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おかえりはハグから①


「おかえり。ジェフ、ガウル」


 疲労困憊の体でダンジョンの最下層。ダンジョンマスターの住処まで戻ると、彼は温かく出迎えてくれた。なぜかハグをされるよう要求されたが、拒むのも面倒なので黙ってそれに応じることにする。


 ぽんぽん、と背中を叩かれて解放されると次はガウルの番だ。ダンジョンマスターはもふもふの毛に身体をすっぽりと埋めて、同様にガウルにハグをする。

 俺と接する時はクールだが、ボスと呼ぶ彼に対しては違うようで、はち切れんばかりに振っている尻尾がそれを現わしている。


「うん? ガウル、君少し焦げ臭くないかい?」

「ドラゴンに焼かれそうになったもので」

「何だって!? ドラゴン!?」


 ドラゴン、という言葉を聞いた途端、ダンジョンマスターはガウルに埋めていた顔を上げて叫んだ。


「ドラゴンなんて今日日(きょうび)、滅多にお目に掛かれないレア中のレアじゃないか! いやあ、僥倖僥倖。私の実験も無事成功したし、ドラゴンにも遭遇出来るなんて幸先が良いじゃないか!」


 ダンジョンマスターは、部屋の真ん中に置かれているテーブルの周りをぐるぐると回りながら上機嫌で捲し立てる。この一挙一動を見ても、この男が変人だということは嫌でも伝わってきた。


「それで!? ドラゴンの様子はどうだった!?」

「それは、奴に聞いた方が早いかと」


 ガウルの返答に、ダンジョンマスターが俺の方に顔を向ける。


「あのドラゴンは俺の妹だ」


 意図を汲んで答えると、ダンジョンマスターは目を見開いた。それからなるほど、と独りごちる。


「そういえば、君の妹は亜獣化症に罹っていると言っていたね」

「あんたなら、ミルを元に戻す事くらい出来るはずだ」

「無理だ」


 俺の言動を予測していたのか。有無を言わさない即答に反論出来なかった。


「意地悪をしようとしてこんなことを言っているわけではないよ。どうあってもそれだけは不可能なんだ」

「……そう言われて、俺が納得するとでも思うのか」

「無理だろうね」


 やれやれと溜息を吐いて、ダンジョンマスターは椅子に腰を落ち着けた。俺にも長話になるから座りなさいと言う。

 それに素直に従うと、おそらく魔法で別空間から引っ張り出したのだろう。ティーポッドとカップをテーブルに並べた。ガウルがそれに茶を淹れて、うやうやしくダンジョンマスターへと差し出す。俺には適当に淹れてぽい、だった。


 ダンジョンマスターはガウルへ礼を述べた後、静かに話し出した。


「ジェフは、亜獣化症という病がどういうものか知っているかい?」

「治療法がなく、不治の病だと聞いている」

「ふむ、そうだなあ。君にも分かるように説明するならば、あの病の根源は魔素の異常増加によるものだ。魔素についての知識は?」

「魔素がなければ魔法の使用ができない、くらいはわかる」


 俺の返答を聞いて、ダンジョンマスターはカップに口を付ける。それから順を追って説明をしてくれた。


「人間に関わらず、生物ならば体内に一定量の魔素を持っている。個体によって上限値は違うけれどね。そしてそれは、魔物の方が圧倒的に多い。その違いが人間と魔物の最たるものだ。彼らの鋭い爪も牙も、硬い皮膚も。圧倒的な身体能力の高さもすべてが魔素によるもの。ここまでは理解できるね」


「けれど、魔素というのは本来身体にとって、悪影響なものだ。過剰に体内に取り込んでしまえば様々な不調をきたす。これについては人間も魔物も共通の事象だ。しかし魔物は、人間よりも魔素のキャパシティに優れている。言い換えれば、たくさん魔素を取り込めるから、人とはかけ離れた形態をしているとも言える」


「……前置きはいい。もっと簡潔に説明してくれ」

「せっかちだねえ、これからが良いところなのに」

「なぜミルを元に戻す事は出来ないんだ? 魔素が増加している状態ならそれを減らしてやればいいんじゃないのか?」

「単純に考えるならそうだろうね。けれど、そんな簡単に事が済めば今頃特効薬くらいは作られているよ」


「ジェフが今言ったことは、病の進行を遅らせるには効果的だ。魔素が増えることで形態変化に至るのなら減らしてやればいい。けれど、問題はそう簡単ではない。簡潔にとお望みだから結果だけを述べると、完全に人間からかけ離れた姿に変貌してしまっては、もうどうしようもない。手遅れだ」


「でも、ミルは今朝まであんな姿じゃなかった。たった数時間であんな状態になるものなのか?」


「先ほど述べた通り、亜獣化症は魔素の異常増加が原因だ。普通に暮らしていれば症状の進行は緩やかで済む。けれど、魔素の増加量は感情によって大きく左右されるんだ。怒りや悲しみ、憎悪。負の感情だよ。それらで満たされてしまえば、たとえ数時間といえど立派な魔物に変貌してしまうことは、まあ、可能だろうね」


 負の感情、と言われて心当たりがまるでなかった。俺がミルに対してきつく当たったり傷つけたりしたことは一度だってない。あの子の幸せだけを願って、今まで二人で暮らしてきたんだ。間違ったってそんなことはするはずがない。




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