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30-2

それに気づきもせず、ランティスが三つ目のサンドイッチを手に取った。厚焼きにした卵とハムが挟まったもので、トマトのサンドイッチと比べボリュームがある。

それで、とサンドイッチにかぶりつきつつ、ジーニアスを見やった。



「ジュジュは、どこまで話した?」



気づかれる前に表情を戻した執事は、一つ金眼を瞬かせると、頭を下げた。



「…『失せし王の愛し子』と、回帰主義者の辺りまで、と」



ランティスは表情を変えぬまま、頬張ったパンと具材を咀嚼する。薄く塗られたトマトソースが美味い。



失せし王の愛し子―――王弟ランティスに冠された字名であり、心底嫌悪する呼び名だった。



彼の生まれ持った瞳の色は、彼の精霊王の双眸と同じらしい。物心つく前から周りに人間がそう言い、頼みもしないのに精霊王に関する書物を見せてくれた。そして、嬉々として語るのだ。



「貴方こそ、王に相応しい」と。



正直、頭がおかしいのでは、と思う。眼の色が同じなだけで、自分は精霊王ではない。少し考えればわかることなのに、年長者になればなるほどそれを理解できないのは何故なのかと、子供ながらに思っていた。


随分冷めた子供だった自覚もあった。もう少し馬鹿で情熱的であれば、周りの熱に浮かされて、我こそ王に相応しい、と踊ることもできたのだけれど。



(ま、そこで馬鹿になれなかったから、この状況なのだが)



ランティスには、優秀な兄が二人いる。


国王と王太子である彼らを、心底敬愛していた。出来うることなら、生涯彼らを支えたい、とそう願う。

けれど。



二、三度噛んだだけで、口の中のサンドイッチを飲み込んだ。大きな塊が喉に突っかかりながらも胃に落ちてゆく。違和感を消すように、ミルクティーを流し込んだ。



兄たちは優秀で、ランティスは二人を愛している。

王位にも、継承権にすら興味はない。そんなもの、面倒くさいだけだ。

できることなら、大切な人たちを、大切にしながら、限りある時間を生きていきたい。

そんな慎ましい願いは、瞳の色に躍る莫迦たちに、邪魔されてばかり。

何度王太子になる意志はないと表明しようが、妄信的な回帰主義者たちは耳を貸さない。


「王になるべきは貴方だ」と気味の悪い笑みを浮かべすり寄ってきては、さも自分はランティスの心を知っているのだと囁いた。


「貴方は兄君たちに虐げられていらっしゃる」と、勝手に同情して。



そんなわけあるか、と思う。今現在、兄王が万事恙なく国を治めているおかげで、平和ではないか。何の不満があると言うのか。



いっそランティスが阿呆であれば諦めるかと道化を演じたこともあった。利用しようと莫迦が群がってきてやめた。

ならば、付け入る隙が無ければいいのかと思えば、更に莫迦な手を打ってくる。もはや嫌がらせに他ならない。



そしてとうとう先日、その莫迦共がランティスの逆鱗に触れた。その件に対して、未だ怒りは冷めやらぬままである。



(兄上が死ねば、俺が大人しく王太子になると思う頭が、既に救いようがない)



食べかけのサンドイッチを皿に戻し、親指で口元を拭いた。ジーニアスが差し出したナプキンで手を拭くと、ぞんざいに卓上へ投げた。



季節の変わり目のせいか、ここ一か月ほど、次兄ジークフリートの調子が悪かった。微熱が続いていると聞いてはいたが、毎年の事であるため、もう少し暖かくなればなれば落ち着くだろうと思っていた。

心配していなかったわけではない。けれど、下手に自分が見舞へ赴けば、何処の莫迦がどんな阿呆な勘繰りをするかわからない。だから、寝つきが良くなると言うドライフラワーを詰めた匂い袋を、こっそり送るに留めた。



しかし、それをどこぞより聞きつけたのか、それともただの偶然なのか―――タイミングよく王太子の寝酒に毒が盛られたのである。



事は内密に収められた。というのも、口に含んだ時点で、すぐに吐き出したため、大事に至らなかったからだ。


密やかに伝えられたこの事実に、ランティスは怒髪天を衝く形相で屋敷を飛び出そうとし、寸でのところでジーニアスに止められた。それに関して、彼には心底感謝をしている。そのまま飛び出していれば、頭に浮かぶ怪しいと思われる人物は、軒並み血祭りにあげていた気がする。



難しい表情で、食べかけのサンドイッチを睨み付けた。

その様子を伺っていたジーニアスが、不意に力を抜くように息を吐いた。



「遅かれ早かれ、彼女も標的になるぞ」



砕けた口調は、執事としてはなく、乳兄弟であり友人としての言葉なのだろう。普段は感情を隠した双眸が、僅かに揺れて見えた。



「お前に、自分たちの与り知らぬ婚約者が並び立つことを、よく思わない連中からな」


「…わかってるよ」



唇を尖らせ、いじけた振りをする。苦笑を浮かべた灰青の瞳でジーニアスを見上げると、力を抜くように肩を落とした。



「素直に護らせてくれるような女じゃねぇからな」


「そうだろうな」



それが吉と出るか凶と出るかだ、と淡々に言い放った乳兄弟へ、ランティスはくっくと喉を鳴らす。



「それは、誰にとってだ?」



にんまり口元を三日月に、笑う猫のような甘く響く低い声へ、灰髪の男は返事をせぬまま、一つ、睫毛を瞬かせた。


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