剣の聖女はモブに乗っ取られました~婚約破棄されましたが・・・悪役令嬢ルートなんてありましたっけ?~
「レイピア・ツヴァイハイダー!」
卒業パーティーの会場に私の名を呼ぶ大声が響き渡り来場者の歓談が止みました。
声の主は学園の生徒会長であり、ここクレイモア王国の第一王子でもあるグラディウス殿下です。
生徒会メンバーの側近達と壇上を占拠しての暴挙に思わず私は小さくため息を漏らしました。
ああ、こんなボンクラ王子が私の婚約者かと思うと頭が痛くなってきます。
どうして私はこんなおバカと婚約しているのでしょう――ゲームの設定だからか……
「仕事を放り出してどこをほっつき歩いているかと思えば何ですか?」
この卒業パーティーはお世話になった先輩方に感謝を込めて送り出す為の大事な催しです。
それを取り仕切るのは本来なら生徒会メンバーの役目なのですが揃いも揃ってサボるなんて……
私が呆れていると3人の男子生徒がずいっと前に出てきました。
「貴様、殿下に対して無礼であろう!」
「まったく女狐は傲岸不遜で可愛げがない」
「少しはクリスを見習って欲しいものです」
順番に騎士団長ブロード伯爵の嫡子ケーン、魔術の申し子と噂の天才児ククリ・フランベルジュ、ロンデル宰相の長男カトラスです。
クリスというのは殿下の背中に隠れている少女です。
こいつら生徒会メンバーがサボっている元凶なんです。
「そんな……私なんて大したことありませんわ」
「ああ、君は本当に奥ゆかしいな」
頬に手を当ててクネクネと腰を振る変なダンスを踊っているこの女がまたくせ者。
クリス・エストック。
クリーム色の髪にくりっとした大きな琥珀色の瞳が愛らしい少女。
昨年、エストック男爵が市井から引き上げてきた落とし胤です。
三男だった男爵は若かりし頃に市井で平民の恋人と暮らしていたのですが、二人の兄が急逝したことで嫡子の座が舞い込んできました。
かくして貴族に戻る為に恋人と泣く泣く別れねばならなくなりました。
ところが、この時の男爵は知らなかったようですが、彼女のお腹には既に男爵の子がいたのです。
実は別れ際に男爵は恋人に剣の紋章が入った指輪を贈っていました。
偶然、その指輪を所持していたクリスさんを街で見つけ、恋人が自分の子を産んでいたことを知った男爵が引き取ったのが乙女ゲームでの設定です。
「クリスはなんて健気なんだ」
「いつも他者への優しさにあふれた素敵な女性だ」
「それに引き換えお前はどこまでも性根が腐った女だな」
グラディウス殿下の取り巻き共が何やら騒いでおりますが、あなた達に性根云々を言われたくありません。
「そういうのは仕事ちゃんとしてから言ってください」
こいつらがパーティーの準備をサボっているから、困り果てた教師陣や生徒達が私に泣きついて、仕方がなく私が全てやってあげてるんですから。
「まったく生徒会の方々が卒業パーティーをほっぽり出すなんて……」
「そんな些事などどうでもいい!」
私の指摘に殿下の感情を露わにした怒号が被せられました。
国中の貴族子弟が集う伝統と格式のあるバゼラード学園の卒業パーティーをそんなものって……
ほら、教師陣からも生徒たちからもヘイトを集めてしまっているではないですか。
「そんなくだらん催しより重大な事がある!」
「その発言は些か問題がありませんか?」
自分たちの卒業パーティーをくだらないと言われて先輩がたが殺気だってしまわれているではないですか。
一生に一度の卒業パーティーを貶されては怒りもします。
「問題なのは貴様だ!」
「私ですか?」
何でしょう?
私なにかしちゃいました?
「生徒会メンバーでもないのにいつも好き勝手なことばかりしよって」
「それは殿下たちがまったく仕事をしないからではありませんか」
私はその尻拭いをしているだけです。
やりたくてやってるんじゃないです。
「黙れ! 私の婚約者である地位を笠に着ての狼藉三昧、もはや我慢ならん!」
「他人の迷惑を省みない横柄な女め」
「貴様は醜く歪んでいるから剣の聖女になったクリスに嫉妬したんだろう」
「それって盛大なブーメランでしょう」
「なにっ!?」
「権力使って生徒会役員になったのに他人の迷惑を省みず横柄な態度で引っ掻き回し、仕事の肩代わりをしている優秀な私に嫉妬して、いつもいつも嫌がらせの毎日……学園どころか国中に知れ渡っている周知の事実ですよ?」
「プッ!」「くすくす」
私の的確な指摘に周囲の生徒達から失笑が漏れ、教職員がうんうんと頷いています。
ですよねー。
みなさんそう思いますよねー。
「ぐぬぬぬぬ!」
殿下の側近達もさすがに周囲の目が自分たちに好意的ではないと気がついて歯軋りしております。
「みんな聞いてくれ!」
ですが、殿下はまったく周りの冷たい視線の意味を理解していないようです。
「この女はとんでもない毒婦なんだ」
いよいよ婚約破棄イベントの開幕ですか。
「この女は嘘つきで、他人を陥れて喜ぶ性根が腐っていて――」
殿下は壇上で声高に私へ罵詈雑言を浴びせてきました。
得意気に私を傲岸不遜で、人を人と思わぬ冷酷無比な女だとか生きている価値がないだとか……
よくもまあ他人の悪口が出てくるものです。
「そして何より私の愛するクリスに嫌がらせをしていたのは既に周知の事実!」
こんな大勢の前で大胆な浮気発言って……頭大丈夫ですか?
「ああ、私とても怖かった」
「大丈夫だ。私が必ず君を守る」
そして、訳の分からん茶番を見せられるこちらの身にもなってください。
ほら、みなさんシラけているじゃないですか。
「そんなはずありません!」
その時、1人の女生徒が割って入ってきました。
「レイピアお嬢様はとってもお優しい方なんです」
私の専属侍女であるショーテルです。
薄い桜色の髪と澄んだ水色の瞳がとっても似合う愛らしい少女で、笑うと周りがパッと華やぎ、(殿下のせいで)ささくれた私の心に安らぎを与えてくれるんです。
可愛くて明るいショーテルに貴族の子女達も心を鷲掴みにされており、学園の人気者になっております。
「侍女の分際で私に楯突くつもりか!」
「そうです。レイピア様は私にとっても酷いなさりようで……」
ううう……と嘘泣きするクリスに殿下達が気炎を上げました。
「クリスの言う事を疑うか!」
「小娘が無礼であろう」
「失せろ下女が!」
何ですかコイツら。
私のショーテルに文句でもあるんですか。
「あなたは下がっていなさい」
「ですがお嬢様!」
このバカ共に私のショーテルが傷つけられては大変です。
守るようにショーテルを背に立つと彼女が抗議の声を上げました。
彼女は孤児院から掬い上げた私に心酔していて、女神の如く崇めている私をいつも守ろうと矢面に立とうとするのです。
「危ないからあなたは私の背に隠れていなさい」
「ですが……」
マジメなショーテルは主人の私を必死になって守ろうと……なんて健気なのかしら。
でも、あなたがこんなバカ達の相手をする必要はないのよ。
「ふん、相変わらず人気取りだけは上手いようだな」
「だが、その化けの皮も今日までだ」
「みなの前でその本性を暴いてくれる」
私とショーテルの仲睦まじい姿に側近共がいきりたちました。
「レイピア・ツヴァイハイダー!」
そして殿下が再び私の名を叫び指を指す。
「今日ここで貴様に引導を渡す。私グラディウス・クレイモアはお前との婚約を破棄する!!!」
その婚約破棄宣言に会場が騒然となりました。
ですが――
「あっ、そっ」
――私はまったく意に介しません。
「なっ!?」
「婚約破棄だぞ!」
「嘘だと思っているのか?」
私の素っ気ない反応に殿下は私を指差したまま固まり側近共の方が慌て出しました。
「別にどーでもいいですよ」
婚約破棄が起きるのは事前に知っていましたし。
時間と場所は違いましたが、攻略対象が悪役令嬢との婚約を破棄するのはゲームの設定通り。
私には前世の記憶があって、この世界が乙女ゲーム『剣の乙女のエンゲージ』であると知っていたのです。
このゲームはヒロインがクレイモア王国の建国神話になっている剣の聖女となって攻略対象の1人に剣の刻印を渡して結ばれるのという王道もの。
クレイモア王国建国神話にもあるのですが……
遥か昔、さまざまな種族が共存共栄していた穏やかなファルシオン大陸に突如として現れた異形の者達――異世界より渡ってきた侵略者がやって来たのです。
その力はとても強大で、ファルシオンの兵達は次々と斃れ皆が絶望の淵に立たされました。
その時、一条の光と共にファルシオンの大地に1人の少女が降り立ったのが剣の聖女。
彼女は1人の勇敢な若者と絆を深める、『剣の刻印』を渡しました。
そして、その若者とエンゲージをすると、剣の聖女はその身を『絆の剣』と変えたのです。
その剣をもって異形の王を封じ、2人は結ばれてクレイモア王国の礎を築きました。
とまあ、そんな訳で剣の聖女となった乙女は王家の縁者と婚姻を結ぶ習わしができたのです。
この乙女ゲームはピンク髪でライトブルーの瞳のヒロイン『クリス・エストック』が攻略対象の友好度を高めて誰か1人の剣の聖女となってエンゲージしてハッピーエンドを迎えるのです。
その時に攻略を邪魔するのが悪役令嬢『レイピア・ツヴァイハイダー』――つまりこの私。
なので、この婚約破棄は最初から決定事項なんですよ。
こんなボンクラ王子なんて私も願い下げでしたので特に抵抗らしき事はしませんでしたし。
えっ?
ならなんで婚約したか?
それには事情がございまして……
あれは私が13歳の時――
「たのむぅ〜可愛い姪よ」
「離してください大叔父様!」
いきなり国王様が我が家にやって来て私の足に泣いて縋ってきました。
現国王様はお父様の従兄弟で親戚付き合いしておりまして、正確には従兄弟叔父にあたります。
「私のバカ息子と婚約してくれぇ!」
「ええい、国王ともあろうお方がみっともない!」
「他に手段がないんだぁ!」
まだ13歳のグラディウス殿下がボンクラすぎて既に周囲から見限られておりました。
まあ、乙女ゲームの攻略対象なんて花畑思考の人物ですから、現実に国を運営なんてできるはずもありませんよね。
他にも第二王子のファルクス殿下と第三王子のシミター殿下の王位継承者がおりますが、こちらはグラディウス殿下とは似ても似つかぬ超優秀。
年功序列で長兄のグラディウス殿下が王太子になるはずが、あまりに不出来で国王様も二の足を踏んでおいでなのです。
能力だけを見て下の弟のどちらかに王位を譲りたい。
でも、それでは派閥争いが起きて国を割りかねない。
そんな国王様の悩みを解決するのに白羽の矢が立ったのが私。
「レイピアがあいつの嫁となれば家臣も納得するはずだ」
「それは……うぅぅ〜」
顔だけ王子でも超優秀な妻の助けとツヴァイハイダー公爵家の超強力な後ろ盾があれば安心。
周囲も納得せざるを得ないでしょう。
私としてはボンクラ王子様との婚約などと〜っても嫌でした。ですが、私はファンディスクの存在を思い出してしまったのです。
本編では攻略対象と結ばれてハッピーエンドなんですが、後日談をRPGゲームとしたファンディスクでは異形の王が復活し、ヒロインが結ばれた攻略対象の剣となって倒す流れとなるのです。
本編のデータを継承してプレイするので、攻略対象との友好関係がそのまま強さとして反映されてしまいます。
――私の婚約破棄イベントをやらないと下手をすると世界が滅ぶ!?
こうして泣く泣くグラディウス殿下の婚約者となった次第です。
これでイヤイヤ私が殿下と婚約をして破棄される茶番劇をしなければいけない理由がお分かりいただけたでしょうか?
もっとも殿下の隣にいるこのクリスのせいでゲーム設定はめちゃくちゃになっており、もはや婚約破棄イベントなんて無意味なんですが
「脅しではないぞ。私は本気で婚約破棄をするんだぞ!」
「だから勝手にすればいいじゃないですか」
反応の薄い私に苛立つ殿下。
私が取り乱すとでも思っていたのでしょうか?
「私と結婚できなくなるんだぞ。いいのか?」
「叔父様が泣いて懇願するので仕方なく結んだ婚約ですし」
私の暴露にまたもや周囲から失笑が漏れ出ました。
「デタラメを言うな!」
「殿下との婚約は貴様が公爵家の権力でねじ込んだんだろうが」
「そうだ。負け惜しみを言いやがって」
「私と結婚できなくて困るのは殿下の方なんですが」
彼の王位継承は私とセットなんですから婚約破棄すれば禍根を残さぬ為にグラディウス殿下は王家から廃嫡されるかもしれません。
「まあどうでもいいんです。私はパーティーを取り仕切らないといけませんので」
「待て待て待て待て待てぇ!」
何ですか?
私にはもう用は無いですよ。
「まだ終わりではない!」
「まだ何か?」
「そうだお前は今から断罪されるのだからな」
「はぁ?」
断罪されるのは仕事をサボってる殿下達ではないんですかね?
「みなの前で貴様の悪事を暴き正義の鉄槌を下してくれる!」
そう宣言して殿下達が私の罪状とやらを上げていったのですが――
クリスさんの教科書を破り捨てたり、制服を隠したり、靴に画鋲を仕込んだり……何ですかそれ?
そんなみみっちい事しませんよ。
「だいたい私がどうして彼女をイジメないといけないんです?」
「可愛いクリスに嫉妬したんだろう!」
「はっ!」
思わず鼻で笑ってしまいました。
何ですそのジョークは?
ヘソで茶が沸きますよ。
「私の方が美人でスタイルも良いのに?」
見よ、このボンキュッボンのナイスバディ!
そして、公爵家の財力で磨いたこの美貌!
「どうして断崖絶壁チンチクリンに嫉妬しなきゃいけないんです?」
みなが見とれる悪役令嬢のスペック激高です。
殿下達がぐぬぬぬと歯軋りして悔しがっております。
「だが、貴様は私のクリスを偽物呼ばわりしただろ!」
あっ、それは言いました。
「このまま剣の聖女を騙れば大変なことになるぞと脅したとも聞いたぞ」
うん、それも本人に警告しました。
「だってホントの事ですし」
「酷い!」
急にクリスさんが両手で顔を覆い、クリーム色の髪を振り乱してわっと泣き出した。
「私が身分の低い男爵令嬢だからって」
「またクリスを泣かせたな。自分が剣の聖女に選ばれなかったからと僻みおって」
いえ、剣の聖女なんて特になりたいとも思っていませんが?
だって、あれって自分が剣になって使われるんですよ。
そんなの嫌じゃないですか。
「だって、あなたは剣の聖女どころか本物のクリスさんでもないのですから」
そう、ゲームのヒロイン、クリス・エストックは薄いピンク髪とライトブルーの瞳の美少女。
「ねぇ、偽クリスさん」
そして、目の前のクリスさんはクリーム色の髪に琥珀色の瞳。
そうなのです。
このヒロイン実は……ヒロインの座を乗っ取ったモブキャラなんです。
彼女の本当の名前はサワラー。
モノホンのクリスと同じ孤児院にいたモブキャラでゲームには登場していません。しかも彼女はどうやら私と同じ乙女ゲームを知る転生者。
一緒の孤児院だったのをいいことにヒロインの持つ剣の紋章の指輪を盗んで、クリスに成り済ましてエストック家に取り入ったらしいのです。
それでは本物のクリスはどこへ行ったか?
賢明な読者諸氏はもうお分かりでしょう。
ヒロインは薄いピンクの髪にライトブルーの瞳なのです。
私の愛すべき侍女に顔を向ければ薄い桜色の髪、澄んだ水色の瞳が目に入る。
そう、この専属侍女実は……本物のクリス・エストックなのです。
どうして正ヒロインが私の専属侍女になっているかと言いますと――
私が前世の記憶を取り戻す前の幼少のみぎり母と一緒に孤児院へ慰問に行った時のことです。
「ううっ、おかあさん……くすん……」
孤児達と取っ組み合いの遊びをしていたら、隅で1人うずくまっている少女を見つけました。
「どうしたの? 何を泣いてるの?」
私が声をかけると少女はビクッと肩を震わせると恐る恐る顔を上げました。
「おかあさんの……指輪が……」
それは、はらはらと涙を流す美少女……
「なにこの可愛い生き物!?」
「は、はい?」
「あなた名前は?」
「えっ、あっ、ク、クリスです」
「クリス捕獲しました」
「えっ、えっ、どうして抱きついてくるんです?」
私の暴走に悲しみどころではなくなって彼女の涙も引っ込んだようです。
彼女を愛でながら事情を聞けば、大事にしていた母の形見の指輪が見つからないと嘆いていたらしい。
「もう私……生きていけない」
母の形見があれば慰められ、勇気づけられ、どんなにつらく厳しい事でも耐えられた。
それを失ったクリスの悲しみは計り知れない。
「大丈夫よ!」
「どうして?」
「つらい事も悲しい事も何もなければ問題なし!」
「そんなの無理よ」
「私に任せなさい!」
私は自信満々に戸惑う美少女の手を引いてお母様のところまで(無理矢理)連行しました。
「お母様、そこで捕まえてきました!」
「レイピアも好きねぇ」
「お母様の娘ですから」
お母様は迫力のある美人ですが、実は意外と少女趣味なのです。
お母様に似た私は美人で優秀なのに「もっと可愛い娘が良かったわ」と嘆くようなお方ですから。
そして私も実は……可愛いものが大好きです!
「見てください」
「ふむ、なかなか可愛いわね……ならばよし!」
は〜い、お母様の許可を頂きました。
これで恐妻家のお父様は何も言えません。
「これですべて問題なしよ」
「えっ、えっ、えっ?」
「この私がクリスの前に立ちはだかるものすべてを粉砕してあげるわ」
「えぇぇぇ〜!?」
こうしてクリスをお持ち帰りした私は、それがきっかけとなってしだいに前世の記憶が戻ってきたのです。
だから、ここが『剣の乙女のエンゲージ』の世界で、クリスがヒロインで私が悪役令嬢だと分かった時は冷や汗もんでした。
まあ、やっちまったもんはしょうがない。
それに設定にない指輪紛失事件から、クリスの指輪を盗んだ乙女ゲームを知る転生者がいる可能性が高い。
きっと、その転生者はクリスに成りすまして学園に入学するでしょう。
そう踏んだ私は専属侍女にしたクリスにショーテルの名を与えて一緒に入学しました。
指輪を取り戻し、ショーテルと攻略対象の仲を取り持つために。
本編では攻略対象と結ばれて大団円ですが、後日談で異形の王が復活します。
この異形の王を倒せるのは剣の聖女が変身した『絆の剣』だけ。
しかも、攻略対象との親密度が剣の強さに反映されるので、ショーテルが攻略をしないと世界が滅ぶの。
きっと、ショーテルから指輪を盗んだ転生者は本編しかプレイしていないニワカなのでしょう。
指輪があれば自分がヒロインになれると思ったんでしょうけど、後日談でエストック家が剣の聖女の傍流であるのが判明するの。
剣の紋章の指輪は聖女の証明に必要だけど別に何の力もない。
必要なのは聖女の血筋で、偽物のクリスでは『絆の剣』に変身できず異形の王が復活した時に困った事になる。
しかも『絆の剣』を使えるのは王家の血を引いている攻略対象だけなんです。
なので本物の聖女がその誰かを攻略しないと『絆の剣』がヨワヨワで使いものにならない。
はたして入学式で登場した偽クリスことサワラーさんは本編しかプレイしてないにわか転生者だった。
私がいくら説得しても悪役令嬢の言うことなんて信じられないの一点張り。
しかも、殿下や側近達を攻略してからは一緒になって私を攻撃し始めたの。
仕事のできない殿下達は生徒会の仕事を山積み状態にしており、諸先生方や各委員の生徒達が困り果て、仕方なしと尻拭いしていた私に対してだ。
もともと権力のごり押しで生徒会長となって役員も自分の側近で固めたくせに、偽クリスと遊び回って仕事放棄とかどんだけですか!
もういい知らん!
私はキレた。
こうして生徒会室を占拠した私は助手としてショーテルを引っ張り込み、キャッキャウフフの2人だけの世界を築いたのだった。
「ごめんねショーテル」
「どうされたのです急に?」
「指輪を取り返せなかったし、ホントなら攻略対象達にチヤホヤされるのは本物のヒロインのあなただったのに……」
私は記憶を取り戻すとショーテルに全てを打ち明け指輪とヒロインの座を取り戻してあげると誓っていた。
証拠を揃えて偽クリスを失脚させることも可能だったけど……あんな奴らに大切なショーテルを渡したくなくなったのだ。
「いいんです、と言うより私はお嬢様に酷い言葉を浴びせる人達とは結ばれたくありません」
「だけど、お母様の大切な指輪を……」
偽クリスは『剣の聖女』の証明である指輪を決して返そうとはしなかった。
「問題ありません」
だけどショーテルは何でもないと笑う。
「だって私にはレイピアお嬢様がいますから」
「ショーテル!!」
ああ、この子はなんて可愛いことを言うの。
抱きつくとショーテルがくすくす笑った。
「初めての出会いでもお嬢様はこうやって抱きついてきましたよね」
「ショーテルが可愛いすぎるのがいけないのよ!」
「指輪を失くした私に大丈夫だって言ってくださいました」
「お持ち帰りしたかっただけだけどね!」
「お嬢様はいつも豪快で強引で破天荒です」
ショーテルが私の背に腕を回してきた。
心臓がばくばくドキドキするわね。
「それでも本当に私からつらいも悲しいも何もかもを取り除いてくださいました」
「私なにかしたかしら?」
「お嬢様といると毎日が楽しくて笑いが絶えません」
ホントにいつも無茶苦茶なんですからと言われてちょっと複雑な気分です。
ショーテルの笑いを取ってる私ってコメディアンの才能があったのかしら?
「そんなレイピアお嬢様が大好きです」
「私もショーテルが大好きよ」
私がショーテルの頭を撫でると彼女はにかんで頬を染める。
か、可愛いすぎる。
「私はショーテルとして一生レイピアお嬢様についていきます」
「ああもう愛してるわショーテル!」
もう乙女ゲームだとか攻略だとか知らん!
私はショーテルとずっと幸せに暮らすわ!
どうやらヒロインは悪役令嬢を攻略してしまったようでした。
「レイピアお嬢様……そんなに私を甘やかさないでください……」
「ふふふ、私の心を盗んだショーテルがいけないのよ」
「い、いけません、こんなこと……」
「相変わらず頭ナデナデに弱いわね」
ショーテルの弱い部分をナデナデサワサワしたら息を荒げてぐったりしちゃったわ。
目を潤ませ顔も真っ赤。
「私のショーテルは本当に可愛いんだから」
「ああもう私……お嬢様がいないと生きていけません」
こうして私はショーテルとどろどろずぶずぶなあま〜いピンク色に染まった学園生活を謳歌したの。
まあそんなわけでショーテルを愛でるのに忙しい私にとって、目の前の殿下達や偽クリスなんてアウト・オブ・眼中なのだ。
「入学当初は本物のクリス……ショーテルの母親の形見を取り返そうと思ったんだけど……」
「私はお嬢様の傍にいられさえすればいいので」
「今の私はショーテルとラブラブになったので形見も婚約もどうでもいいんです」
「そ、それは浮気ではないか!」
殿下を筆頭に側近達が浮気だなんだと騒いでいますが……
「真っ先に浮気したあなた方に言われる筋合いではありません」
「これは浮気ではなく真実の愛だ!」
「殿下! そこまで私の事を!」
「ああ、クリス。この愛を貫き絶対に君を守ってみせる」
何ですその三文芝居は?
「それなら私とショーテルも真実の愛です」
「お前達のような邪な関係と一緒にするな!」
「そうだ我々は純粋にクリスを慕っているのだ」
「俺達はクリスの幸せの為に戦うのだ!」
「ああ、みんな私の為にありがとう」
何ですかそれ?
「まあ好きにしてください。どの道あなた方が終わりなのに変わりはありませんから」
「どう言う意味だ?」
「側近のみなさんは婚約者との関係が決裂して婚約解消となりました」
この側近共は殿下と一緒になって偽クリスにうつつを抜かし、婚約者を蔑ろどころか迫害まがいの真似をしていました。
みなさんとても素晴らしい良家のご令嬢なのに。
そんな泣いてつらい想いをされていた彼女達に手を差し伸べ私が婚約解消と新たな縁談に助力しました。
「何だと!?」
「だから最近姿が見えなかったのか」
「なんて事をしてくれたんだ!」
「あなた方が婚約者を蔑ろにしていたのがいけないんでしょうが」
ちなみに元婚約者達の実家はもちろん側近共の実家もこいつらにカンカン。
こいつらの廃嫡は既に決定事項となっています。
「殿下との婚約もそちらから破棄していただき助かりました」
「何だと!?」
「国王様がなかなか婚約解消に応じてくれなくって」
もう生理的に無理だからグラディウス殿下との話を白紙に戻して欲しいとお願いしていたのですが、さすがに国を割るかもしれないのでガンとして首を縦に振ってくれなかったのです。
「バカな!?」
「きっとグラディウス様に振られてショックで強がっているだけですわ」
「そ、そうだなクリス。この私に振られて喜ぶなどありえないよな」
こいつら脳みそ腐ってるんじゃないんですか?
「まあどう思おうとあなた方の勝手ですが手伝わないならパーティーの邪魔ですのでお帰りください」
「待て、まだ話は……」
「婚約破棄の件は国王様には私からお伝えしておきます。これだけ証人がいますので今度こそ婚約を解消できます」
ああ、晴れ晴れした気分です。
「それでは殿下達は身辺整理をしておいてください」
「なぜ私達が?」
「側近のお三馬鹿は帰ったら廃嫡されて平民に落とされるのが決まってますし、グラディウス殿下は私と婚約を破棄したので王家から追放されるからです」
「「「そんなバカな!?」」」
殿下に関しては憂いを断つ為、最悪その命も危ういかもしれません。
ご愁傷様です。
「どうしてそんな酷い真似をするんですか!」
「クリスさん……入学式の時からずっと警告してたじゃないですか」
同じ日本人のよしみで彼女も不幸にならないように忠告していたのですが……
この偽ヒロインは性根が腐っているみたいで見放しました。
考えてみれば私のショーテルから指輪を盗むような浅ましい女ですから情け無用でしたね。
「あなたも覚悟をしておきなさい」
「覚悟?」
「教えてあげたでしょう?」
ファンディスクの内容について彼女には何度も説明してきました。
もっとも最後まで私の話にまったく聞く耳を持ちませんでしたが。
「これから異形の王が復活します。偽物の『剣の聖女』で対抗できると思っているんですか?」
「わ、私には『剣の指輪』があるわ!」
やっぱり勘違いしていたようですね。
まあ、本編では『剣の指輪』の力で剣へと変化しているみたいな誤解を生むイベントムービーでしたから思い違いをするのも無理ないでしょう。
「異形の王が復活するなら絶対にグラディウス様達と討伐して返り咲いてやる!」
「そうだ我々には『剣の聖女』がいる」
「今に見ていろ悪女め!」
「異形を退治して俺達が正しいかったと証明してくれる」
「それまでせいぜい我が世の春を謳歌しておくんだな!」
そう息巻いて殿下達はパーティー会場を後にしました。
まあ、頑張ってください。
まっ、無理でしょうけど。
その後、無事に殿下達は廃嫡、サワラーさんもエストック男爵に追い出され、みんな仲良く平民となりましたとさ……
そして――
「どうして『絆の剣』になれないの!?」
「私達の絆がまだ強くないと言うのか?」
「ありえない」
「俺達の愛も友情も本物のはず」
「だが、このままでは……」
「「「うわあぁぁぁ!」」」
設定通り異形の王が復活し王都へ攻め込んできた異形に、名誉挽回と意気揚々に挑んだ偽クリスことサワラーさん一行。
でも、剣の聖女の血筋ではないただの人である偽物は当然ですが『絆の剣』に変化できるはずもなくザコ相手に苦戦中。
「だから言ったのに」
「お前はレイピア!」
「何しに来た」
「貴様の出番など無いぞ!」
悪役令嬢……考えてみれば公爵家の人間で王家の血を引いていました。
なんで、私も『絆の剣』を使えるわけです。
しかも、ショーテルとの愛情はMAXです。
「あの愚か者共に本当の愛を教えて差し上げましょう」
「ええ、私とショーテルの愛こそ本物よ」
私の前でショーテルが両手を握って祈る。
「気高き想いの剣よ、お願い顕現して――世界を隔絶する力を!」
私は彼女の腰を抱くと叫んだ。
「世界を隔絶する力を!!」
ショーテルが光に包まれその身を『絆の剣』へと変えた。
「バ、バカな!」
「あの下女が『剣の聖女』だと言うのか!?」
「指輪は私が持っているのにどうして!?」
外野がうるさいですが無視です無視。
この『絆の剣』はショーテルそのもの。
私と彼女の愛の強さが剣の強さだ。
そして世界を隔絶する力こそ異形を斃す力。
異形達は異世界に本体を持つので目の前のおぞましい化け物をいくら攻撃しても無意味。
異世界とこの世界を隔絶しないと侵略を防げないのだ。
私は剣身を顔の前で立てる構えで異形の者を睨みつける。
「さあ私とショーテルの愛の重さを知れ……はぁっ!」
勢いよく突進する私は、まるで放たれた一本の矢。
一瞬にして間合いをつめ、私は突きを繰り出した。
「WRYRYYY!」
『絆の剣』の一撃を受けて断末魔を上げる異形の者。
「なっ!?」
「そんな!」
「一撃で!」
「お、俺達があんなに苦戦したのに」
これでわかったかしら?
あなた達まがい物とは違う私とショーテルの真実の愛を!
剣から元の姿に戻ったショーテルが私に熱い眼差しを向ける。
「お嬢様の為なら私はこの身が折れるまで戦います」
「大丈夫よ、私達の絆の強さが剣の強さ。あなたは決して折れないわ!」
私とショーテルの絆は誰にも引き裂けない!
「さあ、私達の戦いはこれからよ!」
その後、異形達との戦いは熾烈を極め、ヤケになって敵に寝返ったサワラーさん達を軽く一蹴した私達は激戦の末に異形の王を討伐するのに成功した。
その異形の王の残骸の前で佇む私とショーテル。
「これで私達の仲を邪魔する者はもういないわ」
「私の身も心もお嬢様のものです」
うっとりと陶酔した表情でしなだれる彼女を優しく抱き締める。
戦いの跡が残るこの場所で、夕陽に照らされた私達のシルエットは重なると何処までも伸びていった……
〜fin〜