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天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。  作者: 灰色 シオ
「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」外伝 「太陽の子」
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Ex1 新天地

 理不尽な暴力により住み慣れた土地を追われ、海の果ての小島に流れ着いた海神の一族。彼らは屈辱に甘んじることなく自らの手で未来を切り開くことを選択しました。

 準備を整えて臨んだ冒険でしたが、すべてがうまくいくわけではありません。数々の苦難に立ち向かい、あるときは戦って打ち破り、あるときは和して難局を乗り切ります。

 海神族の王子ヒルコは偶然出会った謎の人物ユヅルや仲間たちと力を合わせて打ち勝ち、自らも成長していきます。

 そんな王子の冒険と成長の物語。

「ヒルコ兄さま、お帰りなさい」

 昼近くになって(すなどり)から戻ってきた男衆の中にヒルコを見つけてアハシマが駆け寄ってきた。お供のヒカリが、走ると転びますよ、とさけびながら付いてくる。


「おお、アハシマ。いい子にしてたか?」

「はい、お兄様」

 ヒルコが抱き上げた

 アハシマはまだ7歳なのだ。仕事をさせるにはまだ早い。

 だが、移住してきたばかりの一族には姫(長の娘)とはいえ遊ばせている余裕はない。

「砂鉄は取れたか?」

「はい。こんなに」

 アハシマは腰に付けた(ひも)を引き上げた。だが、そこには切れた紐が垂れているだけであった。


「はあはあ……アハシマ様、走るから磁石の紐が切れてしまったではありませんか」

「……ごめんなさい」

 ヒカリの手には黒い砂粒を(まと)った磁石があった。

 幼女の仕事とは砂浜で遊ぶついでに磁石を引いて砂鉄を採集することであった。同様にヒカリの腰に付いた紐にも磁石が結わいつけられており、砂鉄が収集されていた。

 この砂鉄こそ、海神(わだつみ)の一族が新参の小族ながらも日ノ本の国で一目置かれている所以(ゆえん)なのだ。


 鉄を持ち込んだのは海神の長であるイザナギだった。だが、海神には鉄を(きた)える(すべ)は持ち合わせていなかった。

 以前の領地である大陸で敵として戦った帝国の将から奪ったものを利用していたのだ。

 奪った鉄器を大事に使っていた。それだけで十分だったのだ。


 この国には鉄どころか(きん)(青銅)すら十分に行き渡ってはいなかった。石の刃を付けた斧ならまだよい方で穂先を尖らせた竹槍が武器として主流だったのだ。

 鉄の剣や(ほこ)を持つ海神の武力は圧倒的だった。


 武力だけではない。

 開墾するには鉄の(くわ)(すき)は木の農具とは効率が違う。漁具としても骨の釣り針とは釣果(ちょうか)が全然違った。(もり)としてもそうだった。

 海神の一族には打ち直す技術はあったが鉄を作る技術はなかった。鉄器を鋳直(いなお)して(まかな)っていたのだったがそれにも限界があった。


「釣り針が尽きてしまいまして。こしらえては頂けませんかのう」

 漁を司るオオワダツミの陳情にイザナギは渋い顔をした。

 代わりに応えたのは軍部を率いるヤクサノイカヅチであった。

「ふざけるな。武具の補充が優先じゃ。漁具など骨で作ればよいだろう」

 海水に触れる漁具は()びやすく、鉄の消耗が激しい。そうでなくても魚に針ごと奪われたりすることも少なくない。

 一つ一つは小さくとも鉄の消耗は馬鹿にはできないのだ。


「飯も食わずに兵が戦えればそれでもよいがのう」

 オオワダツミの嫌味にヤクサノイカヅチも黙るしかなかった。

「魚だけではない。これ以上民を増やすのなら農具の補充もして頂かねば」

 農業を司るオオホヒが言う。


 海神が流れ着いたオノゴロ島は大きな島ではない。

 海流の複雑さと面積の狭さで他の族たちが手を出さずにいたところを本拠にしたのだ。畑を開く十分な平地はない。ならば漁で養うしかないのだ。

 それには鉄がいる。


 それを可能にしたのはユヅルだった。

 ユヅルは2年前にヒルコが拾った側近だった。

 彼は出会ったときから変わっていた。


     *


 あの日、ヒルコは島の見回りに出ていた。

 オノゴロ島に移住してきてまだ1年もたたない頃であった。

 近隣の部族との抗争は頻繁であったが、その総てに海神(わだつみ)族は勝利していた。それもただの勝利ではない。大勝利であった。鉄の武器の威力であった。

 兵の大半を切り伏せ、海に沈められた部族は海神の傘下に入った。それ以外に生き延びる術がなかったからだ。


 イザナギは男たちの中で若くて目端(めはし)の利くものを選んで兵とした。忠誠を誓うのなら、いずれ働きによっては一族の娘をあてがい、一族に取り込もうとの目論見(もくろみ)である。

 若くて(さと)い女は一族のものに分け与えた。一族の力は数である。イザナギは一族を増やそうと考えていた。

 それ以外の者は奴隷である。力のある男は船の漕ぎ手に、そうでない男は畑仕事に、女子供は奴婢とした。


 ヒルコは海神族の長イザナギの第一子として大陸で生まれた。母親はイザナギの正妻イザナミである。二つ下に妹であるアハシマがいる。

 ヒルコは次の長として厳しくしつけられていた。一族の神官カミムスビを守役(もりやく)として礼儀作法や森羅万象(しんらばんしょう)の知識を教え込ませた。カミムスビの子、同い年のスクナビコナがヒルコのよき話し相手になった。

 武技については軍を司るヤクサノイカヅチが教え込んだ。子供にしては発育がよかったヒルコはヤクサノイカヅチの指導によく耐えた。筋がよくヒルコはめきめきと力を付けた。10歳ではあるが、一族の中でヒルコに勝てる相手は片手ほどもいなかったであろう。


 冠礼(かんれい)の儀(元服ともいう、成人の儀式)はまだであったが、イザナギはヒルコに兵を与えた。島の周囲の見回りを任せた。戦いに連れていくつもりはなかったが、会敵(かいてき)すればそれが初陣(ういじん)でも構わないと思っていた。長の息子だからといって遊ばせている余裕はないのだ。


 そんなある日の早朝、集落と反対側の南の浜でヒルコは一組の男女を見つけた。

 男は一族の誰よりも大きかった。6尺半(約196cm)はあるだろう。全身の筋肉が盛り上がり(たくま)しい肉体を有していた。その割に顔に(ひげ)はなく、幼さを残した顔立ちをしており案外若いのかもしれない。

 女は……女というより少女であった。前髪を上げてもいなかったが、子供ではないようだ。かといって胸も腰つきも平坦であり、大人とは言えない。

 二人とも見たことのない服を着ていた。少なくともヒルコは近隣の部族でも大陸でも見たことがない。兵を率いる守役のカミムスビも首を振った。見たことがないようだ。


 カミムスビが兵の一人オオホアカリを促し、問わせた。

「お主ら、何者だ。どこから来た?」

 オオホアカリの問いにも男は平然としていた。手にした小枝を(もてあそ)びながら答えた。

「……言ってもわからん」

 それは誤魔化そうというより説明できないかのように聞こえた。


 だが、それを侮辱と捉えたオオホアカリは剣を抜いた。

「愚弄するか!? この島は我ら海神族の支配地なるぞ。愚弄するなら切りすて……」

 その言葉は最後まで言いきれなかった。

 オオホアカリの剣が半端(なかば)から飛ばされたからだ。


 領地の見回りとはいえ、いつ敵対する部族と出会うかもしれない任務だ。装備は完全武装で剣も鉄剣であった。それが折られた。

 ヒルコの目にはオオホアカリがつきつけた剣を男が小枝で払ったように見えた。鉄剣を木の小枝で折れるわけがない。だが、事実なのだ。


「おのれっ! 怪しげなる手妻(てづま)を使うかっ!?」

 オオホアカリは簡単にあしらわれた怒りと大事な剣を折られた失態とで顔を赤くしたり青くしたりと忙しい。


「ここは海神族の支配する島。ここにおわすは海神の若君、ヒルコノミコト様である。勝手に立ち入り、誰何(すいか)する兵に手向かうとは乱暴が過ぎませんかな」

「剣を先に抜いたのはそっちだ」

 カミムスビがたしなめると男はきまり悪そうな顔をした。悪意があるようには見えない。


 男に興味を持ったヒルコが問いかけた。

「お主、強いな。今のはどんな手妻だ?」

「別に……剣を突き付けられたから切った」

 男の言葉に驚く。

 オオホアカリが手に残った半身と切り飛ばされた刃先を差し出した。

 確かに断面は平滑で折れたというより、確かに切ったように見える。


「小枝で鉄が切れるのか……お主の族ではそのような技が伝わっておるのか?」

「いや、これはオレのオリジナル。それにここにはオレ達しかいない」

 ヒルコの問いに男は素直に答えた。

「一族とはぐれたのか?」

「いや、仲間に送り出された。目が覚めたらここにいた。気づいたのはさっきだ」

「なるほど、一族から追放されたのか……」

 男は否定しようとしたが、結局言葉にはしなかった。


「先ほど、カミムスビが申した通り、この島は我が一族の領地だ。だから、お主らには我ら海神族の仲間となるか、出ていくか、どちらかにしてもらいたい」

 本来、はぐれ者は捕らえられ奴婢となる。だが、この男は手練(てだ)れだ。捉えることは難しいだろう。それに奴婢の処遇では納得すまい。

 だから捕らえるという選択肢は口にしなかった。そして出ていくというのもなしだ。これほどの技を持つものをむざむざ他の手に渡したくはない。もし、敵対する部族に加わったのなら、海神は苦境に陥ることになるだろう。もし、出ていくと言ったなら、全滅を覚悟で殺すしかない。

 ヒルコは難しい交渉になることを覚悟していた。


「まあ、他に行く当てもないし、世話になろう」

 だが、男はすんなり同意した。

 ヒルコは心から安堵した。

「それはよかった。私はヒルコノミコトだ。お主は?」

「オレはユヅル。そしてこちらはヒカリ、オレの許嫁(いいなずけ)だ。」

「ヒカリです。よろしくお願いします」

 男の紹介に後ろから現れた女はぺこりと頭を下げた。


     *


 ユヅルとヒカリは海神の仲間になった。

 カミムスビは考える。ユヅルという男は鍛え上げられた肉体を持ち、鉄剣を切るなどすさまじい武技を持っている。本当は一族の娘をあてがって取り込むべきだが、許嫁を伴った男にそんな話を持ち出すべきではなかろう。

 ヒカリという女も特筆すべき点は見られないが、ユヅルの一族の女なのだ。何かを隠し持っていても不思議ではない。

 いずれ一族に馴染んでからそれぞれ相手を見繕ってやればよい。そう結論づけてカミムスビは満足した。


 しかし、それは早計であった。

 ユヅルの価値はそれどころではなかったのだ。


 大事な鉄剣を切られてしょげかえっているオオホアカリに向かってユヅルが言う。

「さっきはすまなかったな。ヒカリに剣を向けられてかっとしてしまった」

「いや、あんたは悪くないよ」

 オオホアカリはそれだけを答えた。だが、ユヅルはそれでは済ませなかった。

「鉄剣はこの時代でも相当価値のあるものだろう?」

「ああ、もちろんだ。海神の武力は鉄器のおかげといってもいいくらいだ。だから困っているんだよ。イカヅチ様に怒られる……」

「ならオオホアカリ、代わりの剣をオレが打ってやろうか?」

 いとも簡単に言い放つユヅルに全員が声を失った。

「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」外伝「太陽の子」をお読みくださりありがとうございました。

 外伝の主人公ヒルコと本編の主人公ユヅルの邂逅の話です。創成の二神イザナギとイザナミの長子ですが、歴史から消された王子はユヅルという規格外の助っ人を得て、どのように成長するのでしょうか。

 投稿は毎週金曜日に行う予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。

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