異世界転生と必然勇者
どうしてこうなった?
何か生き残る道は無かったのか?
今更考えても遅いか。
誰も居ない十字路で一人、息絶えるのであった。
遡ること深夜2時。
俺─梅花皮 悠太はコンビニで某爪痕がチャームポイントであるエナジードリンクを購入している最中だったのだが、時間も時間で、見た目的にも、実年齢的にも高校生である為、店員には訝しげな目で見られていた。
その視線に気付かない振りをして俯いていたのだが、会計が終わり、料金を払おうとして顔を上げると、店員と目が合った。
俺は苦笑混じりの愛想笑いをしたが、店員が表情を帰ることは無かった。
さて、帰路に着いて5分程度経った頃。
俺は、交差点の真ん中で倒れていた。
そして場面は冒頭に戻るのだが、こうなった経緯と言うものは、先程の店員が可愛すぎて、店員の顔を思い返しながらダラダラ歩いて居たのだが、運悪くと言うべきか、天罰と言うべきか。
トラックに轢かれてしまった。
勿論そのトラックは逃亡。最近流行りの轢き逃げと言うやつだ。
遂に死んだか.......。
不意に、最愛の兄の顔が浮かぶ。あの兄なら言いかねない。自分は兄には好かれていなかったのだ。
そんな事を思っていると、夜の暗闇とは違う、どこか温かさを感じる暗闇の空間に居た。
「どこだ......?ここ」
一人で呟いた言葉は、暗闇に溶けていく。前に、誰かが返事をする。
「お目覚めになりましたか。ここは楽園ですよ。あなた方の世界の言葉で言うなれば、あの世、とか言うやつです」
声の聞こえた方を見ると、そこには女神としか言い様のない程美しい女性が佇んでいた。
しかし、そんなことは置いておいて、今、自分が置かれている状況に着いての疑問が絶えない。楽園?あの世?ああ、そっか。俺は死んだんだったな。
そんな実感が、後になって押し寄せてくる。
「それで?他の幽霊さん達は居ないみたいだけど.........?」
「あなたは特別ですので」
「とくべつ........?」
特別かぁ.....今までの人生で何かいいことをした記憶がないんだけどなぁ.........。
一人で頭を悩ませていると、それを察したのか、目の前にいる女神らしき人物は更に俺を困惑させようとしてくる。
「あなたはこの人生で、何も成し遂げておりません。全てに消極的、全てにネガティブ。そんなあなたには、更生プログラムを受けて頂くことになりました」
「は?」
正直、意味が分からなかった。更生プログラム?何それ、俺、ニートじゃないんだけどな.........。確かに引きこもりだったけどね?でも深夜コンビニには行ってたからね?そもそも、引きこもりになった理由は俺には無いし。
「意味が分からないのも無理はありませんが、出来るだけ早く状況を飲み込んで頂けると幸いなのですが.........」
そんなの無理だろ!なに急に。楽園?更生プログラム?その上早く理解しろ?ふざけんなぁぁぁぁぁぁあぁぁあぁ!理不尽にも程があるだろ!
「いや、は?え?何?異世界転生でもするの?」
ヤケクソで聞いた答えは、意外にも当てはまることがあるのだと、齢17年で初めて知ったのである。
ちなみに、異世界転生というのは、ふざけてるのではなく、最近のメジャーなアニメは深夜コンビニに行って死ぬまでの流れがあれば全て異世界転生なのである。
「わぁ!凄いですね!よく分かりましたね。ほとんどノーヒントだったんですが。そこまで分かっているなら話が早いです」
女神はニッコニコで答える。しかも無条件で更生プログラムされるの決まってるし。何この人。仕事とはいえ、女神ではなくて悪魔だったか。と彼女に対する意見を改めることにした。
「この更生プログラムで目的とするのは、対象に勇者になってもらうことです。勿論、初期装備は何も無しで。一人の力で耐え抜き、魔王を討伐してください。その経験、そこまでの道のりが、あなたを人間として強くしてくれることでしょう。では、健闘を祈ります」
女神はそう締め括り、謎の呪文詠唱を始めたので慌てて止める。
「待って!待って!?ねぇその物騒な詠唱止めて!」
女神が俺に向かって、「汝の心臓を捧げ、我が一族に託すことを誓う。」とかなんとか言ってて怖くなったので、それを止めさせる意味合いもある。
「なんでしょう?何か問題でも?」
先程の詠唱とは裏腹に、とてもにこやかな笑顔を向ける彼女には、素直に尊敬の意を表する。
「全部だよッ!!!逆に問題じゃない所を探す方が難しいわ!まず最初にアンタ誰だよ!それから、なんで俺が更生プログラムの実験台なんだよ!あと勇者とか無理だろ!てか、最後の呪文何!?怖すぎるんだけど!?」
一気に疑問を投げ掛けた(浴びせ掛けたの方があっている)俺に対して、女神は人差し指指を立てながら答えた。
「まず一つ目ですが、私あなたのサポート役です。これから異世界生活を始めるに当たって、分からないことなどがあると思うので、それをサポートします。いわゆる、天の声とか言うやつですね。どうぞ、グィネヴィアとでもお呼びください」
「なるほど、サポート役.........。これからよろしく、グィネヴィア」
女神は「はい」とだけ返事をして、中指も立てて返答を続ける。
「次に、2つ目ですが、あなたには、人間性として終わっている部分が他人よりも多い。私共に目をつけられたら都合よく死んだ。等々いくつか理由がありますが、今の2つが主な理由です」
「なるほどな。確かに俺ヤバいやつだわ」
「お分かり頂けて幸いです♪」
なんだろう。無性に殴りたくなって来た。
そんな俺を放っておいて、3本目の指を立てながら話を続ける。
「3つ目ですが、勇者になるのは簡単です。役所に行き、職業適正値を測ってもらい、勇者になるか、魔法使いになるか、色々と役職はありますが、そこでは勇者を選んでください」
「じゃあ俺が行かなくても勇者ってゴロゴロ居るんじゃないの?」
「そこは問題ありません。勇者というのは50年に1度しか生まれませんので」
そりゃ世界も滅亡の危機に陥りますわ〜。そんな時に颯爽と現れたらさぞかし持て囃されるんだろうなぁ。などという汚い計画を思い付き、淡い期待に思いを馳せる。
そんな俺を軽蔑の目で見る気がする女神は4本目の指を立てる。
まさか魔法って相手の思考を読むこととかって出来るのかな?それだったらやばくね?俺変態確定案件じゃん。
そんなことを思っていると、指を戻してこう言い放った。
「魔法では無理ですが、女神にもなれば、他人の思考を読み取ることは安易ですね」
俺の顔が急速冷凍庫に入れられたかと勘違いするほど青ざめて行くのが分かった。
そして女神は4本目の指を立てる。
「4つ目ですが、これは異世界転生時に必要な呪文です。この呪文を唱えなければ、転生出来たとしても、あっちの世界の言葉は分かりませんし、服装や文化、マナーも分からないので、一人、途方に暮れることになります」
「なるほど。だから心臓がどうのこうの..........。とにかく、魔法ってスゲーんだな。ワクワクしてきたぜ!」
一人で興奮して盛り上がっている俺に、グィネヴィアは冷水(それも氷を100個程度入れた)を掛けてくるり
「あの、お言葉ですが、勇者が習得できる魔法は精々中級魔法までです」
中級魔法.......と言われてもイマイチピンと来ない。
「あの、中級魔法ってどれぐらいなの?」
「念力、周囲の発火、凍結。傷の再生、相手の視界を奪う、洗脳などですね。名前だけ聞けば立派ですが、規模や強さなどは上級に劣ります」
「なるほど.........まぁ、勇者だもんな。魔法に頼る訳には行かないもんな」
俺が明らかにしょぼくれたのが分かったのか、女神はクスクスと笑った。
「じゃあ、あれだ、上級魔法が1番強いんだ」
「いえ、上級魔法の上にももう1つあります。これは特別な試験を突破しなければ習得出来ないのですが、特級魔法というものがあります。これは、他の魔法の比にならないほど強力で、相応の魔力がある魔法使いが使用すると、街が1つ消し飛びます」
「は?やべーじゃん。そんなの使わせたらダメだろ!」
「そこは安心してください。そこまでの魔力のある魔法使いは、そうそう生まれませんので」
なんやかんや、安全は保証されてる感じか?なら全然大丈夫そうだな。
「では、準備は整いましたか?詠唱を始めますね。そこの魔法陣の外に出ないでくださいね」
ふと視線を落とすと、そこには大きな魔法陣が描かれていた。これが異世界転生に必要な儀式なのだろうか。やばい。興奮する。
突然のアニメ要素に、オタクの俺はニヤニヤを隠せない。
「どうしたんです?お顔が気持ち悪いですよ?」
「いや、アニメ要素が凄くてね........って!サラッと罵倒すんな!」
騒いでいる俺を無視して、女神は詠唱を始めた。
そこで意識は途切れた。
次に目覚めた時には、全く持って見覚えの無い街の風景が飛び込んできた。
そこで初めて、自分が異世界転生したのだと、実感が湧いた。
だが、あまり異世界と言う雰囲気が無い。というのも、文字が読めて、言葉が聞き取れるからだ。多少、知らない名前の食料があるのが異世界感があるのだが、それも申し分程度のもの。
これはやはり、女神の力が大きいのだろう。感謝感謝。
辺りを見渡して、なんとも言えない思いに耽っていると、不意に声を掛けられる。
「ねぇアンタ」
なんだ喧嘩か?と思い、面倒なので無視していると、続けて声が飛んでくる。
「アンタだよ、アンタ!そこの自分は関係無さそうにどっか見てるやつ!」
驚く程自分の特徴を捉えていたので、まさかな、と思いつつ振り向くと、目の前にはとても綺麗な腰まで届く銀髪を揺らしている、とても整った顔立ちをした同い年ぐらいの女の子が立っていた。
服装は、そこらの人たちと変わらない冒険者らしい粗末な布なのだが、周囲の人間とは違い、何処か気品を感じるような、そんな宝石が首元にはめられていた。
「何か御用ですか?」
可愛すぎてそのままの言葉で話すのが申し訳無いような気がして思わず敬語を使ってしまう。
「いや、見ない顔だなと思って。新入りさんかな?」
新入り.........ますますゲーム感が強くなってきたが、この子の可愛さに免じて許してあげる。
あと、俺の顔を見るなり、口調が柔らかくなったのを俺は聞き逃さなかった。
「まぁ、新入りと言えば新入りですね」
「そう。じゃあ着いてきて。私が案内してあげる。まずは.........そうね、役所かしら」
と、2人で街中デートも悪くないので、特に反論なく着いていく。が、周囲の目線に殺されそうである。確かに人気がありそうだな、この子。
「あなた、どこから来たの?」
辞めて、あまり話かけないで。周りの男共に刺されるから。どうかお慈悲を........。
「ん〜強いて言うなら、海の向こうかな」
彼女はあまりピンと来ていない様子だったが、理解することを諦め、ふーんと、興味無さげに返事をする。
「着いたわ。何か用事があれば、ここに居るからいつでも呼んで頂戴」
「ありがとね。初日なのにここまでしてもらって」
彼女は若干頬を紅く染めながら俯き、ゴニョゴニョと何かを言っていた。
振り向いて、目の前に聳える建物の扉を開ける。聳えると言っても、そこまで大きくは無いし、レンガ造りの建物なので、現代感がない。
扉を開けて1番に飛び込んできたのは、職業適正値測定と、これでもかってぐらい大きく書かれた看板である。女神に指定された通り、そこで適正値を測ってもらう。
番号札を貰い、4つほどの項目を受け、それが終わると待合スペースで椅子に腰掛けて結果を待つ。5分程度経った頃、番号が呼ばれたので受付に行くと、6つの役職候補があった。
真っ先に勇者を探すが、どこにも見当たらない。少しの間、思考が停止する。息を吸って、吐いて。そして、役所だと言うことを忘れたかのように叫ぶのであった。
「いい加減にしろこのクソプログラムがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁあぁ!」
こうして始まった俺の異世界生活。正直、不安な事しかないのだが、魔王討伐へ向けて、出来る限り、精々頑張りたいと思う。
この報われない世界に祝福を。とでも言いたいのだが、それは著作権の問題でNG。この言い様のない怒りをどこにぶつければいいのか。
不条理な世界で今日もまた、異世界転生更生プログラムの犠牲者が出るのであった。
次の日から、この街での俺のあだ名は「クソプロ」になるのだが、それはまた、別のお話。