労働基準法って、仕事してない!
「行きましょうか。と言いましたが、時間ですね」
リカさんが肩をすくめる。
「えっ!もう?」
「はい。そろそろ、起きます」
そんなに時間が経っただろうか?いや、でも、確かに昨日よりは長い時間を過ごしている。
「所で、何で、リカさんは時間が分かるの?」
素朴な疑問を投げると、
「腕時計をしてますから」
と、何とも当たり前な返答がきた。
よく見ると、確かにリカさんの腕には腕時計がある。
「夢の世界だから、もっと神秘的なものがあるかと思ってた」
「そのような工夫もできますが、結局、慣れ親しんだ腕時計が1番便利だって気付いたんです」
「そうなんだ」
「でも、時間の進み方は、現実世界とズラすこともできますよ。2度寝をした時に、すっごく長い夢を見ることがあるじゃないですか。それなのに、起きたら5分も経っていないこととか、経験ありませんか?」
「ああ、あるね」
「ほかにも、昼寝で、15分くらい寝たら、何日も何年も過ぎている夢を見るとか」
「ああ、あるね」
「つまり、夢の時間と現実時間は、ズレることがあるんです」
「へぇ。それって」
「ごめんなさい。本当に時間です。また明日。今日も1日お仕事がんばりましょうね」
そう言うと、リカさんは、消えた。
ポツリと残された俺は、周りを見る。
そして、重大なことに気付く。昨日は、目覚ましが鳴ってくれた。
でも、今日は、まだ鳴っていない。
鳴ってこないと、起き方が分からない。
どうやって、意識的に起きればいいんだろう?
てか、起きれなかったら、死ぬのと同然になるって、言われなかったか?
背中に、冷や汗が流れる。
夢の世界だからか、想像した恐怖に、恐怖する。
冷や汗が止まらない。
息が止まる。
と、ジジジジジ・・・・・!
目覚ましが鳴って、驚いたら、布団にいた。
「今晩は、必ず起き方を聞いておこう。こんなに怖い経験は、もうしたくない」
俺は、そう決意すると、朝のルーティーンをこなす。
もしかして、今日って水曜日?
まだ、週の半分?
何か、夜も1日に感じるから、日曜の夜・月曜日・月曜の夜・火曜日・火曜の夜で、金曜日まで終わった感覚なんですが・・・。
これ、1週間持つのかな?
まぁ、肉体的にも、睡眠的にも、昨日は大丈夫だったし、何とかなるでしょう。
電車の中で揺られながら考える。
最近は、朝日は見られていないが、辺りが明るくなってきた。
春が近づいてきているのを感じる。
今年も、ウインタースポーツしなかった。
最近、どんどん出不精になっている。
体を動かす機会も、どんどん減った。
フットサルにも行かなくなった。
代わりに、ネットが増えた。
料理に費やす時間が増えた。
料理をするための、食材の買い出しが増えた。
健康的になってきたかもしれない。
駅を出て、歩く。北風が冷たい。
まだまだ冬だ。
マフラーに鼻まで潜らせると、会社に急ぐ。
警備員さんに声をかけ、パスをかざして、デスクに向かう。
鞄を置いて、コーヒーとパソコンの電源を入れる。
いつものルーティーン。
だか、ちょっとだけ、気分が良かった。
今晩の約束のおかげかもしれない。
帰宅する。電気をつける。
誰もいない。誰もいないが、待ってくれている人がいる。
夢の世界にだが。
リカさんに、恋心があるわけではない。
だが、誰かとの約束って、こんなに嬉しくなるものだったか。
結婚もいいもんだろうな、と思う。
結局、仕事に追われて、この年になってしまったが、こんな風に待ってくれている人がいるということが、結婚生活なんだろう。
想像の世界でしかないが。
でもな。
シャワーを浴びながら考える。
既婚者の男どもは、結婚は、マジで人生の墓場だと言う。
そのくせ、離婚するわけではない。
むしろ、結婚して良かったと言ってるやつが、離婚している。
こりゃ、一体何だ?
人様の家庭を見ることなんてないし、人間関係を見ることもない。
だから、分からない。
・・・・。
あ~、めんどくせ。
やめだ。やめ。
やっぱ、人間関係とか、考えるの手間だわ。
生産性もないし。
俺には合わない。
まぁ、出会いがない、というのも事実だが。
現実問題でないことに頭を悩ましても仕方ない。
それよりも、今後のことだ。
今晩はコーヒーを入れた。
寝る前のコーヒーもいい。
眠れないと言う人もいるが、俺は、特に問題がない。
それより今後、どうしよう。
この『渡り人』という状況。
今日も眠たくなったり、しんどかったりという事はなかった。
だが、これからもずっと続いていくと考えると、ちょっと不安だ。
それに、昨日までは、完全なる説明だった。
だが、リカさんの言葉や、リカさん自身の動きから見て、仕事があるのは確実だ。
支部長がいるってことは、課長や係長がいてもおかしくない。
俺は、どう考えても新入社員。山ほど仕事がくるのではないか。
い・や・だ~!!!
昼間も仕事してきたのに!
寝ている時まで仕事するなんて!!
頭を抱える。
仕事は、慣れるまでに3年はかかる。
それまでは、きっとハード。
慣れると、仕事は楽になっていく。
それは、分かっている。分かっているけど・・・。
これ、労働基準法違反じゃない?
夢の中には、裁判所ないだろうな。