おかえりはハグから②
「君も知っているだろう。あの奇病に罹った人間が、どういった扱いを受けるかくらいは。君がどれだけ妹を愛していたとしても、他人がそうだとは限らないんだからね」
ダンジョンマスターの言葉で思い出す。あの冒険者たちのことだ。
俺に対しての言動でも思い知ったが、あいつらは罹患者の事を人間だとは思っていない。どんな卑劣なことをしても許されるバケモノだと思っている。そしてそれが、ミルに向けられたと考えればあの状況にも合点がいく。
それを思うと、あの冒険者の男を俺の手で殺せなかった事が悔やまれる。ガウルに投げられてミルに食われてしまったから恨み辛みは晴らせたとは思うが、憎いことには変わりない。
気分転換に淹れてもらった茶を飲み干すと、今度は俺から話を振る。
「ひとつ、聞きたいことがあるんだが」
「なんだい?」
「あの状態での意思の疎通は可能なのか?」
ミルが現状、あの姿から戻れないのならそれはそれで良い。姿が変わったからといって放っておくことは出来ない。出来れば傍に居てやりたいが、先ほどミルに接近した時は意思の疎通が出来ているとは思えなかった。俺を認識しているかどうかも、言葉を話せるのかも怪しい。
「うーん、どうだろうねえ。ドラゴンの例は私も初めてだから確証はないけれど、こちらの言葉は理解できると思うよ。言語を話せるかどうかは難しいかもしれない。人型のドラゴニュートやリザードマンだったら可能だとは思うけれど、魔獣型は声帯が発達していない場合が多いからなあ。きちんと調べてみないとはっきりとは言えないね」
「そうか」
「あと、形態変化した直後だと飢餓感が凄まじいんだ。その場合、意識が混濁している。むやみに近づいたらパックリ食べられてしまうから、妹をどうにかしたいなら落ち着くまで待った方がいい」
「どれくらい待てば良い」
「少なくとも、日が昇りきるまでは待ったほうが良いね。後は、空腹状態で人里に降りていかないか心配だけれど。ドラゴンなんて、人間からしたらただでさえ恐怖の対象になるから、下手をするとすぐにでも討伐対象になる恐れがあるからね」
「一応、二人喰っている所は確認している。……人間なんて喰って腹壊してないと良いけど」
「だったら大丈夫だろうね。胃袋も、人間よりかは丈夫だから余計な心配というものだよ」
話し終えたところで俺に注がれる視線が気になって目を向けると、ダンジョンマスターの隣に立っているガウルが苦々しい顔をして俺を見ていた。ウェアウルフは人間と比べると表情が乏しいので何を思ってそんな顔をするのか分からないが、呆れられているようにも感じる。
「ボスも大概だが、お前もよっぽどだ」
「何の話だ?」
「気にするな。どうせ言ったところで伝わらんだろう」
ガウルの言動の意図が掴めず首を傾げていると、そういえばとダンジョンマスターが開口した。
「ジェフ、君さっきから妹のことばかりで自分の置かれている状況には無頓着だけど、そこの所は良いのかい?」
「……何がだ?」
「ほら、斬られたはずの左腕が元通りなこととか、身体の傷が綺麗に塞がってることとか。あと私やガウルについてとか。あるじゃないか、いろいろ」
「ああ、そういえばそうだったな」
ミルのことで頭がいっぱいでそんなことはどうでも良くなっていた。言われてみれば気にはなるけれど、そんな急を要することでもなさそうだし、今すぐに聞かなくても良いんじゃないだろうか。
「それ、今聞いておかなくちゃいけないことか?」
「ん? うーん、そういうわけでもないけれど、ほら。私から言うのは何か違う気がしないかい?」
「すまない、急ぎでないのなら後にしてくれ。そんなことよりも今はミルのことを優先したい」
丁重に断りを入れると、意表を突かれたようにダンジョンマスターは固まった。口を付けようとしていたカップをテーブルに置いて、隣に居るガウルにひそひそと耳打ちをする。
「……ガウル、こういうのなんて言うんだっけ? シスコン?」
「俺に聞かないでください」