第78話 やっぱり、肉弾戦するしかなさそうね
人工の街の終端まできたところで、草薙はついに右手里美の乗るバイクに追いつくことができた。だが間にあわなかった。右手里美のバイクは、なんのためらいもなく樹海へと、車体をとびこませていった。
夜の帳と、鬱蒼とした草木が、ここから先は咎人のための安全地帯であるかのように、彼らの姿を覆い隠した。
目の前に暗闇に沈む樹海の森が迫ってくる。
草薙は一瞬逡巡したが、そのまま右手たちのバイクのあとを追って樹海に突入した。
だが、草薙は飛びこむやいなや、たちまちその判断を後悔した。
大きく張り出した大木の幹や枝が、我がもの顔で草薙のバイクの行く手をはばんできた。先ほどのチェイスで防風カウルを失っていたため、小さな枝の先や葉っぱが、草薙の顔や体を容赦なく打ちのめす。もし誤って、枝や幹に激突すれば、ひとたまりもない。
ヘルメットのバイザーに映る映像を、サーモグラフィー映像に切替えれば、森の中でも見失わないと思っていたが、この状況では諦めざるを得なかった。
森の上空から追いつめるしかなかった。
草薙はバイクを上昇させて、森の上空に躍り出た。
ふーっと大きく息を吐きだす。
いまでは希少な原生の自然の草木ならではの草いきれと、じとっと体にまとわりつくような土いきれに晒され、すくなからず気分が悪くなっていた。ひとの手が加えられていないというのは、これほどまでに容赦がないのかと思い知らされた。
常緑針葉樹の上を飛びながら、草薙は生体ビーコンの信号をチェックした。
信号だけを頼りに、高速で逃げるバイクを追いかけねばならないのは至難だった。市街地ならば、各所に取り付けられたカメラを呼びだして、多角的に相手の位置を把握することが可能だったが、この原生林のなかにはそんな便利なものは設置されていない。圧倒的不利を覚悟せねばならない。
だが、しばらく飛んでいると、突然、森の木がいくぶんまばらになりはじめ、下の様子が肉眼でもかいま見れるようになった。
この程度余裕のある隙間ならば、森のなかにふたたび飛び込んでも大丈夫かもしれない。
草薙はそう判断すると、ぐいとハンドルを前に倒して、地面から5メートルほど上空の位置にまで車体を沈み込ませた。
目の前、十数メートル先を右手里実のバイクが飛んでいた。地面すれすれの位置で、枝や幹を回避している。
見つけた!。
草薙は張り出した枝を避けながら、バイクのスピードをあげて右手里実のバイクとの間を徐々にせばめていく。テールランプが目の先までに近づいてきた。
敵のバイクを眼下にして、どのような攻撃をしかけるべきかを思案した。
先ほど自分がやられたように、AIドロイドの上からバイクごとのしかかるか。
もう一発残っているグレネードランチャーを見舞ってもいい。
どのような攻撃を仕かけても、相手を倒すのはたやすかった。だが問題は、どの作戦をとっても後部座席にいる、右手里美まで犠牲にしてしまうということだった。まだ容疑者なのだから、怪我さえもさせるわけにはいかない。
草薙はふっとため息を吐くと、「やっぱり、肉弾戦するしかなさそうね」と呟くなり、ぐんと高度を落して、相手のバイクの真横にぴたりと横づけした。
すぐにAIドロイドが銃をこちらに向けて弾丸を発射した。草薙は瞬時にハンドルを切ってバイクを横倒しにし、弾をソリ部分のプレートを盾にして受けた。
「そんな攻撃は折り込み済みよ」
チュンという金属音がして弾がはじけとぶ。
すぐに草薙はバイクを縦に戻そうとした。
が、バイクの下部から炎があがりはじめてるのに気づいて、舌打ちをした。
『しくじった』
下部のタンクを狙い撃たれたのだ。自分がバイクの車体を盾にして避けることこそが、むこうにとって、折り込み済だったにちがいない。
炎があきらかに勢いを増しはじめた。これではへたに超流動斥力波を吹かすことは、命とりになる。しかし、このまま乗車していてもまちがいなく爆発するにちがいない。
目の前に大木が迫ってきているのが見えた。ぶつかるか爆発するか。
草薙はバイクのハンドルから手を放すと、体を大きくふって右手里実のバイクにむけてジャンプした。
からだが空を舞う。
草薙は翔んだ勢いを利用してとびかかろうとしたが、AIドロイドにバイクを横に倒されかわされた。だが、それこそが計算通りだった。バイクが横倒しになったおかげで、下部のソリのプレート部分がむき出しになった。草薙はプレートをバシッと掴んだ。
手がかかったと同時に、草薙のバイクは大木に撃突した。後方で爆発音が響き、まっ暗闇の樹海に立ちのぼる炎が、まばゆい光をあたりに投げかける。
バイクのプレートにぶらさがった草薙はすぐに体をひきあげようとした。だが、ソリにうまく足が引っかからなかった。足が滑ってからだが再び宙ぶらりんになった。
バイクの上に這い上がろうとするのに苦闘している草薙の姿をみて、AIドロイドがすぐにバイクの高度を下げてきた。
草薙の足が地面に接地する。
草薙はバイクにぶらさがったまま、地面についた足を動かし必死で走りはじめた。
「とめて!!」
草薙が哀願した。
「それ以上、下げないで!!」
さらに悲痛な声をあげた




