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一夜明けて

 翌日、俺は身体にのし掛かる重みで目が覚めた。


 瞼を開くとミルの頭が俺の胴にずっしりと乗っかっている。

 何事かと思ったがすぐさま合点がいって微笑ましくなった。


 以前は寝るときには一緒のベッドで寝ていて、朝俺が起きると決まってミルは俺の身体に引っ付いていた。起こさないように引き剥がすのに随分苦労したものだ。


 懐かしさに微笑みながら、起こさないようにゆっくりと頭の下から這い出す。

 一緒に寝たくてあんなことをしてくれるのは嬉しいけれど、いつか寝ている間に潰されそうで少し心配だ。

 と言っても、俺なら半身が潰されても生きていそうだけど。


 我ながら恐ろしい妄想をして、さてと、と腰を上げる。


 ミルが起きる前に朝飯の準備を済ませよう。


 鹿か兎か、何かしらの動物はいるはずだから、それを狩りに行く。

 昨日の夜、ミルが寝た後に作っておいた弓矢を背負って俺は獣道に繰り出した。


 しばらく歩くと、遠目に獲物を発見した。黒い毛並みの狼だ。

 あの大きさならミルも満足するだろう。


 姿勢を低くして弓を引き絞る。

 息を止めて矢を放つと、真っ直ぐに標的に飛んでいく。


 はずだった。


 俺が矢を放ったと同時に、獲物がこちらを振り返った。


 それと同時に、何かが俺に向かって投げられる。勢いよくこちらに投げられたのは、鹿だ。

 鹿の死骸が俺目がけて一直線に突っ込んでくる。


 一瞬の出来事で避けることなど叶わず、かといって受け止めることも出来ず俺は鹿と正面衝突を果たした。


 衝撃で背中から地面に倒れ込む。鹿の死骸で前が見えない。

 起き上がろうともがいていると、近くに何かの気配を感じた。


 視認出来ないがわかる。おそらくさっきの狼だろう。

 狼ってあんなスピードで鹿を投げることなんて出来たか?

 ぼんやりとそんなことを考えていると、突如、狼は俺の首元に噛みついてきた。


「ぐっ……」


 鋭い牙が肉に食い込む感触に怖気が走る。凄まじい咬合力で気道が塞がれて息が出来ない。

 なんとか力を振り絞って、両手で力任せに噛みついてきた口を掴んで開かせる。


 けれど、如何せん俺の力は凡人止まり。いくら異常な再生力があったからといって筋力までも大幅に上がったりはしない。引き剥がそうと躍起になったってそれはこの獣にとっては児戯に等しいだろう。

 それでもここで大人しく死ぬわけにはいかない。


 必死の抵抗をしていると、不意に獣の瞳が俺を映した。その直後、ゆるゆると顎門(あぎと)の力が緩んでいく。


「なんだ、お前か」


 俺の喉元に噛みついてきたのはガウルだった。


 俺の姿を見留めると、ガウルは大人しく俺を解放した。

 ぺろり、と口周りに付着した血液を舐め取って、俺を高見から見下ろす。


「な、んで……」

「腹が減ったから飯の確保に来た。ダンジョン内部にはここ以外にも森はあるが、こちらの方が獲物は豊富だ」


 ガウルの話を聞いているうちに息苦しさが消えてきた。傷口からの出血も治まってきて、これなら普段通りに話せそうだ。


「なんでこんなことするんだ。危うく死にそうになっただろ!」

「先に手を出して来たのはそっちだろう。仕返したまでだ」


 それを言われたら返す言葉もない。

 しかし、今の噛みつきは殺す気だったようにも思う。完全に獲物を狩る獣の目をしていた。

 不満げに見つめると、ガウルはにやりと口端を上げた。


「何か文句でもありそうな顔だ」

「……」


 反論したところで無意味な気がして沈黙を貫いた。


 ガウルはロベリアと違って、どこか取っつきにくい感じがする。悪い奴ではないし、俺に対して目くじらを立てているようでもないが、距離を置いているように見える。


「さて、今日は獲物が大猟だ。さっさと飯にしよう。お前も手伝え」

「……わかった」


 軽々と鹿の死骸を担ぐと、ガウルは獣道へと消えていった。


 悲しいかな、意気込んで狩りに来た俺の本日の成果はゼロ。色々と前途多難である。




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