天を焦がす者
ガウルの背に乗せてもらって、俺は森の中を駆けていた。
遠くで沈む夕日が見える。昼前にダンジョンに潜ってから、そう時間は経っていないようだ。けれど、猶予がない事には変わりはない。
「おい。お前、気づいているか」
「何がだ?」
「臭いだ。何かが焼ける臭いがする」
駆けながら、ガウルは鼻を鳴らす。ウェアウルフの鋭い嗅覚では感じ取れるのだろう。俺には、何も感じられなかった。
けれど、森の木々の向こう。赤く輝く夕日を遮って、もくもくと煙が上がっているのが見えた。その光景に途轍もなく胸騒ぎがする。あの方角には、俺とミルが暮らしている小屋があった筈だ。
「っ、急いでくれ!」
「ふん。振り落とされんよう、しっかり捕まっていろ」
木々の隙間を縫って、目的地へと加速する。やがて開けた空き地へと出た。見慣れた景色に、焦げた臭い。眼前には空を焦がす炎の柱が上がっていた。
「ミル!」
ガウルの背から飛び降りて駆け出す。
ふらつく足取りで小屋まで近づくと、目の前から誰かが悲鳴を上げてこちらに走ってくるのが見えた。
あの風貌には見覚えがある。ダンジョンで俺の腕を切り落とした男だ。
あいつがここに居るということは、この火事もあいつらの仕業か。ふつふつと胸の内から怒りが湧いてくる。今すぐにでも殺してやりたいが、それはミルの無事が確認されてからだ。
激情を飲み込んで無視を決め込むと、相手も俺に気づいたのか。蒼白した顔色で俺に向けて声を荒げてきた。
「てめえ、騙しやがったな! あんなバケモンだなんて聞いてねえ!」
男が激高して、俺に突っかかってくる。伸ばされた手が襟首を掴む寸前に、ガウルの腕がそれを阻止した。無理矢理、俺から引きはがすと、男の身体を軽々と持ち上げて地面に転がす。
「黙れ、人間。それ以上口を開いてみろ。頭から食ってやる」
「ひぃっ」
牙を剥き出して吠えるガウルに、男は小さく悲鳴を上げて黙り込んだ。
こいつには聞きたいことが山ほどあるが、今はそんなことをしている余裕はない。
「こいつは俺に任せておけ」
地面に這い蹲った男を踏みつけながら言ったガウルの言葉に、俺は頷きを返して小屋へと向かった。
ごうごうと、音を立てて燃え盛る小屋のドアに手を掛ける。その瞬間に、焼け落ちた屋根が轟音と共に崩れ落ちた。
熱と煙に巻かれながら、どうにかして中に入ろうと強引に入り口のドアを開けると、足下に何かが倒れてきた。
黒焦げの遺体だ。
衝撃に息を呑む。最悪の展開を想像して冷や汗が背中を流れたが、俺の目の前で消し炭になっている誰かはミルではない。身体の大きさが違う。少なくともこれは大人だ。性別までは分からないが、俺を嬲った冒険者の内の誰かだろう。
「ミル、どこだ!」
叫んでも何の声も返ってこない。小屋の中は既に炎が回りきっていて、たとえまだ中に取り残されていても無事で居られない事は一目で分かった。
絶望的な状況に手が震える。もし、ミルが死んでいたら。そんな想像はしたくないのに、現実が否が応でもそれを突きつけてくる。
不安を振り払うように目を瞑って頭を振る。その瞬間だった。
「ガアアアアァアアァア!」
突然の咆吼に目を見開く。それと同時に、延焼している瓦礫の中から、何かが起き上がった。
炎の中から現れたのは赤い鱗の竜だった。