Call
繋がってほしい。
話がしたい。
声が聞きたい。
声を聞いてほしい。
彼女の想いが心を揺るがすほどに、握られていた受話器に力が込められる。
想いが届いてくれると信じながら。
「久しぶり」
「うん、久しぶり。元気? っておかしいか」
「ははっ。だね。そっちは大丈夫?」
「……どうだろ。でも、今は寒いかな」
「そっちは寒いの?」
「うん。だって、雪が降ってるから」
「雪か。そりゃぁ、寒いよな。でも懐かしい。雪が降るだけで、キミはしゃいでいたもんな」
「だって、雪が降るなんて珍しいんだもん…… 楽しかったな……」
「……だな。僕も」
「…………」
「…………」
「……ねぇ、会いたいよ」
「…………」
「……ねぇ、そっちに行っていい?」
「……ダメだよ」
「……ねぇ、なんで? 私寒いよ。手、冷たいんだよ。ねぇ、手を握ってよ。暖めてよ……」
「……ごめん」
「……なんで…… なんで謝るのよ……」
「なんでだろうな。確かにもう一緒に雪も見られないって辛いよな。雪が積もるところを見たかったな。キレイだろ、そっち」
「……うん、キレイ。うん、キレ…… 見せたい……」
「……泣いてるのか?」
「……当たり前じゃん。もう、会えないんだよ。会えない」
「会いたいな。やっぱ」
「じゃぁ、そっちに行っても……」
「ううん。だから、それはダメ。いい? 僕のことは忘れてくれても構わないかーー」
「無理に決まってるじゃん、そんなのっ。そんなの…… そうなったら、私はどうしたらいいの」
「大丈夫。キミなら大丈夫だよ」
「なんで? なんでそんなこと言うの? 分かんないじゃん…… 私は……」
「泣かないで。大丈夫。顔を上げて。ほら、何が見える?」
「暗いよ、夜だもん。雪が降っていても暗い」
「大丈夫。きっと、その暗さはきっと晴れる日が来るから。心もね」
「なんでそんなこと言うの? なんで? 忘れてほしいの? 私にあなたのこと」
「…………」
「ねぇ、答えて」
「それは…… 前を向いてほしい。それだけだよ」
「……そんなこと言わないで。そんなこと…… なんで、なんで……」
「…………」
「なんで死んだのよ」
「なんでだろうな」
「なんで笑うのよ私は、私は……」
「嬉しいよ。こうやって話せたのが。こんなこと絶対に無理なことなんだから」
「私は…… もっと話したい。もう時間が……」
「ねぇ、これは奇跡なんだから。ね。だから元気出して。大丈夫。きっとキミを支えてくれる人が、ね」
「だから、なんでそんなこと言うのっ」
「決まってんじゃん」
「ーー何?」
「好きだから」
「ーーっ」
「好きだからさ」
「何それ。今さらそんなの…… もう時間が」
「だね。でもさ、好きだから、キミには前を向いてほしい。元気を出してほしいんだ。きっとキミの…… 心の…… はいつか必ず溶け…… から」
「えっ? 何? 何?」
「……ーーー」
「もう時間がないの。「前を」って、そんなの分かってる…… 分かってるけど辛い…… 大丈夫なんて…… 私…… 私……」
凍えそうな冬の夜。雪の降る下。
ある公衆電話は繋がる。
繋がるはずのない相手に。
彼女は凍える手で受話器を握り、そっと耳を傾ける。
それは儚い時間の出来事。
それは嬉しいこと?
それは悲しいこと?
通話の切れた彼女。
雪が強まるなか、その頬を濡らす想いはどちらなのか……。