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吸血鬼の少女

 翌朝、目が覚めると見知らぬ少女が俺を見下ろしていた。


 彼女は笑顔で俺の身体の上に跨がっているものだから、身動きすら取れない。

 この状況、なんだかもの凄くデジャヴを感じる。


「おはようございま~す」

「……な、は?」


 いきなりの状況に寝ぼけた頭ではついて行けない。寝ている人間に馬乗りになるのがここの住人の常識なのか?

 というか、目の前のこいつは誰なんだ? 初対面だし、昨日はダンジョンマスターとガウル以外居なかったはずだ。


「だ、だれ」

「そんなことは後にして。僕、今もの凄くお腹空いてるから」


 俺の言葉を遮って、少女は唐突に俺の首筋へと噛みついてきた。


 彼女の言動から、この少女がどういうものかなんとなく分かりかけてきた。

 緋色の瞳を持つ彼女は、おそらく吸血鬼――ヴァンパイアと呼ばれるものだろう。人間の血液が好物で夜な夜な人を攫って食料にすると聞く。実際に目にするのはこれが初めてだ。


 ヴァンパイアは魔物の中でも狡猾さで有名だ。ほぼ人間と変わらない姿をしていて、人間社会に溶け込まれると見分けがつかない。密かに紛れて暮らしている、という噂が流れてくるほどには一番身近な魔物として知名度がそれなりに高い。


「まっっっっず!!!なんなのこれ!!」


 次第に覚醒してきた頭で冷静に状況を分析していると、いきなり少女は俺の首筋から顔を放して叫び声を上げた。


「ドロドロしてて生臭いし、酸っぱい! 苦い! 甘くない! ほんっとあり得ないんだけど!」


 もの凄い酷評だ。俺はあまり料理は得意ではないが、他に作れる人間もいなかったのでミルと暮らしている時は俺が料理当番だった。味はお世辞にも美味いとは言えないし、ミルにも美味しくない、まずいって散々言われたけれどここまでの辛口は人生初だ。


「ちょっと、これどうしてくれんの!?」

「そんなこと、俺に言われてもどうしようもないんだが」

「ちゃんと責任とって!」


 少女は一方的に捲し立てると、俺の首根っこを掴んでベッドから引きずり出す。そのまま、昨日ダンジョンマスターと談話した部屋まで連れて行かれた。どうやらこの部屋は会議室兼談話室のようで、少女に連行されながら部屋に着くと、既にダンジョンマスターとガウルがお茶会を開いていた。


「ボス! こいつなんなの!」


 大声を上げながら入ってきた少女に二人の視線が向けられる。それらをものともせずに、少女は俺を足蹴にした。

 昨日から散々な目に遭ってきたけれど、こんなにも理不尽な扱いは初めてな気がする。


「おかえり、ロベリア」

「お前ら、朝っぱらからやかましいぞ」


 少しは静かにしろ、とのガウルの苦言に俺も心の中で相づちを打つ。しかし、そんなお小言に構いもせずに少女は俺を指差しながらこんなことをのたまった。


「こいつが悪いんだ! 美味そうな人間がいるからご飯にしようと思ったら、生ゴミみたいにクソ不味いって、そんなの分かるわけないよ!」


 どう見ても俺に責任はないように思う。けれど、言い訳したところで彼女の腹の虫が治まるはずもない。それを見かねてか、ダンジョンマスターが助け船を出してくれた。


「ああ。たぶんそれ、私のせいだろうね。ちょっと弄っちゃったから」


 茶を飲みながら悠長に告げるダンジョンマスターに、毒気が抜かれたのか。それ以上、ロベリアと呼ばれた少女は口を閉ざした。

 まだ不満げではあるが、なんとかこの場は収められたみたいだ。


「ガウル、僕にもお茶ちょうだい」

「断る、それくらい自分で淹れろ」


「君たち、本当に仲が悪いなあ」

「ウェアウルフとヴァンパイアは相容れないと、相場は決まっておりますので」


 そうなんだ、と思いながら俺も起き上がって椅子に座る。ぶうぶう文句を垂れているロベリアの横で茶を淹れて目覚めの一杯を嗜んでいると、ダンジョンマスターが口火を切った。


「ところで、ロベリア。外では何か変わったことはあったかい?」

「変わったこと……そういえば、街の人間どもがいつもより騒がしくしてたかな。僕も詳しくは知らないけれど、ドラゴンがなんとかって言っていたような」


 ロベリアの証言にはっとする。きっとミルのことだ。


「おそらく、誰かを喰い殺してはいないと思うよ。もしそうだったらもっと騒ぎになっているはずだ。でも、あまり猶予はないだろうね。冒険者か、それとも国から討伐隊が派遣されても不思議じゃない」


 俺の焦心を察したのか、ダンジョンマスターが補足してくれた。


 国王直属の討伐隊。俺も話には聞いたことがある。ごろつき冒険者とは比べものにならないほどの手練れがわんさか居るらしい。実力が認められればスカウトもされるようで、入隊を目指して冒険者をしながら腕を磨く奴もいると聞く。

 そんな奴らに目を付けられては、どうなるかなんて想像に難くない。


「だったら早く保護しないと!」

「もし仮に保護出来たとして、その後はどうするつもりかな。森の中に匿っても、それは問題を先延ばしにしたに過ぎない」


 確かに、彼の言うとおりだ。保護するからには安全に暮らしていける場所が必要になる。けれど、ミルのあの巨躯では目立つなという方が無理な話だ。


「……交渉したい」

「ふむ、何を条件に?」

「ミルが安全に暮らせる場所の提供。見返りは……釣り合わないと思うが、俺に出来ることなら何でもする」


「なんでもって……それだいぶ君にとって分が悪いと思うけれど、良いのかい?」

「構わない。あの子の為なら何だってやる」

「どうやら君は、妹の事になると周りが見えなくなるみたいだ。そうだな、今はそれを存分に利用させてもらうことにするよ」


 満足げに頷いて、ダンジョンマスターは椅子から立ち上がった。


「交渉成立だ。君が無事に妹を保護出来たのなら、安全に暮らせる居住空間を提供しよう」


「そうと決まれば、私の方も忙しくなるなあ。ガウルには私の手伝いをしてもらおうかね」

「わかりました」


 話がまとまったところで、俺も椅子から腰を上げる。

 今は一分一秒でも時間が惜しい。冒険者よりも早くミルの居場所を見つけなければ。


「俺は今から街に行ってくる。ミルを保護出来るまでここには戻らない」


「だったら路銀を少しでも持って行ったら良い。こちらの準備が済むまでおそらく一日はかかるだろうから、それまで待ってもらう必要があるからね。終わったらガウルを向かわせるから、それまでは護衛も兼ねて妹の傍に居てあげたらいい」


 渡された袋には金貨がいくらか入っていた。これくらいあれば武具の一式は揃えられる。俺が以前使っていたものはお世辞にも綺麗とは言えないし、ボロボロなのでここいらで買い換えたいとは思っていたところだ。

 もしミルに危害を加える輩が現れたのなら、守ってやれるのは俺しかいない。有事の際に備えて準備はしっかりとしておいた方が良い。


「助かる」


「私とガウルはしばらく留守にするけど、ロベリアはどうする?」

「僕はパスかなあ。朝は調子悪いし、そこの生ゴミに協力してやる義理もないし。夜まで寝ることにするよ」


 酷い言われようだ。けれど、ロベリアの言い分はもっともだ。利害の一致というのもあるのだろうが、俺のエゴに付き合わせているようなものだ。ここまで親身に接してくれるなんて、思ってもいなかった。

 奇妙な連中だけど、外の人間よりはよっぽど信頼出来る。



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