大阪湾)を完全に制していた。そのためホクラヒコは海を使った交易ができず、陸地での物流に頼るしかなかった。

 当然のことながら、隣接した土地では同じような作物が取れる。作物を売ろうにも需要がないのだ。ホクラヒコは経済的に困窮(こんきゅう)した。飢えた訳ではない。ただ、部族が大きくなるために必要なものが手に入らない。具体的に言えば、青銅の(やじり)や武具であった。

 鉄とまではいわないが、青銅であっても石や獣の骨より武器として優れている。ホクラヒコはそれらを手に入れられないことで部族としての成長ができなかったのだ。

 飢えてはいないため人口は多い。だが、貧しかった。


 だから隣に住むオオシコウチが憎かった。

 自分たちが貧しい暮らしをしているというのに、ワダツミに負けたくせして豊かな暮らしをしているオオシコウチが許せなかった。


 だから奪うのだ。

 ホクラヒコの宣言に一族の者は歓喜した。既に勝ったかのような盛り上がりであった。

 それもそのはず明石は大族であった。飢えないほどには養えるのだ。


 兵が集められた。屈強の男たちを選りすぐっても500人が揃った。

 手にする武器は竹槍だが、不安はない。今回は陸地の戦だ。河内勢はいいところ100人、ワダツミの援軍は多くても50人を超えることはあるまい。数の力で押し切れる。

 ホクラヒコはそう信じていた。武器の力というものを知らないのだ。


「どうだ。これが我が明石の一族の力よ」

 馬に乗ったホクラヒコは隣に同じく騎乗姿の息子サオネツヒコに向かって言った。

「はい、父上。河内の川童かわこどもも父上の威光にひれ伏すことでしょう」

「サオネツヒコの言う通り。オオシコウチなどひと捻りだ。小族のワダツミもこの数では援軍も出せまい」

 息子の称賛に気を良くしたホクラヒコは高笑いした。


「だが、できることなら一振りでよいから鉄剣を奪いたいものよ」

 最後の呟きは息子の耳にも届かなかった。


 軍で唯一の青銅の剣を抜き、号令を放つ。

「進めーっ、今日を河内最期の日とせよーっ!」

「「「おおーーっ!!」」」


     *


「今だーっ! 追い込め―っ!」

 予想通りの展開にホクラヒコはほくそ笑んだ。

 500人の兵たちは展開して100人の河内勢を川辺に追い込んでいた。計算違いがあるとすれば追い込んだ川辺が湿地帯であり、馬が乗り入れられないこと。それに(あし)が茂っており、敵兵が隠れやすいことだ。伏兵に襲われる愚を犯さぬためにはしらみつぶしにしていく他はなく兵の足が鈍る。ましてやここは足を取られやすい泥濘(ぬかるみ)である。


「泥濘など日頃、田仕事で慣れておろうが。しゃっきりせい!」

 後ろから檄を飛ばすが、兵の足取りは重い。


「いたぞ! 追い込め……うわぁぁ」

 やっと敵を見つけたと思えば足取りの罠が仕掛けてある。

 いつしか兵のほとんどが泥濘にどっぷり引き込まれていた。


 まずい……思ったところが、もう遅かった。

「さんざん追い回してくれたな。馳走してやるから石礫(つぶて)でも喰らいやがれ!」

「ぎゃぁぁぁぁ」

 オオシコウチの声とともに兵たちから悲鳴が上がった。

 ひゅん ひゅん

 絶え間なく降り注ぐ石礫が兵力を確実に削っていく。


 見ればオオシコウチは湿地を渡る葦船に乗っていた。あそこまで逃げられたら歩兵では届かない。

 敵は葦船に石礫を満載していたようで尽きることがない。

 対してこちらは泥濘に足を取られ逃げることも叶わない。格好の的であった。飛礫を投げ返そうにも湿地には石ころなど転がってはいない。投げられた石を使おうにも泥にまみれた石が滑って投げにくい。泥濘に足を取られて満足に狙いすらつけられない。

 虐殺であった。


「父上、これは……」

 サオネツヒコがうろたえている。

「おのれ河内の川童め、卑怯なり……」

 ホクラヒコは臍を噛む(ほぞをかむ)が、どうにもならない。


「族長、ここは危険です。お下がりください」

 泥だらけになりながらも、なんとか沼地から脱出して戻ってきた組頭がホクラヒコの乗る馬の(くつわ)を取る。

「ええい、その汚らしい手を放せ。戦装束が汚れてしまったではないか!」

 族長のあまりの暴言にあきれた組頭だったが、それでも忠誠心は残っていたのだろう。轡を放すことはなかった。

 残党をまとめて指示を出す。こんなところを伏兵に襲われたら全滅の危機である。それも手遅れではあったのだが。

 戻ってきた兵はわずかに10名に満たぬほどであった。


 泥濘を避けて馬の歩ける道を探しながら敗残兵の集団が進む。それは退路を敵に教えるも同然の行為であった。

 馬を捨てれば逃げる手もあったかもしれぬ。だが、集落に2頭しかいない農耕馬なのだ。一族にとっては宝である。捨てるなどできようはずもない。


 土手の上に20名ほどの集団が待ち構えていた。

 大将らしい若者は真っ赤な鎧を着ている。

「おのれ、ワダツミかっ!」

 赤地に白丸の旗を見てホクラヒコが吼えた。


「父上はお逃げください。ここは私が……」

 サオネツヒコが馬に(むち)を入れた。

 だが、一町も走らぬうちに泥に足を取られて馬もろとも泥の海に沈んだ。


 儂は何を間違ったのだろうか?

 迫りくる剣を見つめながらホクラヒコは呟いた。

「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」外伝「太陽の子」をお読みくださりありがとうございました。

 いよいよ外伝の主役ヒルコの活躍が始まります。敵は播磨の大族ホクラヒコです。まあ、開始1行で倒されるのですが。太古の時代、戦の主力は石礫でした。まずは対陣した両陣営が石礫を投げ合い、優勢になった方が竹槍をもって攻め込むのです。ですから白兵戦になる前にほぼ勝負は決まっています。剣は高価でありいきわたるほど数が揃えられず、弓は技術が必要で矢が尽きればおしまいです。それに比べて石ころはどこにでもあり技術も必要としません。それでいて殺傷能力が高く便利で危険な武器なのです。次話からはもっとヒルコの活躍を描きたいと思います。

 投稿は毎週金曜日に行う予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。

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