スケルトンオーガ
「話が全然違うじゃないか!」
『どこが!? 僕、ちゃんとスケルトンって言ったじゃないか!』
巨大スケルトンの攻撃を避けながら声を張り上げると、戦闘の邪魔にならないようにと俺の影に潜んでいるロベリアから文句が聞こえてきた。
どうにもこの状態では直接、頭の中に声を届けられるらしい。
「確かにそう言ったけど……こんなでかいとは聞いてない!」
通常のスケルトンとは、段違いの大きさだ。
人間と同等のサイズをそのまま大きくした感じだが、その大きさに比例して基本ステータスも大幅に伸びているように感じる。
両手には、俺の背丈を優に超える大剣を持っているし、それを片手でブンブン振り回してくる。
幸い、動きは遅い。
巨体の為、足を止めずに走り続けていれば俺に攻撃を当てることは叶わないだろう。
問題は、どうやってこの巨大な骨のバケモノを倒すかだ。
通常サイズのスケルトンがなぜ、ああも弱いのか。
それは衝撃を受ければ、辛うじて保っている骨格を維持できなくなって崩れてしまうからだ。
だから最悪、拳で殴っただけでもあいつらは倒せてしまう。
けれど、この大きさになるとそれは通用しないだろう。
殴っただけで倒せるとは到底思えない。
骨というのは想像以上に堅い。
剣で切り落とすにも関節を狙わなければ難儀だし、炎で焼いても燃えずに残っている。
正直、今の俺ではどうにも出来ないように思う。
たかがスケルトンと侮るなかれ。唯一の弱点を克服したものはここまで厄介な敵になってしまうとは。
でも、打つ手は残っている。
巨大になったところで、衝撃が弱点なのは変わらないはずだ。
殴るよりも強い力を加えればあの体躯は形を保てなくなって崩れるのではないだろうか。
だったら、重力操作魔法で地面に叩き付けてやれば良い。
威力を最大まで上げた状態の魔法を食らわせれば、なんとかなるんじゃないか?
そのためには俺が直で触れなければならないが、あの体躯であのスピードなら近づくのは容易な筈だ。
問題なのは魔法の発動。
簡単に威力を上げると言ったが、この手の魔法は範囲を指定して使用するものだ。
俺は魔法の制御が出来ない。それが出来ないから使う魔法そのものが俺へと暴発しているわけだ。
言い換えるとどんな強力な魔法でも使用した後の反動を度外視すれば使えると言うこと。
高位の魔法の難易度が高いと言われるのは、それが原因だ。
威力は桁違いだが、それを暴発しないように制御するのが一番難しいのだという。
重力操作魔法は、炎や氷といった攻撃魔法よりも難易度が高い。
範囲を指定して発動するため、魔法を使用するための基礎手順に範囲指定を組み込まなければならない。
空間把握能力がなければ難しい魔法だが、それは自分が相手と離れている場合だ。
魔術師は遠距離から魔法を行使する。
けれど、俺に遠距離攻撃は無理だ。魔法を使ったところで、直に触れなければただ腕を燃やし続ける変態へと成り下がる。
相手に攻撃を食らわせるには、直に触れる事。それが絶対条件だ。
だから、触れてしまえば重力操作に必須な空間指定も必要ない。
まだ実際に試した事はないが、俺の性質上それさえクリアしていれば魔法の発動は可能な筈だ。
後は、俺の腕が重力でグチャグチャに潰される激痛や恐怖に打ち勝つだけだが、今のところこれしか方法が無いのならやるしかない。
腹を括って、巨大スケルトンに向かっていく。
両手の大剣を振り上げたところで股下に潜り込んで背後を取ると、そのまま肋骨を足場にして上へと駆け上る。
重力魔法の使用は一度が限界だろう。
腕が燃えるわけでは無いから使用後に再度触れれば発動は出来るだろうが、腕が潰される事を想えば、俺の精神が持ちそうに無い。
だから狙うのは一撃で倒せる頭部。一番てっぺんから重力をかければ足下までぺしゃんこだ。
我武者羅に駆け上って、頭蓋の上に辿り着いた。
スケルトンはいきなり消えた俺に戸惑っているようで、俺の居場所には気づいてなさそうだ。
やるなら今しかない。
「上手くいってくれよ……」
手のひらを頭蓋骨に押し当てて、重力魔法を発動させる。
数秒経つと、手のひらがミシミシと軋み始めた。
触れている感覚でわかる。今、もの凄い力で圧が掛かっている。
それを知覚した直後に、触れていた手のひらを中心に、スケルトンの頭蓋が陥没していった。
ちゃんと魔法は行使出来ているみたいだ。けれど、そこである懸念が浮かんできた。
もしかしたら、これは俺の触れた箇所だけ……つまり、手のひらの範囲だけ重力操作が働いているのか?
だとしたらこの巨躯を上から下まで崩壊させることは難しい。出来て頭を落とすくらいだ。
生物相手なら問題は無い。頭を潰せば大抵の生き物は死ぬだろう。
けれど、相手はスケルトンだ。死霊は頭を潰したからといって動きを止めるかと言えばそうではない。
だから有効打に炎で焼き尽くすという方法が取られているのだ。
内心焦っている間にも徐々に陥没していく範囲は増していく。
それに比例して、俺の手のひらに掛かる重力も大きくなっていく。
この質量の頭蓋を落とすとなると、とんでもない威力になるのだろう。
その証拠に、最初は締め付けられる不快感だった手のひらの圧力は、今では皮膚が裂け内側からは肉が見えていて、陥没していく頭蓋の凹みに血だまりを作っている。
骨も粉々に砕けてしまっているのが分かるほどだ。
顔を顰めたいほどの惨状だが、重力による圧が凄すぎて痛みが押し退けられている。
痛みを感じないのは幸いだが、このまま出血が続くと俺が先に気を失ってしまう。
このままではジリ貧になることは目に見えていた。
さらに威力を上げようとした、その時。
今まで静止していた頭蓋骨が大きく揺れて、そのまま俺もろとも轟音を上げながら地面へと落下していった。
次いで、ガラガラとスケルトンの巨躯を形成していた身体の骨も瓦解していく。
土埃で見えないが、どうやら頭を落とした事で身体も崩れてしまったのだろう。
「これは……倒せたのか?」
『バラバラに崩れたからそうなんじゃない?』
「そ、そうか。やったのか」
『あれ、そんな嬉しくなさそう』
「いや、嬉しいんだが少し拍子抜けしている」
スケルトンって、頭を落とせば身体も崩れてしまうのか。
そういえば、今まであいつらを倒すときは小突けばすぐ瓦解していたから、頭をピンポイントで狙うなんて面倒な倒し方はしてこなかった。
単純に、俺の知識不足でいらない心配をしてしまったみたいだ。
それと、どうやら俺の重力魔法は触れた箇所だけではなく、それを中心に徐々に重力が働いていくようだ。
もっと上手く使えればそこら辺の調節も利くのだろうが、今の俺ではこれが精一杯。
今回は上手く倒せたみたいだから良いが、次はいつ使うかも分からない。
触れなければ発動しないが、範囲を調節できるのならそれに越したことは無い。
『それじゃあ、無事倒せた事だし、今日はこれくらいにして帰らない?』
「ああ、そうだな。ミルに早く会いたいからさっさと戻ろう」
ミルのところに戻って、姿を見せて安心させたい。
疲れたとか、手が痛いだとかそういうのは全部後回しだ。




