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48-2

 ここにきて、どっと疲れが押し寄せる。考えるのが嫌になってきて、少し眠たい。



「だからさ、そういうのはいいから顔を…」



 何度目かの台詞に、若干の苛つきが混じり始めた、その時。


 突然、ハルが飛び起きた。


 ぎょっと身を引いたルーヴァベルトに目もくれず、手元にあった小石を掴むと、目にも止まらぬ速さで左横へ投げる。風切音が、びゅっと鳴き、一瞬遅れてルーヴァベルトもそちらへ視線を向けた。

 カツン、と石がぶつかる音がする。同時に「ぎゃっ」と声が上がった。


 木々の向こう、離れた場所に、男が立っている。知らない男。


 その手には、弓が。


 咄嗟に、もう一人いたのだ…と理解した。

 矢を番える方の手を、奇妙に振っている。痛みに歪んだ顔を見て、ハルの投げた石が男の手に当ったのだとわかった。

 慌てた様子の男は、腰に穿いた矢筒から新しい矢を引き抜くと、構えようとした。

 隣で少年が動く気配がした。みやると、表情のこそげ落ちた横顔が、碧眼だけを爛々と、男へ向かおうと腰を浮かす。


 やばい…そう思った瞬間。



「…っかやろー!」



 怒鳴り声と共に、男の身体が脇腹から二つに折れ、横に吹っ飛ぶ。

 その後ろに、見覚えのある太い三つ編みが揺れる。たっぷりとした、ストロベリーブロンド。



「マリー!」



 思わず名前を呼ぶ。隣でハルは驚いた表情を顔に戻し、棒立ちになっていた。

 黒いお仕着せ姿の彼女は、手にした棒を振り上げると、強かに男を打ち付けた。よく見ると、デッキブラシだ。

 ぐえ、と蛙の潰れたような声が聞こえた。

 最後に男を蹴りつけたマリーウェザーは、ブラシを肩に担ぐと、男の襟首をむんずと掴む。それを引きずりながら、大股に二人の元へとやってきた。


 その顔は、怒りに満ちていた、眦を吊り上げ、下唇を突き出した口元はひん曲がっている。ヘーゼルナッツの小ぶりな瞳が、ぎろりと二人を睨めつけた。

 襟首を掴んでいた手を無造作に放すと、どさりと男が地面に落ちた。顔に靴跡がくっきりとついている。


 彼女はブラシを担いだまま、ルーヴァベルトの前にしゃがみ込んだ。首を伸ばして顔を覗き込むと、更に不機嫌に顔を歪ませる。眉を顰め、そばかすの浮いた鼻の頭に皺を寄せた。



「…えーと」



 猫目を瞬かせたルーヴァベルトは、曖昧に笑みを浮かべようとして、失敗する。下手くそな愛想笑いに似た顔を見たマリーウェザーは、がくりと項垂れた。

 大きく、深く、ため息をつく。



「…ったくさぁ」



 そう言うと、上目使いにルーヴァベルトを見上げた。



「どんだけ心配させるんだよ、お前…」



 その顔は、困ったような、苦い笑み。額にかかる前髪を、指先で払いのけると、もう一度ため息をつく。



「本当、肝が冷えたっての。つか、自分で撃退しようって、どんだけお転婆なワケ? 普通誰か呼ぶだろ…」


「周りに誰もいなかったから」


「いやいやいや、それでも自分で倒そうって思わねぇから」



 片眉を跳ね上げ眼をぱちくりとさせたマリーウェザーだったが、結局また苦笑顔に戻った。



「ま、本当に無事だったからいいけど」


「ごめん」



 何となく申し訳ない気持ちになり、素直に謝った。すると彼女は、ハルのような下がり眉で眼を細めると、片手を伸ばし、親指の腹でそっとルーヴァベルトの口端を拭った。こびり付いていた血は、擦れて頬に線を引く。


 ふと、思い出したように手を引っ込めた。



「…ああ、すみません。お仕えする方に対して、言葉が過ぎました」


「え、いや、そんな」



 慌てて首を横に振ったルーヴァベルトは、思案気に俯いたかと思うと、小さく呟いた。



「その、心配してくれて…ありがとう」



 照れた様子で、けれどはにかんだ笑みをマリーウェザーに向ける。彼女は俄かに瞳を揺らし、更に下がり眉になってしまった。

 それを隠すように、じろりと隣の庭師へ視線を向けた。きつい眼差しに肩を震わせたハルに、顎で男たちを指し示す。



「ハル、あんたはそいつらの始末を」


「ひゃ、ひゃいっ!」



 裏返った返事をした少年は、深く頭を下げた。



「ルー様。貴女は私と一緒に屋敷へ。傷の手当てをしなきゃ」


「うん」


「あんたも後で来なさいよ、ハル」



 一か所に集めようと気絶した男たちの服を引っ張っていたハルが、ぴょこんと跳ねて振り返った。



「僕もですか?」


「僕も、よ。おでこ、血ぃ出てるわよ」



 言われてみれば確かに。

 先程、地面に額を擦りつけた時にできた傷だろう。乱れた前髪には砂がついており、隙間から赤く滲む肌が覗く。

 よっこらしょ、とマリーウェザーが立ち上がる。ブラシを持たぬ手を伸ばし、ルーヴァベルトに差し出した。



「さぁ、早く行きましょ。さっさと冷やさないと、その顔、今から凄く腫れると思うので」



 そう言われ、げんなりとルーヴァベルトは、鈍く熱く痛む頬に手を添えた。

  


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