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喧嘩するほど仲が良い

「おはよう諸君」


 ミルの元に戻ると、そこにはボスの姿があった。


「おはようございます、ボス」

「うん、おはよう。ガウルは今日も触り心地が最高だねえ」

「……」


 もふもふとガウルの毛並みを撫で摩っているボスに、ガウルは珍しく無言だった。けれど、尻尾はブンブンと振られているから嬉しいというのは伝わってくる。


「ジェフもおはよう。昨日はよく眠れたかい?」

「あ、ああ。おかげさまで」


 ボスは朗らかに笑ってそんなことを言う。


 昨日今日で知り合った人間とここまで打ち解けることなんて、今までなかった。


 もちろん色々と世話になっているからそれを含め、ボスの事は信頼に値すると判断している。けれど、それ以外にも雰囲気というのだろうか。人を惹き付ける何かがボスにはあるように思う。カリスマと言ってもいい。


「ところで、ボスはこんな朝早くからどうしてここに?」

「ガウルがコソコソと出て行くのが見えたから後を追いかけてきたんだ」

「ここ最近はご多忙でしたから、もう少し休まれても……ん?」


 甲斐甲斐しく世話を焼いていたガウルが、何かに気づいたように沈黙した。

 隣でやり取りを見ていた俺も気になって横から顔を出すと、奇妙な光景が目の前に広がっていた。


 ボスが纏っているローブの背後で何かが蠢いている。

 二人羽織の要領でもぞもぞと動くそれは誰が見てもおかしいし、意味が分からない。


 やがて、ボスの真後ろからロベリアが顔を出した。


 何をやっているんだと、一歩引いて見ていたが当の本人は機嫌が悪そうに見える。その表情は嫌々で連れてこられました、と言外に告げているようで、実際にその通りだった。


「なぜお前がそこにいる?」

「ボスが悪いんだよ。気持ちよく寝ているところを強制連行されたの! 僕を陽の下に出すなんて悪魔の所業だよ!」

「別に死ぬわけじゃなし、少しくらい我慢しろ。そしてさっさとそこから出てこい!」

「いやだああああ! 絶対無理!」


 そこから二人の奇妙な攻防戦が始まった。

 間に挟まれているボスは楽しそうに笑って止めるもしない。


 たぶん、あの二人のこういったやり取りは珍しい事でもないのだろう。

 ボスはよく仲が悪いと揶揄するが、喧嘩するほど仲が良いと言うし逆ではなかろうか。


 とはいえ、このまま放っておくのも収拾が付かなくなりそうなので、触らぬ神になんとやら、とは言うが横から顔を出すことにした。


「……何やってるんだ?」

「ジェフ! 見てないでこいつなんとかしてよ!」


 ガウルに首根っこを掴まれて引きずり出されそうになっている極限状態で、ロベリアは俺に無理難題をふっかけてきた。

 流石にそれは無理だ。止めに入ろうものなら俺が代わりに投げ飛ばされる。


「俺にはどうにも出来ないが、取りあえずそこから出たらどうだ? 俺の外套なら貸してやれるから」


 ヴァンパイアには陽の光は御法度だと聞く。

 ガウルが言うには浴びたからといって死ぬことはないらしいが、飄々としているロベリアがあそこまで拒絶するのだから相当嫌なことは窺えた。


 着ていた外套を脱いで手渡すと、そこでやっと事態が収束する。


「はあー、死ぬかと思った」

「何がそんなに嫌なんだ? 少しなら浴びても平気なんだろ?」

「そうだけど、なんていうのかな。陽の下に出ると灰になるとか燃えちゃうって訳ではないんだけど、怖いんだよね。何がって言われると説明のしようがないけれど……漠然とそう感じちゃうんだ」

「色々大変なんだな、ヴァンパイアも」

「ジェフほどじゃないけれどね」


 最後にそんな捨て台詞を残して、ロベリアは木陰へと逃げるように去って行った。


 今の、言う必要があったのか? 

 納得のいかないまま反論しようにも既にロベリアは木陰に避難した後。

 詰め寄って問い質すのも気が削がれて、浮かせた足をミルの方へと向ける。


「おはよう、ミル」

「クウゥ」


 俺が狩りをしている間にミルは起きていたようだ。


 傍に俺はいないし、起きたら知らない奴らがいるしで不安だったんだろう。

 少し戸惑っているようにも見える。


「この人たちは悪い人じゃないよ。ミルに嫌なことはしない」

「キュゥ」

「え? この血はさっき狼に襲われて……もう痛くないから大丈夫」


 大丈夫とは言ったが、ミルの心配そうな眼差しは消えてくれない。

 どうやって宥めようかと思案していると、いきなりミルの舌が俺の首筋を舐めた。


 首は生物の急所の一つだ。そこをこう何度も執拗に舐められるとこそばゆいとは別の感覚が身体の奥底から競り上がってくる。


 やばい、変な扉が開いてしまう。これ以上おかしなオプションが付いてしまうのはよろしくない。

 なによりも、ミルの前では兄として紳士に振る舞わなくては。


「ミ、ミル。ちょっとそれやめてくれないか? くっ、くすぐったいから!」


 制止すると、ミルは舐めるのをやめた。

 首回りが涎でベトベトだけど、妹からの愛情表現と思えば怒る気にもならない。



 和気藹々としていると、気になったのか。

 木陰に退避したはずのロベリアがいつの間にか傍に寄ってきていた。


「それ、ドラゴンだよね? え? なに? ジェフ、ドラゴン飼ってるわけ?」

「飼ってるんじゃない。人の妹をペットみたいに言うな」

「え? 妹? このドラゴンが? ……ちょっと言っている意味が分からない。ボスに弄られて頭おかしくなったの?」

「俺は正気だ。というか昨日ボスと俺が話している時にロベリアもいただろ?」

「うーん、よく覚えてないなあ。生ゴミショックでそれどころじゃなかったし」


 血液を提供する気は更々(さらさら)ないけれど、そんなに不味いと言われるのは凹むのだが。

 内心落ち込んでいると、ロベリアがおずおずと俺に伺いを立てた。


「ねえ、少し触ってみてもいい?」

「俺じゃなくてミルに聞いてくれ」


 俺が判断を下すことではないと告げると、ロベリアは戸惑いながらミルの眼前へと移動した。


「ええっと、まずは自己紹介かあ。僕はロベリア。ジェフ……お兄さんとは友達? 知り合いかなあ……そんな感じで、まあまあ仲は良いかな。よろしく」

「ギュウゥ」


「これって伝わってるの!?」

「ああ、ちゃんと理解してる」

「うわあ、感動ものだよ! ドラゴンと意思疎通出来たなんてヴァンパイア史上初じゃない!?」


「そんなに珍しい事なのか?」

「ドラゴンは個体数が多くないからね。ここら辺じゃまったく見ないし、半魔が多いルピテスでも見かけた事はないかな。それに大体は野生だからもの凄く凶暴」



 ロベリアはミルの鱗皮を撫でながら解説してくれた。


 ドラゴンは凶暴であるという認識は誰しも同じのようだ。半魔でさえもそうなのだから人間からしてみたら尚更驚異だろう。


 今のところはボスのお陰でミルの安全は確保できているが、ボスの成そうとしている事象を鑑みるにこの平穏がいつまでも続くとは考えにくい。


 グランハウルにいる限り、危険は付きまとうだろう。となれば、せめて半魔だからと迫害を受けることがないルピテスに亡命することも視野に入れておいた方が良さそうだ。

 少なくとも、この国よりは過ごしやすいはずだ。


 そうと決まればやることは一つ。だが、その前に腹ごしらえだ。




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