大好きなお兄様が亡くなったので辺境伯家のメイドになりました
「フローレンス。今日も花をありがとう」
「いえ、アラン様。仕事でございますからお気になさらずに」
「はぁ。つれない物言いだなぁ」
またお礼をおっしゃるアラン様……本当に不思議な方。
アラン様は必ず名前を呼んでお礼を言って下さる。お礼などいらないのにと思いつつも、いつしか声を掛けて下さるのを期待している自分がいることに気が付いていた。
私がスタンリー辺境伯家にメイドとして雇われたのは半年前の事だ。他のメイドは古参の人たちばかりで、代々辺境伯家に仕えている人、またはその縁者だった。みんな家族同然の間柄で、これまで新規で雇われる人は殆どいなかったらしい。そのせいもあって突然やって来た私のことに興味深々で、何くれとなく世話を焼いてくれる。お陰でここでの仕事にも随分と慣れてきた。
そう、これまでキャンベル伯爵令嬢として暮らしていた私がメイドをしているのは、大好きなお兄様が亡くなってしまったからだった。
キャンベル伯爵であるお父様には長年患っていた持病があった。段々と悪化する病に医者から静養を勧められると、あれほど社交好きだったお母様は迷いもせずお父様と一緒に領地に行かれてしまった。残されたお兄様と私は、二人で王都のタウンハウスで暮らしてきた。お兄様が私が寂しくないようにいつも気を遣ってくれたお陰で、私は王都での二人きりの生活を楽しむことが出来た。私にとってお兄様は親代わりでもあったのだ。
7歳離れたお兄様は妹の私から見ても同じ血が通っているのかと思う程の美形だった。すっと通った鼻筋に、形のよい唇。目はアーモンド型で睫毛はその青い瞳に影を落とすのではと思われた。そんなお兄様を放っておくはずもなく名立たる貴族令嬢がこぞって熱い視線を送っていた。
お父様が亡くなられたのは、お兄様がまだ騎士学校に通われている頃だった。一時は病も快方に向かい領地での静養が良かったのだろうと一同胸をなでおろしていたのだが、急に容体が変わりお母様の看病の甲斐なく亡くなられてしまった。家督はお兄様に譲られて、お兄様は若くして伯爵位を引き継がれた。領地経営や数々の事業については、お父様の弟にあたる叔父様と家令のマーカスがこれまで同様行ってくれることになった。
意気消沈して領地から戻られなかったお母様に代わり、お兄様は今まで以上に私を可愛がってくれた。その後騎士学校を首席で卒業し念願の騎士団に入団したお兄様は、その剣技で瞬く間に周囲が一目置く存在になった。しなやかな体躯から繰り出される太刀筋はまるで剣舞のようだと称された。一般に開放されている騎士団の定期演習では、兵舎裏にある訓練場が見学に訪れた令嬢で溢れかえる程だった。
その日の朝、私が食堂に来た時には、お兄様は食事を終えられ席を立つところだった。
「お兄様、おはようございます。もう登城のお時間ですの?」
「フローレンス。おはよう。今日は早番でね。帰りは早いからたまには一緒に夕食をとろうか」
「はい。楽しみにお待ちしておりますね。玄関までお見送りしますわ」
「いや、大丈夫。フローレンスは今日はお茶会に出席する予定だろう? マーサに支度をせっつかれる前に朝食を済ませてしまった方がいいんじゃないかな? それじゃ、行ってくるよ」
そう言って食堂を後にされるお兄様の後ろ姿が、生きているお兄様の最後のお姿になるなんて……誰が考えただろうか。
それは私が出席したお茶会で親友デイジーと話をしている時だった。給仕の者が声を掛けてきて、控えの間にいるマーサからお屋敷にお戻り下さい、との言伝をお預かり致しましたと頭を下げた。私が主催者に断りを入れ馬車寄せに行くと、マーサは私の手をぎゅっと握りお兄様が亡くなられたと告げた。何を馬鹿な事を言っているのとマーサを窘めると、無言で馬車に乗った私は過ぎ行く窓の景色をただ眺めていた。
だがタウンハウスに戻った私を待っていたのは、物言わぬお兄様の亡骸だった。家令のマーカスの話によると訓練中に弾き飛ばされた剣がお兄様が組んでいた団員に向かったため、お兄様がその方を庇って犠牲になったとのことだった。あんなに優秀なお兄様がそんなことで亡くなってしまうなんて……。
お兄様の葬儀で久々にお会いしたお母様は最低限のお化粧すらされておらず、これが本当に生きている人間なのかという程、少しの機微も感じさせない仮面のようなお顔になっていた。葬儀の後、伯爵位をどうするかと沈痛な面持ちで私の肩に手を置いた叔父様の相手は、当然、母には無理な話で、残された私がするしかなかった。
叔父様は私が早々に婿を取り、その方に爵位を継いで貰うのが一番だと言った。叔父様には子供がいないため叔父様が爵位を継いでも、遅かれ早かれ私が婿を取るしかなかったからだ。
だが、はっきり言えば伯爵位などどうでも良かった。私を慈しんでくれたお兄様がもういないというのに、私にはそれを悲しむ暇さえ与えてはもらえないのだろうか……。
私は叔父様にしばらくの間、爵位を継いでいただけるようお願いし、逃げるように王都を後にした。親友デイジーのヴィリアーズ伯爵家に無理を言って紹介状を書いてもらっていた私は、辺境伯家の門を叩いた。忙しくしている方が気が紛れるだろうという単純な発想と、私の事を誰も知らない土地でなら私に気を遣い過ぎる人もいないだろうと思ったからだった。
ここには辺境伯家当主のエドワード様と三男であるアラン様が住んでいらっしゃる。ご長男とご次男は王都で騎士団に所属していらっしゃるそうだ。騎士団と聞いた時、一瞬で胸が重くなった。騎士団の事は良く知らないが、なるべくならお兄様が亡くなられた事件に関わる事は見聞きしたくなかった。
着任早々、あまりにも何も出来ない私に呆気に取られたメイド長を始めとした面々は、しょうがないからと屋敷中の花の管理をすることを申し付けた。
やたら広いお屋敷のあちらこちらに置かれている花瓶に挿す花の選定やお手入れは案外骨の折れる仕事で、これだけでも大助かりだよとメイド長は私の背中をバンバンと叩いて笑った。気さくな方で本当によかった。
その日も庭園というよりは野原と言うような場所で庭師のジャックと花を集めていた。全ての花を毎日入れ替える訳ではなくても、そもそも数が多いため、一日に採取する花の量は相当なものである。
はっきり言って辺境伯という武に秀でたお家柄で、これだけ花を絶やさないものなのかと驚いていた。
私が砦のようなお屋敷の東翼にある廊下で花を活けていると、後ろから声がかかった。
「そこの君。名前は?」
「フローレンスと申します」
私は深く腰を落として頭を下げた。ここで私を知らないのは着任日にご挨拶していない三男のアラン様ぐらいだろう。
「そうか、君がフローレンスか。花をありがとう」
私はびっくりしてアラン様をしげしげと見つめてしまった。わざわざメイドを呼び止めてまでお礼を言うとは思わなかったからだ。アラン様が困ったような表情で少し首を傾げられると、お顔に掛かるぐらいの長さの柔らかそうな癖毛がふわふわと揺れた。
「僕の顔に何か付いているだろうか」
「し、失礼いたしました。何も付いてなどいらっしゃいません」
「それならよかった。そうだ、僕の部屋にも花を置きたいと思っていたんだ。フローレンスにお願い出来るかな。花瓶の場所はジャックに聞いてくれれば分かると思うよ。それじゃ、よろしくね」
ひらひらと手を振ったアラン様はそのまま中央棟の方に歩かれていった。私が呆然としているとメイド長が心配そうにやってきた。
「フローレンス、大丈夫かい? 坊ちゃんに何か言われたかい?」
「メイド長。いえ、何でもありません。アラン様が自分の部屋にも花を置きたいとおっしゃっただけでございます」
「は? 坊ちゃんがねぇ……。まぁ、いいよ。好きなだけ飾っておやり」
「はい、かしこまりました」
それからというもの、アラン様からご要望があった時にはお部屋にお邪魔してお花のお手入れをさせて頂いている。
アラン様はずっといらしたかと思えば、しばらくお見かけしないこともあり、一体何のお仕事をされているのか不思議に思っていた。ある時メイド長に聞いてみたところ、何やら殿下のお手伝いをされているとかで、主に裏方の任務にあたられているとのことだった。お優しそうな方だったから、文官の道をお進みなのですねと頷いた私に、ご兄弟の中で一番剣の腕が立ち頭の回るのは、実はあの方なんだよとメイド長が声を潜めた。
剣の腕と聞いた私はにわかに胸が苦しくなってきた。
「フローレンス、大丈夫かい? あんた真っ青だよ」
「す、すみません……。少し休めば直ぐに戻りますので」
「もう花の手入れの方は済んでるんだろ? 掃除の手伝いはいいから今日はもう休んでな」
「メイド長、ありがとうございます」
「いいんだよ、礼なんて」
メイド長に見送られて私はあてがわれている部屋に向かった。まさか、まだこんなにお兄様のことを引きずっているとは思わなかった。
胸の苦しみは酷くなるばかりで、中々先に進むことが出来ない。
いつでも優しくて、私のことを一番に考えて下さったお兄様。何であの時玄関までお見送りしなかったのか、思い返す度に悔やまれてならなかった。お茶会なんてどうでもよかったのに。お兄様……。
気が付けば大粒の涙が頬を伝い、私はその場に崩れ落ちた。
私の肩に温かい物が触れた。
「フローレンス。おいで。お茶を淹れてあげるから」
見上げた私にそっと手を差し伸べてくれたのはアラン様だった。何も考えられず、私はただ自動的にその手を取った。その手をそっと包んだアラン様はご自身の柔らかい髪のようにふわりと微笑まれた。
アラン様のお部屋のソファに腰掛けた私は、アラン様が自ら淹れて下さったお茶を頂いて泣き続けていた。
とてもいい香りのするお茶だ。
そういえばお兄様はお茶を淹れるのがとてもお上手だった。私が致しますと申し上げても、フローレンスは座っておいでと言って、結局いつもお兄様が淹れて下さった。
私の目から零れた涙がカップに落ちて、綺麗な波紋が広がった。
「とても悲しいことがあったんだね。君には時間が必要だった。それでここに来たんだね」
私は静かに頷いた。
「そうだな。それじゃ、こうしようか。フローレンスの仕事に、僕にお茶を淹れるのを追加しよう。メイド長には僕から話しておくから。フローレンス、これからよろしくね」
特に理由も聞かずに、ただずっと泣かせてくれたアラン様に心から感謝した。お茶を淹れなければならなくなったのは想定外だったが、お兄様にして差し上げられなかったことが少しでも出来ると思うと、何だか恩返しが出来るような気がした。
「アラン様、ありがとうございます」
「お礼なんていらないよ。これはお仕事だからね」
「ふふふふ。アラン様ってば、おかしなことを仰いますね。そのお仕事にいつもお礼を言っているのはアラン様ですよ」
アラン様がおでこに手をあてて、天井を見上げた。
「これは一本取られたな」
久々に心から笑えた気がして、私は再度アラン様にお礼を申し上げた。
ある日私が屋敷の裏庭の掃除をしているとメイド長がやってきた。
「フローレンス。今日は坊ちゃんにお茶は淹れないのかい?」
「はい。今日はお出かけだと仰っていましたから」
「そうかい。それならたまには私たちとお茶でもしないかい?」
「まぁ、ご一緒してよろしいんですか?」
「当然だろ。料理長が作った美味しいお菓子もあるんだよ」
メイドが交代で食事をするキッチン脇の小部屋にこの時間休憩となる人が集まってきた。みんなでお皿やカップを出し合って準備していく。
「お茶は……そうだ、フローレンスに淹れてもらおうかね」
「はい、私でよければ」
容器に入っていた茶葉の状態や香りを確かめた私は、お湯の温度と蒸らし時間を決めると、頃合いを見計らいみんなのカップに注いでいく。お兄様のようにはいかないけれど、色もいいし香りもまろやかだ。アラン様もいつも褒めて下さるから大丈夫だろう。
「それじゃ、頂こうかね」
メイド長の合図でみんながカップに口を付けた。
「うそ、これいつもの茶葉なの?」
「絶対違うでしょ」
「色も違うわよ」
「フローレンス。凄いじゃないか。どうりで坊ちゃんがお茶をしたがる訳だ。こりゃ、坊ちゃんに独り占めさせる訳にはいかないね」
みんなが一斉に頷いた。
料理長が作ったというお菓子は茶葉を練り込んだスコーンだった。これにクロテッドクリームを付けてお茶で流し込めばこの上ない一体感に、みんなの顔が綻んだ。
その日遅くなってから帰られたアラン様よりお茶をしないかとお声がけ頂いた。料理長が残り生地でさっくりと焼き上げたスコーンを持ってお部屋を訪れた。
いつもより疲れたお顔のアラン様に少し心配になる。
「今日はみんなでお茶をしたそうだね」
「まぁ、よくご存知ですね。料理長のスコーンがとても美味しかったのです。アラン様用に焼いてもらいましたのでどうぞ召し上がって下さい」
私は手際よくカップにお茶を注ぐと、スコーンと別皿に盛ったクロテッドクリームをローテーブルに並べた。
「フローレンスのお茶は本当に美味しいね。心が休まるよ」
「ありがとうございます。スコーンとクリーム、それにお茶。最強の組み合わせですよ。みなさん凄い勢いで食べてましたから、スコーン生地が残っていただけでも奇跡なんです」
「くっくっ。そうだね。料理長にもこの時間に済まなかったと礼を言わないとね」
「アラン様が召し上がって下されば、それで十分なお礼になります」
「そうか。ところでフローレンス。近日中に少し時間を貰えるかな? みんなにフローレンスの淹れるお茶が美味しいとバレてしまっただろうから、メイド長辺りは阻止してくるかもしれないけどね。まっ、頑張ってみるとしよう。よろしくね」
「はい、かしこまりました」
アラン様のお顔の陰りが少しなくなったことに安心した私は、部屋を辞すると料理長にアラン様が喜んでいらしたと伝えに行った。暫くしたらワゴンを下げに参りますと言うと、料理長はそんなのはうちの若い者に任せるから、もう休んでいいと言ってくれた。
ここの人はみんな本当に温かい。自分が癒されているのが分かった。
翌日、食事をしに行くとメイド長から手紙を渡された。送り主の名は親友デイジーとの橋渡しを引き受けてくれた教会のジョンソン牧師だ。
礼を言った私は封筒をお仕着せのポケットに仕舞うと食事もそこそこに一度自室に戻った。
急いで封を切った手紙には私がいないことがバレてしまったことへのデイジーからのお詫びが書かれていた。
実は叔父様やタウンハウスの者たちにはヴィリアーズ伯爵家の領地にて静養すると伝えていた。デイジーも本当に静養してくれて構わないのよと言ってくれたのだが、私は当初の予定通り辺境伯家にやってきた。どうやら全く連絡の取れなくなった私を心配した叔父様が、領地の方に先ぶれもなく突如押し掛けたらしい。流石に事実を話さざるを得なくなったデイジーが、あちこちから怒られたことは想像に難くない。悪いことをしてしまった。
ここに来てから間もなく一年が経とういう今、ここでの暮らしに終わりが近づいていることを自覚した。
ある日の午後、アラン様からお呼び出しがあった。近日中に時間を貰いたいと仰っていたから、その件なのだろう。
「フローレンス。君に話しておかなければならないことがあるんだ」
アラン様は何かに耐えているような苦し気なお顔をされた。
「実はフローレンスの兄上リチャード殿は、隣国から招いていた王女殿下を庇って亡くなられたのだ」
「!?」
「先月殿下とご成婚された王女殿下がまだお輿入れされる前、それを良しと思わない帝国側が、婚約式に臨まれた王女殿下の殺害を我が国内で目論んでいた。私たち影の部隊は王女殿下の警備に付き、万全の体制を整えていたつもりだった。だが、帝国側はその影にまで人を潜入させていた……。結果として裏をかかれた部隊が、翻弄されている隙をついて王女殿下を狙った奴がいた。そいつの一撃を止め王女殿下のお命を救ったのがリチャード殿だ。本来ならば我々影が負う筈であったその役割を見事果たされたのは栄誉なことであり、王家からの褒賞の対象となって不思議はない。だが帝国の手前、お輿入れ前の王女が狙われたなどという、王家の恥を晒すことは出来なかった。訓練中の死亡という理由で碌な弔いもしてやることが出来ず、あのように躯をお返しするしかなかった。本当に済まなかった」
あれほど強かったお兄様が訓練中に亡くなるなどおかしいと思っていた。そういう事であったならば納得がいく。素直にお兄様らしいと思った。
「アラン様は初めから知っておられたのですか? 私がキャンベル伯爵家の娘だと。あのリチャードの妹だと。だから優しい言葉を掛けて下さったのですか……」
「いや、フローレンスが泣き崩れていた日、少し調べてみて分かったことだ。初めから知っていた訳じゃない」
影の部隊と言ってらした。私の事を調べるぐらい簡単な事なのだろう。先ほど話してくれた兄の死の真相はきっと漏らしてはならない内容だったのかもしれないが、それでも敢えて教えて下さったに違いない。それは罪悪感からくるものなのだろうか。きっと今までの優しさの半分も、影としてリチャードという犠牲者を出してしまったことへの償いなのかもしれない。
旅立つにはいいタイミングのように思えた。デイジーには直に戻るからここには人を寄越さないで欲しいと返信していた。
「アラン様。わざわざお話し頂き感謝いたします。兄の死を無駄にしないためにも、決して口外することはございません。ご安心下さいませ。こちらには家の者に内緒で来ておりましたが、そろそろ戻らないとならないようでございます。今まで誠にありがとうございました。どうぞご自愛下さいませ」
私はカーテシーをすると、アラン様に微笑んだ。微笑んだはずの頬には何故が涙が零れていた。
唇を噛みしめたアラン様が私に手を伸ばしてきたが、私は踵を返すと部屋を出た。何で泣いているのか自分でもよく分からなかった。ただ早くお暇しなければ辛くなるばかりだと、私は涙を拭うと走り出した。
荷物を纏めた私は母の看病のため家に戻ることになり、急で申し訳ないのですが本日でお暇させて頂きたいと説明した。突然の話にメイド長始めみんな黙り込んでしまった。だが、看病じゃ仕方ないねと、急遽お別れ会を開いてくれた。最後まで迷惑を掛けてしまったというのに、なんと温かい人たちなのだろう。
翌朝、馬車の手配までしてくれたみんなにお礼を言う。料理長は私のためにいつものスコーンを焼いてくれた。
「また、いつでも戻っておいで。フローレンス、あんたならいつでも歓迎だよ」
「ありがとうございました」
深々と頭を下げた私は馬車に乗り込んで王都を目指した。
王都のタウンハウスに着いた私を待ちかまえていたのは、叔父様とデイジーだった。きっと凄く叱られるだろうと覚悟していたのだが、叔父様は私の姿を見るなり抱きしめて下さった。
「フローレンス。済まなかった。もう少し君の気持ちを察してやるべきだった。兄上にもリチャードにも二度と顔向け出来ないかと……」
叔父様の腕が震えている。まさか泣いているの……?
「そうよ。私だって言ったでしょ? 領地で静養して構わないんだって。それなのに辺境伯のところに行ったら中々連絡も寄越さないし」
叔父様につられたようにデイジーまで涙を流しながら抱き着いてきた。
みんな私が思っている以上に心配してくれていたんだ……。
「ごめんなさい。ううん、ありがとう」
結局一番怒っていたのは侍女のマーサだった。自分を置いて行くなど言語道断だと暫く口もきいてくれなかった。それでも荒れてしまった髪や手のお手入れをするのだと張り切ったのもマーサだった。お兄様からフローレンスお嬢様のことを頼まれていたのにと、ある日彼女は突如泣き出した。
ここにも私と同じように辛い思いをした者が居たのだと自覚した。
そろそろ前を向いて生きていかなければならない。私は叔父様に婿に入ってくれる人を探して欲しいとお願いした。叔父様はもう本当に大丈夫かと心配そうな顔をされたが、私は黙って頷いた。だって、あの方のお気持ちは、きっと私にはないだろうから……。
だがそれから数日後、叔父様は驚くべき書状を持ってきた。それは一代に限り伯爵位を女性が継ぐことを許可するという王家からの正式な書状であった。
「フローレンス。これで婿を取る必要はない。お前の好きな所に嫁げるぞ」
「えっ? 叔父様、お言葉を返すようで申し訳ございませんが、好きな所と仰られましても、結局は叔父様に探して頂くことになるかと」
その時マーサが両手で抱えきれない程の花束と共にサロンに入ってきた。見事にアレンジされた色とりどりの花々は辺境伯家の庭園にあったもののように見えた。懐かしい……。みんなどうしているだろうか。
「お嬢様お届け物でございます。どちらにお飾りしましょうか」
「そ、そうね……」
そこへ家令のマーカスが失礼いたしますと頭を下げて入ってきて。
「フローレンスお嬢様、辺境伯家のアラン様がこちらにいらっしゃるとの先ぶれがございましたが、いかがいたしましょうか」
「えっ?」
「どうやら私が探す必要はなさそうだね。フローレンス」
叔父様がニヤニヤとされて私の肩をポンと叩いた。
「マーサ。お花は屋敷中に飾るわ。マーサも手伝って。マーカスはアラン様をお迎えする準備をしてちょうだい」
少しだけ自分に素直になってみてもいいだろうか。自分だけで思い悩む必要はない、みんな心配してくれていると分かったのだから。
サロンを飛び出した私は調理場に向かった。あぁ、早くアラン様にお会いしたい。話したいことがいっぱいあった。
「ねぇ、スコーンはあったかしら。クロテッドクリームも必要よ」
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「亡国の元王子 アーチボルト・ギー・フリースラント」
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