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 平気だと、彼女は笑った。



 頭に血が上るのがわかる。かっかと熱を持つ頭が痺れ、首筋に鳥肌が立った。怒りが全身を巡る。瞬きも忘れ、目の前を睨めつけたまま、乱暴に自室の扉を開けた。

 窮屈な夜会服を脱ぎ捨て、シャツのボタンを外した。視界に捉えた椅子を、思い切り蹴りつけた。



「クソが!」



 次いで部屋に足を踏み入れたジーニアスは、無言のまま後ろ手に扉を閉める。扉の軋みは、主が物に当たり散らす音でかき消された。

 卓上に置かれたインクの瓶を取り上げたかと思うと、床に投げつける。絨毯の上を転がる四角い瓶から、液体がじわり滴った。

 綺麗に揃えられていた書類は床に散乱し、蹴り飛ばされた椅子はひっくり返って転がっている。それでも怒り冷めやらぬ様子で、二度、三度と拳を机に叩きつけた。



「…ラン」


「二度だ!」



 乳兄弟の言葉に答えず、吠えた。「これで、二度目!」



 脱ぎ捨てられた上着を拾い上げ、どろりと濃い金眼をランティスへ向ける。苦い表情のジーニアスは、ゆっくりと頭を振った。



「物に当たるな。みっともない」


「煩い!」



 両手で頭をかきむしり、がなり立てる。天井を睨みつけ、何度も煩いと繰り返した。

 相当頭にきているらしい。今は、何を言っても無駄だろう。

 そう判断し、黙ったまま壁際に寄った。

 まるで手負いの獣だ。痛くて、苦しくて、暴れまわっている。



(そりゃ、そうだろう)



 前回もだが、今回は随分堪えただろう。詳しくはわからないが、傍に居ながらルーヴァベルトがあの有様なのだ。

 目の前で矜持を踏みつぶされて、怒りを飲み込めるほど、この男は大人しい性質ではない。



(夜会の最中で手を出してくるとは…相手も随分大胆なことだ)



 机に積まれた本を次々に投げ捨てている様子をぼんやり見つめ、双眸を細める。首を捻ると、銀の髪がしゃらりと額にかかった。


 ルーヴァベルトを思う。


 ジーニアスにとって彼女は「予想外に使い勝手のよい駒」であった。

 言い方が悪いのはわかっている。彼女に対し、人としての情も持っていた。

 けれど、今現在、どうしてもそう感じてしまうのは、執事自身がランティス側の見方になってしまうからだろう。

 ランティスにとって―――「失せし王の眼」を持つ王弟殿下にとって、真面目で勤勉、顔の造形も問題なく、欲目の深い後ろ盾もおらず、本人にそれもない。加えて、我が身を守る術まで持ち合わせているのだ。

 彼女は本当に「使い勝手がいい」…良すぎる。胸が痛む程に。

 そして。



(本当に、本気、ってことか)



 ある程度気が済んだのか、床の上に座り込んだ男の姿を見つめた。

 赤髪が乱れて、ぼさぼさになっている。少しだけ、瓶底眼鏡の男の姿に似て見えた。

 何がそんなに良いのかは知らないが、ランティスは、あの娘にご執心だ。

 今まで何かに執着することが、そうなかった、この男が。



「気が済んだか」



 横倒しに転がる椅子を起こし、背もたれに上着をかけた。そこかしこに散らばった小物を拾い集める間、むっつりと押し黙ったままのランティスは、鼻息だけ荒く室内に響く。

 インクの瓶を拾い上げると、液体が滴り、白い手袋を汚した。絨毯にも暗い染みが。部屋の掃除をするメイドに言っておかなくては、と小さく息を吐いた。


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