レッドドラゴン
「ドラゴン!?」
家屋ほどの大きさのドラゴンが、俺の目の前に居る。
炎なんてものともせず、瓦礫をかき分けて起き上がったドラゴンの口には、人間が挟まれていた。
鋭い牙に胸を貫かれ、ぴくりとも動かない。おそらく既に死んでいるのだろう。
俺がそれを見留めた直後、ぱくりと開いた口が死体を飲み込んだ。
眼前の光景に唖然としていると、ドラゴンの瞳がはっきりと俺を見つめた。
圧倒的な質量を持つモンスターを目の前にして、俺は動けないでいた。
状況を理解できない。
これはなんだ? どうしてここに居る? ミルはどこだ? あの子は無事なのか?
頭の中で思考がぐるぐると渦を巻いて、冷静な判断が出来ない。
混乱している俺を置き去りにして、ドラゴンは動き出した。
身構えた俺を余所に、振り上げた腕が俺の頭上を過ぎていく。
てっきり潰されると思ったがそんなことはなかった。
窮屈な小屋から這い出したドラゴンは、水気を払う獣のように身震いをする。
燃え続けている瓦礫を払って、身軽になったのか。ある一点を目指して一気に駆け出した。
ドラゴンの視線の先には、リーダーを務めていた冒険者の男がいた。
「き、きやがった!」
「ふん、どうやらあれは貴様にご執心らしいな」
「冗談じゃねえ! さっさとどけろ!」
「逃げるのか、腰抜けめ。では、望み通り放してやる」
ガウルは男の胴体を鷲掴むと、思い切り投げた。
もの凄い投力で男は上空に放られる。
それに釣られるようにして、ドラゴンが飛んだ。
次の瞬間には、大きく開けた腔内に吸い込まれるようにして消えていった。
あっという間の出来事で、俺はその光景をただ見つめるだけしか出来なかった。
「……なんなんだ、あれは」
「ドラゴンだろう。俺も実物は初めて見る。あれほどの個体はなかなか居ないだろうな」
満足げな様子でガウルが俺の傍まで寄ってきた。興味深げに眼前のドラゴンを見つめて瞳を細める。
「それは見ればわかる! なんだってこんなとこに」
「……薄々、お前も感づいているのではないか?」
「……」
ガウルの問いに俺は答えられなかった。
そうだ。もしかしたらとは思っていた。けれど、絶対にそれだけは認めたくはなかった。
ミルが、このドラゴンなんじゃないのか、なんて。
認めてしまったら俺の今までの努力も、行いもすべてが無駄になる。
なにより、あれがミルだとしたら、この先の未来に幸せなんて一つもなくなる。
人間社会では凶暴な魔物の居場所なんてどこにもない。
俺はミルの為に生きてきた。これからもそれは変わらない。
けれど、俺がどれだけ危険性はないと説明しても、他の人間はそんなものは信じてはくれない。
バケモノだとか、人間もどきだとか。そんなことを言って差別するような連中ばかりだ。
平穏なんてどこを探してもありはしない。
「本当に、あれがミルなのか?」
「お前の妹は亜獣化症なのだろう? だったらその可能性は十分にある」
「でも、今朝はあんなんじゃなかった!」
「基本的に、身体への侵食は緩やかだ。しかし、条件がそろえばそうとも言えない」
どうやらガウルは今の俺よりも冷静な判断が出来るらしい。
おそらく、俺が知らない情報も色々と知っている筈だ。それらに、これから先の打開策も何かしらあるはずだ。
「……わかった。一先ずあれはミルだと、そう思うことにする」
情報の共有は後回しだ。とにかく今は目の前の惨状をどうにかしなければ。
あのドラゴンがミルだとして、はたして意思の疎通は出来るのだろうか。
先ほど目が合った時は襲ってはこなかった。
俺だと認識出来ているのか?
意を決して、ゆっくりとドラゴン――ミルに近づく。
あちらも俺の存在に意識を向けたようだ。
じりじりと近づいて、あと数歩で触れられるという距離に近づいたところで、ミルに動きがあった。
俺の接近を阻むように、振り上げた腕が地面を抉った。
あんな鋭利な爪で引き裂かれたら、胴が真っ二つに裂けて即死だ。
眼前の恐怖に息を呑んで固まる。
だがそれよりも、さっきの一撃は俺を攻撃したように見えた。
「一旦退くぞ」
「はあ!? なんでっ」
「今の状態はまずい。妹に兄殺しをさせたくなければ、俺の言うとおりにしろ」
危険を察知したのか。
ガウルが後ろから迫って、俺を抱えると有無を言わさずに距離を取る。
「待ってくれ。どういうことか説明してくれ!」
「それはここを抜けてからだ……くるぞ!」
ガウルの叫びと同時に、前方から灼熱が迫ってくるのが見えた。
あれは炎を吐いたのか? ドラゴンなんだから炎くらいは吐くか。
ひとりで関心していると、そんな俺を強引に抱きかかえてガウルは駆け出した。
後方からは凄まじい熱気が追いかけてくる。
ガウルがいち早く気づいてくれたお陰で丸焦げにならずに済んだ。
「このままボスの元に戻る」
「……わかった」
ミルの事は心配だしここに置いていくのは心苦しいが、ガウルの言動に従うことにする。
何をするにしても知識が足りない。今の俺には解決策が一つも浮かんでこない。
だったら精通している者に聞くべきだ。
自称、ダンジョンマスター。得体の知れない、あの男に。