韓流ドラマ「小便小僧ムジゲ」
希望をかける尿、平和をかける虹
俺は韓国人のム・ジゲ。
一繋ぎにして読めば虹という意味になる。
俺は自分の名前が昔から好きだった。
だからいつも虹を求めていた。
物心ついた頃から大人になった今でもずっとだ。
ホースを利用したり、噴水のある公園にもよく行った。
とにかく色んな手段で虹を作った。
そのなかで特別に良かったものがある。
それが小便小僧だ。
俺は虹が大好きだ。
小便小僧はそこに魅力的芸術「アバンギャルド」を足してくれた。
自然の虹よりもずっと神秘的だった。
なぜだろう。きっと、そうだ。
小便小僧を作った男も虹を好きだったから、虹が出来るよう細工したに違いない。
とにかく俺は小便小僧にハマった。
あちこち出掛けては小便小僧に出逢い、虹を見せてもらった。
そうして楽しいままに三年が過ぎた、ある日のことだ。
俺は小便少女なるものがあることをネットで知り、ベルギーの首都ブリュッセルまで遠路遥々やって来た。
まさに今ここにいる。
さっそく虹を見せてもらい、こだわりの角度を探りながら何枚か写真におさめた。
終えて、立ち尽くしては素敵だと見惚れていたその時だった。
俺の視線が突然に小便少女の股へと吸い込まれ、不意に意識を失い、気が付くと何故だろうか、何処か、にいた。
「ここは……?」
俺は遺跡に佇んでいた。
違う。惨たらしく破壊された廃墟だ。
煉瓦作りの町だったであろう廃墟だと気付いた。
首の落ちた電灯が並ぶ開けた大通りの真ん中に俺は立っていた。
慌てて周囲をざっと見渡す。
あちこちで悪魔のような炎が激しく大きく燃え上がり、様々なものが焦げた複雑な臭いが垂れ込めている。
死が生物を探して這いずり回り、黒煙で包んで命をどこかへとさらっているように見えた。
「たす……けて」
声が微かに聞こえた。
女性だ。
煙と煤でよく見えないが目を凝らして探る。
声も掛けてみた。
すると、悪魔のわめき声のなかで弱々しい女性の声を捉えた。
感覚を頼りにその方へ駆けつけると、瓦礫に埋もれた、ポツンと取り残された母親と娘を発見した。
炎が二人の足を舌で舐めて味見している。
今にも食らいつこうとしていた。
熱気に負けず息苦しさも構わず近寄って瓦礫をガシッと掴んだ。
「いま助けます!頑張って!」
ここで妙なことに気付いた。
「なんだこれは!」
手が白く、まるで彫刻のようになっていた。
いや手だけじゃない。
全身がそうなっているらしい。
なにより、あそこが丸出しだ。
体のサイズ……あそこのサイズ……。
「俺、まさか小便小僧になってしまったのか?」
「きゃあ!」
「あ!ごめんなさい!」
この非常時に丸出しで余計な迷惑を掛けてしまったと股間をぎゅむと抑えた。
しかし、原因はそれではなかった。
炎がついに親子の足に食らいついたのだった。
娘は気を失っているが、意識のある母親は悲鳴を上げて苦しみに悶えている。
俺は一か八か賭けてみることにした。
小便を、かけてみることした。
「出てくれよ!頼む!」
膀胱で液があわ立ち、溢れ、尿道へと注ぎ込まれた。
「いける!」
アレを摘まんで火元へと照準を合わせて力む。
股間に力がみなぎる。間もなく放尿。
透明な尿が炎を制圧していく。
威力は申し分なく、鎮火するのに時間はかからなかった。
「もう少しの辛抱だ!」
アレを素早く上下に振って残尿を払い、急ぎ、瓦礫を撤去する作業に取りかかった。
壁がそのまま崩れたらしい巨大な瓦礫を掴むと、万歳の勢いでそれを持ち上げる。
小便小僧の能力か、瓦礫は想像以上に軽く持ち上げることが出来た。
母親が這い出て、それから何とか娘を引きずり出した。
二人が安全なのを確認して俺は瓦礫を下ろした。
「ありがとうございます」
母親が感謝する。俺は頷いて笑みを返した。
言葉が通じるのは間違いない。
これは運が良かった。
「ところで、娘さんは平気ですか?」
母親は娘の胸に耳を当てた。
そして、わあっと大声で泣き出した。
「そんな……!」
「生きてます!生きてます!」
母親は頭を下げながら何度も繰り返して言った。
本当に運が良い。
とは言っても、火傷や煙による被害を考えると呑気に喜んではいられない。
「周りの火を消します。姿勢を低くしていてください」
膀胱が疼く。
尿は無限に出てくれるだろうか。途切れやしないか。
そんな不安を振り払い、出るだけ出して、周囲の鎮火を試みる。
数分後、煙が失せて空間が出来るほどまで鎮火に成功した。
ところが、ここでついに母親が気を失ってしまった。
俺は親子を肩に担いで助けを呼びに行くことに決めた。
まさか嫌だった徴兵がこんな形で役に立つとは。
とかく、心配は尽きないが、俺は道なりに直向きに走った。
「な……!」
その先、瓦礫の山にぶつかった。
というより炎にまみれた火山になっていた。
そこの頂上に、恐らくこの火事の犯人であろう怪物が膝を曲げて座っていた。
「トッケビ!トッケビだ!」
トッケビとは単刀直入に言って怪物のことだ。
そいつは全身が炎と結晶で出来ていた。
まるで龍のようにも鬼のようにも見える。
長く鋭い爪と、まばらに並ぶ鉤爪のような歯が特徴的で、淀んだ水晶の瞳がギョロギョロと絶えず動いているのがまた気味悪い。
何より結晶で出来ているくせに、体の炎がそれをチラチラと照らしているのに、まったく鮮やかとも綺麗とも思えない。
虹とは真逆の、現実的な恐怖そのものだった。
「しまった。気付かれたか」
トッケビは大きすぎる体躯からは考えられない軽い身のこなしで飛び掛かってきた。
俺は反射的に走り出して迫る爪をかわした。
爪は石畳を深く抉って脅威を見せつける。
俺は親子をその場に置いて瓦礫の山の向こう側へと時計回りに走った。
「よし。いいぞ」
トッケビは生物らしく?動くものを追ってきた。
なお、跳躍して先回りされた。
そして、俺の反応よりもはやく襲いかかってきた。
初めに空気が逃げた。
次に煙が逃げた。
最後に俺は逃げられなかった。
「ああ!」
感じたことのない衝撃を頭上から受けて、防御の間に合わなかった無抵抗の体は一気に石畳へ沈んだ。
痛みがほとんどない。
あっけらかんとしていると、トッケビは俺の体をわし掴みにして、体を一回転させてから、瓦礫の山へと腕をムチのように振るい叩きつけた。
やはり痛みはほとんどないが、体にヒビが入ったからダメージは甚だしいということだろう。
チクチクと熱さも感じる。
このままではやられてしまうことはハッキリ体感した。
俺は咄嗟に伸びる爪をかわして、上空へ跳躍した。
瓦礫の山、トッケビ、親子。
どれも小さく見えるほど高く跳べた。
町は壊滅していた。やはり廃墟になっていた。
それでも、親子だけは……。
「必ず助ける」
だから闘う決心をした。
俺たち韓国人は良くも悪くも熱くなりやすい性質だ。
今の俺は、あのトッケビよりも熱い。
救いたいと、守りたいと、熱く、熱く、熱く。
「熱く心が燃えている!」
膀胱が俺の想いで点火した。
液が沸騰してボゴボゴと音を立てる。
尿道を裂くように液が滑る。
照準は定めた。
それはトッケビも同じ。
奴は俺より早く炎の竜巻を吐いた。
直撃刹那必殺放尿。
「ビビン波!」
竜巻の中心を穿孔し、俺の体が滞空するほどの威力をとくと食らえ。
尿は俺の尿道からトッケビの食道へと注ぎ込まれた。
食道を裂穿。背骨を砕いて風穴を開けてやった。
「やったのか……!」
尿を振り払い、瓦礫の山に着地した。
振り払った尿が雨となって周囲の炎を宥めるようにそっと鎮火した。
直立して動かないトッケビの体も、それを浴びると瞬く間にドロドロと溶けて、結晶だけがその場に残された。
尿が染みたのだろうか、結晶がだんだんと黄金色に染まってゆく。
「それは尿結晶」
「誰だ?」
振り向くと眼下に、跪いて親子の様子を伺う小便少女が一人いた。
ただ、俺のよく知る小便少女ではない。
ベルギーの小便少女に劣らぬほど美しく、それとは違ってビキニを着用していた。
そんな姿を見るとまた恥ずかしくなってきて、俺は手で股間をぎゅむと隠しながら瓦礫の山を駆け降りた。
「君は誰だ?」
「多分あなたと同じ。地球から召喚された小便少女」
「地球……!それに召喚だって!」
驚く俺を余所に、なんとさらに驚くことに、小便少女は下半身のビキニをずらして親子に向かって小便をかけはじめた。
「おい!怪我人に向かってなんて酷い仕打ちをするんだ!」
「恥ずかしいから向こう見る」
「ああ、ごめん」
ごもっともだ。
俺は驚天動地の最中に何度もデリカシーを忘れてしまう。
どんな時も冷静でいられるよう、これからは気をつけねば。
「それで、何をしているんだ」
俺は背中越しに小便少女に訊いた。
パタタ、と残尿の音が聞こえた。
「私たちの尿は特別。聖水と呼ばれる」
「聖水……ということは奇跡が起こせるとでも君は言うのか」
「見て。ほら」
言われて、ためらいながらも横目で見ると、親子の怪我は綺麗に完治していた。
汚れも落ちてさっぱりしている。
苦痛から解放された柔らかな寝顔に、俺は心から安堵した。
「聖水は、こうして怪我や病気だって治せるし火も消せる。でもなにより大事なのは、トッケビを鎮火することが出来るということ」
「あれはトッケビでいいんだね」
「そうみたい」
「で、あれは何だ?」
「それより、まずは自己紹介」
「ああ、そうだね」
俺は股間を股の間にぎゅむと挟んで、両手を被せてしっかり見えないようにしてから腰を曲げて紳士風にきちんと挨拶した。
「はじめまして。俺はム・ジゲだ。よろしく」
「いい名前。あの空にあるのと同じ」
天を仰ぐと、灰色の雲の切れ間から陽が差し込んでいて、そこに見事な虹が架かっていた。
俺の尿が描いた虹だ。
小便小僧になって初めて描いた虹だ。
美しい。嬉しい。最高に幸せな気分だ。
俺はつい、両手を上げて無邪気に大喜びしてしまった。
それでも彼女は微笑むだけで何も言わなかった。
俺はさっそく冷静を思い出して落ち着くことにした。
「どうぞ」
「私はチョ・レギ。よろしく」
「チョレギサラダみたいだね」
「よく言われた」
「ごめん。気に障ったのなら謝る」
「いい。大丈夫」
このどこか素っ気ない彼女。
これから先、共に旅をして分かったが、彼女は誰よりも思い遣りがあって俺よりも熱い、たまらなく恋しいほど優しくて前向きな、こよなくいつまでも愛したくなる女性だった。
この時の俺は、いつか彼女が壊れてしまうことも、いつか世界が燃えて無くなろうとしていることも何も知らなかった。
ただ美しい虹と小便少女に見惚れてはしゃぐ、無邪気で罪な小僧だった。