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天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。  作者: 灰色 シオ
「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」外伝 「太陽の子」
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Ex2 鉄

 理不尽な暴力により住み慣れた土地を追われ、海の果ての小島に流れ着いた海神の一族。彼らは屈辱に甘んじることなく自らの手で未来を切り開くことを選択しました。

 準備を整えて臨んだ冒険でしたが、すべてがうまくいくわけではありません。数々の苦難に立ち向かい、あるときは戦って打ち破り、あるときは和して難局を乗り切ります。

 海神族の王子ヒルコは偶然出会った謎の人物ユヅルや仲間たちと力を合わせて打ち勝ち、自らも成長していきます。

 そんな王子の冒険と成長の物語。

「ゆーくん、あんな約束しちゃって大丈夫なの? 法力(ほうりき)は使えないのでしょう?」

 小屋をあてがわれ、落ち着くとヒカリが聞いてきた。

「ああ、ここは閻魔(えんま)信仰が生まれる前の時代だからな。信仰を基にした力は使えない。だが、オレ個人の力は別だ。それと知識もな」

「私のことを忘れてるよ。私はゆーくんを信じてるから少なくとも一人分の信仰力はあるんだよ。忘れないで、ゆーくんは一人じゃない」

「そうだな」

 ユヅルはヒカリを優しく抱きしめた。


「そういえば、ゆーくんはわたしのことを許嫁(いいなずけ)って紹介してくれたね」

「嫌だったか?」

 腕の中でヒカリが首を振る。

「ううん。うれしかった」

 二人きりで時の彼方(かなた)に飛ばされた。他に頼るものもいないヒカリにとって自分の女と宣言してくれたことは何よりも価値のあることであろう。


「オレたちはヒルコ様の近くにいなければならない。血を辿(たど)って先輩の加護が届くだろう。だから海神(わだつみ)の一族に認められるようオレたちは価値を示さなければならない」

「それはうまくいったでしょう?」

「ああ、うまくいき過ぎた」

「いき過ぎたらよくないの?」

「奴らはオレたちを取り込もうとするはずだ。具体的には一族の有力者から伴侶(はんりょ)をあてがおうとしてくる」

「ゆーくんはかっこいいからそれはしかたないよね。仕組まれなくても女の子からはモテちゃうと思うし」

「冗談じゃないんだぞ」

「冗談じゃないんだけどなぁ」

「オレにはヒカリしかいらない。他には何も欲しくない」

「うん」

 きつく抱きしめられヒカリはちょっと苦しそうに顔を(しか)めたが、その苦しさも幸せなのだと思い受け入れた。


     *


 ここは海神の集落。オノゴロ島北側の内海に面した入り江に村はあった。

 海神の仲間となったユヅルたちだが、その待遇(たいぐう)()めた。単なる優秀な武人としてだけなら簡単だった。だが、ユヅルが鉄を作れると言い出したことで話が変わった。鉄は海神の命運を左右する重要な問題だったのだ。

 夏帝国との戦闘で敵将から奪い、掻き集めた鉄器を鋳潰して補修して何とか他部族との優位性を保っていた。そのくらいの技術は帝国からなんとか盗み出していた。だが、肝心の鉄を作る技術までは手が届かなかった。

 それができるとなると海神族におけるユヅルの価値はまったく変わってくる。


 もっともユヅルは待遇に頓着(とんちゃく)しなかった。後は勝手に決めてくれとヒルコとカミムスビに丸投げした。二人から相談を受けたイザナギも困った。

 イカヅチなどは奴婢として使役して造らせればよいと言う。だが、鉄剣を切れる男をどうやって使役するのかとカミムスビが言い返すと女を人質にすればいいと答える。

 その女、ヒカリに剣を向けたせいでホアカリは剣を切られたのだが


 いずれにしても無理強いは下策だとヒルコは考える。

 だからといって優遇しすぎも問題だ。一族でないものに権力は与えられない。一族に取り込もうという意見もあったが、それはあくまでも一族の秩序の中においてだ。それに連れ合いのいる者に伴侶をあてがうといっても反発する恐れが強い。

 結局、待遇は保留とし、客分として扱うことにした。問題の先送りだが現時点では最良であろう。


 一方、ユヅルとヒカリは浜にいた。

「ねえ、ゆーくん。浜に来てどうするの? 鉄造るんでしょ?」

 鉄の作り方など知らないヒカリの疑問はもっともだ。

「なあ、ヒカリ。鉄の原料って何だと思う?」

「えっ? 鉄鉱石でしょ?」

「ああ、だが、オレたちには鉱山を探す技術も掘る力もない。だけど実は生活圏に意外と鉄の材料はありふれているんだ」

 そういうとユヅルはズボンのポケットから黒い石を取り出した。


「なに? それは?」

「磁鉄鉱。鉄鉱石の一種だ。だけどこれは原料にするためじゃない。こう言った方がわかりやすいかな。これは磁石だ」

「ああっ、砂鉄!」

「正解」


 ユヅルは浜で天然の磁石を見つけたのだ。磁鉄鉱があるのなら砂鉄も取れるはずだ。効率は悪いがそれでも剣の一振りくらいなら集めることはできるだろう。

 二人で浜を歩き回り昼までに磁石として使えそうな石をさらに3つ見つけた。


「あなたたち、お兄様が連れていらっしゃったお客様ね?」

 涼やかな声がかけられた。

 ずっと地面を見続けていた二人は驚いて振り返る。


 そこにいたのは一人の少女だった。

 光月よりはだいぶ大きい。小学校低学年くらいであろうか。夏の日差しの下でも日焼けのあと一つない真っ白な肌をして、形の良いおでこをさらし、すっきりした鼻筋、小さな口、アーモンド形の目は大きく見開かれ、よく動く大きな黒目は異邦からの来客に興味津々の様子がうかがえる。とても美しい少女だった。美しいという表現では足りない。神々しさまで感じられ光り輝いているようにすらおもえる。神々に囲まれていたユヅルですらそう思えたのだ。少女の美しさは飛び抜けていた。


「変わった着物を着ていると聞いていたから、すぐにわかったわ」

 この時代としては普通なのだろう。少女も麻の単衣(ひとえ)を帯で締めただけの簡素な服を着ていた。それでも刺繡が施されていたり、まじない除けの首飾りをしていたりそれなりの家柄の娘なのだろう。

「初めまして。わたしはヒカリ。こっちのお兄さんはユヅル。あなたは?」

「私はアハシマといいます。海神(わだつみ)の一族の(おさ)の娘です」

 幼さを残す容姿に似合わず大人びた挨拶を返された。

「ヒカリ、あなたの服を見せてくれない? とっても素敵な服ね。あなたたちはもしかしたら異国の王族なのかしら?」


 ヒカリはセーラー服を着ていた。生前に通っていた中学校の制服だった。

 元いた時代では光月(みつき)の体から魂を抜かれ、再生した肉体に移された。服はニャルラトホテプが肉体に合わせて作ったものだ。ユヅルとしては見慣れた服であり違和感はなかったが、21世紀の普段着も太古の時代では豪奢(ごうしゃ)なものに見えるのかもしれない。

 アハシマはヒカリのセーラー服の(すそ)に手を伸ばす。

 ユヅルは戦いであちこち破れた学生服を着ているのだが、アハシマは学生服には興味を示さなかった。


「不思議な布ね……あら、胴と袖を別々に作って縫い合わせているのね。襟もそうなのかしら」

「うん、襟は外せるんだよ」

「あら、すてき」

 さすが女子同士、ファッションの話は時代を問わず共通のようだ。


 アハシマ……正式にはアハシマノミコト。イザナギ・イザナミ夫妻の第二子でヒルコの妹(史実では性別不明で蛭子(ひるこ)と一緒に流された)。

 やはり伝えられた歴史はだいぶ(ゆが)められているようだ。そこに悪意が感じられる。その悪意をさらけ出し、その源を断つことこそユヅルたちがこの時代に送られた目的なのだ。


「アハシマちゃん、ちょっといいかな?」

 そう言ってヒカリは花飾りのついた自分のヘアピンを外し、アハシマにつけてあげた。

「うん、かわいい!」

「くれるの? ありがとう、ヒカリ」

 素直に喜ぶアハシマだったが、この時代の装身具は呪術的な要素が含まれている。そしてアハシマはそれを司る長の娘なのだ。


「この花は何かしら? 見たことがないけど。どんなまじないが込められているのかしら?」

「まじないじゃないよ。だってかわいいから」

「確かにかわいいわね」

 アハシマは髪からヘアピンを外すとまじまじと見つめた。

「この花はひまわりだよ」

「ひまわり……聞いたことがないわね。あなたの国ではよく咲いている花なの?」

「そうだよ。夏に咲く花でね。おっきくて華やかなの。ひまわり畑ってとってもきれいなんだから」

「そうなの。見てみたいわね」


「種類は菊の仲間なんじゃなかったか」

 まじないを気にするアハシマにユヅルが助け舟を出す。

「うん、そう。菊の花言葉は『高潔』だよ。アハシマちゃんにピッタリ」

「そう。ありがとう」

 ヘアピンのまじないを確認して安心したアハシマは再度礼を言ってヘアピンを自分の髪に付けた。

「それでね。ひまわりにも花言葉があってね……」

 ヒカリはアハシマの耳元に囁く。

「『あなただけを見つめる』っていうんだ。アハシマちゃんのための言葉だよ」


 ヒカリの言葉を聞き、アハシマは(ほほ)を染めた。


     *


 ひと月ほどかけてヒカリとアハシマにも手伝ってもらい砂鉄は十分に集まった。

 木炭はオオヤマツミに頼んで用意してもらった。「こんなに大量に……」と愚痴られたが、鉄を作るという目的のためには我慢してもらおう。そもそも鉄を作ると山が枯れると言われるほど大量に木炭を使うものなのだ。鉄器の補修では炭火で赤熱した鉄器に鉄の欠片を打ちつけて行う。だからオオヤマツミも木炭が必要とは知っていたものの、製錬ではその比ではない。そこまではオオヤマツミも知らなかった。

 たかが一振りの剣を作るのに100kgもの木炭を必要とする。今後も鉄を作り続けるのなら島を出る必要があるだろう。このままではオノゴロ島の木は全て切り尽くされてしまうだろう。


 ユヅルは、粘土を田の土から石や砂をより分けて集めた。これに砂と砂利を混ぜてよく練る。馴染んだところで細長いトンネル状に炉を作る。この技術は以前(時代的には後だが)スサノオノミコトやホトラタライススキヒメノミコト(たたら製鉄の神様)と黄泉津国(よもつくに)で鉄を作ったときに学んだ。

 さらに鹿皮をなめしたものを袋状にして(ふいご)を作った。足踏み式の鞴は別名たたらという。これで炉内に酸素を送り鉄が熔けるほどの高温を作り出すのだ。


 試作当日は、快晴であった。

 萱葺(かやぶ)きの小屋では火事になってしまう。風除けに土壁を巡らせてはいるが、屋根はない。青天井だ。炉が濡れないよう乾燥して焼き上げるまでは簡易的に覆っていたが、本番では外した。間違いなく火事になる。

 炉の中に砂鉄と木炭を入れ、既に火をつけておいた木炭をくべる。後はひたすらたたらを踏む。ごうごうと空気を送り込む音がひっきりなしに鳴り響く。後はこれを三日三晩続けるのだ。


「ユヅル殿、代わり申す」

 初めは門外不出と勘違いした彼らは人払いしようとしていたが、見学は自由だとユヅルが告げると一族のほぼ全員が集まった。

 築炉作業を見ていた海神の者たちにもう疑いの目はなかった。中でもオオヤマツミはユヅルに心酔していた。あれこれ聞いてくるので鬱陶(うっとう)しくはあったが、ユヅルとしてもたたら職人として終わるつもりはない。オオヤマツミが引きついてくれるのならありがたい。

 作業の手を止め懇切丁寧(こんせつていねい)に技術を伝えた。


 そんなオオヤマツミがたたらを踏みの手伝いを申し出てくれた。三日三晩ぶっ通しでの作業は大変だ。ありがたく申し出を受けることにした。他にも数人が手を上げた。やらせてみたが、監視は(おこた)らない。

「風量が落ちているぞ! しっかり踏め!」

 適度に(げき)を入れる。


 永遠とも言える作業も終わりを迎えた。たたらを止め、鉄が酸化しないよう粘土で炉に(ふた)をした。翌日までおいて炉を冷ました。

 炉を崩し、中から赤茶けた鉄の塊、(けら)(鋼の素)を取り出す。

 こうして海神族は初めての自製の鉄を手にしたのだ。

「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」外伝「太陽の子」をお読みくださりありがとうございました。

 海神の一族はユヅルの手によって悲願の鉄を作る技術を得ることができました。この時代において鉄器は最先端の技術であり、海神は他の部族に対して圧倒的な優位を得ることができたのです。

 投稿は毎週金曜日に行う予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。

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