◇12 【お食事処・なかむら】
今日は快晴。そして今私はお母様ととある店の前にいる。
見た事のある、感じた事のあるこの日本ならではの雰囲気。入口に大きなのれんがあって、その上に大きな木の看板。
書いてあったこのお店の名前は【お食事処・なかむら】
何とも聞き慣れた名前だ。ここの店主は一体どんな名前だろうか。あ、でも日本人だとは決まっていない。80年前に異世界人が現れた国の人が出したお店だって聞いた。じゃあその異世界人の出身はどこなのだろうか。聞けば分かるかな。
「いらっしゃいませ~!」
横にスライドする扉を開けると、外装同様の雰囲気が店内に広がっていた。とても、懐かしかった。そして、中から女性従業員の元気な声が聞こえてくる。
あら、とっても素敵ね。とお母様も気に入って下さっているようだ。
右側に商品の販売、左側にはテーブルがいくつも並んでいる。食事スペースなのかな。
商品の中には、コックさんが言っていた通り醤油や味噌などの調味料や緑茶にのりにかつお節。そして梅干しもちゃんとある。
そんな食材が並ぶ端に、とあるものを見つけた。
「あ、あった!」
それは、〝お箸〟だ。色々なデザインがあって、シンプルなものからしま模様だったりお花が描かれているものまで。
素敵なものばかりなのに、こんな端に置かれてしまっている理由は分からなくもない。だって、練習しないと使えないもん。お箸文化が広まってないんだから仕方ない事だけれど、日本人である私としてはとても残念な事である。
「アヤメちゃん、何か気に入ったものは見つかった?」
「このお花の模様、私が以前使ってたお箸に似てるので、これにします」
「あら、可愛いじゃない! じゃあ、私はこっちを購入しようかしら」
「えっ、お母様もですか……?」
「えぇ」
お母様が手に取ったのは、持ち手部分が大人しめのピンク色になっているお箸。ピンク色の髪色をしたお母様にぴったりのお箸だ。
じゃあ、バートにはこれで……と楽しく選び出してしまった。使い方を教えてね、という事かな?
でも、お箸に興味を持ってくれる人が身近にいるのは、結構嬉しい事である。
箸の隣には、箸置きもあって。木や陶器っぽいものが置いてある。……え、待って、これ、って……
ピンク色で、5枚の花びらのついた花。
私の故郷、日本ではよく知られているもの。
「……桜?」
「はい、そうですよ」
その声は、ついさっき「いらっしゃいませ」と声をかけてきた人物。このお店の従業員である若い女性だ。私と同じくらいか、ちょっと上くらい。
あ……髪は茶髪、そして瞳は黒だ。
「お客様、もしかして……日本という国を御存じですか?」
「あ……」
言っていいのかどうか少し迷ってしまい、隣にいたお母様に視線を送った。お母様は微笑んでくれたから、言っても大丈夫らしい。丁度他のお客さんもいないし。
「私、日本人なんです」
「やっぱり!」
ちょっと待っててくださいね、と一言残して後ろに行ってしまった。元気な人だなぁ。
あの女の人、目も黒だったし、顔も何となく日本人顔だった。もしかして、その異世界人が日本人で、子孫だったりする?
そして、もう一人男性を連れて戻ってきた。ちょっと年上くらいで、背の高い男性。そして……私と同じ、黒髪の黒い瞳だった。
まさしく、日本人。
そう言っていいくらいの人だった。
「えっ」
「日本人の方なんだって!」
「は、はじめまして。アヤメ・アドマンスです。あ、以前の名前は、〝奥村菖〟です」
男性は、ぽかん、と口を開けてびっくりしている。私も結構びっくりだけど。
隣にいるお母様は、私と男性を交互に見てて。あらまぁ、と驚いていた。
「初めまして、ナナミ・ナカムラと申します。こっちは兄の……」
「タクミ・ナカムラです」
うん、日本人だ。名前が。やっぱり日本人の血が流れてる?
と思っていたら、説明してくれた。やっぱり、私の読みは当たっていたようで。彼らのお爺様が日本人なんだそうだ。
ここにある食材などは、おじい様が作り出したものらしい。最初はとある小さなお店を経営していたのだけれど、次第に料理が国中に広まったそうだ。
「ここで日本人の方に会えるなんて思ってもみませんでした」
「ご来店した時、もしかしてって思ったんです。お会い出来て嬉しいです」
「こ、こちらこそ! 同じ故郷の方のお孫さんに会えるなんて光栄です」
今日は買い物とあと食事をしに来たと伝えると、テーブルの方に案内された。
出てきた緑茶は、本当に美味しかった。はぁ、この味だよ。うんうん。
この湯呑も、とっても懐かしい。私自身はコップばっかりで使った事ないけれど、色々なところで見た事がある。
メニューは、定食とデザートのみだった。見たところ、ここの従業員はこの兄妹二人だけみたい。となると、これ以上メニューがあったら大変だ。
メニューの内容は、全部知っているものばかり。縦に書かれているところも、懐かしくてついふふっと笑ってしまった。
「アヤメちゃんはどれにする?」
「ん~、迷いますね」
定食は3種類。オムライス定食、唐揚げ定食、そしてミックスフライ定食だ。こっちに来てからようやく食べられる日本食だから、結構迷うなぁ。全部は無理だし……
どうしよう、あ~どれも捨てがたい。今の私の中で一番魅力的なのはこのミックスフライ。
でも揚げ物って食べていいのかな。病院ではあまり食べなかったし、こっちに来てからも揚げ物って少ししか食べた事ないし。さて、どうしたものか。でもそれはあとでシモン先生に聞いてみる事にして……
「何か、他に食べたいものがおありですか」
「え?」
お兄さんの方が、そう私に言ってくれた。この他に、か。知ってるものなら作りますよ、だそうだ。え、いいんですか?
「……お茶漬け、いいですか?」
「お茶漬け? トッピングは如何します?」
え、いいの?
「じゃあ、梅干しがいいです」
「かしこまりました。じゃあ他に付け合わせもご用意します」
「ありがとうございます!」
やったぁ! これでご飯と梅干が食べられる! お茶漬けって結構好きなんだよね。まさかここで食べられるなんて、夢みたいだ。
本当はふっくらご飯とお味噌汁も食べたいんだけど、それでもやっぱりお茶漬けが食べたい。
じゃあ私は、と楽しそうにお母様もメニューを覗いている。妹さんの説明を聞きながら、オムライス定食に決めていた。
じゃあお待ちください、と中に戻っていった。
それにしてもこのお店、がらーんとしてる。今はお昼時、それに祝日だ。それなのに閑古鳥が鳴いているというのは……きっと文化の違いだろうね。
日本人の私は入りやすいお店だと思うけれど、この国の人達にとっては違うのかな。知らない文化だから皆興味を持つと思うんだけど……難しい問題なのかもしれない。
日本人の私と、この世界の人達とは感覚が違うってことか。
あ、いい匂いしてきた。
期待感から、くんくん、とつい鼻を動かしてしまう。これは、卵の匂いだ。お母様はオムライス、私はお茶漬け。となると……お母様のオムライスかな?
と思っていたら、すぐに妹さんが持ってきてくれた。
すぐに出てきたことにも驚いたけれど、とても美味しそうな見た目と香りにお腹がなってしまいそう。お母様も、まぁ! と、目を輝かせていた。
さっき、カトラリーはどうします? と聞かれてお箸を選んでおいたから、お箸と、あと食器も日本仕様。対してお母様は洋式のナイフとフォーク、白くて平たいお皿だ。
私の頼んだものには、付け合わせに卵焼き。あと、おひたしとたくあんも付いている。これぞまさしく日本料理だ。
「いただきます」
その声に、お母様も同じようにいただきますと手を合わせた。
この世界の食事前の挨拶は違うらしい。お祈りのポーズみたいに両手を組んで、「祝福の女神に感謝を込めて」と言うらしい。
でも、私の挨拶を見て皆さんあわせてくれている。いいのかな、と思ったけれど楽しそうにやってるから何も言えなかった。
そして、お茶を注がれたお茶漬け。口に入れると……
「ん~~~~っ♡」
はぁ~~~美味しい♡ そう、これよこれ! 私が求めていた味は!
一気に地球料理(?)の味が蘇ってきた。懐かしい味とはこの事を言うらしい。
……はっ! ダメダメダメ、これじゃ貴族令嬢としてはしたない。怒られちゃ……
と、思ったら。目の前のお母様はクスクスと笑っていて。
「あの、ごめんなさい、お母様」
「いいのよ、自分の娘のこんなに嬉しそうな姿を見て喜ばない親はいないわ。好きなように食べなさい」
「あ、ありがとうございます!」
卵焼きも出汁巻き卵だったらしく、出汁がとってもきいてるし、おひたしも最高。漬物なんていい感じに漬かってていくらでも食べれるかも。食べ過ぎは禁物だけど。
はぁ~天国だわぁ。
けど、顔がだいぶ緩んじゃっていたところを、従業員の妹さんが見ていてちょっと恥ずかしかった。
「ごちそうさまでした」
「ふふ、ごちそうさまでした」
あっという間に食べ終わってしまった。いつもは結構ゆっくりなんだけど、とっても楽しみにしていた和食だったからつい。
はぁ、また来たいなぁ。と思っていたら、私達の前にお皿が並べられた。これは……
「デザート、おまけです」
「えっ、いいんですか?」
「えぇ、あんないい食べっぷり見ちゃったらおまけしたくなっちゃいますよ」
「あ……」
ちょっと、いやだいぶ恥ずかしい。
目の前にあるこれは、よく知ってる和菓子。〝ようかん〟だ。これ冷やすと美味しいんだよねぇ。ようかんはもちろん、あんこだってだいぶ食べてなかったからなぁ。
とっても風情のあるお皿に乗せられていて、和菓子用のフォークも付いている。スッとフォークが入っていって、簡単に切り取ることが出来た。
パクリ、と口に入れると……
「ん~~~~♡」
ようかんだぁ! こしあんの水ようかん! あんこの味もちゃんとしてて、つるつるしてて、あっさりした甘さで最高です!
「緑茶ととっても合うわね、美味しいわ」
「この他にも、栗ようかん、抹茶ようかん、芋ようかんなどもありますよ。もしよかったら特別にお持ち帰りをご用意しますが、いかがですか」
「あら、いいの?」
特別に、だなんて嬉しすぎる! そしたら、お屋敷の皆さんやお父様にも食べてもらえるって事だよね!
「いいわね、じゃあいただこうかしら」
「かしこまりました!」
やった! じゃあ、緑茶も買わなきゃ。ようかんに緑茶は必須!
では、こちらもどうぞ。と紙袋を渡してくれた。ちゃんと取っ手のついた紙袋だ。
そして、中身は……
「お、米だ……」
「はい。炊き方が難しくてお店に並べられなかったんですけど……」
けれど、思ってしまった。どうしよう、困った。
「あの、すみません」
「え?」
「その、私、機械? 以外で炊いたこと、なくて……」
「えっ」
え、もしかして日本人なら普通に炊けるって思っちゃってる? あ、でもお二人のおじい様の時代に炊飯器がなかった可能性がある。それなら、そう思うのはおかしくない。
「その、ですね。私の時代だと、炊飯器っていう機械があって、洗ったお米とお水を入れると炊いてくれるんです。一家に一台ある家電でして……私も、それを使ってたので……」
「あ……す、すみません……」
「……あ、でも、〝始めちょろちょろ中ぱっぱ〟は知ってますよ!」
「……ん?」
あ、通じなかった?
やっちゃった、気まずくなっちゃった……ごめんなさい。だけど、すかさずお母様が一言。
「じゃあ、作っちゃえばいいんじゃないかしら?」
「え?」
「炊飯器、魔道具で作ったらいいじゃない。ほら、今レスリート卿にお願いしてるでしょ? 一緒に作ってもらいましょうよ」
きっと喜ぶわよ、とニコニコするお母様。もう一つだなんていいのだろうか。頼みすぎじゃない?
「で、ですがご夫人、それは、需要がないのでは?」
「大丈夫よ、そこは心配しないで」
後日、お話をさせてちょうだいとお母様がウインクをしていた。一体何をするつもりなのだろうかと思いつつも、今日はここで帰ることになってしまった。
「お母様、何を……?」
「いいのよ、これはビジネスだから」
ビジネス、ですか……?
結局、お母様は最後まで教えてくださらなかった。
持ち帰ったようかんは、中に三種類入っていてどれも美味しかった。お父様もとても絶賛していて、特に抹茶ようかんが好みだったようだ。
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