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第84話 この地獄はバットーに、それさえ許そうとしなかった

 バットーはかまえた銃の引き金を引こうとして、ハッとした。

 そこに立っていたのは、先ほど通路からいなくなったあの細面の兵士だった。頭から血を流し、頬がはれあがっていた。あきらかに重篤な傷を負い、体をふらつかせながら、なんとか彼は立っていた。

 ドアが開いた瞬間に通路に飛ばされたものは、彼、だったのか……。

「バットー副隊長……」

 兵士はうめくような声でそれだけ言うと、吐血した。

 バットーは若い兵士を手で制して言った。

「しゃべるな。今、助ける」

 そのとき、兵士のうしろに、あの女がいることに気づいた。兵士は盾にするため、女の前に立たされているにすぎなかった。

「副隊長……、さすが手だれだな」

 兵士を盾にしている女が言った。


「きさまは何者だ」

 バットーがスコープで女の頭に狙いをつけながら訊いた。女の答えをきくまでもなく、撃ち抜くつもりだった。

「さぁ、誰だろうねぇ……」

 女は兵士の頭の横から、手を突きだして言った。その手には兵士たちが常に携帯している.『手榴弾』が握られていた。

 バットーがあっと思った時には遅かった。

 女は安全装置をはずしたかと思うと、手榴弾を兵士の胸の防弾ジャケットの奥深くねじこみ、そのまま通路のドアから瞑想室のほうに、兵士を突き飛ばした。兵士はとんとんと数歩前によろめき、前につんのめって、バットーの目の前でうつ伏せに倒れた。


 スコープを覗いていたばかりに、バットーは虚をつかれ反応が遅れた。この手榴弾の有効破壊範囲は、直経十メートルをゆうに超える。つまり、今いるこの瞑想室の前室程度の空間では、どこに隠れても確実に吹き飛ぶということだ。

 バットーは倒れた兵士の上を乗り越えて、通路側のドアから逃げようとした。しかし、通路にいたあの女は、兵士を突き飛ばすと同時に、そのドアをすぐに閉めようとしていた。バットーは扉が閉まる寸前に隙間から、女の顔をかいま見た。その顔はさきほど見ていたあの女のものから変貌していた。

 バットーはその姿に「あっ」と思ったが、すぐに(きびす)をかえすと、まだドアが開いたままになっている中央の瞑想室に、飛び込むようにからだを踊らせた。からだを反転させ、ドアを急いで閉める。その隙間から、うつ伏せで倒れた若い兵士が、哀願するように、自分のほうに手を伸ばそうとしているのが見えた。

 ドアがしまりきる寸前、猛烈な爆発音とともにドアの隙間から爆風が吹き込んできた。その風の勢いにバットーが、うしろにもんどりうって尻をつく。その脇の壁に隙間から吹き飛んできた血糊や肉片がびちゃびちゃと飛び散った。

 ドアが完全に閉まると、外の音がまったく、気配すら感じられない静寂な空間になった。

 間一髪だった。あの兵士を救えなかったのは残念だったが、腹立たしいことに、そんな余裕すらなかった。バットーは天井を仰いで、嘆息した。

 まずはここを抜け出て、追撃しなければならない。

 バットーはドアの把手を握った。が、ピクリともしなかった。あわててドアの周辺を見回した。するとドアの脇の壁に、『生体認承装置』があるのに気づいた。バットーは、べっとりと塗布している血糊を指でぬぐいとると、祈る思いでそれに手を置いた。

「Access Denny」というアラートが目の前に投影されただけだった。バットーは網膜デバイスを注視したが、当然なことに何も映ってなかった。

 外のカメラ映像もなければ、音声も聞こえなかった。テレパスラインの呼びかけも、ニューロン・ストリーマによる共有思考も感じられない。

 バットーは呆然とした表情で、血で汚れた側の部屋の壁面を見つめた。

 そこにはこの部屋における注意事項が掲載されていた。


『この部屋は音波・電波・マイクロ波・光波、電磁波、超音波、放射波、電磁気超伝導粒子波などすべての波形を遮断します。ドアを閉めると外部との一切のコンタクトがとれなくなりますのでご注意下さい』

 

 バットーはその場に崩れ落ちるようにへたりこんだ。

「くそおぉぉ」

 バットーは心の底からの雄叫びをあげたが、その声がバットーの耳に届く前に、逆位相の音波によって完全に打ち消され、部屋のなかはまったくの無音のままだった。

『大失態』ごときで片づけられるレベルではないしくじりだ。


 バットーはぎゅっと目をつぶり、拳を床に何度も打ちつけた。だが、どんなに強く打ちつけても、なんの音も聞こえなかった。せめてこの「痛みの音」だけでも聞こえたら、いかばかりか贖罪になったかもしれない。

 

 だが、この地獄はバットーに、それさえ許そうとしなかった。


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