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第74話 今からやろうとする『鬼ごっこ』は捕まえた『子』に殺されるかもしれないものだ

 シミュレーションエリアの入り口からエリア内に足を踏み入れると、入り口から百メートルほど向こう側に、エアーバイクにまたがって憲兵たちが集結していているのが見えた。三十人以上はいるだろうか。トグサ兄から精鋭を用意すると連絡してきていたので予想はしていたが、荒くれ者のような風貌をしている兵士がほとんどだった。

 入り口の出入りを担当している係員が、手前にあるバイクを手で指し示めした。

「草薙大佐、こちらが大佐用に用意したバイクです」

 草薙は無言のまま首肯すると、バイクにまたがりながら、係員に訊いた。

「こいつは最新型みたいだが、なにか注意することはあるか?」

 係員はよくぞ聞いてくれたと言わんばかりの笑みを浮かべた。

「このバイクはふつうのエアーバイクとおなじで、『超流動斥力波ちょうりゅうどうせきりょくは』をこのスキー板のようなプレートから発生させて、空中を疾走するんですが、最大の特長は、どんな状態になっても浮いてられるってことです」

「それはどういうことだ?」

「プレートから発生した超流動斥力波をうまく対流させることで、バイクが横になったり、、裏返ったりしても、そのまま走り、いえ、飛び続けることが可能なんです。そのときにライダーもその斥力波の『反重力』の力でシートに押さえつけられるので、ふり落とされないんですよ」

 草薙はその若い係員が得意げに披瀝する性能には、あまり興味が湧かなかったので、気になることだけを尋ねた。

「こいつのスピードは?」

「地上 250km。空中は350km程度なら余裕です」

「それだけ出れば充分だな」

「あ、いや、このバイクはスピードよりも、小回りが利くところや、軽い車体が……」

「ご苦労だった」

 草薙はバイクにまたがりながら、係員の追加の情報を遮った。係員は話の腰を折られて不満そうにしていたが、敬礼をすると「ご無事で」とひとこと言った。

 草薙はバイクのスロットル脇のスイッチを押すと、上空十メートルほどまで一気に車体を舞いあげた。上空から憲兵隊のライダーたちを見下ろすと、先頭に、トグサ兄と弟がバイクに乗って待機しているのが見えた。

『あのふたりも現場に?』

 草薙は一瞬、なぜこんな場所に責任者が来る必要があるのか?、という疑念が浮かんだが、すぐにあの二人がこんなお祭りごとを見逃すほうが考えにくい、と思い直した。

 草薙は部隊の先頭まで進むと、トグサ兄を見つけて、空中から声をかけた。

「トグサ大佐、右手さとみの捜索にあなたも協力してくれるのかしら」

 トグサ兄は上を見上げて言った。

「えぇ。こんな広大な場所での捕物ですからね。人数が多いに越したことないでしょ」

「ひとっこひとりいない広大な街での高速鬼ごっこ。なんかワクワクさせられますしね」

 そのトグサ兄の物言いが、草薙には不愉快だった。こちらは相手を「敵」ととらえて、場合によっては、差し違えるくらいの気持ちでここにいるのだ。物見遊山の気分で寄り集まっている輩とは、覚悟が違う。

 草薙はエアーバイクの高度を一気に降下させると、トグサ兄の真横に車体を寄せた。

「トグサ大佐。あなたはここに遊びに来たのか?」

 ことばの棘に気づいたのか、トグサ兄はかしこまって言った。

「あ、いえ。そういうわけでは……」

「あんたの今からやろうとする『鬼ごっこ』は捕まえた『子』に殺されるかもしれない命がけの『鬼ごっこ』だぞ。迂闊なたとえはするな」

 いつのまにか草薙の口調が、命令調に変わっていたが、彼女は気にとめないことにした。いままでが遠慮しすぎていただけなのだ。

 トグサ兄は正論で一喝されて、みるみるうなだれていった。

「あ、いや、申しわけない」

 それ以上、責め立ててもしかたがないので、草薙はエアーバイクを前に進めた。

 そのとき、眼前にあった街が消えはじめた。

 まず最初に、建造物に質感を与えていたマッピングデータが拭い取られたように、消えはじめた。街の手前側から奥にむかって、ビルや家や標識等々だったものが、ただの白い一枚岩モノリスのようなものへと変化していった。まるで見えない波に、色彩や立体感だけが、さらわれていくような光景だった。

 この様子をはじめてみる憲兵隊の隊員たちから驚きの歓声があがった。指笛を吹いている隊員もいた。彼らの浮かれた様子に、草薙の我慢はきかなかった。

『静かにしろ!』

 草薙はニューロンストリーマを通じて、兵隊たちの頭に呼びかけた。草薙のあまりの剣幕に、彼らは我にかえって、すぐに口をつぐんだ。

 はるか向こうの建物まで色が消えて、目の前が白一色に変わった次は、光が消えた。十キロ四方はあろうかという広大なエリアは、今度は奥のほうから手前にむかって光が失われていった。それは、ブラックアウト、と言われる現象そのものの光景だった。

 月明りのなかに白くのっぺりとした街並みが薄ぼんやり見えるだけになった。

 やがて音もなく、街が地面に沈みこみはじめた。

 草薙は網膜デバイスに投影された、右手里美の生体チップからのビーコンをもう一度確認した。彼女がいるのはここから五キロ以上向こうにある、この街の中心の超高層ビル群の一角。しかも移動速度から、乗り物に乗って走り回っているのは間違いなかった。

「出発する」

「草薙大佐。まだビルは沈みきってないですよ」

 トグサ兄がうしろからあわてて進言してきた。さきほどの失言を取り返そうとでもしているかのような慌てっぷりに、草薙はさらに苛立った。

「待ってられない」

「この建造物の素体は出現する時は早いが、収納はとんでもなく時間がかかる」

「いや、それでも更地になってから、追いこんだほうが効率がよい……」

「憲兵隊はずいぶんお暇になれているようだな」

 草薙があからさまな皮肉をいった。

「いや、そう言うわけじゃあ……」

「じゃあ、おまえたちは、ここで建物が沈むまで、小一時間待ってるがいい」

 草薙はめったにみせることのない笑みを、口元に浮かべてみせてから言い放った。


「わたしには無理だな」


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