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天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。  作者: 灰色 シオ
「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」外伝 「太陽の子」
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Ex3 布都御魂剣(ふつみたまのつるぎ)

 理不尽な暴力により住み慣れた土地を追われ、海の果ての小島に流れ着いた海神の一族。彼らは屈辱に甘んじることなく自らの手で未来を切り開くことを選択しました。

 準備を整えて臨んだ冒険でしたが、すべてがうまくいくわけではありません。数々の苦難に立ち向かい、あるときは戦って打ち破り、あるときは和して難局を乗り切ります。

 海神族の王子ヒルコは偶然出会った謎の人物ユヅルや仲間たちと力を合わせて打ち勝ち、自らも成長していきます。

 そんな王子の冒険と成長の物語。

 鉄はできた。

 ユヅルはその瞬間から海神(わだつみ)族の最重要人物となった。もっとも本人はオオヤマツミなど一族の主要人物に教えたことで終わったつもりになっていた。

 それより剣を作るという課題に頭がいっぱいであった。


 剣の形を作るだけなら鋳造(ちゅうぞう)が最も簡単だ。熔かした鉄を鋳型に流し込めばよい。だが、この国で初めて作る剣がそれでよいのか。一方で後世の刀匠が工夫を重ねて創り上げた日本刀の技術を自分が行ってよいのかとも思う。

 書物によって得た知識で真似できるようなものではあるまい。それではありふれた異世界転生で描かれるチートではないのか。もちろんうまくできるとは限らない。


 ここまでもオオヤマツミには多大な苦労を掛けてきた。木炭を大量に使ったことで海神の一族の生活にも影響が出ていた。保有していた木炭の総てと足りない分は新たに焼いたり友好関係にある部族から(あがな)ったりしていた。

 もちろん生活に使う燃料は(たきぎ)であったが、煮炊きするための薪さえも炭作りに費やしていたのだ。米を除く毎日の食事のほとんどが生食になっていることにユヅルは気づいていた。生活を圧迫してまで鉄を作るべきなのか。ユヅルの悩みは深い。


 だが、ここまでしたのだ。やるしかない。

 鍛造(たんぞう)するのならまずはその道具だ。(きた)えるための鉄の大槌(おおづち)金床(かなどこ)が必要だ。補修用の金槌(かなづち)はあるが、一から刀を鍛えるのには物足りない。また、金床はその辺の岩を使っており、とてもじゃないが刀作りには適さない。

 結局、日本刀作りはあきらめるしかなかった。


 ならば残る方法は鋳造である。

 それでもこの時代の技術としては最先端だ。簡単ではない。

 まずは型作りである。

 真水でよく洗った砂を粘土と木炭粉と混ぜてよく練る。木炭を混ぜるのは鋳造において焼けた鉄や粘土から発生するガスが砂型を崩してしまう()()()()()()を防ぐためである。だから粘土は多くても少なくてもいけない。


 そして鉄にも課題がある。

 鉄は鉄元素からなる金属であるが、純度が高ければよいというものではない。純鉄では硬さが足りない。容易に曲がってしまう。だから適度に炭素を入れて鉄原子間の滑りをなくすのだ。そのように成分を調整した鉄を(はがね)という。

 炭素を増やして硬くした方がよいのかというとそれも違う。硬い鉄は(もろ)いのだ。そんな鉄で剣を作れば簡単に刃毀(はこぼ)れしてしまうだろう。鍛造で作られた日本刀が優れるのは硬さと強さの絶妙なバランスを取っているためだ。


 ユヅルはホアカリの剣を切ったときのことを思い返す。

 あのとき、ユヅルは(やわ)いと感じたのだ。奪ってきた鉄を何度も加熱して修復を繰り返すうちに炭素が抜けて柔くなったのだ。もともと敵に鉄器を持つ部族はいない。打ち合う相手は竹槍や石槍、良くて青銅であろう。ならば多少脆くても構わないのではなかろうか。

 もともと鋳物(いもの)用の鉄は炭素量が多い。そうしないと()けないからだ。鋳物で鉄剣を作る以上、硬くするのが最良であろう。

 方針は決まった。


 先日造った(けら)は鋼の原料だ。煉瓦(れんが)でつくった取り鍋(とりなべ)に砕いた鉧と木炭粉、珪砂を加えて(あぶ)る。木炭粉が燃えないように蓋をして蒸し焼きにする。


 事前に作成した鋳物砂に水を加えもう一度練る。全体が均一になるようによくかき混ぜる。完成したら木箱に詰める。隙間ができないよう木槌で叩きながら丁寧に充填する。詰め終わったら雄型(おすがた)となる木剣(ぼっけん)を砂に埋め雌型(めすがた)となる(くぼ)みを作る。

 鋳型(いがた)を作っている間に取り鍋の中で赤熱した鉧が白く発光してきた。いい感じだ。やがて熔け出す。鉱滓(ノロ)を丁寧に取り除き、均一に溶けた融鉄(ゆうてつ)を鋳型に流し込む。

 流れるからといっても鉄だ。かなり重いので砂でできた型が壊れないように近づけて(そそ)ぐ。冷えて固まらないうちに素早く流し込む。万遍(まんべん)なくいきわたったところで鋳込みは終了だ。

 ユヅルが告げるとオオヤマツミと配下の者たちが息をついた。


 冷えて固まったらあとは()ぎだ。

 これは剣の補修を行っている一族の者たちでもわかるようだった。荒砥(あらと)中砥(ちゅうと)細砥(ほそと)仕上砥(しあげと)砥石(といし)(そろ)っていた。ユヅルも実家の焼鳥屋の厨房(ちゅうぼう)包丁(ほうちょう)を研いでいたので馴染みのある工程だ。

 2日掛けて荒砥を終え、中砥、細砥と仕上げていく。仕上砥は刃筋(はすじ)をさっと撫でるだけだ。よい砥石はそれだけで切れ味が格段に変わる。

 なんにせよ、これで剣はできた。取り掛かってから早くも1年が経っていた。


     *


 結局、ユヅルが作った剣はヒルコが持つことになった。

 出来上がった剣を見たホアカリが固辞(こじ)したからだ。

「こんなすげえ剣、俺には持てません」

 そう言って手に取りさえしなかった。


 ずっと作業を見ていたはずのオオヤマツミも見惚(みほ)れて声もだせない。剣はイザナギに献上され、ヒルコに下げ渡された。

 ホアカリはヒルコが使っていた剣を譲られて嬉しそうだ。

「ホアカリよ。お前のために作った剣より若様のお下がりを喜ぶなんて失礼じゃないか?」

 ユヅルに冷やかされ、ホアカリが言い返す。

「ユヅル、お前があんなすげえ剣を作るからだ。あんな剣を作るとわかっていたら初めから頼んでいねえよ」

「装飾もない、ただ鋳込んだだけの大したものではないんだが……」

 ぼやくユヅルにオオホアカリは顔を真っ赤にして言い返した。

「ふざけるな! お前の故郷ってどんな国なんだよ。あんなすげえ剣、帝国にだってないぜ」

 ホアカリの言葉にオオヤマツミも頷く。


 お披露目として一族の前でヒルコが剣を抜いた。(さや)はカミムスビがこしらえた。シンプルな剣を補うよう鞘には武運長久のまじないの文様が(ほどこ)され、怪我除けのまじない石が埋め込まれた華美(かび)なものだった。

 立てられた太さ10cmほどの丸太に向かってヒルコが剣を振り下ろす。

 ほお……

 ヒルコの剣技は10歳とは思えないほど完成したものだった。


 剣を納め、(おさ)に一礼をしたところで丸太の上半分が滑り落ちた。

 カランカラン

 丸太のたてた乾いた音とともにうおーーっと大歓声が沸き上がった。


「見事だ……と、これはヒルコの腕をほめるべきか、それとも剣をほめるべきか」

(すべ)ては剣によるものです。ユヅルに褒美を」/「若様の腕あってのこと。お見事にございます」

 ヒルコの剣への称賛とユヅルの技量への称賛が重なった。

「どちらも(ひい)でているということだな。よし、両名にはそれぞれ褒美を取らそう」

 国家の大事業を成し遂げたイザナギはご満悦だった。


「ヒルコノミコトよ。我が息子よ。望みはないか?」

「はっ、この剣を活かす場が頂きとうございます」

初陣(ういじん)か……よかろう、次の戦は来春となろう。年を超えればヒルコも11歳。冠礼(かんれい)の儀に早くはあるまい。年が明けたら元服じゃ。(はげ)め」

「ははっ、ありがとうございます」

 ヒルコの元服と初陣が決まった。


「ユヅルよ。そなたは我が一族の悲願を叶えてくれた。よくやってくれた。一族の列に加わるがよい」

「叶うならば我が妻ヒカリも」

「よい。許す」

 ユヅルはイザナギに頭を下げた。

 ユヅルとヒカリの一族入りが決まったのだ。血統を重んじる一族としては異例のことであったが、年寄衆もだれも反対しなかった。一族の悲願である鉄を手に入れた功績は前例を覆すのに十分な功績なのだ。

 そしてユヅルがヒカリを妻と呼んだことで二人の結婚が認められた。もう、一族の子女との結婚を求められることもない。


「よかったわね、ヒカリ」

「ありがとうございます、アハシマ姫」

 この半年の間にヒカリはアハシマの侍女のような立場を得ていた。ヒカリも一族入りとなったことでその立場は正式なものになる。これからはアハシマがヒカリの(あるじ)であり、庇護者となると宣言してくれたのだ。


「ところでその剣に名はつけませんの? とても美しい剣ですもの、無名なのはもったいないわ」

 アハシマの言葉にイザナギはユヅルを見た。

「その剣は献上されたものでございます」

 固辞したユヅルはに代わり、イザナギはヒルコを見た。


 考えるヒルコにカミムスビが何かを(ささや)き、ヒルコは(うなず)いた。

「この剣の切れ味は暗闇を(ひら)くかの(ごと)く。魔を退ける力を持つと言えましょう。(ゆえ)布都御魂剣(ふつみたまのつるぎ)と名付けたいと思います」

「布都御魂剣か。よい名じゃ。まさに暗闇の大地を拓き、我が一族の先兵たるそなたにぴったりじゃ」

「ほんにめでたいこと」

 イザナギに並んでいたイザナミも褒め(たた)えた。

「ユヅル殿にはこれからもヒルコの支えとなってくだされ」

 イザナミの言葉でユヅルはヒルコの与力(よりき)となることが決まった。


     *


 剣作りは一段落したが、鉄器の生産を本格化するには課題は山積みだった。

「やっぱり問題は木炭ですね。オノゴロ島では賄える量ではありません。鉄も浜で砂鉄を拾うだけでは賄いきれません」

「やっぱり大八島(おおやしま)(本州のこと)に進出するしかないかのう」

 ユヅルの提案にオオヤマツミも頷く。


 だが、原料の手配だけでは済まないのが最先端技術の難しいところだ。

「じゃが、製鉄の技術は秘匿(ひとく)せねばならぬ」

「見て盗めるものではありませんが、人目は少ない方がいい。木炭だけ大八島で作り製鉄はここで行うのがよいでしょう。幸い海神族の海軍力は他を圧倒しています。秘密は守りやすいでしょう」

「そうじゃな。たたら場で使う奴婢たちは厳重に監視をしておけばやれるかの」


「ならば進むは名草(なくさ)(紀伊国、今の和歌山県海南市)かのう」

「東の海流は早く軍船だけならともかく商船を連れてとなると難しいのでは?」

「海神の海運力を見くびるでない。じゃが名草では木材しか手に入らんからのう……河内(かわち)のオオシコウチは海神に下っているが……」

「内陸はともかく沿岸は湿地が多くよさそうな港がありませぬ。淡道之(あわじの)穂之狭別島(ほのさわけのしま)(淡路島)か伊予之二名島(いよのふたなのしま)(四国)ではいけないのでしょうか?」

「ダメではないのじゃが、あそこは人が少ないでな。征服しても十分な奴婢が得られぬ」

 オオヤマツミが言うのは今後の製鉄事業には多くの人手がいる。他部族を征服して奴婢としなければ人口の少ない海神では賄えないということだ。

 ただ戦って勝つだけではなく、うまみがある土地と人を奪わねば海神は大きくなれない。

 海神は大きくなれるかの正念場なのだ。

「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」外伝「太陽の子」をお読みくださりありがとうございました。

 ユヅルは鉄剣の製作を成し遂げました。できた剣はヒルコの愛剣となったのでした。ユヅルの作った剣を携えてヒルコは外の世界に打ち出します。

 投稿は毎週金曜日に行う予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。

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