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20-2

 騒ぎに混じり、そっと彼女へ近づいた。一人黙々と男を縛り上げていた少女は、傍らに立った人影に、視線だけ上を向く。


 にんまり、口元に笑みを浮かべ、ランは小首を傾げて見せた。



「すごいな。強いんだねぇ、君」


「…どうも」



 ぶっきらぼうな返事と共に、また彼女はそっぽを向く。愛想のなさに、肌が泡立つ。



「その人、何したの」



 問うが、返事はない。そのまま暫く答えを待っていると、徐に少女が顔を上げた。



 赤茶の双眸が、じいとランを見上げる。鼻から頬にかけて、乾いた血が赤くこびりついていた。男に殴られたであろう痕が痛々しい。

 くるりと丸く、少し吊り上った目が、真っ直ぐランへ向けられる。

 そこには、媚びも、色も、探りもなく、ただ胡散臭いものを見るように面倒くさそうな感情が浮かんでいた。



 ぞわり、と全身が総毛立つのがわかった。



 別段、綺麗な娘ではない。ランの好みからしたら痩せすぎで、抱き心地も悪そうだ。小汚くはないけれど、服装も雰囲気も、いかにも貧乏な下町の子供である。

 だというのに、目が、離せない。



(頭が…熱い)



 項から脳天にかけて、茹った様に熱を帯びる。無意識ににやける顔を隠すように、拳で口元を抑えた。



 何故だろうか。一体、どうして、心揺さぶられる。




 無造作に結ばれた黒髪が。


 自分に興味なさげな双眸が。


 薄く日に焼けた肌が。


 痩せて筋張った首筋が。


 血に汚れた、その顔、が。




「おい!」と怒鳴る様に彼女を呼んだのは、部屋から転がり出てきた店主だ。青ざめた顔を怒りに歪め、食って掛かる。



「こりゃ、どうゆうことだ!」


「禁忌薬ですよ。こいつ、買った相手に薬を盛って遊んでやがったんです」


「なっ…!」



 目玉が飛び出そうな程に目をひん剥いた店主は、ぎりぎりと歯を食いしばった。縛り上げられ転がった男を一瞥し、ぺっと唾を吐く。



「このクソ野郎が!」


「ウチの店も、姐さんが壊されかけまして。とっ捕まえる前にトンズラこかれて、行方を追ってたんです」


「組合は承知してるのか」


「連絡済です。ですが、マダムがカンカンでして。今夜、こちらで見かけたと情報が入ったので、逃げられる前に捕まえるよう、私が言いつかって参りました」


 淡々と説明をする横顔を、じいとランが見つめる。その間も、ずっと、胸の奥で鼓動が高鳴っていて煩い。



 ああ、こっちを向いちゃくれないかな…と心の内で囁いた。



 けれど、彼女がランへ興味を移すことは無かった。



 その内に駆け付けた男衆により、気絶した男はどこぞへ運ばれていった。娼家街を取り仕切る組合の手の者だろう。商売の特殊性からある程度の自治を許されている娼家街は、もめごとの多くを、大店の店主たちが代表を務める組合が治めていた。今回の一件も、組合の預かりになるらしい。

 大急ぎでやってきた医者が、店主と一緒に部屋に入っていった。店の女たちは心配そうに様子を伺っている。好奇心に店内を見回す客もいれば、興ざめし帰って行く者もいた。


 それに気を取られた、一瞬。隙をつくように少女がその場を抜け出した。



「あ、ちょっと!」



 慌てて追いかけようとしたランは、直後、男衆の背中にぶつかる。ずれた眼鏡を慌ててなおした時には、既に彼女の姿は店から消えていた。

 唇を噛んだ口元は、歪むように嗤う。ぞぞ、と背筋を這う快感に、思わずランは喉を鳴らした。



 ざわめく店内を後にし、足早に娼家街を抜ける。行き交う人々は、店での一件など素知らぬ顔で、いつも通りに街を彩っていた。

 街の灯りが徐々に少なくなり、薄暗い路地裏へ入り込んだ。慣れた足取りでフォルミーカを進み、表通りの影へ出る。


 そこに、一台の馬車がひっそりと停まっていた。ランの姿を見止めると、待機していた御者が音もなく扉を開く。滑る様に乗り込んだ。


 小さく蹄の音がすると共に、馬車が動き出した。硬い木の座席越しに揺れを感じつつ、ランは眼鏡を外した。背を持たれ、大きく息を吐くと、瞼を閉じる。



 脳裏に浮かぶのは、記憶に新しい彼女の姿。



 男装の、少女。


 赤茶の双眸―――思いだし、思わず笑う。参ったな、と両手で顔を覆った。



(ああ、絶対に…欲しい)



 あの、まるで野良猫のような、少女が。




 この腕に抱いたら、どんな感触なのだろうか。


 名前を呼ぶ声は、一体どう響く。


 笑う顔が―――見たい。



 高鳴る鼓動を落ち着かせようと、深く長く息を吸い、もう一度吐き出した。両手を顔から離すと、馬車の天井を見上げる。

 硝子玉に似た灰青の瞳に、どろりと濃い光が、揺らいだ。 


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 項から脳天にかけて、茹った様に熱を帯びる。無意識ににやける顔を隠すように、拳で口元を抑えた。 にやける(若気る)男性が女性のようになよなよとして色っぽい様子。 元々は鎌倉・室町時代頃…
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