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ATMでチンタラしてるおばさんに「チッ、遅いんだよ」と言ったら周囲からやたら「遅い」「早くしろ」と急かされるようになった

 俺は今、ATMに金を下ろしに来ている。

 俺が利用している銀行のATMは数が少なく、俺が暮らす地域ではスーパーの一角にあるこの一台しかない。

 なので混むのは日常茶飯事――なのだが、今日は前のおばさんがやけにチンタラしている。

 金を下ろしてるのか、振り込みでもしているのかは分からないが、かなり待たせる。


 俺の用件は金を下ろすだけだから一分もかからない。

 苛立ちが募る。

 なんで中高年はこうATMに時間がかかるんだ、と腹が立ってくる。


 俺は急かそうと決めた。

 ただし、ストレートに文句を言ってしまうと俺が悪者になってしまう。やるなら回りくどくだ。

 まず足を踏み鳴らして、イライラをアピール。

 さらに薄く舌打ちする。

 そして、おばさんの耳に入るか入らないかぐらいの声で――


「遅いんだよ。早くしてくれよ」


 とつぶやく。


 これだけやればいくら面の皮が厚くてもプレッシャーになるし、焦るだろう。


 おばさんはようやく手を止めた。ATM操作を打ち切ったようだ。俺の焦らしが功を奏したのだ。


 早くATMを空けてくれよと俺が待っていると、おばさんは俺に振り返った。

 そして、恐ろしい形相でこっちを見てきた。

 なんだこの目は。黒目の部分が底無しの穴になっているような不気味な目だった。

 そんな目をしたまま、おばさんはこう言ってきた。


「あんたはそんなに早いのかい」


 俺はむっときた。チンタラ操作してたのを謝るどころか、こんなことを言われるとは。

 売り言葉に買い言葉で、俺は言い返す。


「ああ、早いよ」


「そうかい……」


 こう言い残すと、おばさんは立ち去っていった。ATM操作は遅いくせに立ち去るのは早かった。最後まで不快なおばさんだった。


 俺は宣言通り素早く金を下ろすと、ATMを後にした。



***



 金を下ろして懐が暖かくなったし、ついでに買い物をしていこうとスーパーの食品売り場に立ち寄る。

 カゴの中に菓子や総菜を放り込み、レジに向かう。


 会計額を言われ、電子マネーの類を持っていない俺は財布の中を探す。小銭は多く、ちょうど出せるかもしれない。


 すると、レジの姉ちゃんがこう言ってきた。


「遅いなぁ、早くしてよ」


 これに俺は愕然とした。

 “お客様は神様”などというつもりはないが、この態度はあんまりだろう。

 俺が文句を言おうとすると、後ろにいた他の客も、


「遅いんだよ! とっとと支払ってくれ!」


 と俺に文句を垂れてきた。

 そんなに時間をかけたつもりはないのにこんなことを言われ頭に血が上ったが、こんなところで揉めても仕方ない。俺は穏便に会計を済ませる。


 スーパーを出て、自宅へと歩く。

 まだレジでの腹立たしさが残ってる。思い出し笑いならぬ思い出し怒りをしてしまう。

 背後からこんな声が聞こえてきた。


「チンタラ歩いてんじゃねえよ!」


 一人の声じゃない。集団が俺に文句を言ってきた。近くには大学があるので、その学生たちだろう。

 道を占拠するような歩き方をしてたわけじゃないのに、なんて言い草だ。


 とはいえこの人数相手に怒っても不利なだけだ。俺は大人しく道を譲った。とんだチンピラ学生どもだ。


 自宅のアパートにたどり着く。


 ATM、レジ、帰り道と今日は三度も嫌な目にあった。厄日かもしれない。

 こういう日はついつい酒が進み、夜更かししてしまう。

 時計を見ると、すでに日が変わっている。明日は仕事だがもう一杯ぐらい飲んでから……。


 ドアをドンドンと叩かれた。こんな時間に非常識だ。


「いつまで起きてるんだよ! 寝るの遅いんだよ!」


 ドアを開けると、誰もいない。

 近所の住民だろうか。

 なんなんだ……と思いつつ、俺は床についた。



***



「遅いんだよ、早く起きろよ!」


 ドアをドンドンと叩かれ、何者かに起こされた。

 時計を見るとまだ6時前だった。

 ふざけるなよ、という思いを抱えつつ、起きることにする。

 身支度と整え、会社へ出発する。


 オフィスで仕事をしていると、いきなり上司が怒鳴りつけてきた。


「おい!」


「なんですか?」


「さっき頼んだ仕事、いつまでかかっている!」


「今取りかかってる最中ですが……」


「遅いんだよ! とっとと仕上げろ!」


 こんなに急かされるほど重要な仕事ではないのに、散々怒鳴られた。

 仕方なく俺は仕事の優先順位を変えるはめになった。とんだ災難だ。


 電話がかかってきたので、受話器を取る。


「遅い!」


 相手に怒鳴られた。


「もっと電話は早く取ってくれないと! ビジネスは早さが命なんだよ!?」


「す、すみません……」


 ほとんど鳴ると同時に取ったのに、なぜ謝らなければならないのか。

 その後も、上司や同僚、アシスタントが、みんなして俺の仕事は遅いと責め立ててきた。


 散々に振り回され、ようやく昼休み。

 いつも以上に疲れた体で会社近くのラーメン屋に行く。


 俺が席につき、メニューを開くや否や、


「早く注文決めてくれよ!」


 店主が急かしてきた。

 今席についたばかりだろと俺が睨むと、周囲の客も俺を睨んでいる。


「遅い……」

「優柔不断かよ」

「早くしろよ」


 皆が次々に俺を責め、急かす。

 仕方ないので、チャーシュー麺を注文する。店主の舌打ちが聞こえた。客商売ってレベルじゃない。

 ラーメンが出てくると、これまたすぐに、


「遅い! 早く食べてくれ!」


 急かされまくる。


 その場にいる全員から急かされるので、食べるどころではない。フーフーすらできない。

 俺は捨てるように金を払い、逃げるように店を出た。


 これはおかしい、明らかにおかしい。

 まるで異世界に迷い込んでしまったかのようだ。

 俺はもしかすると、自分が被害妄想になっているのではないかと、病院に行く事にした。


 向かった先の病院でも散々に急かされる。


「どんな症状ですか?」


「あの……」


「遅いです、早くしてください」


「す、すみません」


「患者がつかえてるんですよぉ! 苦しんでるのはあなた一人じゃないんですよ!?」


 こんな感じでまったく話にならないので、俺は病院を出た。


 119番がダメなら110番とばかりに、今度は交番に向かった。

 みんなイカれてる。交番に行って警官に保護してもらおう。


 しかし――


「保護してもらいたい? なんで? 早く言ってよ」


「ですから、みんなから急かされ……」


「遅い! こうしてる間にも警察官が必要な事件は起こってるんだよ? 早く用件を言ってくれないと!」


「みんなから急かされ――」


「遅いんだよォ!!!」


 どうにもならない。

 急かされの度合いがどんどんひどくなる。

 道を歩いているだけで、


「遅いよ!」

「チンタラ歩いてるんじゃねえ!」

「もっと早く歩いてよ!」


 と、近くにいるわけでもない通行人から急かされる。


 どうしてこんなことになったのか。

 ATMで俺が急かしたあのおばさんが原因としか考えられなかった。

 俺があのおばさんを急かしたせいで、こんなことになってしまったのだ。

 あの異様な目で呪いみたいなものを掛けられたに違いない。


 おばさんに謝ろう。許してもらおう。要求されれば土下座だって靴舐めだってやってやる。

 顔ははっきり覚えている。

 ATMのあったスーパーの近くに住んでるだろうし、きっと見つかるはずだ。

 俺はこの状態から脱するため、おばさんを絶対見つけてやろうと心に決めた。



***



 それから、俺は未だにあのおばさんを見つけられていない。

 暇さえあればあのATMに通い、おばさんを探すが、見つけられない。


 こうしてる間にも、俺は色んな人間から急かされる。


「遅いぞ!」

「早くしてよ!」

「チンタラするな!」


 どこにいても落ち着かない。生きた心地がしない。

 歩けば急かされ、家にいても急かされ、食事をしても急かされ、呼吸すら急かされる。

 早くしろ、早くしろ、早くしろ、早くしろ、早くしろ……。


 多分俺の人生はものすごく早く終わるんだろうな、と想像がつく。


 あの時、あのおばさんを急かしたりしなければ――


 後悔しても、遅すぎる。






お読み下さりましてありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] あるある~。と思ったら、世にも奇妙な的な話だった! (@_@;)
[良い点] 世にも奇妙な物語感あって好きです( ˶¯ ꒳¯˵)
[良い点] >多分俺の人生はものすごく早く終わるんだろうな、と想像がつく。 この1文の乾いた感じに、怒りや後悔を通り越した絶望感が漂っていて好きです。 [一言] 怖いのにどこかコミカルな感じでとても…
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