こんにちは、小さな妖精さん?〜イタズラ妖精には気をつけて〜
───世界は、不思議な『モノ』たちで溢れている。
「なんだか最近、体がすごく重いのよね…歩くのも大変なくらい」
「大丈夫?風邪でも引いたんじゃないの?」
「ううん。熱は全くないのよ。ただ体が重いだけなの。…まるで、なにか重い物を背負ってるみたいに」
「きっと、働き過ぎなのよ。ちゃんと休んでる?」
「ええ、もちろん。ちゃんと休んでるわ」
「ほんとに…?それなら、病院に行ってちゃんと診てもらった方がいいわよ。ヤバい病気だったら危ないし」
「…そうよね。今日にでも行ってみるわ」
『ギャッギャッギャッ!そんな所に行ってもなんの意味もないわ。ワシが憑いてることにも気付かぬとは、ほんに人間とは可哀想な生き物よのぅ。……その不安そうな顔の、なんと愉快なことか!ギャッギャッギャッ!!』
学校からの帰路の途中、聞こえてきた声にそちらを見る。
大学生くらいの二人組で、酷く顔色の悪い女の人に、もう一人の女の人が心配そうに声をかけている。
──そして、顔色の悪い女の人の背には、異形の形をした化け物が、まるで彼女に背負われる様にして憑いていた。
その化け物は、不気味な声で笑った。
『ねェねェ!あのニンゲンの髪、ヘンだよ!』
『ほんとだほんとだ!ヘンだね!』
『どうしようか?』
『どうしよう?』
『取ってみようか?』
『取ってみる?』
『飛ばしちゃおうか?』
『飛ばしちゃう?』
『どうしたら、面白いかな?』
『どうしたら、楽しいかな?』
まるで歌うように言葉を紡ぎ、空を舞う。
目の前を通ったのは、手の平に乗るくらいの子どもの姿をしていて、背中には蝶の羽の様なものがある不思議な『モノ』たち。
『『決めた!』』
『あの髪、飛ばしちゃおうか!』
『飛ばしちゃおう!』
『アハハッ!それぇ~!』
『キャハハッ!いけぇ~!』
そのコたちは、そう言うと楽しげに前へ手を振り下ろした。
すると、急に強い風が吹き、前を歩いていた中年の男性の髪が飛んで行ってしまった。
突然の事に周りの人達がギョッと男性を見るが、男性が急いで髪を追いかけて被り直し、顔を赤くしたり青くしたりして周りを見渡すと、サッと目を逸らして何も無かったかのように振舞った。
だけど、何人か動画に収めていたようでその男性を見て笑っている。
その男性は大きなお腹を揺らしながら、見た目にそぐわない速さでその場を走り去った。
『アハハッ!あのニンゲンの顔、可笑しかったよ!』
『キャハハッ!あのニンゲンの顔、面白かったね!』
『次は何しよう?』
『何して遊ぼう?』
そう言ってそのコたちは、楽しそうに空を飛び回る。
──前者は所謂、“妖怪”と呼ばれる『モノ』。
──後者は所謂、“妖精”と呼ばれる『モノ』。
この場にいる殆どの人達は、その姿を見ることも声をきくことも出来ない。
でも……
『あッ!この子いい匂いがするよ!』
『ほんとだほんとだ!この子いい匂いがするね!』
『面白そうだよ!』
『面白そうだね!』
『イタズラしちゃう?』
『イタズラしちゃうの?』
『……やめとこうか』
『……やめとこう』
さっきの妖精たちが私を見ながら、何か話している。
私は空中にいるそのコたちをパッと掴み、早歩きで人目につかないところへ行く。
……隣を歩いていた人が不思議そうな目で見てきたが、いつものことなので気にしないようにする。
『わッ!!なに!?』
『えッ!?なに!?』
突然のことに驚いて騒ぐ妖精たちをそっと離し、両の手のひらに乗せ、目を合わせる。
二人の妖精は男女の姿をしていた。
男の子の妖精は、黄色の短髪に明るいオレンジの目をした、髪と同色の服を着ている。
女の子の妖精は、男の子と顔も髪と目の色も同じでまるで双子のようだ。
ただ、黄色の髪は長く、服は目と同じ明るいオレンジのワンピースだった。
「…急に掴んでしまってごめんなさい」
まずそう謝ると、妖精たちは目を見開いてこちらを凝視した。
『……ねぇ、もしかしてこのニンゲン、ボクたちに言ってるのかな?』
『……でも、ニンゲンにワタシたちは見えないよね?』
『でも、目が合ってるよ?』
『…合ってるね』
『それに、ボクたちに触ってるよ?』
『…触ってるね』
てしてしと、男の子の妖精が小さな手で私の手をたたく。
『どうしようか?』
『どうしよう?』
『話しかけてみようか?』
『話しかけてみる?』
「大丈夫ですよ、ちゃんと君達に言っていますから。こんにちは、小さな妖精さん?」
『『わッ!話しかけてきた!!』』
チラチラと私を見ながら話し合っている二人に声をかけると、今度はちゃんと自分達に言っているのがわかったようで、妖精たちは驚いて飛び上がった。
そしてそのまま、不思議そうに私の周りをぐるぐる飛び回る。
『不思議だね』
『不思議だよ』
『ニンゲンなのに、ワタシたちの姿が見えるなんて』
『ニンゲンなのに、ボクたちの声が聞こえるなんて』
『『本当に、不思議なニンゲン』』
(君達に、不思議だなんて言われたくないのですが…)
――私から見たら、あなた達の方がよっぽど不思議で仕方ない存在なのに…。
そう思いながら、飛び回る妖精たちを目で追いかける。
───世界は、不思議な『モノ』たちで溢れている。
それは、人ならざる『モノ』たち。
妖怪や妖精だけでなく、天使や悪魔に幽霊など他にも沢山この世に存在している。
まるで、お伽噺に出てくる『モノ』から、想像もつかないような姿をした『モノ』まで、その種類も容姿も様々。
──そして、その中には“神”という存在も確かにいるという。
私は、生まれた時からそういった不思議な『モノ』たちが見えて、声を聞き、触れ合うことが出来た。
どうやら私は良くも悪くも『彼ら』に好かれやすいと気づいたのは、もうずっと幼いとき。
だけど、『彼ら』と話す私の姿は、『彼ら』が見えない普通の人達の目にはとても奇異に映るらしい。
そのせいで、幼い時から気味悪がれ、遠巻きにされてきた。
そんな中で過ごした私は、『彼ら』を見て驚いたり笑ってしまいそうになった時に、出来るだけ顔に出さないようにしてきた。
そしてそれが癖となってしまい、今では本当に嬉しいときや悲しいときなど、感情が高ぶっていないと顔の表情筋が動かなくなっている。
だけどそれが逆に、「何考えてるか分からない」とさらに遠巻きにされることになった。
(おかげで、人間の友達は一人もいませんし…)
人じゃない『モノ』たちに友達はそれなりにいるが、人の友達はいない。
全く悲しくないという訳では無い、むしろ悲しいけどやっぱり気味悪がれるよりはマシだと思う。
それに、元々そんなに喋る方じゃない私は、なにか変なことを言わないようにしてたら、余計に喋らなくなってしまい、無表情にプラスして無口な近寄り難い子になっていた。
これだと、友達がいても何を話したらいいかわからずに、すぐに離れていくだろう。
(『彼ら』の前ではちゃんと普通に話せるのに、どうして…)
『『ねぇ、どうしたの?』』
その声に、ハッと顔を上げる。
見ると、妖精たちが不思議そうに私の顔を覗き込んでいる。
「…何でもないです」
『『そう?』』
苦笑しながら、首を横に振る(……顔には出てないでしょうけど)。
ならいいやと、すぐに忘れたようにまた私の周りを楽しそうに飛ぶ。
『あッ!!』
すると突然、男の子の妖精が何かを思い出したように声を上げた。
『なになに?』
女の子の妖精は驚いてそのコに聞き返す。
『思い出したよ!ボク、このニンゲン知ってるかも!』
『え!?ホントウに?』
「!」
男の子の言葉に女の子と私も驚く。
『うん!他のコたちが噂してたよ!ヘンな女の子がいるッて!』
『この子がそうなの?』
『きっとこの子だよ!』
妖精たちの話を聞きながら、内心苦笑する。
(私は、変な人間と思われていたのですね…)
このコたちの言う「他のコたち」とは、他の『モノ』たちのことだろう。
私は、この春ここに越してきたばかりで、ここの『モノ』たちとはあまり親しくない。
前の街はそれなりに長く暮らしてきたから、もう騒がられることはなくなったけど、新しい街に行くたびに『彼ら』に騒がられる。
『この子、やっぱり面白いよ!』
『この子、やっぱり面白いね!』
妖精たちはお互いに顔を見合わせ、笑い合った。
そして私を見て、新しいオモチャをもらった子供のように楽しそうに聞いてくる。
『『不思議でヘンな、面白いニンゲンのお嬢さん!ボク(ワタシ)たちに、何か用?』』