◇10 冷ややっこ
レミリアゼルドという星は、いわば異世界。私が生まれた地球とは違う世界。だから、同じものもあれば違うものもある。
こちらの世界に来たばかりだから詳しい事は分からないけれど、食事が違う事は明らかだ。こちらに来て数日で、もう地球の食事が恋しくて恋しくて仕方ない。
食事の時間は好きだったから、余計残念感を抱いてしまう。でも、そんな時だった。
それは、アドマンス公爵邸でのお昼の食事。
出てきたのだ、あの料理が。いや、食材と言ったほうがいいのだろうか。
「えっ!?」
「えっアっアヤメちゃんっ!?」
「如何いたしました!?」
お皿に乗っていた、四角くて白い物体。黒っぽいような、オレンジ色のソースがかかっていて、野菜のようなものが小さくカットされ上にちょこんと乗っている。観察しつつも、そーっとスプーンを入れてみたら、簡単に掬えた。これ、何かに似てるなと思いつつ食べてみたら……
「お豆腐!!」
しかもこのつるつる感は絹豆腐だ! そしてこの味、このソースの味はよく知ってる。そう、生まれてからずっと食べてきた味。お醤油! でも、どうしてここで出てくるの!?
「驚かれましたか? お嬢様」
「え?」
話しかけてきたのは、ここの屋敷のコックさん。
「最近、スフェーン王国の貴族様がこの国に店を開店したと耳にしませんでしたか?」
「あぁ、確かに聞いたわ。特産品の販売と簡単な食事処のあるお店って」
「えぇ。試しに足を運んでみたのですが、驚くことに〝箸〟というものを見つけたのです」
「お箸!?」
日本人にとって大切な文化であるお箸が、ここで出てくるなんて……そのお店って、どういうお店なのかな?
「確かお嬢様の故郷ではそういったものを使っていると聞いたような、と思い出しそこで〝豆腐〟と〝醤油〟と呼ばれる食材と調味料を購入し本日の食事に出させていただいた次第でございます」
ついこの前、コックさんや厨房の人達と楽しくおしゃべりをした。その時に私の故郷の食事について聞きたいと言われ色々と教えてあげたのだ。それを覚えていたのね。
けど、本当にびっくりした。というより、何かが込み上げてきた感じがして。知らず知らずに涙が出てきてしまっていた。
今までは、何にも考えず、当たり前のように食べていた食事。でも、こっちに来て食べられなくなってしまった事に悲しさを感じていた。当たり前のものがなくなってしまった時の気持ちって、なってみないと分からない。
もうちょっと、味わって食べればよかったって、後悔まで覚えてしまった。
それなのに、また食べる機会が出来た。
「良かったわね、アヤメちゃん」
「はぃっ……」
周りの人が心配しちゃうから、早く泣き止みたいのに、一口一口食べ進める度涙が出てきてしまいそうになる。しょっぱくなっちゃわないよう気を付けていても、それでも少ししょっぱく感じちゃって。
嬉しくて、嬉しくて、仕方なかった。
「確か、スフェーン王国は80年前だったかしら。異世界人が現れて保護したのよね」
「はい、そこから劇的に料理文化が進化していったと聞いております。料理大国、と言われるほどですからね」
「もしかしたら、アヤメちゃんと同じ故郷の人だったのかもしれないわね」
そっか、この味を作り出せることが出来るって事はその味をよく知ってるって事だよね。じゃあ、もしかしたら、同じ〝地球〟から来た人なのかもしれない。そして、もしかしたら……私と同じ国の人なのかも。
「でしたら、今日の夕食にもあのお店のものをお出ししましょう」
「ありがとうございます!」
「喜んでいただけて光栄です」
そっか、私の知っている料理が、食べられるんだ。
嬉しい、とっても、嬉しい。
それから、そのお店の食事処も今度お母様が連れてってくれるみたい。その日が、とても楽しみだ。
その後、私はコックさんとお母様と日本食についていっぱい話をした。
お醤油の他にも、味噌、みりんなどの調味料があって。私の住んでいた日本には一番重要な主食である〝米〟と言われる食材がある事。
魚を生で食べる文化についてはびっくりされた。こちらでは、火の入ったものしか食事に出てこなかったから、もしかしてと思ったけれどやっぱりそうだった。
私の話す食材達は、お店で見かけたものがちらほらあったそうだ。醤油、豆腐の他に、味噌、みりん、のり、緑茶だ。そして……
「あったんですか! 梅干し!」
「えぇ、赤くて丸くしぼんだものですよね」
「そうです!」
日本人なら一度は食べた事があるあの梅干し! 私は普通の梅干しも好きだけど、はちみつ入りの甘酸っぱい梅干しも好みだ。お店に売られているのはどんな梅干しなのかな。さすがにはちみつ入りはないか。そもそも、はちみつってあるのかな?
「アヤメちゃんの大好物?」
「とっても酸っぱいんですけど、ご飯と一緒に食べるととっても美味しいんです!」
「ご飯?」
「白く粒々したものなんですけど、私達日本人の食事には主食にご飯が基本だったんです」
コックさんは、お米はお店で見かけなかったと言っていた。でも、味噌はあったんだよね? 確か、味噌って米麹使ってるはずだよね……? あれ、違う? 詳しくは知らないんだよなぁ……
でも、もしあったとしても、お米を炊くとしたら炊飯器が必要。それか、土鍋? けれど、土鍋で炊くのはだいぶ難しいから並べてないのかな。残念だけど仕方ないか。
その日の夜、誰から聞いたのか、王宮から帰ってきたお父様は何だか楽しそうな様子だった。待ってましたと言わんばかりに夕食で出た冷ややっこをまじまじと観察していた。
もしかして、お目当てはこの冷ややっこ?
「ほぉ、これがアヤメの故郷の味か」
「美味しいでしょう? 私気に入っちゃったわ!」
梅干しと野菜の和え物も出てきた。さっぱりしててとっても美味しい。きっとお店の人に教えてもらったのね。お母様達を見てみると、梅干しは苦手じゃないみたい。よかった。うん、美味しい。
「明日、食事に〝うどん〟を出してくれるそうよ」
「えっ!?」
「期待してて、ですって」
「ほぉ、それは楽しみだな」
コックさん、ありがとうございます!!
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