裏切り
大事を取って、ここで一旦休憩を取ることにする。
各々、休憩するメンバーを尻目に製図作業を続けていると、不意にリーダーの男が話しかけてきた。
「金貰えるのは嬉しいけど、なんでこんなことすんだ?」
「訳あって、ダンジョンの最深部まで行かなくちゃならない」
「ふーん、最深部ねえ。お宝が眠ってるって噂では聞くけど、あくまで噂だし。稼ぐんなら地道に依頼こなした方が良いと思うけどな」
「……妹が、亜獣化症に罹ってるんだ」
ぽつりと零した俺の言葉に、男はにやりと口元に笑みを浮かべた。それが気になり、書き込んでいた図面から顔を上げる。
「ああ、あの人間もどきか。あんたも大変だよなあ。余計な荷物抱える羽目になって。見世物小屋に売りに出すにしても結構金かかるんだろ? 世話する金だかなんだかで」
「……」
答える気も失せて無言を貫くと、俺の態度にお構いなしに男は続ける。
「なあ、そういやあんた。今、妹がって言ったよな」
「ああ」
「一緒に暮らしてんだろ? あんたは大丈夫なのか?」
「……何が言いたい」
不躾な問いに、語気が強まる。この男、わざと言っているのか。
「いやね、こいつは貴方が妹と同じバケモンなんじゃないかって言いたいんですよ」
狩人の男が話に割って入った。一々癪に障る物言いだ。気分の悪さを態度に出さないよう、努めて冷静に振る舞う。
「身内だからといって必ずしも罹る訳ではない。国からもそういうお触れがあった筈だろう。そもそも、感染源だって確かじゃ――」
「なあんだ、あんたは違うのか。残念」
気づけば、抜かれた刀身が首筋に沿って置かれていた。
「あんたも知ってるよな。バケモン1匹に付き、国から多額の金が貰えるって」
「……なんのつもりだ」
「あんたの話を聞いて、手っ取り早く稼げる方法を思い付いちゃったんだよ。俺らがそのバケモン、殺してやるからさあ。やっぱ身内だから自分らじゃ殺せないって奴はいるんだよ。どうせあんたもその口だろ?」
「あの子は……ミルは人間だ。バケモノなんかじゃない」
刀身に手を当てて、首筋から放す。
怒りで激高しそうになる感情をなんとか飲み込んで、目の前の男と対峙する。男は、俺の態度を見て面白くなさそうに息を吐いて、冷めた目で俺を見た。
「どうやら俺とあんたは、根本的に考え方が違うみてえだ。気に入らねえな、そーいうのは」
男が片腕を上げる。すると、後方にいた魔術師の女が杖を構え、狩人は弓を引き絞った。
「悪いが、契約はここで終了にしねえか。その方がお互いの為になりそうだ」
「そういう割には、すんなり解放してくれるようには見えないな」
「実は稼げる話ってのはもう一個あるんだよ。ここであんたから金奪った方が早いだろ? ちょうどダンジョン内だし、目撃者なんて死霊どもしかいねえ」
1対3の状況はどう見たって不利だ。ここで俺が死ぬわけにはいかない。一度大きく息を吐いて、それから観念して両手を上げる。
「ずいぶんお利口さんじゃねえか」
「抵抗したところで俺に勝算はない」
金貨の入った袋を渡すと、男は満足げに笑みを浮かべた。
「それで、あんたの妹はどこにいる?」
「俺がその質問に素直に答えると思うのか?」
「いいや、だから答えたくなるようにするよ」
男が上げていた腕を下ろす。その瞬間、狩人が放った矢が俺の右肩を貫いた。
「ぐっ……!」
続いて放たれた二射目は、左足に突き刺さる。
生かさず殺さずの手際の良さに、これがこいつらの常套手段なのだと理解した。ここは逃げた方が良い。幸い、すぐ後ろには下の階へと続く階段がある。ダンジョン内には横穴も多いし、そこで巻ければ奴らも無理には追ってこないだろう。
咄嗟にそう判断して、踵を返そうとしたその直後、見えない壁に行く手を阻まれた。
「プロテクト!」
振り返ると、魔術師の女が呪文を唱えていた。プロテクト――防護魔法の一種だ。見えない壁を作り出して攻撃から身を守る魔法。
これを解除するには術者である魔術師を妨害しなければいけない。
装備していた投げナイフを投擲する。しかし、いとも簡単に防がれる。前衛の男が厄介だ。ただナイフを投げただけでは到底、後衛の魔術師には届かない。なんとかあいつの気を引いて隙を突くしかないが、はっきり言って俺一人ではどうこう出来るビジョンが浮かばない。
視界の先では、狩人が弓を引き絞っている。放たれた矢をなんとか交わすが、その間に戦士の男に間合いを詰められた。
力強い剣戟が飛んできて咄嗟に短剣で防ぐが、こんなものでまともに受けきれる筈がなく、衝撃でバランスを崩したところを狙って返す刃での切り返し。
なんとか紙一重で避けられたが身体を持ち直す事が出来ず、地面に倒れ込む。すかさずそこに蹴りが見舞われ、仰向けにされたところで身動きが取れないように腹を踏みつけられた。
「さっさとゲロっちまえば楽になれんのに。馬鹿だよなあ、あんたも」
嘲笑しながら、男は俺の左腕に剣を突き立てた。鋭い切っ先が肉を抉り、皮膚が裂けじわりと血が滲む。痛みで呼吸が浅くなり、脂汗が止まらない。
「こいつを少しでも倒せば、あんたの腕は真っ二つだ。嫌だったら俺の質問に答えろ」
「はっ……、誰が」
言い終える前に、刀身が倒された。ぶつりと腕が千切れて、瞬間、激痛が脳まで押し寄せる。
「がっ、あああああああ!」
「うるせえうるせえ。俺が聞きてえのは叫び声じゃなくて、あんたの妹の居場所だって言ってんだろ」
追い打ちを掛けるように、男は身体を蹴り上げて踏みつける。
「そ、れを……俺が言うとでも」
「うーん、難しいよなあ。あんた相当口が固そうだ」
感心したように男は頷いて、俺を足蹴にしたまま剣を収めると連れの仲間たちと話し込む。
「こいつ、もう何も喋んないんじゃないの? 時間の無駄だと思うんだけど」
「やっぱそう思う? 仕方ねえ、こいつに聞くのは諦めるか」
「ああいうバケモンは人目を避けて暮らしているし、それらしい所を当たっていけば見つかるんじゃないか?」
「おっ、冴えてるねえ。そのプランで行こう」
楽しそうに談笑する奴らに、どうにか一矢報いたかったが無理だった。身体が動かない。激痛で何も考えられない。血が溢れて止まらない。急激に体温が失われていく感覚に、このまま死ぬんだと思った。
それだけは絶対にダメだ。ミルを独りにはさせない。あの子には俺しかいないんだ。
「おまえら、あの子に手を出したら、ただじゃおかない」
「はいはい。覚えておくよ。じゃあな、お兄ちゃん」
笑いながら、あいつらは去って行った。残されたのは俺だけ。早くミルの元に行かなければならないのに、どれだけ力を込めても身体が動いてくれない。それに加えて、次第に意識が朦朧としてきた。
ここで寝ているわけにはいかない。今は何の気配も感じないが、いずれ死人が湧き出てくる。奴らは血の臭いに敏感だから、このままの状態でいたら無残に殺されてしまう。
気力を振り絞って、斬られた腕を止血する。持ち合わせのロープで傷口を縛って、応急処置をした。それでもこんなもの、気休めにしかならない。
なんとかそこまでの処置をしたところで、ぷつりと糸が切れたように俺の意識は途切れた。
意識を失う直前、暗闇の中に人影が見えたような気がした。