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天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。  作者: 灰色 シオ
「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」外伝 「太陽の子」
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「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」外伝 「太陽の子」プロローグ

 理不尽な暴力により住み慣れた土地を追われ、海の果ての小島に流れ着いた海神の一族。彼らは屈辱に甘んじることなく自らの手で未来を切り開くことを選択しました。

 準備を整えて臨んだ冒険でしたが、すべてがうまくいくわけではありません。数々の苦難に立ち向かい、あるときは戦って打ち破り、あるときは和して難局を乗り切ります。

 海神族の王子ヒルコは偶然出会った謎の人物ユヅルや仲間たちと力を合わせて打ち勝ち、自らも成長していきます。

 そんな王子の冒険と成長の物語。

「島だ。陸が見えたぞ」

 大海原(おおうなばら)を駆け抜ける風を切り裂くようにオオワダツミが声を上げた。


「おおーーっ!」

「陸じゃ……」

 船底にいた兵たちも一斉に歓喜の声を上げる。

 何せ3日ぶりの島影なのだ。


「今度はよい土地じゃとよいのぉ」

 オオヤマツミが祈るようにつぶやく。

「気は悪くない。方位も吉方(きっぽう)じゃ。きっとうまくいく」

「うむ」

 神官であるカミムスビの声に(あるじ)であるイザナギが頷く。


     *


 海神(わだつみ)の一族は流浪の民である。

 大陸の東端にあった版図は帝国の伸張に押されて東海に追い落とされた。領土のすべてと多くの民を失い、残ったのは傷ついた一族の者30名あまりにすぎない。

 幸い農業だけでなく漁業も生業(なりわい)としていたため逃げる船には困らなかった。


 これまでもこうしたことはあった。

 物量に優る帝国は何度となく一族を屈服させようと攻めてきた。

 追い返すこともあったが、たいていは負けた。負ければ海に逃げるだけだ。陸の帝国は海船をを持たない。追っては来られない。

 ほとぼりを冷まして別の拠点に移るだけだ。そうしたいざという時の拠点をいくつか用意していた。


 だが、それも限界だった。

 隠していた拠点も次を除けばあと一つ。貯えも乏しくなっていた。なにより陸の拠点を奪われれば穀物が取れない。温暖な気候に恵まれ米が採れたが此度は時期が悪かった。収穫前の時期を狙われたのだ。

 早刈りしようにも稲はまだ実も付けていない。

 それでも行ったのは、収穫を横取りされたくないがための嫌がらせだ。


 それでも無意味ではない。

 わずか千人足らずの小族に一万もの兵を差し向けたのだ。兵糧の確保だけでも大変なはずだ。現地調達を邪魔するだけで兵站(へいたん)の維持は困難になる。一旬(10日)を待たずに兵は引くだろう。


「で、どうされるおつもりじゃ、族長」

 夜になり島影に潜んだ船の中で年寄衆が談義を行う。

 船で逃げたのは一族の者だけだ。民は残された。

 もともと土着の民を征服し、支配していただけなのだ。守る理由もない。

 帝国とても民は殺さぬ。税を取るための道具なのだ。


 とはいえ民も搾取されるばかりではない。

 税がきつければあっさりと逃げ出すし、治世がよければうようよと集まってくる。東方の温暖な気候であれば土地を離れても飢え死ぬことはない。


「貯えも尽き申した」

此度(こたび)出師(すいし)は早かったのう」

 前回の征討は5年前だ。土地の民を従え、十分に蓄えるには時間が足りなかった。


「出師の理由はなんじゃったかのう?」

「亀じゃ、亀っ! バカバカしい!」

 ヤクサノイカヅチが吐き捨てる。

 だが、バカバカしいとも言い切れないのだ。


 帝国の名は『()』という。

 文化武力に秀でているが、その本質は宗教国家である。


 この時代の大陸を支配しているのは民族国家であり、その宗教は祖霊崇拝である。

 だから一族の結束を重要視するし、一族を増やすことが何より求められる。

 数を増やせなければ他部族との(いさか)いで後れを取ることになる。敗れるということは他部族の奴隷となるということだ。

 そして夏帝国は中原で最も人口が多く、文化武力に秀でていた。


 人口が多ければ技術も振興する。

 あの国には(きん)(青銅のこと)が豊富にある。さらには鉄というもっと硬い金属を製錬する技術も開発していた。鉄による農機具は東方で使われる木製の農具の何倍もの畑を耕すことができる。

 また、鉄で作られた武器は青銅の楯を容易く貫き、刃こぼれもしないと聞く。鉄器による武力で夏帝国は中原を圧倒したのだ。


 流れの商人から鉄の欠片を入手したイザナギは狂喜した。

 これを作ることができれば帝国にだって引けは取らない。そう考えたイザナギは王都に何人もの人をやったがその技術はおろか、製品の一つすら入手することはかなわなかった。当時の夏王朝にとって鉄器とは国家機密であったのだ。


 話は戻って亀である。

 祖霊崇拝の宗教において祖霊の言霊を聞くことは何よりも重要視された。その卜占(ぼくせん)の術の中で最も重視されたのが亀卜(きぼく)、つまりは亀の甲羅を(あぶ)り、水をかけて冷やし、そのひび割れの文様(もんよう)によって占う術である。

 その国家の最重要儀礼が途絶えていた。亀が手に入らなかったからである。


 当時の()()()の王は(けつ)といった。

 若かりし頃の傑は英明であり、将来を嘱望された王子であった。そしてその名声に見合うだけの誇りを持っていた。だが、褒められ持ち上げられるばかりの王子のその誇りはいささか傲慢のきらいがあった。

 あるとき、傑王は疑問に思った。

「我は王である」

「「「その通りでございます」」」

 側近たちは即座に頷首(がんしゅ)した。


「なのに東方の蛮族ではたかが首長が王を名乗っていると聞く。これは許しがたいことではないか?」

「真にもって不届き千万」

「思い上がりも甚だしい」

「許しがたい蛮行にございます」

 側近たちは阿諛追従(あゆついしょう)した。


「ならば、王の権威を保つためそれら蛮族どもを打ち滅ぼそうと思うがいかに」

 王の暴言に側近たちは震え上がった。

 遠征には多額の費用が掛かる。傑王が(ぜい)の限りを尽くした今の王朝にそんな(かね)などないのである。

 そこで側近の中で最も悪賢い男が答えた。

「たかが蛮族に王のご慈悲が伝わりましょうや?」

 傑王は(まなじり)を少し上げて先を促した。王とは家臣の進言が理解できないなどということがあってはならないのだ。


 奸臣(かんしん)は言葉を続ける。

「非才の身でありながら王を名乗り続ける、その恥辱から解き放ってもらえたことの恩寵(おんちょう)を理解できないのではないかという懸念でございます。何せ蛮族ですから」

「うむ、卑しい蛮族なれば王のご慈悲を理解できなくても不思議はない」

「それどころか、恨みに思うものもおるやもしれません」

 残る奸臣も一斉に同意した。今の王朝に軍旅を派遣できる金はない。遠征が取りやめになるなら何でもいいのである。

「なら、どうすればよいというのだ。申せ」

 傑王は下問した。


 奸臣は我が意を得たりとばかりに勇んで答える。

「王を超える存在とはすなわち天でございます。蛮族の首領どもが王を名乗る。王が乱立すると言えど陛下はその列にあらず。つまり、陛下は既に王以上の存在になられたということです」

「王以上の存在……」

「はい。すなわち(てい)です」


 かつて中原では天から遣わされた帝がこの世を支配していた。

 天に選らばれた帝は善政をしき、国は大いに栄えた。やがて老いた帝はその地位を見込んだ若者に譲った。

 新たな帝も国を発展させた。


 しかし、時は流れ帝の中にはその(くらい)に値しないものも現れた。国は乱れた。それ以降、天は人の世に帝を遣わすことはなくなった。そうしてこの世は人の時代となり帝という位は神話となった。


 だというのに奸臣は帝を復活させようというのだ。天に選ばれたわけでもない人の王を。

 良識あるものなら(おそ)(おのの)いたであろう。だが、奸臣どもにとっては畏れとは目の前にいる王のことであり、それ以外のことはどうでもよいのであった。

 それが例え天に(つば)する行為であったとしても


 帝となる。

 それは傑王を興奮させた。その考えに取り憑かれてしまった。

 だが、人の世のことなら何でも叶う傑王でもそれは簡単なことではなかった。なぜなら帝になるためには祖霊の賛同が必要であったからだ。そのためには亀がいる。


 傑王は東征を行った。

 そのためには国庫を空にしても構わなかった。


 そうして行った総勢2万の大軍勢を率いた東征は兵站の途絶や蛮族の抵抗にあい惨憺(さんたん)たるものであった。

 だが、傑王は上機嫌であった。亀が手に入ったのだ。

 東方最大の豪族九夷(きゅうい)の長である九公(きゅうこう)が無駄な戦乱を避けるため亀を献上して手打ちを図ったからであった。


 帰国した傑王は亀を用いて祖霊に問うた。我は帝になるべき()

 卜占の真偽はわからない。あるいは奸臣どもが解釈を捻じ曲げたのかも知れない。

 傑王は帝となった。その名を帝乙(ていいつ)。天に逆らい、人によって(まつ)り上げられた帝である。


     *


 夏王朝改め()()()の度重なる侵攻を受けた海神(わだつみ)の族長イザナギはうんざりしていた。

 人の身でありながら天を詐称(さしょう)するなど正気の沙汰ではあるまい。それをめでたいと言ってほめそやす民どもにもあきれていた。

 だが、一族の力だけでは抵抗できない。土地は何度も奪われ、流浪を繰り返すばかりであった。そんな日々にイザナギはうんざりしていた。

 この国はいつか天の怒りに触れるだろう。そのとき、同じ大陸にいては天の怒りの巻き添えになるかもしれない。

 自分は長として一族を守らなければいけない。そのためにはここにいてはいけない。

 イザナギは決心した。

「出立しよう」

「どこにです?」

 戸惑う年寄衆に向かいはっきりと告げた。

「海へ」

「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」外伝「太陽の子」をお読みくださりありがとうございました。

 外伝では主人公が代わりますが、プロローグでは未登場です。海神わだつみの一族が、いかにして東の島国にやってきたのか。その背景の紹介です。次話からの外伝本編をお楽しみに。

 投稿は毎週金曜日に行う予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。

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