第69話 次の日の朝から国連軍日本支部内は厳戒態勢につつまれた-
次の日の朝から国連軍日本支部内は厳戒態勢につつまれた。
朝、出社してきた職員からは、何事かと不平不満があがったが、ブライトに一任された草薙大佐は手を緩めることはまったく考えていなかった。
とにもかくにも、この国連軍内にヤマトタケルに対して殺意をもった誰かを、特定することが先決だった。セキュリティの強化はその端緒にすぎない。しばらくすれば各所のクレームは、ブライト司令官の耳にもはいるだろう。やりすぎを叱責されるかもしれない。すでにその覚悟はある。そうでなければ、犯人を短期間でいぶりだすことは難しい。
しかし、驚いたことに、退社時間になっても、ブライトやその周辺からはなんの咎めもなかった。草薙は国連軍の各部署も、さすがにこのことの重要性をわかっているのだろう、と推察した。もしかしたら、案外、寄せられているクレームをブライトがからだを張ってくれているのかもしれない。
もしそうだったとしたら、ブライトに対する評価を改めなければならない。普段は、決断力の鈍さや、責任能力の脆弱さにうんざりとさせられることが多かったが、このような有事において、見事なまでの配慮をみせられれば、草薙も素直に感謝するしかない。
おかげで、いくつかの情報がこちらに寄せられてきて、そのなかから、重要性が高そうな順番に絞り込んでいくことができた。
草薙が特に気になったのは五件。
被害者男性の通勤路で、不審者らしき人物が目撃されていた件。
病理学研究所の所長が本日出社後行方不明になっている件。
生体監視係の男性の生体データが、犯行時間に一時間ほど途絶えたという件。
整備チームのひとりの行方が一時的に不明になって二時間後に連絡があった件。
ヤマトタケルを殺す、という脅迫メールの件。
このなかで草薙は、脅迫メールについては、早々に捜査対象からはずすことにした。ヤマトタケルに対するこのような脅迫は茶飯事で、こない日は一度もない。しかも膨大な量が世界中のことばで寄せられている。
メール・テレパスラインや各種電子掲示板に「ヤマトタケル」専用のトピックがあり、始終、膨大な意見や書込み、思いのたけ、がずっと増殖し続けている。本来なら、ただの個人への中傷にすぎないのだが、世界的な規模で寄せられるため、国連本部では、専用部署を設けて、その処理にあたるほどだ。おおかた、それが当たり前の状態だと知らない、 憲兵隊の誰かが、鬼の首をとったように進言したのだろう。
もうひとつ、不審者が目撃されていた件も、しっくりこなかった。もしなんども下見にきていたとしたら、ヤマトタケル、が本物であることを調査していた可能性がある。なのに犯人は間違えて殺害しているのだ。不審者がたとえいたとしても、本件とはあまり繋がりがないはずだ。
だが、残りの三つの件は、調べてみる価値があるとみた。通常の生活を送っているうえで、脳下垂体に埋め込まれた生体チップからの『生体ビーコン』が途絶えるということはが稀なことだ。
なかでも特に彼女には、病理研究所の所長が行方不明、という情報がいちばん引っかかった。真面目を絵に描いたような人物で、連絡もなしに欠勤するのをいぶかしがる声が複数寄せられている上、前日、被験体の事でおかしなことを言っていた。という証言も気になった。病理研究所での被験体というのは、多くの場合「生きてないモノ」を意味する、と推測すると、それは「何だ?」ということに行き着く。
もしかしたら、その「被験体」なるものが鍵を握っている可能性は捨てきれない。
だが、まずは発見されている、ふたりからヒアリングするのが先決であろう。
草薙はトグサ兄に、立ち会いの許可を求めることにした。




